【#038】 Down -黒結晶洞窟-
これは二話投稿無理かな。調子に乗って新作を投稿したのが原因ですね。多分。
まあ、ともあれ。一話は更新できました。冒険小説らしい物語の内容です。お楽しみ戴ければ幸いです。
一応、告知はしておきます。
【告知】ファンタジー小説として投稿しました。
「サイドファンタジーで荒稼ぎする冒険者の御伽話」
ゲームでもお馴染のサイドスートリーやサブクエストで生計を立てていく、異世界人のお話です。良ければ、読んでみてください。
盗賊団の拠点で入手した書物がこんなところで役に立つとは、想定外である。しかし持って来て正解だった。と今は後悔していない。
古い書物の性で、表紙や中身もボロくなっている。誰がこれを書いたかは分からない。でも、これは相当な時間ここにいただろうことはよく分かる。
丁寧に記されているのだ。採掘できる鉱石から化石。伝説上の財宝の在り処から生息するモンスターまでが乗っている。
黒結晶洞窟と呼ばれる水晶洞窟の第二階層は、まさに地獄絵図だ。
それもこの書物に記されていることなのだが、時期が最悪なのだ。と言うのも、四年に一度の祭典「英雄祭」開催前後にかけて、どういう訳かこの洞窟ではモンスターの繁殖期となるというのだ。かなり危険な状況に陥っている。
一刻も早く、脱出する必要があるがその前に治療が先決だと考える。
俺たちは、ここに来るキッカケを作った奴隷商人と思しき奴等と一戦交えた。
結果は見ての通り惨敗だ。いや、惨敗なんてものじゃない。あの一戦に勝ちも負けもないんだから。生死。命を懸けた戦いの後に残るのは、自分の惨めさと大切な人間を失う喪失感だ。
そりゃあな。まだ、誰も死んでない。いや、より正確には俺が人を殺しているか…。
俺はトモキチを殺してしまった。それは事実だ。
今になって思う。
あの時の選択。殺害という手段は果たして正解だったのか?
今になって悩む。
他にもあったのではないか?
この世界での罪人の扱いも分からない俺が悩む必要があるのかとも思う。
………。
ああ、そうだ。これはあの時の俺だ。
俺のとって、アレは復讐だった。でも自殺に追い遣った罪悪感に溺れた。
俺って奴は結局、なにも進歩してやいないんだ。目先のことしか考えていないんだ。
もっと未来を見なきゃいけなかったんだ。もっと……。
「ヒロ…?」
深く思い悩んでいた性か、カエデの声は届かなかった。
その後もカエデはヒロキを呼ぶのだが一向に返事がない。
カエデ自身も気付いていた。あの一戦で自分たちを救えなかったことに後悔しているのだと。でもそれは違うんよ。自分を責めたらあかんよ。とは言えなかったのである。
あの時、自分たちは
『もっと自分の仲間を信用しなよ。ウチ等の心配する前に、自分を心配しいや。これでも一応はヒロよりも何年か先輩の転生者なんやから。頼ったらええ』
と言って送り出した。
勿論レインちゃんもや。実際はホムンクルスの拳で吹き飛ばされたんやけどな。でもや、ウチがレインちゃんを守らなぁいけんかったんや。先輩として、友人として。でも結局敵わんかった。ヒロがウチ等を助けに入らんかったら、今頃は蜂の巣や。だから…。
カエデは足を止めて叫ぶように名を呼ぶ。
「ヒロ、――!!」
その言葉に漸く反応を見せた。レインを背中におんぶしたヒロキの足が止まる。
良かった…? でも、なんやろ。凄くピリピリとしてる。
振り向こうとはせず、耳だけをこちら向けているようだ。
「ヒロ、自分を責めたらあかん。
ウチ等はまだレベル二十台なんやし、あの魔法使いが最後に使こうた爆裂魔法【ボルカニックアロー】なんて上級魔法やしね。
…ヒロ?」
「なら、俺は何を責めたらいいんだ?
俺が迷わなきゃ…。俺がもっと強ければ…。敵にも言われたのを知っているだろ。
俺の優しさがレインを。カエデを傷つけたんだ。
もう、もう…もう何も失いたくない。死んだら、殺したら、もう戻ってこないんだぞ。
トモキチだって、レインだって…―――『ペチッ』―――!」
おんぶしているレインが俺の頬を弱弱しく叩いた。
わたしはまだ死んでいないよ。と小さな手で教えてくれたのだ。
レイン…。ごめんよ。
そうだよな。俺は前に進まなきゃなんない。
「カエデ、悪い。俺が間違ってた」
「ヒロ……」
俺たちは前に進みながら、レインの手当てをしていた。
カエデのケガの具合はそれほど重症ではなかった。いや、そうでもないか。
俺の治療では魔法は使えない。回復魔法【ヒール】は、傷口を閉じて傷跡を修復するが、出血した血液の生成までは修復できない。故にバッドステータス【貧血】が起こりうるのだ。
俺の治療は、現代医療とバイモンから教わった処置法で、まずは傷口を消毒する処から始める。消毒液なんて便利なものはないので、ここではバイモンから貰った餞別の品である洋酒が使える。揮発性物質を抜き取った薬草系の洋酒【悪魔の尻尾】というもの。これなら貴重な水で薄める必要もないからな。
消毒での殺菌効果に最も適したアルコールってのは、七十五%なんだ。七十五度の通常の酒には、揮発性物質が含まれているので効果適用外なのだとバイモンが教えてくれた。気休めにはなるかもだが、因みにだ。アルコール度数が百度だと、薄めなければ殺菌効果は発揮しないということだ。
現状が現状だしな。貴重な水を失うよりは、折角貰った品をここで使わなきゃ損ってもんだしな。
殺菌が終わったら、傷口を再度確認する。
次にガーゼをするところだと想いがちだが、傷口が治った際に剥がすと瘡蓋まで取れてしまい折角癒えたのに傷口が開いてしまうケースがあるので、これを使う。見ての通りサランラップだ。この世界にはサランラップがないので、バイモンとの協力のもとに作った治療用ラップだけどな。
傷にはそもそも周りの皮膚から常在菌が入ってくるので、それを阻止するためにラップは直接傷口にガーゼを当てるよりも効果覿面なのだ。勿論、治療用ラップの上にガーゼはするけどね。
ワセリンがあればよいのだが、そんな上等な品はない。
ワセリンってのは、石油から得た炭化水素類の混合物を脱色して精製したもの。主な使用用途は、皮膚表面に油分の膜を張って角質層の水分蒸発を防ぐ湿潤ケアだ。鎮痛・消炎・鎮痒の軟膏剤のような医薬品の基剤や潤滑剤や皮膚の保湿保護剤としても用いられる。現代、あくまで現実世界ではの話だ。無論、この世界にも同じものはある。だがバイモン曰く、高価な品で貴族や王族という身分・位の高い者しか持っていないのだとか。
これで処置は完了だ。後はガーゼが落ちないように包帯を巻けば問題ない。気掛かりなのは、どうしても傷跡が残ってしまう点だ。こればかりは仕方ないのだが、女の子だからな。少し気が引ける。
さて問題はレインの方だ。
意識が戻ったカエデが回復魔法【ハイヒール】で傷口を閉じたまでは良かったのだが、意識が戻っていない。それどころか、傷口に細菌が入ったのだろう。高熱で蹲っているのだ。勿論だが、解熱さようのあるカプセルと水分補給の為に水を与えている。しかし、見ての通り。熱は下がらずに俺の背中で苦しそうに寝ている。
さっきもペチッと頬を叩いていたが、その小さな手に力はない。体力が相当落ちてきているのだ。
最早、一刻の猶予もない。
今、俺たちは出口を探すこともあるのだが、それよりも【サーチ】を使って冷たい水を求めエリア『水神湖』に向かっていた。何故かって? カエデから聞いた伝説をただ信じたかったのだ。
水神湖の伝説。
昔々、ヘビを虐める大人たちがいました。
虐められるヘビを見て、少女はヘビを助けようとしました。しかし大人たちに反撃しようとしたヘビは少女を咬んでしまいました。咬まれた少女は涙を流しながら、大人たちの前に立ち塞がりました。大人たちは、その少女を見て沈黙しました。諦めた大人たちでしたが、その態度を急に改めたのです。少女が病で命を落としたのです。
大人たちは責任をヘビに押し付けて、悪人に仕立て上げました。大人たちは、冒険者を雇いヘビ退治を依頼しましたが戻っては来ませんでした。傭兵にも。盗賊にも。依頼したのですが、皆殺されてしまったのです。そこで村の長は、有名な賢者に「ヘビ退治」ではなく「怪物を封印」して欲しいと懇願して雇いました。
賢者は、洞窟の深淵にある湖に強力な「封印の法」を掛けたのです。二度とヘビが地上に出て来ないようにという願いを込めて。しかし賢者は帰って来ませんでした。莫大な報酬を用意できる筈がないと考えた大人たちと村長は、うまく「封印の法」が発動していることを確認してから入り口を爆発で吹き飛ばして賢者を殺してしまったのです。
しかし、賢者は死んでいませんでした。「封印の法」の中に新たに強力な呪いを組み込んで、深淵の洞窟に魔物を生み出しました。賢者は人間を辞めて、怪物になったのです。自分ごと封印した人間たちに復讐するために、不死の軍団を引き連れて貴族から眩い金銀財宝や王族の秘宝を強奪して、強欲な人間を待ちましたとさ。
御伽話ってはフィクションが多いが、伝説は嘗てあった大きな事件を題材にしていることが多い。一寸法師のお話は、伽話。説話なので昔の人が作ったフィクションだ。だからじゃない。カエデが言うには、実際にその湖の水辺に錬金素材【グラスポット】があるというのだ。それはバイモンが言っていたことと合致する。
ガラスは高価な品として取引されるが、錬金素材【グラスポット】の生産は天然の苗床である清い冷水と魔素を多く含んだ土が必要だということ。それに合致するのが水晶洞窟の深淵にあると。
俺たちはレインの具合を見ながら、古書の地図と【サーチ】から現在位置を確認する。
間違いない。この奥が水神湖だ。だが、な。これは相当な苦難な道のりになるな。と足が震える。
カエデも同じ気持ちのようだ。開いた口を手で覆い隠して、実を震わせている。
黒結晶洞窟の内部は、第一階層の水晶洞窟と大いに異なり平らな地面などないに等しい。道ではない道を歩いているような感覚だ。突き出た黒い結晶柱の上を歩いたり、底なしの崖を飛び越えたり、危険に満ちていたが何とかなるものである。
しかしだ。これは非常に厳しい。
絶壁。どこの秘境に挑戦する冒険家だよ! と言いたくなるほどの絶壁と勢いよく流れる滝が俺たちを警告している。でも、行かなきゃなんない。
レインの容体を見る。相も変わらず、頬は朱色のまま。
滝の水を汲もうにも底の見えない崖の下へ流れていくばかり。撥ねた水を必死に集めても二人分の飲み水にしかならなかった。
三人のイベントリにあるアイテムを確認する。
矢張りだ。今入手した水を入れても、長くとも二日分の水しかない。この洞窟に来てからというもの既に五日が経過している。食料もそろそろ底をつく。登らなければ、俺たち。いや先にレインが死んでしまうだろう。そんな事が頭を過ぎった。歯を食い縛って俺はカエデに言う。
「ロープを貸してくれ」
「ヒロ、それは駄目や。ウチ等もいく。また一人で無茶する気やろ」
「でも、よ」
「でも、やない」
真剣な顔で見詰めてくるカエデに心が折れた。
はぁ、俺。女の子に弱いな。
「分かったよ。一緒に行こう。でも無理はしないでくれ。一応はケガ人だからな」
「それはヒロもやろ。魂の波動で揺らいで見えるんだから、相当疲れてる筈。ずっとウチとレインちゃんを看病してくれとんのやから」
「ウソ発見器かよ」
「冗談を言うんなら問題ないなぁ。でも無茶はあかんよ」
はいはい。と俺は答えてレインを再びおんぶする。
ピッケル【見習い採掘士の誇り】を取り出して、絶壁に突き立てて壊れないか実証実験した。ロッククライミング専用のピッケルではない為、どこまで持つかは分からないがないよりマシである。
俺はレインのイベントリからピッケルを取って、カエデに渡す。
カエデは魔法が使えるので、もしもの時は浮遊魔法で身体を浮かすと言っていたが、万が一を考慮して俺とレインをロープでくくる。カエデの胴体にもロープを巻いて、俺の腰にロープを巻いて命綱を作っておいた。
これで準備万端。
「よし、行くぞ」
「うん」
俺たちは命懸けのロッククライミングを開始した。




