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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第二章 「水晶洞窟の冒険と奴隷少女」 Episode.Ⅱ 《黒結晶洞窟での英雄譚》
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【#044】 Door -覚悟の叫び-

ブクマ保存ありがとうございます。

Episode.Ⅱもあと数話でクライマックスです。

次話は明日執筆のもと、投稿予定です。出来れば二話書きたいところですがギリギリの可能性アリです。

最後まで読んで戴ければ幸いです。



♢黒結晶洞窟 3F 水路♢


 レインとカエデは、満身創痍のヒロキを優しく運ぶために重力魔法を発動させていた。紫色のベールに包まれたヒロキの様子を見ながらレインが涙目になっている。カエデはというと、何処から現れたのか分からない同年代の子を背負ってレインの真横を歩いていた。


 満身創痍。全身傷だらけのことを言うのだが、レインとカエデには回復魔法が備わっている。それなのに、なぜ? と言う風に疑問がるところだろう。

 これには魔力が関係してくるのだ。

 一般的なプレイヤーには、体の内側に「魂魄」と言われる精神と肉体を司るソウル。「魔力」と言われる非現実的なエネルギー。「氣力」と言われる修行や経験によって蓄積されたものと体力スタミナで構成されている。

 魔力とは魔素マナを生み出す力のこと。魔素とは細胞の一つ一つに含まれており、血中にもこれが巡っている。この魔素が身体の中を循環していることによって、プレイヤーは魔法を発動しているが、ヒロキにはこれがないのだ。

 それ故に回復魔法を使っても、魔素のない肉体に直接効果のある魔法では効果を得られないが、精神に直接干渉する魔法は効果絶大という特殊な状態にあるのだ。


 よって、ヒロキがカエデの治療に用いた揮発性物質を抜き取った薬草系の洋酒【悪魔の尻尾】をガーゼに染み込ませて重症の患部から拭っていき、治療用ラップと包帯で応急処置をしたに過ぎない。

 だからこそ、心配で堪らないレインは涙目になっていた。

 呼吸はしているものの高熱があるらしく、ヒロキの額には汗が滲み出ている。それを拭き取り飲料水の水を使って適度に濡らしたタオルを乗せることしかできないレインは自分が嫌になる。


(わたしは、薬師になるって夢があるのにこれぐらいしかできないなんて…)


 ゼンさんに薬草の知識や体に優しい食材、調合技術を必死に習ってきたはずが…。ギルドメンバーから回復魔法を教わったのに迷惑かけてばかりの自分がどうしようもなく情けないと思う二人は、ほろりと涙を流す。


「レインちゃんは、わるく…わりゅくなんか、ないよ」

「そ、そういう、カエデだって悪くないよ」


 二人はしんみりした空気の中、お互いを慰め合いながらも足を止めずに只管歩く。

 そんな中、空気を読まない彼等は行く手を阻むように立ち塞がってきた。

 ゴブリンだ。まだ生まれたてなのか、両目をパチクリして欠伸をしている者もいれば自分たちに気付いてか醜い顔に怒りを表す。二つの小さな八重歯を剥きだして笑うゴブリンが走り出す。

 カエデは背負っていた子を優しく下ろして、


「レインちゃんは、何もせんでええよ。これはウチの役目や」


 そうレインに言って弓を構える。

 照準は頭部を捉えて距離五メートルという所で矢を放つ。頭部を貫いた矢は、カエデの構築能力【加速】によって速度が緩むことなくそのまま二体目の頭部と三体目の胴体を串刺しさせて漸く止まる。

 絶命を迎えた二体の頭部は爆発したように脳味噌と血液が雑じりあってエグイ状態になっているが、もう一体は奇声に近い悲鳴を上げる。それに反応するように残り六体のゴブリンがこちらに醜い顔を向けては口を歪ませる。


「カエデ!」


 レインが叫んだ途端、ゴブリンが獣のように駆け始める。

 まるで飢えた狂犬ががっつくように飛んで口を大きく開いた瞬間、透明な粘液がカエデの肌に当たって咄嗟に振り向くが既に遅し。


「えっ、」


 目前まで迫った歪な歯がカエデの肩を襲う。

 グシャ。何かが潰れた音にレインが反射的に目を瞑る。

 ………

 ……

 …

 何の音も聞こえない不安感にレインが目を開けると、そこに潰れたゴブリンの頭部が転がっていた。カエデは何に怯えているのか、上を向いて身体を震わせている。

 カエデの身体と自分を包む黒い巨影にイヤな予感が脳裏に浮かぶ。

 上をそっと見上げると、それは的中する。

 こんなところにいる筈のない怪物は、自分たちに目を向けるが興味がないのか、ゴブリンを食べて食欲がないのか視線を別の方向に向けて腰を上げる。

 レインもカエデも目線をそのままにして動くことが出来なかった。

 レベルがどうのこうのという訳ではない。体の大きさが自分たちの倍以上にある相手を前にして、ただただ委縮していたのだ。



巨人種ジャイアントのサイクロプス

生存分布;アルカディア大陸 洞窟全域 

希少価値;☆5[250,000Cセル~]

階級;怪物級

討伐達成証明部位;サイクロプスの単眼

備考欄;ファンタジーゲームの中ボス役。

人間の十倍以上の体格をした人型モンスター。全裸に近い深い青緑色の体表に溝色の布きれで下腹部から膝までを覆っている。耳は小さく巨大な目が一つ。雑食性だが生きている魔物級モンスターしか口にしない。怪物級モンスターに分類され、熟練の冒険者複数人でも対処の負えない凶暴性を持つ個体も存在する。

主に単体で行動するが、複数体が一緒に行動することが目撃されている。

サイクロプスの生態系の全容は掴めていないが、進化個体が複数体ある。サイクロプスの上位個体は「巨人種ジャイアントのギガンテス」。特徴は頭部に生えた一本の尖った角。



 ズンズン。と地面を揺らしては水路を闊歩する巨人が、あの絶壁を下った大きな衝撃音を耳にして緊張の糸が一気に解けた二人はぺたんと膝を着く。

 呼吸を荒げるカエデは身体を疼くめてチラッとレインとヒロキの方を見る。無事を確認し立ち上がろうと膝を動かすが力が入らなかった。それはレインもだった。



 二人が立てずにいた時、一人の少年が目を開ける。

 そっと開かれたその目に逸早く映ったのは、包帯でぐるぐる巻きにされている男性の姿だった。他のことに気を配ることもせずに近寄って状態を視察する。

 呼吸の様子。

 異様に膨れ上がった胸部。

 包帯の隙間から滲み出る赤黒い血液。

 身体中が裂けた様に広がる皮膚の状態から少年がイベントリから取り出したのは、灰色の瓶だった。

 コルクをその小さな手で外して裂けた皮膚に灰色の粉を振り掛けていくその様子に、カエデが口よりも足が先に動いてそれを止めようとする。――が、それをレインが目の前に立って両腕を広げて止める。


「――大丈夫、だよ」

「なんでや。そんな得体の分からん粉末を…」


 少年が振り掛けた粉末は皮膚に溶け込んでいくように、開いていた傷口が閉じていく。…というよりは、粉末が新しい皮膚を作っているように見えたカエデは膝を着いて崩れ落ちる。それをギュッと抱きしめるレインは泣きながら答える。


「もう、大丈夫。彼は恐らく…」


 一通りの治療を終えた彼は二人の方に向き直り、自己紹介するように挨拶して来た。レインは分かっていたようだが、未だに目の前の子が少年ではなく少女にしか見えないでいた。


「ボクはご覧の通り、薬師を生業にしているコハクと言います。

 勝手なことをして申し訳ないです……」


 それからコハクの説明が始まった。

 あの灰色の瓶に入っていた粉末は、皮膚細胞を活性化するものらしく正式名称は【ロイヤルフィルム】と呼ばれる貴重な治療素材らしく、値段を問うとレインとカエデが眩暈するほどの希少品だとか。

 どうして大蛇の中にいたのか……長い長い説明は夜まで続き、その日は結局少し歩いた先の水神湖の隅でコハクの施した結界の中で身体を休むことになった。

 相当疲れが溜まっていたようでコハクが火打石で焚き火を点け、結界の内側が暖かくなる頃にはスヤスヤと深い眠りについていた。


「何時まで狸寝入りを決め込むつもりだい?」

「………」


 コハクは二人が眠ったことを確認して、自分を助けてくれた恩人に小さい声で問う。

 男は沈黙を続けるが小さく溜め息をついて、その質問に答えるべく目を開ける。


「何時から気付いていた?」

「キミの意識が戻って直ぐに分かったよ。覚醒状態の呼吸は、無意識上の呼吸とは違ってリズムが大いに乱れるんだ。それよりもボクはキミに伝えなきゃならないことがあるんだよ。ボクも薬師の端くれだからね。キミみたいな酷い身体を見たことがある。キミは越えてしまったんだろ? 魂の力の限界点を」

「………」


「いや、それだけじゃない。

 究極能力アルティメットスキルと複合化させたことによって、肉体の限界も越えた性で皮膚が裂け血液を大量に喪失させた。キミの心臓は急速な血流の変化に耐えられず機能不全を起こしていた」

「優しい言い方だな。俺の心臓はもう潰れているよ。いま、こうして生きているのは意識を失う寸前に魂の力【念糸】で作った仮初めの心臓ボールだ。感謝してるよ。胸囲の包帯を捲らずにいてくれて」


 正座したまま膝の上でコハクは強く拳を握る。

 下から覗きこむ俺は知っていた。彼の表情に怒りと哀しみがあったことを。


「キミは…」

「俺には、もう時間がない。そうだろ?」


 歯を食い縛らせる表情と沈黙から答えを受け取った俺は、笑って答えた。


「人間ってのは…いや生き物は、いつか死ぬもんさ。それがこの世に生を受けた時から決まった寿命でか、病気でか、他人の悪意か、環境でか。生ある命は、いずれ消えるもんだろ。そんな顔をすんなよ」

「アナタは大馬鹿者ですか!」


 大馬鹿者か。

 そんなことを言われたのは初めてだ。


「アナタの身体は、幾ら魂の力で作った仮初めの心臓でもあと数日しか生きられないのに。どうして、そこまで他人に優しいのですか!!?

 レインさんが言ってました。自分の食糧に手を付けず、わたしなんかの為にって。

 カエデさんが言ってました。自分を犠牲にしてまで、わたし達をって。

 アナタはどうして、どうして…――――ッ!?」


 コハクは何かを感じ取って結界の外の様子を見る。

 黒い闇夜の水神湖を照らすのは、透き通った大きな湖の底で光り輝く結晶だけだった筈が彷徨うように徘徊する赤い二つの点の群れが重なり合い姿をあらわにした。

 それらの多くは数えきれないゴブリンたち。中に埋もれて入るものの他のゴブリンとは明らかに違う整った装備をしたホブゴブリンの姿も数体確認できる。

 コハクは、ハッとして息と唾を呑み込もうとした時だった。


 そんなの決まってんじゃんかよ。

 レインも。カエデも。俺の仲間であって…。友達であって…。

 そんな奴を。

 そんな奴等を守りたいって思っちまったら、俺が遣ることは一つしかないんだ。

 間違ってる。…なんて分かり切っている。

 俺だってバカじゃないんだ。

 でもさ。仕方ないじゃんかよ。

 あの笑顔を守りたい。そう思ったら…、


 俺は動かない体に。

 骨に。

 神経に。

 魂に。心の奥底から叫ぶ。

 動け! 動け! 動け! うごけぇぇぇぇ! と心中で叫ぶ同時に魂の力【念糸】を体のそこら中に張り巡らせ、最後は気力で膝を曲げて立ち上がる。

 震える手足を強く意識して、骨折した利き手に構築能力【固定】で応急処置を施した俺はコハクに告げる。


「俺はさ。まだ諦めないよ」


 コハクは有り得ない。という表情で息と唾をゴクリと呑み込み俺を見る。


「何をしてるんですか!?」


 声を荒げる俺は、レインとカエデを起こすまいとコハクの喉に範囲固定を施して構築能力【消音】を発動させる。

 ここからは、一方的な俺のターンだ。

 自分の言葉が自分の耳へ入ってこないことに気付いたコハクは、訴えかけるように服の裾を掴むが逆にコハクの腕を掴んで俺の言葉を伝える。


「俺の時間は、俺が最後の最期まで自分の為に使うよ。

 それが犠牲であろうともだ。ここで三人を守る理由、いや実際どうなのかな。

 オロチを撃退した時、湧き上がった感情が高ぶってんのかもしれねぇし。

 ハッキリとは言えねぇ。言葉じゃ、伝えきれないんだよ」


 コハクは悟った目で俺に魂の力【念話】で言う。


『アナタは本当に大馬鹿者です。

 ボクは薬師であって医師ではありません。ですから、止めはしません。実際、ボクには戦う力なんて有りはしませんから強制はしません。

 ですが、一人のプレイヤーとして微力的ながら救援物資をアナタに送らせてもらいます。これを…』


 コハクは俺の手に、掌サイズの小さな壺を渡して来た。これにもコルクが使われているが色が真っ黒で歪な感じがする。


『ん。これは?』

『ボクの作った生命力を一時的に向上させる丸薬が入っています。

 服用するには、今から言う条件をクリアしていないと効力は発揮しません。

 良いですか?』

『ああ…』

『まず、モンスターの生の心臓を血抜きしない状態で食べてくださ‥「冗談じゃないよな?」――。ボクは自分の生業に嘘なんてつきませんよ』


 ああ、マジですか…。

 古代の儀式か、何かかよ。って一瞬思ったけど、失敗したら腹下しそうだな。


『モンスターの心臓には大量の魔素マナと呼ばれるエネルギー物質が含まれています。幾ら魔力のないアナタにも人体に直接流し込めば大きな影響を及ぼします。

 そこで、丸薬の出番です。その丸薬は魔素を生命力へと強制的に変換させる力があるのです。これで一時的にでも命は取り持つことが出来ますが、あくまでも数時間単位の延命措置にしか過ぎません』


 説明を終えた途端に暗くなるコハクに、俺はチョップで喝を入れる。

 

「○▼□×△×□~~~ッ」


 声にならない声の上、【消音】で声が掻き消されてる。

 仕方なく激痛奔る頭部を手で擦るコハク。それを見て笑う俺をポカポカと力のない拳で叩いて来る。

 苦笑を浮かべる俺は、最期の挨拶をするべくレインとカエデにそれぞれボイスボックスという声を伝える箱。本来なら誕生日などのイベントに使う代物を彼女たちの近くに置いて結界の傍に立つ。


「アナタを見ていると、ボクはあの人のことを思い出します。

 アナタはもう。もう愚か者ではありません。立派なボク達の英雄ヒーローですよ。グスッ。う、ううう」

「サンキューな。コハク、俺は‥英雄バケモノになってでも全てを越えて逝く。

 さあ、扉を開いてくれ…」


 コハクは三角錐の内の一面体を解放してヒロキが結界を出た途端に閉める。

 そうすることしかできない自分が悔しくて。

 悔しい思いをするコハクは、生きて欲しいと願って見送った。


 コハクの喉に発動していた【消音】の範囲固定を一度解除して、今度は三角錐状の結界の膜に【消音】を発動させてナイフを鞘から抜く。

 ゴブリンの醜い顔が一斉に集まる中、俺は感情の理性リミッターを外して高ぶらせた躍動に身を任せて言葉を奔らせる。


「さあ、行こうか。最期の冒険に!!!」


ここまで読んで下さった方々は、お分かりかと思いますが次話より無双回を投入させて貰います。

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