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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第二章 「水晶洞窟の冒険と奴隷少女」 Episode.Ⅱ 《黒結晶洞窟での英雄譚》
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【#037】 Rain -血の雨-

次週、土日で改稿せず新規投稿予定。執筆状況次第では、二話上げれるかもしれません。前話【#036】加筆して改稿していますのでそちらから読んで戴ければ幸いです。それでは今日はここまでです。明日も早出なので、おやすみなさい(-_-)zzz


 カエデも気付いているのだろう。目がそう言っている。

 この組織を束ねるリーダー格の人物の風貌は、魂の波動でよく分かる。シルバーファングの頭目も黒かったがこれは別格だ。それだけじゃない。

 純黒の怪し気なベールに包まれた雰囲気に加えて、右頬に刻まれたトカゲのタトゥーが俺たちに危険信号を送っている。

 武器らしい物は目視できないが、危険を感知した俺の身体は反射的に臨戦態勢に入る。

 それはレインとカエデもそうだった。

 レインは俺の後方に立って、本が独りでに宙を浮いてパラパラと頁を捲って止まると白い輝きを放っている。どういう原理かはこの際どうでもいい。

 カエデは俺の左斜め後ろ、レインからで言うと左斜め前に立って長弓を構えている。

 そんな俺たちにリーダー格の人物は、全て見て知っていたように言う。


「我が儘で、強欲な人間ってのは、強い力に呑まれるのがオチだ。そうは思いませんか?」


 ただ聞くだけの俺たちに不敵な笑みを浮かべる。

 見たことがある顔だ。いや初めて会ったけどね。どこで見たんだっけかな?

 ――!? あっ、思い出した。アレだ。外回りのセールスマンが良くやる営業スマイルってヤツだ。イケメンでもない。でも自然と目が彼に吸い込まれてしまう。

 そんな笑顔に騙されないぞ。と言わんばかりに俺は、ガーディアンライトを武器スロットルから抜き、身を屈める


「そう、慌てなさんな。全く。冒険者ってのは、せっかちでいけない。

 でもお蔭で理解できましたよ。君たちは知ってはいけないことを知ってしまった。これはいけねぇ。こっちも商売ですからね。身の危険を感じたら、殺処分っていうのが流儀でねぇ。

 でも死ぬのはイヤでしょ。まだ若いんだしね。そこで提案があります」


 良くしゃべる奴だ。セールスマンも大変だな。お互いの利益を考えているようで、実は商売人が一番儲かる工夫をしている。この提案にも何かあるのではないかと疑う俺は武器を構えたまま話しを聞く。


「彼女たち二人を私に売ってください」

「断る!!」


 俺は即答した。

 この答えだ。次の言い回しは分かってる。どうせ、二人を貢物として捧げる代わりに俺を解放するとかっていうのだろう。死ぬよりはマシだと!? フザケンナ!!


「フーン。仕方ないですね。

 特別報酬は傷物になりますが構わないでしょう。最近の市場価格には傷物や中古品もありますからね。痛い思いをして自我が崩壊した商品というのも高値で売れます。問題ありません。コガネイさん、始末は任せますよ。

 私は高みの見物としゃれこんでいますので…」


 リーダー格の人物は、身体を宙に浮かせて高い木の太い枝に腰を下ろしてこちらをジッと見ている。本当に戦う気はなさそうだ。でも用心に越したことはないと、一応頭上にも注意の網を仕掛けて置く。

 サバイバルスキル【サーチ】の応用で、それを魂の力で感知拡張した優れものだ。戦いの最中に割り込もうものなら、一瞬という速度で俺に伝わる。


 俺たちの前に現れたのは、語尾にヤスとかって言ってたコガネイというチンピラだ。

 金髪にグラサン、そしてチビという組み合わせはかなり浮いて見える。

 コガネイはグラサンを僅かに下げて裸眼を晒すのだが、そこにあったのは人間の目ではなかった。機械染みたハイテク性が窺える上に、小さな魔法陣を展開して、


「アクセス【魔法使い】」

「「「!?」」」


 俺たち三人は硬直してしまった。

 この中で大先輩に当たるカエデさえ知らないのだから当然だが、そんな戦い方など聞いたことがないのは事実だ。

 一体、何にアクセスしたのかも分からないまま、コガネイは口元を歪めて手中に光球を作り出しては宙へ浮かせていく。その数は二十と、かなりの魔力を消費する筈がコガネイの表情に疲労という文字はない。


「火炎魔法【メテオフレイム】!!」


 どういう訳か分からない内に、戦いの幕が上がった。

 二十もの光球は、何処から出現させたのか火球となって一斉に俺たちを襲った。

 この強襲に対してレインが発動させたのは、防水魔法【アクアベール】。水分を帯びたキレイな海の模様をした膜で俺たちを包み込む。

 発動直後、レインが俺の脳に訴えかけてきた。


『ヒロキ、時間がないから聞いて。

 これはカエデから教えて貰った魂の力を使った【念話】。魂の力が目覚めたプレイヤー間を繋ぐんだけど、同調シンクロするには特別な感情が必要になるらしいの。だから盗聴はされない。安心して…』


 間を割るように今度はカエデが入ってきた。


『ヒロなら、余裕で出来るやろ』

『その馴れ馴れしい言いまわし……、ヒロキやっぱり』

『いや違うからなレイン。あれは、気絶しただけであって、その後のことは………って、おおう。使えてる。これが念話か、ってアレ避けないと』


 降り注ぐ炎を纏った火球だが、この海模様の膜の性だろうか。威力が半減されて、膜面に触れただけで火球は消失している。内部には、ちょっとした衝撃、反動が伝わる程度だ。

 この膜面、よくよく見るとユウセイが使っていた反射装甲リミットカウンターに似ている。触ったら弾けて破れそうなので、敢えて触れないが中々居心地がいい。

 摩訶不思議なものを見た俺を気にしてか、丁寧にレインが説明してくれた。


『これはね。大気中の酸素を自分の魔力と魔導書の力で強制分解して生まれた水の力で増幅した対火炎魔法なんだ』


 えっへん。とされてもな。

 そういえば、レインの戦いは見たことないな。クロムの奴とはPVPも素手で殴り合いもしたから魔法的な特徴は分かるけど……。

 俺は少し前の記憶を思い出す。クロムとレインのステータスだ。


Ability

HP;体力値1520

STR;筋力値100

AGI;俊敏値98〈+8〉

VIT;耐久値90〈+20〉

DEX;器用値144〈+7〉

MP;魔力値77〈+5〉

Core;コア4


 これはクロムだな。


Ability

HP;体力値1230

STR;筋力値90

AGI;俊敏値98〈+10+8〉

VIT;耐久値90〈+20〉

DEX;器用値154

MP;魔力値104〈+10+5〉

Core;コア4


 これがレイン。

 クロムよりも魔力が上ってことは、魔法戦闘においては俺やカエデよりも強いかもしれない。いや待てよ。確か、防水魔法【アクアベール】なんて魔法スキル習得していなかったはずだけど。


『レイン、教えてくれ。その魔導書にはいくつ攻撃転換できる魔法スキルがある?』

『――やっぱりヒロキは、頭の回転が速いね。この魔導書。天盤経典の大魔導書には数百という魔法スキルが保管されてるらしいんだけどね。わたしのレベルに応じて…いま使えるのは五つ』


 レインは元々、薬師を目指す癒し手。攻撃転換できる魔法スキルがあるなら、カエデの弓と同じく後方支援バックアップがいいだろう。だが狙いは二人だし、どうするかな。ここから離れれば…。


『ヒロは考え過ぎ。もっと自分の仲間を信用しなよ。ウチ等の心配する前に、自分を心配しいや。これでも一応はヒロよりも何年か先輩の転生者なんやから。頼ったらええ』

『そうだよ。信じてわたしたちを』


 言葉が出なかった。

 俺は頷いて返事をするが、俺たちは個々が戦場になっていたことを忘れていた。いや忘れてたんじゃない。一方的な勘違いだ。戦場の中で敵が待ってくれるなんて、ある筈がないのだ。

 一寸先まで詰め寄られた人造人間ホムンクルスの拳は、俺を保護していた防水魔法【アクアベール】を弾き飛ばして顔面にクリーンヒットを浴びさせる。

 衝撃で飛ばされる中で、俺は構築能力を行使する。【固定】だ。その名の通り、自分の足を空気中に固定させる。いま宙に浮いている状態である。無論、拳が顔面に接触する寸前に【硬化】を施したのでダメージはほぼない。

 でもだ。痛い。打撃の反動は流石に痛い。鼻がもげるかと思った。

 鼻先を擦る俺を見てレインとカエデが叫ぶ。


「大丈夫!?」

「ヒロ、無事!?」

「ああ、大丈夫だ。どうやら待ってはくれないみたいだ」


 数十体のホムンクルスに囲まれた挙句、コガネイは次の魔法を既に展開している。

 大した距離じゃないけど。離されてしまったな。

 コイツ等の表情は、前の奴等とは動きがまるで違うし人形は人形でも。あの拳に、あの顔は。


「オマエ等!! トモキチに何をした!!?」


 俺の叫びに唯一答えたのは、傍観者を決め込んだリーダー格の人物である。

 太い枝の上で俺たちを見やるその視線は厭らしくねっとりとしている。まるでガムテープの粘着力を感じるが、その顔はまだ笑っている。本当に気味の悪い奴だ。


「なんだトモキチを知っているのかい。彼は、いや。彼等は裏切り者だよ。商品を奪う賊と変わりない裏切り者には丁度いい制裁になっただろう。特に麻薬ポーションは失敗作だって知らずに使って消し炭になったところは最高に楽しめたよ」


 失敗作!? どういうことだ。


「やっぱり知りませんか。

 君たちが聞いた麻薬ポーションは全部。ある成功品になるポーションの失敗作なのですよ。シルバーファングの頭目が服用したのも失敗作。

 成功品の原材料は、「黒結晶のメタルコア」「妖精の涙」「金塊」「霊獣の角」そして「ドラゴンの血」が必要不可欠でね。それぞれの分量を間違えれば、その全てが失敗作。麻薬ポーションの出来上がりということです」


 ドラゴン。本当にそんなモンスターがいるのか!?

 いやそれよりも、どうしてだ。

 どうして、俺の目の前にトモキチがいるんだよ…。

 俺の気持ちも知らずに彼の言葉はまだ続く。


「麻薬ポーションを成功品と偽って、取引するのも立派な商売ですよ。

 成功品。「血銘酒ドラゴンブラッド」の市場価格は単価数億単位の値打ちものですからね。商売にとって麻薬ポーションは、冒険者目当てでは格好のカモになるという訳ですよ」

「そ」

「そ? なんです? その反抗的な目は」

「そんなことはどうだっていい!!

 どうしてだ。どうしてトモキチを殺した!?」

「どうして、ね? 貴方はお優しいですね。冒険者失格です。赤点です。

 貴方の優しさは、時に自分の仲間の命を奪うかもしれないという教訓をここで教授しましょう。私は、ね。この世界、商売人の世界に入った時から知ったのですよ。人間は生まれた時から悩んでも悔やんでも、結局は同じなんですよ。神様は個人に優しくはない。平等ではない。

 私は奪う側の人間です。この作り笑いも。全てを奪うために捧げてきた。

 罪人に。他人に大切な物を奪われる。奪われるなら先に奪ってしまえばいい。

 コガネイさん、彼等を殺してください」


 レインとカエデが必要じゃないのか?

 俺の心を読んだように言葉だけを言い残して、


「特別報酬の意味は、ね。既にノルマを確保していないと使わないんですよ」


 彼は雲隠れするように霧の中に身を投じて、コガネイと俺を囲んだ人造人間ホムンクルスだけを残して数人の仲間と共に消えていった。

 心が何処か途切れてしまった俺に降り注ぐ拳を拳で返す俺は、どうしようもなく叫んだ。


「畜生、畜生、畜生。

 畜生、ちくしょおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉ!!!」


 俺は何に怒ってんだ。

 オッサンは罪人だって分かってる。でもよ。殺すことはないだろ。

 どうしてだ。どうして、どうして、こんなに涙が出るんだ。

 どうしてだ。どうして、オッサンを人形に出来るんだ!?

 どうしてだ。答えろよ、オッサン。

 笑えよ。笑ってくれよ。

 ……………

 …………

 ………

 …

 ………

 …………

 ……………

 オッサン、俺はもう行くよ。大切な奴等がいるんだ。

 もう決めたんだ。

 もう分かったんだ。

 いま楽にするよオッサン。

 オッサンが教えてくれたんだ。この技を。

 誰かを守る時に使えって言ってたよな。

 俺は誰かを救うために使うよ。


「オーダー、ソードスキル【アウトブレイカー】―――!!!」


 オッサンはナイフを必殺の剣って言っていた。

 自らを危険に晒しながらも、相手の急所を突く必殺の剣。ナイフの短い刃に自分の血液を走らせて使うのは構築能力【血刃】。血液に含まれる鉄分を利用して数倍まで伸びた刀身は細いながらも日本刀に近い状態になる。

 このスキル【アウトブレイカー】は、限界を打ち砕くと言う意味らしい。

 俺はこの剣に、【増幅】でガーディアンライトに流れた血液を強制的に増幅させて長剣を作る。後はイメージである。すべてを断つ圧倒的な切れ味を乗せて、切り裂いていく。

 服に。目に。口に。髪にへと赤いオイルと赤い血液が飛び散って来ようとも、足を止めず只管前へ詰めていく。頬を伝う涙だけを噛み締めて、血の刃を振り下ろす。


 俺は初めて人を殺した。

 俺の顔は今どうなっている。

 泣いているのか。

 悔しんでいるのか。

 悩んでいるのか。

 食い縛っているのか。

 なんだよ。これはよ。

 俺はもう………。

 俺はもう、もう、もう。失いたくない。

 失って堪るかよ。


 でも遅かったんだ。

 俺の決意は。俺の行動は、何もかもが遅かったんだ。

 俺は助けることが出来なかった。

 横たわったカエデを守るように行使した防水魔法【アクアベール】を貫通して、連射する赤いレーザーの弾幕の一つがレインに直撃する。


 “ごめんね„


 聞こえないけど聞こえた。口の動きで分かる。

 何がごめんだ。

 寝るにはまだ早いだろ。

 クロムと一緒に冒険すんだろ。

 薬師なるって、兄貴クロムのお嫁さんになるんだろ。

 ここで…。

 ここで終わって堪るかよ。

 天に叫ぶ。


「オーバーエフェクト【ドラゴンライジング】―――!!!」


 だが神様って奴は、本当に残酷だ。

 赤いレーザーの弾幕、弾頭は地中に刺さるなり次々と爆裂していく。

 その間。コガネイは宙を浮かせたまま、俺たちを見下した眼差しで言う。


「祭壇の丘は、地獄に通じてんでヤスよ。次に会う時は、あの世で。

 ―――爆裂魔法【ボルカニックアロー】!!」


 何だよ。ホントに。

 本当に神様って奴は、俺がキライらしい。


 爆裂魔法【ボルカニックアロー】が降り注ぐ中で俺はカエデを背負って、傷口を押さえてレインを抱っこして反射装甲を張る。

 地中に突き刺さった弾頭は次々と爆裂していき、地揺れと共に開いた地獄の入り口に俺たちは落ちる他なかった。

 戦っても勝てない。

 捕まっても二人の命の保証もない。

 逃げ回って死ぬよりは、マシだと思った。

 俺は反射装甲の内側から宣戦布告する。


「地獄の果てから這いやがって、テメエの首をぶった切ってやるよ!!」


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