【#023】 Soul -魂の力-
{2015.10.4}→{2015.10.12}→{2016.2.8}改稿完了しました。
今回のお話は、主人公ヒロキの視点からもう一方の離れた場所でやり取りしているクロムの視点に変えた内容になっています。
「ヒロキたち、遅い…」
夕闇は時間の経過と共に、琥珀色の夕焼け『ガーネットスカイ』は消えていた。
消えていたという表現は少々違う。太陽が沈んだことにより光が、薄らと残るアラビアンブルーの空を映し出している。
森のクマさんこと「大獣種クマのハチミツベアー」と一緒にテントを張り終えたレインは、芝生に転がるクマのもふもふした背中に乗って待っていた。
ハチミツベアーは、すうすう…。と寝息を立てて、満足した顔で鼻ちょうちんを作っている。
ヒロキは先の採掘合戦で負けたペナルティとして師弟関係にあるクルスと共に、小川を渡って森の中に入っていったところを見ると、沼地領域でダイルワニを捕獲しに行ったのだろうと考える。
兄のクロムはというと、草原領域と森林領域を往復して山菜や香辛料などの食材の下拵えをしている真っ最中である。
たらの芽を天ぷらにする為に株元のハカマを取り除いて、大きいものは火が通りやすいよう株元に十文字の切り込みを入れながらレインに言う。
「まあ、問題ないだろ。
クルスさんが着いていることだし、PVPでやり合って分かったけどアイツは俺たちとは次元が違う。そんな気がしたよ。あれはまるで棋士だよ」
「騎士?」
首を可愛く傾げて、頭上にクエスチョンマークを作るレイン。
「いや、違う。違う。将棋を職業にしている人のことだよ。
チェスプレイヤーとは違う。チェスで取った駒は、二度と盤の上に出ることはないから将棋の方のことを言っているんだけどな。
アイツは…、最初から分析していた。
魔法の攻撃パターンや主力魔法の選定から、その魔法の長所や短所までを細かく分析しつつ、自分の手数を戦いの中で増やしていく。そんな器用な真似。俺には出来ない。だから、料理でアイツを支えてやればいい。レインもそうだろ」
ハチミツベアーのもふもふした背中でゴロゴロしながら肯定する。
「うん。ヒロキは、にぃの次に好き。傷付いたら癒す。それがわたしの役目」
「にぃの次に好き」と言ったレインがどうであれ、ヒロキが戻ったら生ものを食わして腹を朽飯てやろうかと本気でそう思うのであった。
さてと、下拵えの続きをするか。と食材[野菜]の「芭仙長葱」を手に持ったところで声が掛かる。
「あれれ、それ芭仙葱だよね。
くれないかな。いやあ、なんだ人質と交換しようや」
「ああん? 人質だと、―――!?
まさかレインを」
レインの周りをうろつく四人の影はそれぞれ魔法を発動しようと、手中からそれぞれ異なる色の粒子を準備している。
一人は橙色の発光粒子であることから自分と同じく攻撃の要となる火魔法の使い手だろう。
一人は緑色の発光粒子であることから戦いの切札・決め手となる攻撃を繰り出すことに長けている風魔法の使い手だろう。
残りの二人は青色の発光粒子であることからレインと同じく癒し手とも考えられるが、明らかに粒子の色が濃いことから攻撃呪文を唱えている最中の水魔法の使い手なのだろう。
ヒロキ…アイツのように分析しなくても、一目散に理解できる。
殺されてしまうという直感が脳裏に浮かぶが、状況は一気に解決される。
酔っていることは彼の迷い足で直ぐに分かったが、どうして自分たちを助けるように言葉に怒気を込めているのか理解不能だった。
「ひ、ひっく。
非ギルド、連合の非加盟組織として名を馳せた盗賊団は大勢いる。
…がオマエ等は違う」
黒い文字で「酒」と刻まれた真っ白な徳利をガブ呑みする男。
「なんなんだ。この酔っ払いが―――」
「大の男が、ひっく。
くぁいい、…可愛い女の子に手を出したが運の尽き。
流石にこの数相手にドンパチはねぇよな。半端者の罪人が五人 VS 俺のギルドメンバー四十人。賭けるか、若造…!!」
クロムの目に映ったのは緑の集団。
一昔前の映画で見たカメの忍者ぽく、各々がエバーグリーンのローブや着物を纏った一見すれば異様な集団にも思えることだろうがそれらは彼等の象徴なのだ。
彼等が望んで象徴的な色彩にしたのか、それは興奮を静めたり集中力を増したりするという心理的作用を引用した訳ではない。
協調性を表し運気が向上するために資金が集まる色とも言われているが、このギルマスはただ好きだったのだ。
自然を象徴する気持ちが落ち着くのんびりした気分のギルドを仲間と共に歩みたいという気持ちの元に作られたギルド「ロビンフッド」。
とある噂ではこう語られている。
『初心者御用達の仲間を大切にするふんわりしたギルドだが、戦いに置いての強さは意外性ナンバーワンの劇的なまでの強さ』
と謳われている。
それが古参の幹部だけでなく、初心者のギルドメンバーさえもその強さを持つと言われているのだからどんな屈強なギルドマスターかと思えばなんてことはない。ただの呑んだ暮れだったことが一番の驚きだ。
上半身裸だが、エメラルドグリーンの着物を羽織った若気を戻ろうとしているというよりは、ただ単に緑という色彩を愛しているのだろう。
剛毅。
どことなくゼンさんに似るものを感じ取れる。器のデカい漢がクロムの目には見えていた。
「――っち、」
舌打ちが虚しく魔法使いの同胞に伝わったのか、互いに顔を見合わせて高速魔法を使って逃げていくがこの男だけは諦めていないようだ。
盗賊団のリーダー格の男は、赤い着物の懐からどぶろくを取り出して一口含んだ瞬間だった。
ギルドメンバー全員がそれを感じ取っていた。
一口含んだどぶろくの臭いを離れた場所から感じ取った獣人の薬師は、いち早くヤバいポーションの類だと察知して分析する。結果が降りてくる前に、反応を見せるプレイヤーにギルドマスターが防御魔法を展開する。
「遅い――!! 風防御魔法【エアディフェンド】!!
!?―――コイツ、防御魔法を」
防御魔法は、全て魔法使いが行使できる基本的な魔法に分類される。その中でも四種存在する属性魔法を組み込むことによって、高い防御力を生むことで知られている。
風防御魔法の特性はプレイヤーやモンスターが繰り出す素手や足を使った物理攻撃に最大的な有効を示して、状態異常【骨折】【内出血】【打撲】などを与える。
そう言う手筈だったのだが、この人物はどういう訳かサークル上に生み出した風の壁を貫通と言うよりは抵抗しながらもすり抜けてきたのだ。
赤いオーラを放ち全力で挑んでくる相手に敬意を払ってか、ギルドマスターは自分の身に青いオーラを灯し始める。
次第に右の拳に集まっていくエネルギーを見ることが出来ないクロムとレインだが、魔力以外の凄まじいエネルギーの出力を感じ取っていた。
「常識の概念を打ち破る麻薬ポーションか…。
だが残念。まだ完全ではない故の敗北は苦汁に過ぎんな。
悪いな、にぃちゃん。俺はいつも全力投球のタイマンしかせんのよ。
アルティメットスキル【ソウルライジング】、オーダー【覇拳銃】!」
正拳突きのようにも見えるが、真っ向から突進してきた薬漬けの男に直撃することなく。数センチ離れたところで止まった拳は、高密度のエネルギーを放出する。青い粒子が一直線に頭部を貫いていった。
オーダースキル発動直後。
だらり…。と汗ばむギルドマスターは、地面に膝を折って倒れ込む。
高密度のエネルギーを受けた男の頭部は、消し炭になると同時に身体は衝撃で吹き飛ぶ。四肢がバラバラに崩れ落ちる残酷な光景が目の前に広がっていた。
「遣り過ぎですよ。マスター」
ロビンフッドのギルドメンバーの一人がそう言った。
「ふん、どうせヤツは助からんよ。
なんせ麻薬ポーションに手を出したんだ。
アレはプレイヤーのリミッターを外すアルティメットスキルとは別物。
飲んだ奴は、一時的に超人の域に入れる絶大な力を得る代わりに自分を失う。
まさに禁断の薬だ」
ぽけー。としていていると、いつの間にか彼等ロビンフッドのキャンプ場にいてバーベキューを見ず知らずのプレイヤーに振り回っている。
目の前には十数段に重ねられた丸太を中心に轟々。と天を衝くように燃え盛っている火事にしか見えん熱いキャンプファイアが見える。
妹のレインは、というとゴリゴリ…ゴリゴリ。と自分が森林ポイントで採取した胡椒。ゼンさんから頂いた岩塩を調合キットのすり鉢を用いて砕いて粉末にしている。
焼肉の調味料を作っている姿を見るとニヤニヤ萌えを感じずにはいられない自分がいる。
しかし、なぜこうなった? という疑問を解消せずにはいられずクロムは、ひとりで漫才するように叫んだ。
「なんでやねん!!」
目の前に新しい串焼き肉ならぬ串野菜。
玉ねぎを輪切りにして竹串に刺したやつをオカワリしにきたプレイヤーがギョッとするが、色々察してくれたようで説明を受けることになった。
「まあ、怒る気持ちは何となくわかるよ。
でも互いにWINWINだと思うけど。
…まあ若干、――ウチのギルマスが雑魚プレイヤー相手に魂の力とアルティメットスキルまで使ったのが一番の原因だけどね」
そうなのだ。
あの攻防戦でレインが無傷だったことは良かった。
――のだが、ギルドマスターの放ったオーダースキルの衝撃によって、テントは全壊使い物にならなくなり、これから休息をとる寝床や折角採ってきた食材が無くなってしまっていた。二人は、いまこうして説明してくれているギルド「ロビンフッド」のサブマスターの一人。キリさんがキャンプ場を案内してくれたのだ。
ただこのギルドメンバーに料理人が不足しているという通達の元。
仕方なく熱々の金網の真ん前で調理を始めると「にぃの手伝いする」と言って、レインが調味料を作っている現状なのだ。二人もとより自分以外誰も料理せず、串焼きをせっせと持って行く彼等にツッコミを入れたのだ。
これは聞いたことないアレとアレの説明を受けないと納得がいかんぞ。
内心そう思うクロム。
「キリさん。いくつか質問してもいいですか?」
「ん。いいよ。次はピーマンと獅子唐の串焼きがいいね」
ぐ…。まさか質問の度に串焼きを要求してくるのか。
そりゃまあ、スキルの熟練度は鰻登りだけど、この際は致しかねないか。
下拵え済みの半分に切ったピーマンと獅子唐辛子を交互に串刺しして、金網の上に乗せて焦げ目がついたらひっくり返していく。
数分後にはシステム面に調理済認可された緑色のウインドウに「串焼き[野菜];緑の二種焼き」と掲載される。
串焼き[野菜];緑の二種焼き
調理評価;48点
カロリー;18kcal[一本]
備考欄;ピーマンの僅かな苦味とピリリと感じる獅子唐辛子が合わさった素人の創作にしては物足りない一品。
味を理解していないシステムが余計なお世話だ。
確かにベジタリアンな味しかしないが栄養的には問題ない筈だが。
「はいよ。では一つ目、魂の力っていうのはなんですか?」
「うん、美味い。――いきなりそれが来たかい。まあ、そうだよね。
その件についてはあまり話しちゃいけないことになってるんだけどね。
いいよ。話そうじゃないか」
もぐもぐ。と緑の二種焼きに続いて玉ねぎの串焼きを二つ続けて注文して口に入れる前に、ちょいちょいと手で招いて現れたのはこのギルドの料理人だろうか。背中にワニを背負っているところを見ると冒険者にしか見えないが。
即興。
イベントリから服装チェンジして軽い身支度を終えると熱々の金網の真横に立ってワニを速攻で解体し終えると次々部位を金網の上に置いていく。
「早いだろ。
料理人ランクCになると、あれくらいは朝飯前だよ。さて、本題に入ろうか」
クロムとレインが招き入られたのは、キャンプ場の中でも極めて大きなテントハウス。
幹部プレイヤーが集まる集会所のようで、多くの席が用意されているが今は薬師と思われる女性数人が、ギルドマスターの世話をしている。
如何やら「魂の力」と何か関係があるのだろう。
ギルドマスターの表情からも、読み取れるほどに疲労の目が見える。
「ギルマス、連れてきましたよ」
「む。シリカ、エニキス、エリ。また後で治療を頼む。
客人に説明せにゃならん」
「はいはい」
「ほーい」
「……」
と言うように三者三様の回答でテントハウスを後にしていく。
無口のエリさんは何故かクロムを睨んでいるが、エニキスさんが『ほら行くよー』と手を掴んで連れていく。
残されたクロムとレインはキリさんの指示で空いている席に座った。
サブマスター。と言われるだけあって面倒見がいいのか、わざわざお茶を沸かせるところから始まり気が付くと茶菓子のクッキーと紅茶が目の前に用意されている。
鼻歌を交えながら席に座ると陽気な人だなと思うところがあったのだが空気が一変する。
冷気だ。冷たい零度の眼差しで見詰めてくるのは、ギルドマスターではなく他ならぬキリさんだった。
「さて、魂の力について話しましょうか。ギルマス、お願いします」
ボッとギルドマスターの掌で燃え盛っているのは、魔力MPを用いた火炎魔法【ファイラ】。
【ファイラ】を消すと掌には、何かしらのエネルギーを感じられるが何もないと思っていたクロムだったがレインがこれに反応する。
「青い火?」
その反応にキリさんとギルドマスターは、互いの目で言葉を交わしている様子が窺える。
「んーと。これは困ったことになりましたね。
片や魂の力の片鱗に目覚め、片や魂の力が見えないとなると、矢張り詳細な説明が要りますね」
「どうして、にぃに見えないの」
「そうだね。まずはそこから説明しようか。
レイン、君の目に映ったこれは炎ではない。
プレイヤー…ここではギルドマスターの魂の根源が具象化したものなんだよ。
僕の場合はこの通り、鳥になったり栗鼠になったりする。これはプレイヤー自身の本質と言っても過言ではない。
武装スキルに分類される【魂の力Level.3】まで来れば自ずとここまでに至るんだけど、例外もある。それは―――『才能、素質、器、力量に左右される』…いいとこ持っていかれっちゃたけど、そういう事なんだよ」
そんな哀れみの目で見ないで妹よ。
「じゃあ、にぃに才能がないってことなの」
グサッ。と躊躇いなく言う妹の言葉にノックダウン寸前のクロム。
「そう言う風に聞こえるかもしれないけど少し違うかな。
魂の力っていうのは、誰でも持っているものなんだよ。
それは新生者でも転生者でもね。
強力な【魂の力】の使い手が影響して目覚める者もいれば、最初から使える者もいるし、過酷な環境下に置いて感情が爆発した時に限って目覚める場合もある。
つまり、これからなんだよ」
「良かったね。にぃ」
その笑顔。まさに天使です。
満足気に苦笑するクロムだったが、内心溜め息をついていた。
「―――さて、問題はここからだよ。
レインも知って置いた方がいいよ。使い方についてなんだけどね。
はっきり言うとあまり使わない方が身体にはいいんだけどね」
レインはギルドマスターの様子を見て問う。
「それは体力面でと言う意味ですか? それとも精神面でと言う意味ですか?」
「両方だね。
身体能力を使えば体力とスタミナが削れ、精神能力を使えば魔力の消費と心を病み、構築能力を行使すればコアを消費するように、魂の力を発動するごとに身体能力と精神能力二つのデメリットが付いて回る。
だけどね、それ以上に効果は絶大なものなんだよ。
例えば、先の戦いで見た通り破壊力・貫通力は身体技能よりも上だし、魔法よりも即効力があって弓や重火器の最大射程を越えてしまうほど。
だから注意してほしんだよ。代償はいつも命と同等だってことをね」
聞いてはいけないことを訊いてしまった二人は委縮していた。
身近なところにある大きな力をいまレインが持っているという不安と大き過ぎる代償を前に冷ややかな恐怖を感じずには要られない二人にポンと肩を叩くのはギルドマスターだった。
「何縮んでやがる。
テメエらはまだ素人なんだ。腐ることはねぇ。
ようは力を使えるか使えないかの差だ。力の使い方は人それぞれ。
俺みたいな馬鹿の一つ覚えに全力投球する奴もいれば、キリみてぇに索敵能力を底上げする奴だっている。
力は自由なもんだ。使い方は自分で学べ。それが冒険者ってもんだ。
それとキリ、今夜は宴だ。太鼓酒用意しろ」
「はいはい。
それじゃあ、カエデとキミ達の連れも帰ってきたようだし宴にしようか」
「「へ?」」
いきなりの「宴始まり宣言」に兄妹は困惑するのだった。




