【#002】 Desire -優等生の叶わぬ願望-
元々の【#001】と【#002】を集約化し大幅に加筆を行いました。
{2015.11.9}→{2016.1.2}改稿完了しました。
将大大輝は、ある願望を抱くまで普通の高校生活を送る優等生だった。
誰もが憧れる英雄になりたい。と望んだわけではない。
優等生に好きでなった訳でもない。それなのにこの世界ときたら…。毎日のように自分の気持ちも知らないで追い込みを掛けてくる。嫌いだった。
嫌いで。嫌いで。世界も自分もイヤになったあの日。
下手な刑事ドラマを見習って自殺を企て計画をありのままに模倣して実行に移した。結果はご覧の通り。首吊り自殺を企て実行に移したが、でも死ねなかった。
自分で自分の首に紐をくくってドアノブに外れないように強く締めた。血管を圧迫させて脳に強い刺激、痛覚を受けた。知らなかった。自殺にこれほどまでに体力を必要とするなんて…。勇気と覚悟だけでは、簡単には死なせてくれない。この世界を初めて死ぬほどに恨んだ。
リストカットも考えた。
浴槽にお湯を注ぎながら入水して身体が浮き上がらないように、ブロックを胴体に巻いての溺死。結果は同じだった。自殺を阻止しようとしているのか、本能的なものなのか、肉体がそれを拒絶した。
問題なのはここからだ。世界にも見放された。でもその原因を作ったのは、他ならぬ自分だったことに尚腹立っていた。
1Kルームの一室。
暗がりにも関わらず明かりも灯さず、光る画面を覗きこむように見入っていた。
伸びきった前髪の隙間から手元も見ずに慣れた手付きで複数のパソコンのキーボードを一瞬で打ち込んでいく。しかし画面を見ても結果は同じだった。
キーワード「自殺」検索中…、…Error。
キーワード「危険ドラッグ 入手法」検索中…、…Error。
キーワード「人体解体白書」検索中…、…Error。
キーワード「破壊衝動」検索中…、…Error。
キーワード「安楽死 簡単 方法」検索中…、…Error。
「・・・―――ックソ!」
机の上に置かれた邪魔な物に怒りをぶつけて薙ぎ払う。
バラバラ。と崩れ落ちたのはどれも同じ種類の分厚い参考書。
物理計算上の理論。イメージ予測による定義。オンラインワーキングへのプロセスなどと。School-Life-Onlineへようこそ。と記載されたパンフレットであった紙屑。
検索の失敗で重なっていくイラつきは、その程度では解消されるわけがなかった。
管理人権限。
よく未成年がパソコンを利用する際に、両親や業者が初期設定を行う。成人規制[R-18]によってキーワードが適正ではないですよ。という診断で拒絶された訳ではない。この世界そのものが、その検索にかけたキーワードを認めなかったのだ。
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二〇一三年の末。世界中で新型のゲーム機OSが発表された。
演算処理能力から生まれる最高品質のグラフィックが作り出すリアルな繊細感を持つ新しい表現力がユーザーの心を掴んだ。オーディオエンジンから生まれる最高音質のサウンドが生み落としてくれるのは、涙零れる感動の音色とユーザーに刺激を齎す緊迫感・臨場感溢れる熱が顔を自然とニヤケさせる。メインメモリーによる従来モデルの七倍とされる転送能力のインターフェイスと豊富なサービス提供がすべてのユーザーに大きな「衝撃」を与えた。
二〇一四年。オンライン事業を手掛ける企業オーラルネットが生み出した完全無料会員制の次世代コンテンツは最新テクノロジーと最高のセキュリティー両方向を「快適に」「安全に支援サポート」するオープンワールドのワークスペースが世界で初めて設けられた。
忠実に再現された仮想現実が会員となったユーザーに、自由な生活スタイル・様々な分野に適応した学問スペース・楽しい仕事や趣味の共有など世界を通じて伝わった。
翌年の二〇一五年には、オーラルネットを主軸にさまざまなジャンルのゲームソフトウェア・アプリケーションが同時展開と共に全世界のユーザー特にゲーマーの共通認識でこう呼ばれた「インディーズゲーム革命の年」。
ユーザー同士がつながるオンラインネットワークによって、今まで一人で遊んでいたものが世界中の人と共有する時代がやってきた。
自らがPlayした動画をネットワークにアップロードすることで、他のユーザーがその動画を見て「Playを学習する」「応援をくれる」「現実時間で参加が出来る」。
二〇一六年初頭。各企業が競争するように開発されていったVR技術を始めに新しいVRジャンル枠は時を重ねて進化していった。
その中で一歩も二歩も前進していた企業が、オーラルネットだ。
人間特有の電気信号を読み取り媒体の役割を果たして、仮想現実空間とされるクラウドサーバーへ繋がるという技術をヘッドホン型のマシン「VRギア」の開発は、世界の人々に夢を与えた。
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時を経て二〇一九年初頭。インターネットという情報技術が生まれた一九六〇年末から膨大な時間の中でゲーム事業だけでなく、世界中の人間の共通認識で『革命の渦』とされたものが開発された。
従来のネットワークとはアバターを作成して別の視点例えばパソコンや携帯端末の画面上から他の人間が作ったアバターとの会話を楽しんだり、ネット上で呟いたことがフォローされフォローし合えたりと「間接的な繋がり」だった。
それを一転させたのがいままでの常識上「実現不可能」とされてきた「VRW」が開発されたことでVRという新しい時代の到来と共に頭角を世界中の人間に注目を受けながら「VRMMO(仮想現実大規模多人数オンライン)」という全く新しいジャンルが次世代社会の軸として築かれた。
二〇二〇年に開かれた東京オリンピックというビッグイベントから二十年の時を重ねて、情報化社会から情報統一社会が形成されていた。
ユーザーはパソコンや携帯端末からダウンロードもしくは、ソフトウェアディスクをVRギアが読み取って自分の容姿を好きなようにクリエイトしてVRWに「自分」を創り、ネットワーク上のイベントに参加やゲームコンテンツにアクセスする。
大規模なVRWでも世界共通で東京都分の面積を掛けた二千百九十一立方キロメートルほどの空間までが利用範囲とされている。
これは海外の洋ゲーでファンタジーゲームのソフトウェアに対して設けられた規定で、あまりにも広大過ぎるとバグ発生やシステム障害など万が一の場合に対処できないケースが度々発生した。 この件で多くのユーザーがVRWから出られなくなったり、意識が飛んでしまうこともあったりという事件から二〇三四年当時の調査に基づいて、各種面倒なほど多くの規定が設けられた。
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二〇四〇年春。年々進化を続けるOSやゲームソフトウェアと同じようにハイテク社会と呼ばれる情報統一社会の町には、建て替え必要のないホログラムの掲示板・人員削減を図った一見ロボットには見えない容姿と言語能力を持ったヒューマノイドが販売をしている。
全国域で統一されたバリアフリー住宅などが、いまの人間の生活を支えている。また社会におけるステータスとしてVRMMOは実用化され、今の大きな企業にとっても小さな町工場にとっても便利かつ必要性の高い一種のシステムがビジネスの場として日常的に利用されている。それは授業で勉学に励む学生も同じである。
遠方からの登校をしなくともネットへオンライン接続することによって、文部科学省が外部の運営・管理するVRMMO環境下で勉強をする「School-Life-Online」に全国からここへ百万人の学生が訪れる。
この人数に対して教育者となる教員アバターはいない。
電子掲示板に張られた時間割を学生が読み取り、各教室の黒板に現実世界の教員が映し出されて授業をする。
イジメや不正を防止するため、学生アバターに扮して国家公務員が雑じっている為ほとんど一般生徒が「生徒会」を組織して内部の運営をしている。
生徒会の役員とされるメンバーは、中等部の生徒以上で百万人の国家公務員以外の生徒がオンライン上の投票で選出される。
選出に必要とされる項目は、次の通り。
期末テストの五教科の総合得点が五百点中、四百点以上を取得した生徒を見分ける「学業実績」で学力を診断する。
瞬発ランニング。と呼ばれる脳内で反射イメージを構築した後に、オンライン上に設置された仮想グラウンドでの走行時間一分以下の生徒、現在の情報統一社会に必須事項とされる基礎能力を見分ける「構築実績」で未来性を数値化診断する。
毎週更新される人気生徒ランキングの調査結果から上位百人、人を引き寄せるステータスを見極める「人望実績」といった三つの項目で競われ選出された生徒は大抵十人ほどに絞られる。その中で毎年秋季に毎月更新されるランキング上位六人が生徒会入りを認められる。
昨年二〇三九年秋のことだ。
「次期生徒会役員候補ランキング調査結果」と記載されていたポスターが電子掲示板に添付されていた。
頭から候補者ランキング首位。次期生徒会会長最有力候補とされる高等部三学年の藤堂雅樹。
第二位。次期生徒会会長有力候補とされる高等部三学年の桐山江見。
第三位。次期生徒会会長有力候補とされる高等部二学年の辻美咲。
第四位。次期生徒会副会長最有力候補とされる高等部二学年の松戸智明。
第五位。次期生徒会副会長有力候補とされる中等部三学年の倉科ジェシカ。
第六位。次期生徒会役員最有力候補とされる高等部三学年の平川久美。
第七位。次期生徒会役員最有力候補とされる高等部一学年の将大大輝。
第七位。次期生徒会役員最有力候補とされる高等部一学年の藤堂瑛士。
第九位。次期生徒会役員有力候補とされる中等部二学年の福島俊。
第十位。次期生徒会役員有力候補とされる中等部一学年の黒崎桂馬。
候補者ランキング第七位、次期生徒会役員候補に高等部一学年/将大大輝。
自分の名前が記載されていた。
将大はそこまで有名な生徒ではなかった。というよりも高等部から編入して来たためほとんどの生徒は知らなかった。
ならば、何故なのか?
それはランキング上位圏内に記載された理由は三つの項目から選出される中で二つの項目「学業実績」では五百満点中、四百八十七点の好成績。
「構築実績」では構築から起動と達成までの速度は平均でも三十一秒または三十秒が限界とされていたが、その壁を遥かに越える二十七・一〇を叩きだしたことが主な要因とされる。
流星の如く現れた将大に票を持って行かれたイイ気持ちのしない生徒が取る行動は、一つ国家公務員の監視外でのイジメ行為だ。結果から言って、そのイジメが大きく将大の人生を狂わせていった。
最初はふざけたイタズラメールだけだったが、次第にエスカレートしたイジメは自宅の郵便受けに毎日届く今時珍しいアナクロ手法の「呪いの手紙」や「殺害計画書」。不正アクセスによる侵入行為で「ウイルス爆弾」。
挙句の果てに親の人脈を濫用して国家公務員である監視員を買収によって、監視カメラのない無法地帯と化した教室だけでなく校内で極度のイジメを続けられていった将大は精神的に追い込まれ自発的に中退届を提出した。
「School-Life-Online」から逃げ出して半年経過した二〇四一年春。定期便として設定されていたのだろう黒封筒の「呪いの手紙」は未だに止まることなく毎日郵便受けに入っていた。
それを毎日の日課や作業のように破り捨ててゴミ箱に放る。それから行動するのは毎日同じことだった。凡そ五キロの距離にある二十四時間営業のコンビニエンスストアまで気分転換と体力づくりの一環としてランニング。四時間ほどアルバイトして時間を潰した後、真っ先に自宅へ帰宅した将大はシャワーと食事を済ませて引き篭もる。
引き篭もってすることはひとつ。
自分が組み立てた二台と最新のインターフェイスが実装された三台のパソコンをインターネットに接続して、とあるジャンルでサイトをずっと眺めていた。
そのキーワードというのが「復讐」だった。
当たり前…というとアレな気がするが、将大の心中ではひとつの事柄が駆け巡っていた。「復讐の手段について」。あそこまで追い込んだ相手への復讐や報復を真っ先に考えた将大は、インターネットの裏側ダークサイドと呼ばれる「裏サイト」に転がっていた情報を読み取って不正行為を行った。
School-Life-Onlineを外部の運営と管理する文部科学省のサーバーにハッキングを仕掛けて、勿論のことだが自分がしたことを偽るために偽造したIPアドレスを複数利用してオンライン名簿からイジメに関与した国家公務員を白日の下に晒したことを機に警察が介入する事態になった。
それは想定内のことだったが、問題はここから起きた。
逮捕された国家公務員によって恐喝したとされる学生の現実世界での写真が公おおやけの場に晒され情報統一社会にとって格好の餌食になったその学生。
元クラスメイトにして同率七位の藤堂瑛士は自宅の自室で両親に過剰な暴力を振るった後、リストカット―――手首を切って自殺を図った。
自分が犯したことが間接的に本当の意味で追い込んだこと。
定期便で「呪いの手紙」を送っていた犯人を殺してしまったことへの罪悪感は頭から削除されることなかった。
ウイルスのように、へばり付いた汚れた記憶を完全排除するために将大は自分の自殺を考えた。それが安易な考えだ。ということは理解しているがそれしか思いつかなかった。肉体が滅びれば考えなくともこの苦しみから解放される。逃げることが出来る…。そう思った。
しかし、どんな方法をとっても同じことだった。
元クラスメイト藤堂瑛士の自殺からより一層、ネット上の監視が厳しく取り扱われた。サイバー犯罪対策室による取り締まり強化によって、禁止ワードでの検索が出来ないプログラムが組まれたことと並行するように「自殺サイト」はネットワーク上から消失したことをキッカケに人間に敵意を向けるサイトは次々と閉鎖された。
結果。いくら「自殺」「危険ドラッグ」「人体解体白書」「安楽死」と打ち込んでも拒まれる。いままで自由な選択が出来るネットワークに対してバリアでも張られたような拒絶感に失望しながらもカチカチ。とマウス操作を続けていた将大はある項目に目を奪われた。
デジタルに加工された虹色のドットで形成された今にも消えてしまいそうなロゴ。
Hello World。
直訳で「こんにちは世界」。最終尾の「World」が白色のドットで飛散していく姿にこれから死のうとするにも関わらず直感的に美しいと思ってしまった。心奪われる。という妙な錯覚に陥った。
Hello Worldの下にキャッチコピーのようなものが記載されていた。
『もう一度、人生をやり直しませんか? もうひとつの現実―――「ハローワールド」』
どう考えたって怪しさ満点のフレーズだが…、将大の堅い「自殺」という決意を狂わせることはなかった。
本当の意味でもう一度人生をやり直せるなら…と。
しかし現実はそう単純で簡単ではない。
ここまでテクノロジーが飛躍的に進化を遂げたとはいえ、小説上に記述されているタイムマシンはこの世界には存在しない。仮に存在していたとしても使いたいとは思わない。過去に戻って一つ二つと事象を変えれば、いまの自分は居なくなるだろう。
いままで築き上げた自分「将大」というひとりの人間性を壊すことはしたくない。
矛盾している。そんなことは分かっている。だが、そうまでして変えたいとは思わなかった。
ひとつの可能性と希望があるなら。と思った将大はサイト画面をクリックした。
真っ黒な画面から浮かび上がったのは、赤文字で画面の中央に記載された危険領域に踏み込んだ警告画面のようだった。
『※ 警告 ※ 』
『ここから先へ足を踏み入れた場合、二度と戻って来れません』
『慎重に考えた上【閲覧ページ】を開いてください』
『【閲覧ページ】』
もう一度…人生をか。ああ、やり直せるなら戻りたいよ。
戻って来れないだって?
上等だ。俺の楽しかった。悲しかった。ツラかった。十六年間の人生をもう一度歩めるのならなんだってやってやるよ。
【閲覧ページ】をクリックした途端。
将大は自分の認識速度を越える光に包まれ後、ドッド上の小さなブロックに変換さた身体はパソコン画面に螺旋状の竜巻のように吸い込まれた。
1Kルームに置かれた雑誌や参考書なども将大が部屋から消えたことに反応するかのようにまるでこの世界に元から居なかった、存在しなかった。
そんな空っぽの生活感がない新築同然の状態になっていた。
その部屋にあるのは新型の自動式円盤型掃除機が部屋の隅に置かれ、換気の為に開かれた青空に映る窓から流れ込んでくる風に波のように浮くレースのカーテンだけだった。将大大輝という人間は現実世界から姿や形なく、過去と現在から抜け落ちた様に消失した。
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そんな世界になっているとは露つゆ知らず、真っ白な光で目を開くことさえできない将大の頭にアナウンスのような女性の言葉が響いた。
『***さん、こんにちは』
なんて言った?
『ようこそ―――、ハローワールドの世界へ』
買ったばかりのゲームソフトウェアを起動した時のアナウンスのように一般人には聞こえるだろうが、将大個人はゲームそのものをプレイした経験がない。
両親を早くに亡くした将大は親戚の家に預けられ育てられた。
義理の両親から教わったのは、この社会で生きていく上で必要となる「イメージする」教育方針。現在の社会においてこの項目は、どの一般家庭でも同じ教育方針だろうが将大が受けた教育は芯がまるで違った。
義理の父親が世界的に有名な企業オーラルネットの役員であることから、イメージ教育には大きな熱を感じるものがあった。
そのこともあって将大は年齢=ゲーム歴はない。
『わたしども―――、オーラルネットがオンライン事業で手掛けています・・・』
その口車に乗せられて若干だが安心できた。
義理の父親が勤めている企業というだけでなく、オーラルネットの信用性は約束されたように高評価を維持し、世界でも五本の指に入る大企業のイメージカラー通り青空のように澄み切っていたからだ。
『完全無料会員制の次世代コンテンツは、最新のテクノロジーと最高のセキュリティー両方向を快適かつ安全にサポートされているオープンワールド形式を採用したもうひとつの現実つまりは、VRWです』
これも告知されている通りの内容が将大の心から不安をなくさせた。
オーラルネットの事業というのは、オンラインでネットワーク上で発生したバグやシステム障害などの問題修繕から最新テクノロジーをフル活用したゲームソフトウェアやアプリケーションの開発。並びにネットワーク上の不正アクセスを阻止するセキュリティー新しいファイアウオールなどを開発する会社だ。
アナウンスで流れたそのフレーズは、会社のPRでも多く使われている中でも最初に考案された義理の父親が生み出したものだった。
『ここでの生活は、あなたがすべての選択権を握ります。
ご自身の容姿の変更から素質まで詳細な部分まで変えることが出来ます。すべての会員様は、プレイヤーとしてVRWで自由に生きることが出来ます。
また、長期休暇にも適用しておりますのでスポーツ・ゲームなど様々なニーズにお応えした上でプレイヤーである。あなた自身の趣味にあった。興味を持ったものに挑戦することが出来ます。
現時点でのパッチは2.10。国内専用オンラインとなっているため海外では使用できませんのでご注意ください。
****に保存されている説明書マニュアルとマナーを守って、もうひとつの世界を心置きなく楽しんで下さい…』
重要な部分が聞き取れなかったように思う。しかし、いまは現在進行形の出来事に目がいっていた。
光量が抑えられたのか。慣れたのかは、分からないが開けれるようになった気がした将大はゆっくりと瞼を開く。目を開けた先で最初に見えたのは左上に何やら書かれた文字だった。
パチクリと目を凝らしてよく見るとカタカナ表記で省略されたであろう自分の名前が黒字で「ヒロキ」と表示されている。
その横に棒グラフのように細長い緑色の棒。
棒グラフの右端にタテ表記で「MAX」という黄色の壁まで伸びている。
その下には、ダイヤモンドの五角形にも見える銀色のコア状の物が四つ横に並んでいる。そうこう上方ばかり見ていた性か、いつの間にか白い光は白い濃霧に変わっていた。
歩こう…? と前に進むものの本当にいまの自分が歩行しているのか怪しくなる。
当然だ。景色が全く変わらないのだ。問題はそれだけではない。
感覚神経がすべて途絶えているような、そんなものを感じる。なぜなら両腕を挙手するように挙げてみるが、関節を動かす感覚どころか舌を噛もうとしても痛みもない。さらに、何も聞こえない。何も出来ない。
今見えている霧さえ、本物なのか偽りなのか全く意図が掴めなかった。
そんな時、―――声が聞こえた。
しかし、口を開こうにも今自分の口が開いているのか閉じているのかも分からない状況だった。故にその声を一方的に聞くのが精一杯だった。
『いまから、わたしが言うことを訊き洩らさず聞いて。
この世界ではプログラミングという構築能力。
フィジカルと呼ばれる身体能力。
フィートと呼ばれている精神能力で力を引き出すの。
基本は構築能力よ。集中して歩くことだけを意識して…』
明らかに若い女性。
アナウンスの声とは全く違う心のある少女の声だと認識した将大は、彼女の言う通り意識を足に。目に。手に。舌に…………身体全体に集中した。―――そうすると、何もかもがはっきりと目視できた。
視覚がはっきりした将大が最初に見たのは、程好い形丸みを帯びた女性の胸部だった。立ち上がろうとした時、自分の鼻がムニュ、とした温かく柔らかい感触とコリッとした突起物に当たる。
ピクリ…。と微動して甘くどこかエロチックな声を漏らして反応する。何に触れたのか気になった将大が見上げる。
真っ赤に紅潮させプルプルと肩を震わせる同い年くらいに見える赤髪の少女の姿があった。
例えそれが不可抗力でも年相応の少女が取る行動は一つだけだった。強力な平手打ちで頬にダイレクトな衝撃。
死ね―――、ヘンタイ!!
罵倒された暴言がこの世界で初めて会った他のプレイヤーとの会話だったりする。
ええええええええええええええ!!?
俺は初めてこの世界で出会った少女に豪快なビンタをされた挙句、ヘンタイ呼ばわり。真っ赤に腫れた頬を擦りながら今頃になってあることに気付いた。
グレーな石造りされた廃墟と白い砂地よりも真っ先に目に入った。
少女と将大の周りには二十体以上の変わり果てた人間がゾロゾロと行進している異様な空間。俺たちを見ながら、唾液をぼたぼたと落としているところから見てある予想が頭を過ぎった。
改めて凝視して外れて欲しいと願ったが予想は、見事に的中してしまったらしい。
明らかに人間ではないことは直ぐに分かっていた。グチャグチャ。とグロテスクな臓物が腹や口から飛び出ている。
これは紛れもなくフィクションの固有名詞で知られる屍者だと。
ゾンビと判断した理由は二つ。
頭部だけでなく体全体に見られる表皮が崩れ落ちていることから化学薬品または放射線物質による影響が示唆される点が要因として挙げられる。
少女の服装を見る限りそれらしい防護服は着ていない点とありえないがどう見ても何らかのアトラクション性はない。
衣服を身に纏っているものの白い肌着やコートは引き裂かれた痕。
体内から溢れだす赤い液体が染みついた長いブヨブヨしたものは明らかに大腸または小腸を引きずり歩いている点から判断してよくできたCGではないか、と考えたが合点がいかない。
見たままから言わせれば「動く死体」=「ゾンビ」という見解に至ったのだが将大には過去一度たりとも「TV&PCゲーム」をプレイした経験がない。
故にネット上にアップされた部分的な情報でしか知らないため、VRで将大は初めて実物を見たのだが未だに実感が湧かなかった。
アナウンスの一言を思い出す。
『長期休暇バケーションにも適用しておりますのでスポーツ・ゲームなど様々なニーズにお応えした上でプレイヤーであるあなた自身が趣味にあった興味を持ったものに挑戦することが出来ます』
どう考えたってこの現状は可笑しい。
次第に寄ってくるゾンビの群れからは未だかつて、嗅いだことのない動物の脂身やカビなどの腐敗臭が漂ってきた。その臭みに耐えきれなかったのか赤髪の少女は、両腕をバッと勢いよく広げた直後一瞬のことだった。
ヒュンヒュン――。という音の後、目では追えない速度で何か細い線が飛び交った。何が起こったのかさっぱり分からない将大を前に少女は、露出した白い肌を隠すように何処からともなく茶色のローブが現れ裾に手を通し始めた。
羽織る中、将大はあることに気付いた。
ゾンビの動きがいつの間にか静止していると思いきや、何か鋭利な刃物によって切断されたかのようにバラバラボテボテと崩れていた。
そんな血生臭い背景に気にすることなく彼女はまだ将大のことを「ヘンタイ」だと疑っているような軽蔑の視線を向け、冷たい声で将大をあしらうように声を上げた。
「なにかしら、ヘンタイさん」
誤解だ。と反論しようとした矢先。彼女は自分勝手に廃墟を抜けて、真っ白な砂丘を歩きながら話を始めたところで漸くあることに気付いた。
先程まで自分の部屋でパソコンを弄っていた筈が見たこともない石造りの建物それも廃墟となった白いキラキラと光る砂に埋もれた場所に立っていた。
日本にこんな景色はないと思った将大は海外にいるのではないかと予測づけ、歩み始める少女の後ろを着いて行く。
「あなたの知りたいことはある程度分かっているから手短に教えておくわ。
まずは、そうね。あなたやわたしのようなプレイヤーの総称をこの世界では転生者と呼ぶの。転生者の最終目標は、この世界から脱出すること。
脱出する方法は、現時点ではひとつしか見つかってはいないわ。
この世界に隠された九つの秘宝を見つけ、九つの謎を解明すること。
予め言っておくと、脱出した転生者は十人にも満たないものの存在はするらしいわ。
それと…これから言うことは助言よ。
生きて命を繋ぐにしても、ゾンビと戦うにしてもすべての基本は構築能力から始まる。力の使い方と発動条件はすでに教えているとおりよ」
歩いていた足を止めると、彼女は将大の方には一切目を向けず一言口にした。
「…もしも、二週間命を繋ぐことが出来たのなら、また会いましょう。この場所で」
赤髪の少女は、その一言を口にした後その場から姿を消した。
残っていたのは、赤い残像と頬にヒリヒリと痛む紅葉痕だけだった。
本日の新規更新はここまで。
次話も修正を加えていく予定ですのでよろしくお願いします。
誤字や脱字があれば、報告と感想やコメントがあればお願いします。