【#031】 Core -想像力の結晶体-
この回でEpisode.Ⅰ《水晶洞窟の冒険譚》で終わりになります。
次話の投稿からEpisode.Ⅱと称した新章スタートです。
今回は前話の続きで「ヒロキ VS ダイン」の決着篇です。
今年も残すところ僅かとなりました。
改稿するばかりの一年となりましたが、来年は更新の一年となるべく頑張りますので応援して下されば幸いです。
因みに現在、次話執筆のため年中にもう一度更新する可能性アリです。
体力値を示す緑色のゲージの下にダイヤモンドの五角形にも見えるこれを「Core」と呼ぶ。このコア一つ一つには、莫大なエネルギーで満たされており構築能力という一つの命令を強制的に発動させる。ただし、【発火】という命令を発したところで火を熾したり、燃え移るような火災になったりはしない。ある一定の条件を満たさなければ、不発に終わってしまうのだ。
【発火】の場合、発動と同時に熱が必要不可欠となる。
お手軽な例を挙げると、指パッチンや火薬に成り得る素材アイテムがあれば十分に発動できる…そう考えれば誰もが構築能力を使うことだろう。しかし構築能力の扱いは魔法や錬金術よりも遥かに難しい、と専門家は語る。その原因の多くはメリットとデメリットを対比した場合、デメリットに軍配が上がるからである。
この世界のすべての基本とされる構築能力だが、強制力を持った命令を下すには必ずコア一つを消費しなければならない。コアを消費した際、発生する充填時間即ち次にそのコアを消費するまでの時間が長時間であり、充填時には命令を下しても発動しない。発動前よりイメージを膨らませないといけない。命令発動地点の補足計算や発動条件を予め、脳内で処理や予測計算などなど……デメリットを上げればキリがない。
これに対して魔法は至極簡単である。
精神能力は心の操作が肝心であると魔法学士は言うが、自分の魔力をコントロールすることが出来ればダメージや効果範囲などは思うがままに出来るのだから計算などは必要ない。
これは錬金術でも同じことが言える。
錬金術に必要なのは、専門知識と魔力でもスタミナでもなく発動条件に担うエネルギー物質が対価となる。専門知識を持たない魔法使いが錬金術を発動しようものなら、難しい方程式を用いた計算で魔力を微調整して対価として支払うがデメリットと言えばその程度なのだ。
さて、ここからが問題である。
え? まだ、これ以上に大きな問題があるのかって、……あるのです。
これが一番の原因と声を大にして言える問題、それはプレイヤー個人が持つコアの持ち数にある。
転生者の場合、現実世界の頃のスペックに応じてコアの数が振り分けられるのに対して新生者は、両親のアビリティに応じて振り分けられるのだが数は一つから最大でも三つ。プレイヤーが幾らレベルを百、二百、三百に上げようとも観測上最大持ち数は六つ、これが限界値である、と専門家は話す。
こうした理由から転生者や新生者に関わらず多くのプレイヤーが、構築能力をメインにはしてこなかったのだが、いまその歴史が変わろうとしていた。長き年月の中で活躍して来た剣術と魔法、という二つの主流に並ぶ存在に近づいていく。
PVP開始直後からヒロキは試したスキルを既に発動していた。
サバイバルスキル【サーチ】という半径一メートルの範囲を探索・索敵できる便利なスキルを視界上限定にしたことで「攻撃の回避」と「動体視力」という二つを底上げする武装スキル【サーチアイ】。
これをさらにアップグレードすべく一つ命令【加速】、質や継続時間は落ちるものの一つのコアを二つの事柄に対応していた。
一つは移動速度を向上させる為に、一つは思考速度を向上させ複数の手数を考え次の一手のバリエーションを増やすことによって格段にスペックが上昇した【サーチアイ】は、ヒロキの想定通りアサルトライフルから放たれる銃弾と弾道を捉えることに成功した。……までは良かった。
ヒロキが苦悩していたのは、この先にあるナイフ一本でどう戦うか?ということにある。
ナイフは使い勝手がいいということから、刀で一振りする間に最低五回の攻撃を与えることが出来るものの、一撃の攻撃力が低い武器である。
刀身の長さ、リーチが非常に短いが為に接近戦に特化した武器であるナイフの使い手は、その多くが強い警戒心を持たなければならない。それは最も敵に近づくという危険を冒すからである。
しかし、ヒロキはナイフで「斬る」というよりも「突く」へと転換させてナイフの最大級の利点である攻撃回数で稼ぐ多くのダメージを一撃必殺の大ダメージへ変えて放ったのだが、ものの見事に躱されてしまった。
当然である。
レベルも戦闘技術も自分の数段上をいっていると思い至った時から想定していた。だからこそ、「思考」を【加速】させた成果がここで発揮する。
移動速度を向上させる【加速】の段階的に速度を上げていく技術これをクルス曰くギア技術と呼ばれるイメージの変換で決まる。
マニュアル車両のギアチェンジを連想した【加速】と元より発動状態にある【サーチアイ】を掛けたそれは、「最高速度」と「反射速度」を得たヒロキは舞台を整えていった。
数秒後のことだった。
オレンジ光の爆炎がダインを呑み込む。……が安心はできない。緊張を緩めれば、負けるだろうことを経験則と勘から知るヒロキだったが爆炎が生んだ白煙の隙間から現れたダインの状態から少しばかりの焦りを感じていた。
理由は簡単なこと、無傷だったからだ。掠り傷さえ負っていないノーダメージで笑うダインは、ヒロキが瞬きをしたその瞬間を狙ってその場から移動した。
ヒロキが初手でやって見せた正面突破からの近接攻撃をナイフではなく、ゼロ距離からのデザートイーグルによる射撃で仕留めようとしたのだ。音もムラもない最速で近寄ったダインは手筈通り、グリップを強く握ったところまでは良かったのだが…身体から指先まで全く動かない自分の状態にダインは苦しそうにしていると今まで沈黙していたヒロキが口を開く。
「無駄だよ」
なぜ体が動かないか、を考えるダイン。
魔法が使えない域で止められることが出来るのは、物理的な縛りだと推測し周囲を目で追って原因を調べたところ……目の前に張り巡らされている細い線に気付く。
これは…。
「ナイフでも切れない上質で柔軟な金属の糸と言われる鋼糸。それも複数本編み込んだワイヤーを何時……そうか。さっきの高速移動の際に仕込みをしていたか」
「その通り。いまの俺じゃあ、どうやったってダインには勝てない。ここにいる誰もが、そう思っているだろう。
経ったの一週間で鍛えた戦闘技術では、磨かれ貫かれた才能や毎日鍛錬する戦士には決して追いつけないのも分かってる。
……でも、な。俺は俺だけの戦術でダイン。お前、いやお前たちをこれから越えていかなきゃならない」
何を言っているのか理解に苦しむダインだが、ヒロキの話を途中で聞かぬフリなど出来る筈がなかった。
ヒロキの存在が過去、どうやっても届かなかった師の背中を追う自分に重ねていたからだ。
彼は、ヒロキは、自分の限界を越えようと必死で努力している。それに応えることもまた純粋な戦いだ、と考えるダインはヒロキの次の攻撃に備えて構築能力【硬化】で防御力を高めていく。
「これがいまの俺の全力だ!!」
ヒロキがまず始めに指同士を擦り合せる「―――パッチン」という音ともに、熱が生まれ【発火】で宙に浮く火炎に火打石を投げ込んで柔い火炎は爆炎となる。
その爆炎の燃焼速度を上げるべく【加速】、空気中の酸素を一点に集めるべく【集束】を同時に発動させて宙を浮く炎は渦を巻くオレンジ光を纏う。この状態の炎の形を整えるべく【形態補正】より球体に形成されたそれは、クロムの得意とする火炎魔法【ファイアーボール】によく似る状態で維持されると観客が騒然としている。
それもその筈である。
システムによって魔法が使えないというフィールドで、【ファイアーボール】が発動しているのだから有り得ない、という表情で顔を引き攣らせている者もいる。
その発動に一番驚愕していたのは、ユナンとステルス状態のままピリリと感じる恐怖で硬直するホシヒメ、目の前で凛々と燃ゆる太陽の誕生を垣間見たダインだった。
彼等は今初めて知ったのだ。
構築能力だけで作られた圧倒的な攻撃的気質を目撃していた。
「おい!? なんだありゃあ!!」
声を荒げるユナンに、トウマが解説する。
「構築能力だよ。
複数の命令を組み合わせることで、構築能力は大きな真価を発揮する。ユナンは転生者だからロボットの動きがどうなっているか知っているよな?」
「複数の関節を動かすことで、人間と同じ動きが再現できる……が、それを実行しているというのか。疑似的な魔法を構築能力だけで再現とは……オイ待て、しかしそれには」
「そうだ。すべてのコアを消費する諸刃の剣だな。危うい。ギャンブルを仕掛けているようなものだが、余裕に満ちているあの表情には疑問が湧くな」
一瞬も目を離せない緊迫した戦いの中で叫ぶヒロキの決着に向かう言動が、観客の熱をさらにヒートアップさせる。
「行くぞ、ダイン!!
焼き尽す最強の一撃となれ、火炎系集束弾頭!!!」
一点集中状態で炎の熱を球体で維持する【形態補正】を段階的に進化させるギア技術で、空気抵抗を小さくする重火器に使う弾丸に形成し直す。
振り絞った情報量は、ヒロキのいまのスペックを越えてしまったせいなのか脳天に強い衝撃と激痛が襲う。それに構うことなく全身全霊の力で踏ん張って身体を抑えるヒロキは、ポタポタと落ちる鼻血を気にすることなく空間中に弾道を作る【形態補正】と【弾道加速】によって火炎系集束弾頭が射出される。
啼く轟音。
射出と同時に生まれた衝撃波がヒロキを最初に襲って結界が張られている端まで吹き飛ばされる。辛うじて意識を保つヒロキは着弾したであろう場所を捉えるなり、口元を歪ませて笑うその先には跳躍で渾身の一撃を躱したダインがハンドガンを構える姿があった。
燃ゆる炎がマントに燃え移りながらも、集中したダインは見向きもせずに引き金を引く。
連続する三つの発砲音が響く。
「………まだだ、だ」
諦めないヒロキは、ヨタヨタする足を引き摺りながらナイフを構えた。
三発の弾丸の一、ニ発目を回避するものの最後の一発がナイフを弾いたところで跳躍したダインが空中から地面へと着地させる。
「この勝負、
………『3、2、1…0。モード20制限時間到達により終了です。この勝負……』
――引き分けだ」
張られた結界はガラスが割れた時のように砕けて飛散するなり、観客は大きな拍手と「よくやった!!」「ナイスファイト!!」などの声援がヒロキとダインを祝福するように送られていた。
ヒロキは嬉しい反面、圧倒的な戦力差と突き付けられた自分の限界を知り、気付けば地面に大の字で倒れていた。
そんなヒロキに声を掛けるのは、変なアイテムを渡してきたギルド「六王獅軍」専属商人トウマといつの間にか傷を癒していたギルド「ロビンフッド」サブマスターのキリエさんだった。
「いい試合を見させて貰ったよ。
取り敢えずは、観戦料として受け取ってくれ給え」
「ちょっ、ちょっとこんな額、貰えませんよ」
観戦料金と称して渡して来たのは、小尾にゼロが大量についた冒険者が五年だろうか、十年だろうか、が稼ぐ大金の入った金銭袋だった。
ウインドウズ画面には「450,000C」とある。こんなものを「はい。そうですか」と受け取れる訳もなく断ったのだが、強制的にすべての金銭が自分の所持金にプラスされてしまった。
…………。
返すにはどうしたらいいのでしょうか? と悩む間もなく、キリエさんが割り込んで来てトウマとお互いに顔見知りのような痴話喧嘩で会話が弾んでいる。しばらく暴言と暴言のぶつかり合いが続いた後、如何やら決着が着いたようで落ち込んだように引き下がるトウマ。
ダインとは握手をして、黄金世代の決戦の場である英雄祭でまた会おう、と約束して別れた。
キリエさんに温泉に行こう、と誘われたのだが今の余韻を失わない為にヒロキは一人修練ポイントに残って悔しさをカカシにぶつけるのだった。




