【#015】 Wander -とある魔導士の迷走-
こんばんは。幕間の二話目になります。
主人公がこっそり出たり出なかったりする幕間では、次第に第二章へと繋がっていく内容になっています。
{2015.8.23}→{2016.1.26}改稿完了しました。
一日の始まりを奏でるのが、鶏の鳴き声や聖堂の鐘音であるようにシェンリルの町でも大きな音が朝を知らせている。
ただ、それが静かで聞き心地のいいものや慣れた金属音なら兎も角。
派手であり。傍迷惑であり。爆音でしかない。そんな目覚ましを喜ぶのは誰もこの町にはいないだろう。
早朝の四時前という時間帯は、この大きな町にとってごく一部のプレイヤーが一汗流す。
ある者は朝刊情報誌を配達して回る。ある者はシェンリル大通りにて自分が持つ店の勝手口を開ける。新鮮な魚介類を求めて朝市に出かけようとする者がいたりする。
そしてその誰もが視界上に表示される時間帯を確認して、立ち止まってあることをしている。
この町を初めて訪れた或いは転生し立てのプレイヤーは、この不可思議な行動を見て疑問に思うことだろう。しかし毎朝、起きる悲劇を回避する一つの手段としては有効なことだから仕方がない。
早朝四時過ぎのジャスト二分にそれは起こった。
―――突如の轟音。
数秒遅れて地面に衝撃が奔ったのだ。
地下を抜けてきた若手の冒険者が爆音に似た異音を感知した。
彼等は、オレンジ光と熱気が漂う方角に足を走らせて暫く後そこで見たのは三階建て最上階の住居がゴウゴウとする炎の渦に刈られている。
「そんな、大火事じゃない!?」
「人がいるんじゃないか。
いま人影が見えたぞ―――【サークルアイ】。やっぱり人がいるみたいだ」
サークルアイとは、サバイバルスキル【サーチ】に構築能力【球体補正】という感知系のイメージプロセスを組み込んだもの。視界上にイメージした球体を投影し、球体内部のみに【サーチ】の探知作用を発生させる。
「冒険の入門書」或いは魔法学校の初等部で、学を取る誰もが知る探知技術だ。
若手の冒険者と魔法使いが防御魔法で身体的補正を効かせて、燃え上がる店内に踏み込もうとした矢先のことだった。
助けなきゃ! と言う前に声を掛けられた。
「―――何を言っているのよ! あの人を殺す気なの!?」
初老の男性に止められて、看板を見るように指摘される。
『見習い錬金術士からのお願い』と記された看板には異様な内容が記載されていた。
この手前の三階建て住居の家主です。この家でありとあらゆる災厄や崩壊現象が発生しようとも無視してください。また超自然現象。雨。霰。雷。暴風。爆発。炎上にご注意ください。
素直に受け止められない魔法使いの少女。
青色の魔法陣を自分の立ち位置に、設置して詠唱を始めた。
「ああ、もう。待ちなさいと言ったのに…」
「水よ、我に従え。石鹸と泡の力を解放せよ。水魔法【バブルレイン】―――」
すべての魔法がそうではない。
詠唱破棄という特別な方法を用いるプレイヤーは、長々とした詠唱時間を飛ばす即効性を利用する。一つとして同じ詠唱はない。魔法名を記憶することにも繋がるが、正しく定められた呪文を詠唱することによって見習いの魔法使いでも増幅効果を齎して威力を一割程度上げる。
基本、属性魔法は精神エネルギーを使って火を操る「火魔法」。水を操る「水魔法」。気候を操る「風魔法」。大地を操る「土魔法」四つに分類される。
バブルレインとは、水魔法が扱える魔法使いの初級魔法である。潤んだ泡を複数生成し、小さな火を消せるのだが燃え盛る住居ではなく、見ず知らずの女性の顔にぶっかけてしまった。
魔法使い少女は、慌てた様子で口に手を添えて言う。
「はわわわ、ごめんなさい。わたし、なんてことを―――って、大丈夫なんですか!?」
魔法使いの少女は思う。
なぜ見習い錬金術師というのに、魔導士の衣服を纏っているのかと。
「わたしに問題ありませんが、あなたが問題です。この火力に対して初級魔法を用いるなど。正気の沙汰ではありませんよ。いいですか…」
家主と思われる女性は、半ば表情が怒り気味だ。
ポタポタとぶっかけられた水の水滴が垂れている上に、キレる寸前の顔はかなり怖いものがある。
それなのに彼女は、問題ないと言い張るのだ。
少女は沈黙する。怒られると思ったからだ。
しかし少女の予見は外れた。文句を言いながら説教が始まったのだ。
それも火の手は風向きが変わることで、一層に火力と勢いを増して三階、二階は全焼して黒炭が見えているのにも関わらず、彼女の説教は続く。
火の粉が降り注いできたことで咄嗟に魔法使いと冒険者の少年は、わが身を庇うように丸くなるが、女性は説教の中に魔法を織り込んでそれを回避する。
「いいですか!
まず初級魔法というのは、奇術師が観客に披露する一芸に過ぎません。ロクに魔力を持っていない魔法使いそれも見習いが火災を止めるなんてことを考える貴方はバカですか? 死にたいんですか?
水魔法【シャワーレイン】――。炎熱魔法【ヒートディフェンズ】――。土魔法【サンドアート】――」
彼女の発動した魔法のどれもが初級魔法。
魔法名の詠唱だけで火災の消火。家屋に広がる水分を蒸発。地下倉庫に保管されていた白金砂と蒸発させたことによって生まれた湿った空気と全焼した最上階の素材を分解させて二階を再構築していった。
彼女は、見習い魔法使いの少女と冒険者の少年を指差して言う。
「あなたとあなたは一度。魔法学校もしくは上級者と師弟関係を結んで訓練する必要がありますね」
少女は知っていた。
それを成せる一人の人物の存在を。
「あなたはもしかして、あの偉大なる英雄アカツキの設立したギルド「蒼穹の丘」の筆頭魔導士ルナさんではありませんか?」
「悪いけど、その呼ばれ方は好きじゃないの。いまはただの研究者だから」
「いや、…でも―――」
バタンと強引にその場を逃げるように自分の家に入るなり、ガチャガチャと鍵を閉められてしまった。呆気にとられた少女は、しゅん…とした表情で沈んでいる。冒険者の少年は、少女を励ましながら去っていく。
「…………」
「仕方ないよ。行こう、レイン」
自分の家から離れていく新人のプレイヤーをこっそりと隙間から目で追いけていくのを確認した彼女は、爆発で焼けてしまっている髪をハサミで切って二階に戻ろうと振り返る。
ふと玄関の靴入れの上に飾られた写真が目に入った。
過去の自分の栄光。かつて一緒に冒険した仲間たちの顔。魔法戦争で命を落とした悪友の顔もあれば、憎たらしい女鍛冶屋の顔もある。
写真嫌いでそっぽを向く彼を見て、彼女は泣き崩れる。
「アカツキのアホ。覗き魔。ドスケベ。ヘンタイでバカだったけど…グス。私たちはみんな救われた。感謝してもし切れない恩を返せないなんて………ウ、ウウウ。私は最低だよ」
魔法戦争で命を落としていった仲間たち全員が英雄として称えられたが、彼は別格だった。
たった一人で勇敢にも敵将と一騎打ちした後に、生まれた黒と紫の異様な瘴気とイヤな危険信号を発生する源となっているのは黒い柱。
敵軍の拠点と仲間をも道連れにする極大圏。半径十キロを無塵に還して自然を取り戻す禁忌魔法【外道:輪廻晩翠】によって戦争は終結した。
戦争に終止符を打ったこと。敵将である魔王の称号を持つ稀代の災厄と恐れられていたレイニーを倒したことを踏まえて、ギルド「蒼穹の丘」のギルドマスターであるアカツキの墓所に英雄王の称号が与えられた。
泣きながら階段を登って自分の部屋に戻る。
長い髪の毛をくくってポニーテールにすると、イベントリから作業着に換装する。
ハンカチで涙を拭い作業用メガネを装着して、魔法陣とは別のチョークで書き足された円陣の中央にイベントリから素材を置いていく。
萎れた何の変哲もない草に見える「無難な薬草」を五束。白金砂丘の地下の水晶洞窟でしか採取できないガラス細工のような希少な草「グラスポット」を五束。解剖したスライムの内臓物「ジェルレバー」を二個。
円陣から出てマッチに火を灯して呪文を唱える。
「火よ、我に従え。永久なる劫火を宿せ。火炎魔法【ファイラ】―――!
【変換】! 大地に捧げるは火、組み換えよ。錬金魔法【ファイラコンバート】!!」
このHelloWorldには、魔法以外に錬金術という複数の素材を変換させるファンタジーな科学がある。ただ安易に誰もが使える魔法とは違う。
錬金術には必ず確定した素材。質量保存の法則や自然摂理の法則などの科学と数学の知識。特定の錬成陣。魔力以外のエネルギー物質が必要となる。
魔法使いの多くは体内の精神エネルギーを魔力に変え慣れているために不向きとされている。その為、彼女が使ったのは自分の放った火炎魔法の火力だけを構築能力【変換】でエネルギーに組み替えて構築の錬金術を魔法発動したのだ。
一は一にしか変換できない。一を百に出来ないが故に、早朝の実験失敗は【ファイラ】の火力を誤った大きさで発動した為に変換し損ねたエネルギーが逆流して火は炎となって家屋に移ったのが原因だ。
魔力操作は自分にとって得意分野だった。しかしコンマ以下の魔力数値を質量として扱う錬金術は彼女には難しかった。
ルナ。
天才の魔法使いは、後に≪万有の魔導士≫という二つ名をかざしていた彼女が、かつて英雄王アカツキが設立したギルド「蒼穹の丘」の筆頭魔導士として在籍していたのは過去の話。
現在のHelloWorldの歴史に刻まれた。消えることのない魔法戦争で味方軍の防衛に徹していた彼女もまた英雄視された。だが戦後、彼女は最前の戦線で忽然と消えた。
アカツキが逝ってしまった日に彼女は誓ったのだ。
英雄の笑った顔をもう一度見たいと願った彼女は、世界六大難問とされる『賢者の石の生成』に残りの人生を捧げる覚悟で今日も家屋に籠って生成を続けるのだった。
死んだプレイヤーの肉体と魂を取り戻す唯一の変換素材として知られる「賢者の石」は、生成方法は誰も知らないが故に世界六大難問の一つに選ばれている。
転生し立ての十代前後のプレイヤーなら現実世界の記憶から思い返すだろう素材も試したが結果は同じく失敗だった。
それでも―――。
「―――私は諦めないよ、アカツキ。
分かってる。私が目指しているのは経験上分かる。
この先にあるのは禁忌以上の禁忌。
現実世界で死んだ人間が生き返らないと同じ。プレイヤーも体力値ゼロを切れば、死に絶えて肉塊と骨になる。それでも私は、あなたの救って守ったこの世界に奇跡を起こしたい」
錬成陣に完成した素材を手に取る。
体力値を百から百五十程度回復する青い液体が入ったフラスコが二つ出来ている。
回復アイテム「ブルーポーション」。
萎れた何の変哲もない草に見える「無難な薬草」には、一束で体力回復値を二十程度あり、解剖したスライムの内臓物「ジェルレバー」には一個で回復素材の効能を四倍に引き上げる。
白金砂丘の地下の水晶洞窟でしか採取できないガラス細工のような草「グラスポット」には二束と半束でひとつのフラスコが作れる。
マッチの火と火炎魔法【ファイラ】の力を利用した火炎エネルギーを上手に使うことで「無難な薬草」を乾燥からの粉末化、「ジェルレバー」を溶かして液体化、「グラスポット」を熱で溶かしてフラスコの形状にさせてポーションが二つ出来る訳だが、これは初歩の初歩。
「まだ、こんなもんかー。ガッカリだな~。
でも、これで基本は分かったし、次はドラゴンの被膜と…、……これでレッドポーションが出来る筈だけど一種足りないや。グラスポットがないっていうか、まだ採取できないのかなぁ~。水晶洞窟は一本道だから迷わない筈なんだけど人選失敗した感が拭えないよ」
『ボカンッ』
開発中の「火打石改良版」が床に落ちて小さな爆発を生んだ。
折角、再構築した研究室からボヤが立ち込める始末なのは日常茶飯事。
失敗という経験を得ながら、今日も錬金術の研究は爆発を伴いながら続くのだった。
いかがでしたでしょうか?
聞くところによれば大学生の夏休みは、小学生よりも長いらしいのですが皆さんどうお過ごしでしょうか。今月もあと一週間と一日、来週の土日に投稿出来ればいいのですが不安です。
さてさて、この幕間も次話で丁度半分となる三話目。どんな展開になるかはまた次週です。お楽しみ下さい(=゜ω゜)ノ