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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第二章 「水晶洞窟の冒険と奴隷少女」 Episode.Ⅱ 《黒結晶洞窟での英雄譚》
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【#043】 Fool Part.Ⅱ -水神湖の守り神-

12時からスタートして4時の凡そ4時間で執筆完了しましたが、どうなのでしょう?

他の人はもっと早く書けるのでしょうか。と心配に思う今の心境です。

ちょっとずつ幕間のパートがやっと出てきます。

バトル回です。最後まで読んで戴ければ幸いです。

※注意※

最初の方、微エロ展開アリ。最後の方、グロテスクな表現アリ。


 黒結晶洞窟の繁殖期真っ只中。

 続々と群がる深い緑色の肌と溝色の布を纏う人型モンスターが滝に打たれながら、絶壁に阻まれても関係ないようだ。地上を目指すように進軍するその姿は、最早一端の兵士だ。しかしそれは、ゴブリンたちの本能なのだろう。

 生きるための執着心は、時に恐ろしく自分を駆り立てるものだ。

 ゴブリンの生態系はよく知らない。でもだ。人間の赤子も。幼虫も。意味なく寝ている訳でも。地上を目指してさなぎになる訳ではない。まだ成長過程なのだ。

 そう考えた時、彼等ゴブリンもまだまだ赤子のように発展途上なのではないか? と思える。だが、血走る彼等の目に映るのは、多分俺たちではないかと思えてならない。

 モンスター図鑑上では、こうなっているのであながち間違いないのだがそうだと思いたくはない。


悪鬼種オニのゴブリン

生存分布;アルカディア大陸 洞窟全域 

希少価値;☆2[450Cセル~]

階級;魔物級

討伐達成証明部位;ゴブリンの耳

備考欄;ファンタジーゲームの名脇役。

全裸に近い深い緑色の体表。溝色の布きれで下腹部から膝までを覆っている耳が特徴的な醜い小鬼。雑食性で腐った肉だろうが何でも口にする。最底辺の魔物級モンスターに分類され、新人ルーキーが最初に討伐すべき対象。個人差にもよるが人型モンスターという点で、転んでしまう冒険者もいる。

単体で行動することもあるが、大抵は四体までの複数で行動することが目撃されている。ゴブリンの生態系の全容は掴めていないが、進化個体が複数体ある。ゴブリンの上位個体は「悪鬼種オニのホブゴブリン」。特徴は頭部に栗坊鍋か中華鍋を帽子にしている。


 ずるりと絶壁を登るのに何度も滑ろうが関係なく、這い上がって来る。その執念に俺たちは息を呑む。まるで最初に出会ったゾンビだ。出血も骨折も関係なく迫って来る。まるで地獄絵図だ。

 恐怖に呑まれ恐慌状態に陥る前に俺は、レインとカエデの肩をポンポンと叩いて伝える。さっきまで温まっていたというのに、もうこんなに冷たくなっている。余程怖いのだろう。こんな時、俺が手本にならないでどうする!

 俺は身の震いを押さえて二人を勇気づける。


「だ、大丈夫だ。俺がついてる」


 駄目だった。

 どうしても手が。足が。震えてしまう。

 そんな情けない俺を見て、クスリと苦笑する二人。


「ヒロ、震えすぎやで」

「うん。ヒロキは一人じゃないよ。今度は三人で。…ね?」


 ははは…。

 笑えねぇよ。勇気づけたつもりが、逆に勇気づけられちまった。

 そうだな。俺はまた一人相撲してたんだな。仲間を頼りにしないでどうする。


 俺は頭を掻いて笑顔で答えを返す。

 …のだが、俺の腰に巻かれていたタオルが紐解かれてはだける。反射的に顔を真っ赤にさせ後ろを向くレインに対して、まじまじと興味津々に眺めるカエデは、俺が慌てて手で覆い隠したにも関わらず女の子にあるまじき言葉を口にする。


「立派なものをお持ちやな」


 俺の心は既に粉砕された。

 戦う前に戦意喪失した俺にカエデは「童謡 ぞうさん」を口笛で唄うのだ。溜まったものではない。歌詞に関係ないのは分かっているが…なんか腹立つ。レインはそっぽを向いている。話し掛けてもプイッと反対側に目を背ける。

 ああ、嫌われてしまった。

 このままではいけないので、気を取り直して取りあえずはお互いに換装しようという俺の案で着替えることになった。

 俺は一人だけ、【反射装甲リミットカウンター】で身を隠して換装する。勿論、背を向けて紳士的な対応を取っている。

 溜め息をついて待つ俺にカエデが言う。


「まあまあ。

 大きいことはウチ等、女の子からしたら嬉しいことやし。気にしたら負けやで」

「気にするわ!」


 そりゃあ、俺だって元とはいえ健全な男子高校生だぞ。ほぼ全裸状態の女の子に言い寄られて嬉しくない訳がないじゃんよ。…というかだな。いや駄目だ。ここでグチグチ言ってる場合じゃないだろ。

 俺は心を冷静に保って目を閉じて精神統一の姿勢で待つこと十分。不図目を開けるとレインが頬を桜色に染め照れながら、俺の真ん前に立っていた。


「お、お待たせ」

「お、おう」


 何となく俺も恥ずかしがりながら答えた。

 そんな俺たちを見てカエデが珍しく溜め息をつく。何かそっぽを向いて小声で呟いているようだが俺には聞こえない。首を傾げて疑問に思う中、レインには聞こえたのだろう。何やら小鳥の歩き方に似る可愛らしい小走りで駆け寄って宥めている。

 女って奴は、本当によく分からん生き物だ。と思う俺は片手で頬をカキカキしながら説得されたか不明だが落ち着きを取り戻した様子なので近寄っていく。

 さて、ここから本題の作戦会議だ。

 気を取り直して、地べたに座り込んで「これからについて」話し合うことにした。と言ってもだ。俺が考えた案を三人で考える方針だがな。


「まずだ。レインとカエデのキズの具合ステータスを見せてくれ」


 ……。

 おや? 俺、何かマズいこと言ったかな。

 俺の発言にレインもカエデも同じ反応を示している。恍けた表情からもじもじとして頬を紅潮させている。改めて考えるが、………サッパリだ。意味分からん。ステータスを見せてくれればいいだけのことだが。

 そんな考えをしていると、二人は互いに見つめ合って答えが出たようで頷き合って立ち上がった。


「ヒロは、容赦ないな~」

「こういうのは、ヒロキに……だけだからね」


 そういってレインは上下の装備品を外して純白の可愛らしい下着姿に。カエデも大きな胸囲を隠すヘソ出しのチュニックと黒のスッパツで俺の前に、片やもじもじしながら片や堂々と立っている。

 は? なにコレ、どういう展開ですか!?

 俺は恥ずかしさでいっぱいの真っ赤な顔を掌で覆いそっぽを向くが、カエデが近寄ってきて俺の手をどける。


「女の子が勇気出しとんのに失礼とちゃうか」


 いや、そうだけどさ。

 なんで真っ裸になる必要性があるんだよ。そりゃあさ。システム面よりも実際に実物を見た方が早いかもしれないけど、脱ぐならせめて一言言ってほしいのだが。


 ゴホン。と一言咳払いして冷静にあくまで冷静かつ冷ややかな視線で二人の肌を見る。………。問題ないようだ。敢えて言うならカエデに施した治療痕が痛々しい。膿んではいないようで何よりだが、完治とはいかないか。レインの方はカエデの回復魔法により傷跡はないが、まだ風邪気味なのだろうかと少々心配どころが残る。


「よし、問題ないな。じゃあ次、これからについてだ」


 さっきとは大きく異なり真剣な眼差しで俺に顔を向けて来る。切り替え早っ。と思ったが本題だからなと割り切る。


「このまま突き進むと『水神湖』と呼ばれるエリアに出る訳だが、カエデの話してくれた例の「水神湖の伝説」が本当なら怪物級モンスターが身を潜めている」


 怪物級モンスター。という言葉に反応する二人。

 そりゃあ、そうだわな。怪物級モンスターと言えば、俺がかつて対峙したシロザメクラスのバケモノだ。この狭い洞窟内で戦って勝てる確率はかなり低い。かと言って救援を待っていればゴブリンが壁を登って来る。板挟み状態の現状での得策は。


「この小さな湖の底に洞窟がある。潜って行くしかないが…どうする?」


 これが一番の問題だ。

 湖となって池溜めの状態ではあるが流れがキツ過ぎる。一人で先行して長いロープを繋がっているであろうエリア『水神湖』に結び固定。二人がロープを支えに泳ぎ切れば問題ないが…この冷水だ。体温は直ぐに奪われてしまうことは必然。危険なルートだが…。

 俺の問いに対して二人は、最初から答えが出ていたようで考える時間もなしに頷いて答える。少しは考えて欲しいのだが…二人も薄々同じことを考えていたのだろう。

 それなら問題ないな。

 俺は立ち上がって今の武装を解いて上半身裸と流水抵抗の低い男用スパッツ姿になる。洞窟内にモンスターがいないという保証はないのでガーディアンライトを持って湖に入水しカエデに言う。


「よし、カエデ。ロープをくれ。向こうまで行って結んで固定してくるから……どうした? もしかして千切れたのか?」

「ヒロ!「ヒロキは「何も分かってない!」」


 俺の呼び方は違えど、二人して同じことを言う。

 しかも二人して湖に飛び込んで来たのだ。水飛沫が掛かり視界が悪くなったのを狙ってか、凄い見幕で迫って来ては俺の頬をつねる。


「わたしたちは一心同体のパーティーだよ」

「また一人で突っ込んで無茶しようとしてたやろ。ウチは言うた筈やで。誰かを守るための犠牲はここまでや。今度は三人でや」


 あっ、そうか。もういいだっけか。

 でもな~。と言い掛ける俺にムッとする二人は息ぴったりのコンボで、カエデが俺の背後を取って両腕と両足を器用に拘束しレインが脇を擽って来る。いきなり不意打ちに抵抗虚しく大笑いで一気に体力が持って行かれる。


「卑怯だぞ。止め…ハハハ、ハハハハハ…」


 三人して湖から上がって、俺は笑いの性でバテた状態で大の字で地べたに転がる。それを上から目線でカエデが堪忍しいや。と言うのに対してレインは両手でこちょこちょするジェスチャーをしながらまだする? と問う。

 流石の俺もスタミナ切れで動けないので、降参です。と荒い息を溢しながら手を上げる。


 結局だ。

 この日の作戦は、俺のスタミナ切れで延期。

 俺が休養を取っている間、二人だけの女子会で俺よりもいい案を提示して来たのだった。その案というのが、火打石を大量に使っての爆破で湖を決壊させて水位の低下とゴブリンを落とすという大胆というかかなり派手な作戦だ。

 確かにこれなら危険度はグンと下がる。のだが、これはこれで危険だ。俺がこの案を出さなかったのは、火打石という俺の武器が無くなるというのもある。

 これから未知の領域に踏み込むのに武器が無ければ正直キツイのだが、それよりも爆破によって足場がなくなるのではないかという不安に刈られるのだ。


 ダメかな? と言う二人に甘い俺は仕方なく承諾する。

 火打石一個と複数個の爆破範囲と岩盤の硬さと脳内シミュレーションを基に構築した通りに火打石をセッティングして一日が経過した。勿論のことだが、睡眠不足がないようにしっかりと身体を養って翌日に備えた。


 翌日。

 体力万端で準備体操も適度にこなして、フル修復とは言えないがカエデの鍛冶スキル【鍛錬】と【修復】で武器と防具を整えて一番の安全圏に立つ。安全圏と言っても、俺の計算上でだ。

 爆破によって吹き飛ぶのは、俺たちがキャンプしていた木炭が残る場所と心残りではあるが徹夜で作った洞窟限定露天風呂。そしてこの池溜め状態の小さな湖が俺の発言する【発火】によって葬り去ることになる。ちょっと切ないが成功を祈って、俺は声を大にして突破口を開く。


「行くぞ【発火】!」


 一声によって俺の組み込んだ術式が連続して滝の中心が割れて爆散する。一番下から順に▽状に爆発していき、キレイだった滝の原型は崩れて湖の底に大きな衝撃が奔る。崩れゆく音の中で割れた地肌に火打石を投げ込み、最後の【発火】を言い放つ。

 キャンプ地点と露天風呂を呑み込んで大きな川が出来、水位が一気に下がる。崩れる音が消える頃には爆発によって生まれた土煙も水蒸気も収まっていた。


 成功である。

 地べたの下を通っている冷水で沈んでいた洞窟を残して、きれいサッパリだ。見下ろすとゴブリンが悲鳴を上げているものの崩れた岩盤で残酷なものは見えない。

 カエデのロープで洞窟内に足を着けると水位はグンと下がってちょろちょろと水が流れている。これは想定外だが、俺たちにとっては都合がいい。


 俺とカエデが戦闘職を務めるので前衛。レインが回復に専念するので後衛を務めて洞窟を突き進む。

 歩いて気付いたのだが、かなり整っている洞窟…というよりは水路に近い物を感じる。キレイ過ぎるのだ。ゴツゴツとした岩盤を想像していたのだが、トンネルみたいになっている内部構造はなんとも薄気味悪い。

 横にいるカエデも戸惑いがあるようで足が震えている。

 俺は魂の力【領域索敵】で洞窟の深部を覗き見る……と、ゾクリと身震いする。ヤツがいるのだ。竜のように蜷局を巻くその姿は、シロザメクラスのサイズをした大蛇である。それだけではない。続々と壁から生まれ出て来る人型モンスターに息を呑む。


「レイン、カエデ。戦闘態勢だ」


 俺の声に分かっていたことだがいきなり現れたモンスターに、恐慌状態に陥るレインは自分の大杖を落としてしまう。カエデは一枚も二枚も上手のようで、大丈夫やで。とレインを落ち着かせる。

 俺は魂の力【念話】で言葉を伝える。


『レイン、大丈夫か?』

『う、うん。大丈夫。ちょっとびっくりしただけ』

『カエデ、援護射撃を任されてくれるか。遠慮は無用だ』

『吹っ切れたみたいやな。いいけど、無茶は駄目やで』

『ああ、問題ない。俺の全力を持って殲滅する』


 吹っ切れた。とカエデに言われたが何も吹っ切れてなどいない。

 トモキチを殺した事実は変わりないし、そう簡単に割り切れるくらいなら自殺なんて考えなかっただろう。いまの俺は三人と一心同体の身だ。不安を生み落としてはいけない。俺が変わらないと、二人が傷つく。

 俺はそんな現実は認められない。

 俺の甘さが仲間にレインとカエデに「死」を与えるなら全力で抵抗すればいい。

 もう曲げる訳にはいかない。

 もう逃げてはいけない。


 俺は自分の相棒であるナイフのガーディアンライトを構えて、音を掻き消す【無音】と鷹が天から獲物を狩る速度をイメージした【加速】を掛けた新しい連技。ユウセイの隠れて現れた【隠蔽】から思いついた俊足攻撃【無音暗殺サイレントアサシン】を発動する。

 最速と見切れる動体視力で人型モンスターに駆け寄ると、一体二体とカエデの連続射撃が頭部に炸裂する。飛び散った赤黒い血が頬を霞めようが関係なく、息のある人型の首筋をナイフで削いでいく。


 レインとカエデの目に映ったのは、血飛沫を上げるだけの人型モンスターのみ。赤黒い血液が宙を舞い地べたにペチャベチャと落ちる頃、漸くヒロキの姿を捉えることが出来ていた。それも人型モンスターの群れのさらにその先、数メートルの位置でナイフに付着した血を軽く素振りして落としている。

 

(なに? いまの…)


 その異様な姿にレインは、なにか凄い怖いものを見た様に身を震わせるが直ぐに落ち着いた。それはカエデもだったが、カエデが覚えたのは武者震いだった。


(ヒロ、やっぱりウチの見込みに狂いはないな~)


 二人には反してヒロキは違った感情を覚えていた。

 それは軽過ぎる命と自分の冷酷なまでの心、魂の在り処に疑問を抱いていたのだ。

 不思議と手に震えはない。なのにどうしてだろうか?

 こんなにも心の底から笑っている自分がいる。

 俺はナイフに付着した赤黒い血を見る。

 温かい。当然だ。さっきまで生きていたのだから。

 俺は異常なのか?

 生きるために刃を振り上げて、仲間を守るために振り下ろす。

 俺は壊れてしまったのか?

 …だったら、俺は進むしかない。留まる前に。後悔する前に。失う前に。只管、前に足を上げて進むしかない。


 レインとカエデが俺の名を叫ぶ。

 叫ぶ先には俺ともう一体、バケモノのような図体をした怪物。青黒い鱗を全身に纏った大蛇が洞窟の地べたに、その巨体を引き摺って現れた。頭部はかなりエグイ。潰れた醜い鬼の形相をする大蛇は、生臭い吐息を吐きながら涎を垂らす。

 ボタボタと落ちた涎には、酸の成分が含まれているようで硬い岩盤が溶けて液体状になっている。


 この至近距離で襲ってこない点から見て、鼻がないのか退化しているのだろう。

 現実世界でのヘビというのは、鼻と舌は同じ器官ではないかとされている。人間の場合、空気中の化学物質を受容するのが嗅覚。直接触れて受容するのが味覚となるがヘビの場合は違う。

 ほとんど味覚のないヘビは、代わりに舌は空気中の化学物質を受容できる。言わば鼻と同じ役割を持つようになっている。なぜヘビの嗅覚が強化されているのか? と言う疑問が浮かぶが、これは視覚と聴覚が発達していないためだ。嗅覚と触覚と熱センサーで判別するしかない。舌が二つに分かれているのは、匂いを立体的に感覚するためだと言われている。

 ヘビは食事するために、丸呑みするため口での呼吸が困難になる。そこで鼻は呼吸器官としての大切な役割を担っている。


 そこから考えた俺の結論は一つ。

 地下に住んでいることから紫外線や熱を感知するセンサーは、退化しているのではないかということだ。俺たちを丸呑みにすることは、造作もないはずの距離で喰わないなら先手を打てる。

 全力全霊を持って魂の出力を大きく上げて噴出させる。それをナイフ、刃に纏わせてイメージを助長させ意識を集中。大きく振り上げて、潰れた鼻先目掛けて一気に振り下ろす。接触する寸前で剣術スキル【兜割り】を発動する。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 声を大にして叫ぶ俺は頭部を真っ二つにするつもりだったのに、一点集中の一撃必殺の剣戟は青黒い鱗に阻まれて衝撃のすべてが岩盤を貫くだけ。

 青い粒子を伴って散ってしまう俺の魂の波動が虚しく、レインとカエデを襲う。無論、魂自体に力はないためにダメージなどない。敢えて言うなら視界が青い粒子で覆われるだけである。

 大蛇の真っ赤に血走った両目がグルリと回して見開く。生臭い吐息を爆散させる異形な口が開くや否や、二つに分かれた舌が俺を認識した様で奮い立たさせる。首か胴体かは定かではないが、立ち上がった巨体が天井に当たる。


「キシャ――――――――――!!」


 レインとカエデとは、比べ物にならない大咆哮が希望を打ち砕く。

 …っで、それがなんだ。

 俺はもう逃げないと。臆さないと。失わせないと。己の魂に刻んだだろうが! と構えを崩さない。

 全力が通じないなら、限界を越えればいいだけの話だろうが!

 俺は魂の色を変質化させてゆく。

 ドクンドクン。と心臓の鼓動が早く勇ましく轟き、血管を走る血液が猛々しいほどに熱と痛みを持って俺に警告を促すがどうでもいい。

 心臓がブチ破れたって構わない。

 ブチブチ。と筋肉が悲鳴を上げて肌が割れる。それがなんだと重心をずらして俺の持つ最強スキルを発動させる。


「オーバーエフェクト【ドラゴンライジング】」


 俺を包み込む真っ赤な魂の波動に馴染むよう出現したドラゴンを模した頭部が、魂の器となって飲み込む。レインとカエデが見たのは、赤い衣が赤い竜となって纏った凄み溢れるヒロキの姿だった。

 威圧でか、それとも魂の波動でか、地べたの岩盤が割れる。赤い空気がカマイタチのように、洞窟内に悲鳴と斬撃が飛び交う。

 ヒロキは身体中から血を流しながらも前を行く。

 二人にとって、その姿は愚者ではない。英雄の姿がそこにはあった。

 レインは思う。


(ヒロキ。わたしね。やっと、気付いたんだよ。自分の気持ちに。

 いまだから思うけど、あの時盗賊に捕まってよかった。にぃの影に隠れてるだけだったわたしを。わたしに手を引いてくれたあの時から、ずっと見てた。

 カエデがね。それは恋だって教えてくれなきゃ、わたしは気付かなかった。わたしに勇気をくれた。そんなヒロキが大好きだよ)


 祈りを捧げるように両手を組むレインを見て溜め息をつく。それでも何かを吹っ切れた清々しい顔でカエデは思う。


(ヒロはモテるな~。ウチのファーストキスやったけど、勝ち目ないやろ~な。

 でも、横取りいうんも刺激的やも知れんな。いや、止めとこ~か。

 気づいとるか? 自分、もう立派な冒険者の顔やで)

 

 二人の思いも知らずにヒロキはただただ。前へ。

 前へと足を踏み下ろして【竜の力】の威圧感で麻痺した大蛇へと近づいていく俺はトモキチから習った一撃必殺の剣術スキルを発動させる。

 割れた肌から滲み出る血液を利用して、ナイフを大きな刀身をした太刀となる。奮い立たせる心臓の鼓動と真っ赤な魂の残火が吠える。


「オーダー、

 ソードスキル【アウトブレイカー】―――!!!」


 地べたの岩盤が一気にひび割れる。

 赤い風が荒々しく舞う中、一歩踏み込むヒロキの猛威を焼き付ける大蛇は見たのは真っ赤に燃ゆる竜の化身。

 瞬きした瞬間、襲うのは自分の誇りだった青黒い鱗が砕かれる音ではない。既に砕かれ肉を焼き付ける熱と痛みの連鎖である。全身の神経感覚が悲鳴を上げるよりも早く裂かれた胴体が大蛇の反応を鈍らせる。

 ゴボゴボ。と筋肉を裂かれ真っ赤で生々しい内臓物が現れる。それを見た途端、血相を変える大蛇は動体をくねらせて悲鳴を上げる。


「ギャガッグ、ググ。プッシャーーーーーーーー!!」


 飛び出す血液に交じって丸呑みにしたゴブリンが息を切らして、その肉と血を啜る。割れた胴体を修復しようにも、洞窟内を漂っていた濃い魔素が消失していることに気付いた大蛇は、痛みに耐えながら逃げるように身体を引き摺って行く。

 赤黒い血が道となった。その場所に残されたレインとカエデは、緊張の糸が切れたようでぐったりと膝を着いて倒れる。


 ホッ。と一息ついて立ち上がる二人はヒロキの名を呼ぶが一向に返事がない。それどころか、ピクリとも立ったまま動かない様子を見てすぐさま駆け寄る。

 そこで見たのは、立ったまま意識を失った傷だらけの英雄ともう一人。

 この地方では珍しいエメラルドグリーンのキレイな髪をした半裸状態の可愛らしい子が倒れていた。

 

「「誰? この子…」」


 二人は顔を見合わせて静かに問うのだった。


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