【新#026】 天然の思考回路
{2015.11.1}新規更新→{2015.11.3}改稿しました。
序盤から所々、後半に連れて大幅加筆を加えて改稿しています。
お楽しみ戴ければ幸いです。
サブタイトルも更新しました。
週一ペースで前話の改稿と新規で一話更新という形が続くかと思いますが、応援のほどをよろしくお願いします←本日、祝日の為に改稿しました。
「はっ、はっ、ふぇっくしょん」
噂が生まれるとその噂は別の噂になって自分に帰って来るらしいが、それも一つの噂にしか過ぎない。
ヒロキのくしゃみに驚くカエデは風邪を移されたくないのだろう。
後退って口と鼻のどちらも呼吸器官を掌で押さえているが、目を瞑っていないので仮に風邪なら感染していたとしても可笑しくはない。
この世界がリアルに作られた例え模造品であろうとも可能性が十分にあるからだ。
現にバッドステータス【昏睡】【食中毒】というような症状が出たので、ない筈がないというのが見解だ。
「なぁに、風邪じゃないやろーね」
「だ‥大丈夫だって、それよりも歩いていていいんですか?」
現在の状況はこうだ。
今晩の食事のメインとなる食材調達にヒロキとクルスは、沼地ポイントに生息するダイルワニの捕獲の為に森林ポイントを抜ける手筈だったのが食材モンスターを追い掛けていた少女カエデに偶然出会った。
鬱蒼と生い茂る森の奥から聴こえるピアノの音に誘われて、目にしたのは自らが妖精女王と名乗る白い麗人や水滴を弾いて水中から現れる数匹…数体の小さな容姿をした妖精たちがお願いして来たのはクルスさん曰く『依頼』らしい。
頼まれたクエストは、本当に小さいことだった。
ただ単にオバケカボチャのランタン、つまりはジャック・オー・ランタンを自分たちに作ってほしいということ。
妖精女王が育てたカボチャ畑からキレイなオレンジ色や黄色に熟したカボチャに、マジックペンで思い思いのデザインを記すのだが手持ちがないのでナイフで引っ掻き傷を入れておく。
カボチャの種を取るためにお尻の底の部分に円を描く様に丸くカットし、カットしたお尻部分にはロウソクを置く土台を作ります。
カボチャの中身の種とワタをスプーンでキレイに取り除いたら、引っ掻き傷を入れた下書きに沿ってナイフを直角に差し込んで切り抜いていく。
細部までワタを除去し、ロウソクの土台をお尻の底の部分に嵌めこむと完成後にクルスとカエデは火炎魔法で、ヒロキは構築能力【発火】でそれぞれ火を灯して妖精女王に渡したのだった。
妖精女王がデザインで選んだのかは不明だがヒロキだけに、秘宝とかいう首飾りを頂いた。
彼女曰く『アナタはこれから多くの苦難苦行に挑むことになるでしょう。これは小さな希望です。光を与えて、正しき道を照らしてくれるでしょう』と言っていたが未だに良く分からず仕舞い。
バケーションポイント『妖精の泉』を後にした三人は、夕暮れが近づいていることに気付いてセーフティーポイントへ向かう途中に盗賊団の残党と思われる四人のプレイヤーに出会う。
三対四ではなく、一対四のフリーバトル展開で幕を切り戦いの末に勝利を治めたヒロキは賊人の一人だけがプレイヤーと気付きクルスがそれを拘束して一緒に歩いているところである。
魂の導きと波長のお蔭で盗賊団がセーフティーポイントから逃げて来たことが分かるが、そうだと考えればレインと戻っているであろうクロムのことが気掛かりでならない。
そのことを踏まえると、歩行でセーフティーポイントに向かっているのは可笑しい。
「大丈夫とは…言えないかな。そもそも、あそこは前にも言ったと思うけど完全なる安全圏…だった。
その大きな理由は、ギルド連盟管理下の警備プレイヤーが守護していたからだ。プレイヤーの人数は六人の少数精鋭な筈が誰一人とも連絡できないとなると、盗賊団のあちらに残った奴が相当の手練れ、もしくはまだ他に賊人が潜んでいるかのどっちかだろう」
「なら、尚更…―――あっ」
「そう。さっきまでのバカみたいな魂の波長の乱れも感じないし、なにより安定している―――『グ~~~』…ん~とね。問題なのは、お腹の方かな」
お腹は正直でした。
当然と言われれば当然としか答えようがなくはないが、あの妙に硬い殻の野菜アンゴレドリアンを食えず仕舞いでフリーバトルになった性もあってか妙に空腹感が湧いてしまう。
それだけじゃない。
セーフティーポイントに向かうに連れて、濃くなる旨そうな肉汁の香りや透き通った果実例えば、レモンやミカンなどの柑橘類の皮や果肉から生まれる酸味のある香りが空気を変えているのだ。
次第に涎がじゅるりと垂れるのは必然的だろう。
森林ポイントを抜けて来た道を辿るようにハリボテ木造の橋を渡って、小さな丘を目視すると赤く燃え上がる火の手が見えた。
ゴウゴウと轟くように唸り声に聞こえるほど、天を衝く炎の柱を見れば見る人によっては『おお、スゲェ』とか『ファンタジックな背景キタ――』とか言って真横で目をキラキラさせているカエデのようなプレイヤーがほとんどなのだろうが、ここは敢えて言わせて貰おう。
―――そうだ。ここは一人の常識人としてガツンと言わせて貰おう。
「火事じゃん」
「……」「うん。そうだね」「ですね」
―――なにか、間違っているのか!? クルスは無言のまま肩を震わしているし、カエデの言い分が棒読みにしか聞こえないのは気のせいか。おい、オッサン。アンタはどうでもいい。罪の意識を感じて大人しくしろよ。
「バカにしてるだろ。ツッコミ料金を払え…の前に消火活動からだ。こういう時はアレだ。バケツリレーだろ」
―――あれ? 流石に古すぎたかな。
「「昭和発想かよ!!」」
―――はい、逆にツッコまれました。クルス。メッチャ、ウケて肩が笑っているよ。
「…と、まあ、それはさて置き。ヒロキ、アレは火事じゃないから心配ないよ」
「「「へ?」」」
―――え~。なんで、ここでカエデまで驚くんだ? オッサンはどうでもいいけど…。
「目立つから滅多にしない調理法だけど、お祭りイベントではよく使われているものだよ」
完全なる安全圏と呼ばれていたセーフティーポイントに辿り着いたヒロキたちを迎えてくれたのは、何故かは分からないが森のクマさんこと「大獣種クマのハチミツベアー」。
ガウ、と突然吠えられたかと思いきや軽く咬まれて引き摺られていく。
待って待って、という自分の言葉をガン無視されて連れて来られた場所は、炎の柱が天を衝く根元で汗水をダラダラ流して調理を行うクロムとギルド「ロビンフッド」の料理人と思われるプレイヤー十数人が食材を次々と微塵切りやら輪切り、乱切りにして炎の柱へ放り投げていく姿があった。
如何やら、この炎の柱は調理の中で大きな役目を担っているようだがイマイチ掴めない。
さらに引き摺られて…やっとこそ解放されると僅かに腕から生臭い獣の体臭を吸い込んで咽てしまった。
「ヒロキ、大丈夫?」
―――うん。大丈夫って…
「レイン!! 大丈夫だったのか!?」
ポンポンなでなでと背中を擦ってくれているレインの腕を掴んで身を寄せるヒロキは、真剣な眼差しでどこかケガをしていないか確認する。
その最中、レインはボッと炎を灯すように顔を真っ赤にさせてプルプル身を震わせ始めたことにヒロキが気付いておでこに掌を置く。
「おい、レイン大丈夫か?」
両肩を掴んでユサユサ揺らすが反応が薄い。
何やらごにょごにょと呟いているようだが聞き取れない。
困ったことに気絶してしまったので、レインを抱っこして休憩処を探していく中、大きなテントハウスを見つけたヒロキは彼女を寝かせて貰えないか交渉するために失礼して入っていった。
「失礼します…」
このテントハウスの用途は、プレイヤーが集まる集会所のようで多くの席が用意されているが、如何やら入るタイミングを間違えたらしくヒロキの目前にはカエデがいた。
ただ、そこに立っているだけなら良かったのだが、先程まで着用していた装備品をすべて外しエバーグリーンの和服を脱いで上半身スッポンポンで今まさに黒色のスパッツに手を掛けている状態で後ろ、入り口から入ってきた自分を見ている。
振り向いている時点で上半身、色白の背中と僅かにスパッツが下に降りたことによって四分の一のお尻が見えている非常にドキドキす状態ではあるが、内心『あ、これは死んだな』と一人死亡フラグを想像していた。
…のだが、白金砂丘で初めて出会った少女のように平手打ちもなく彼女の脱衣は続く。
「痴女かよ!?」
「なにを今更、私は欲しいものに遠慮はしない主義にゃなだけ。言ったでしょ。クリスタルレインに遭遇した時のエピソードと貴方自身に興味があるって。私はこの世界の全てを解き明かして知り尽くしたいって思ってる。その為に、わたし自身の肉体が貴方に蹂躙されようとも凌辱されてもいい。私はこの世界に転生した意味を知りたい」
その彼女の言葉を聞いて直ぐに分かった。
この世界には、自分とはまるで違う方向性で無理やり転生した人間もいるという事実と彼女は自分と似ているようで違う。
自分の身を普通に犠牲に出来る人間ではあるが、死にたいのではなく生きて現実世界に戻りたいの願う彼女にヒロキは言葉よりも先に手がいつの間にか出ていたのである。
勿論、グーパンチでも平手打ちなどという暴力ではなく、抱っこしていたレインを三つ並べたイスの上に寝かせて彼女を後ろから、そっと抱きしめた。
「止めろよ」
「え? どうして、私には、最短ルートでこの世界から抜け出すには、これしか―――『止めろ!』…どうして…そんなことを言うの」
「俺は自殺願望のあった人間だ。そんな俺が言えた義理じゃないのは分かってる。でも、自分自身を犠牲にして何になる。もっと広く視野を持って、積み上げていけばいいじゃないか。
俺がいまを生きていけるのはそれに気付いたからだ。考古学者を目指すことが、この世界から抜け出すことがすべてじゃない筈だ。
それでも、まだ最短を目指すなら俺が手伝ってやるよ」
「ヒロ…」
振り向いた彼女は頬をピンクに染めていて、かなりイイ感じではあるがヒロキには全くと言っていいほどにそれを支えれる耐性を持ち合わせていない。
で、あるからして声が出ません。
何より死んだ人みたいに硬直して動けないヒロキを見て、クスクスと苦笑する彼女が正面を向いた時点で思考回路が完全にフリーズしてしまったらしい。
ヒロキ、将大大輝は人生で初めて女性の全裸を見てしまった瞬間である。
彼女の全裸は脳内へ残念なことに記憶されず、レインを抱っこして寝かせた辺りの記憶しかなくヒロキが次に目を開いた時、なぜ周囲の視線が自分には痛く鋭いのか。
なぜクルスが肩を竦めて苦笑しているのか。
なぜレインがこちらを睨んでいるのか。
なぜカエデの膝を枕にして寝ていたのかが、全く分からないでいた。




