【#014】 Gloom -とある商人の憂鬱-
こんばんは、幕間の一話目です。
主人公がこっそり出たり出なかったりする幕間では、次第に第二章へと繋がっていく内容になっています。
{2015.8.16}改稿完了しました。
貿易都市【シェンリル】。
アルカディア大陸一を誇る立派な港には、毎日何十隻という貨物船や観光客を乗せた遊覧船がここ「世界の窓口」といつの間にか呼称された貿易の町を訪れる。
港町周辺では毎日のように人が。人を呼び込む。
賑わわない日がないほど多くのプレイヤーが。
新鮮な海の幸を求めて主婦が。
海底に眠っていた宝箱を目当てに冒険者や海賊が。
他の大陸から運ばれてくる珍しい素材を探す商人も。
新人のプレイヤーに目星をつけて盗みを働く盗賊。
罪人を捕まえるために目を光らせる衛兵たちが訪れる。
この都市で唯一。港町だけ露店が認可された「愚生通り」を一人の青年が歩いていた。
青年の存在はこの通りで交わる通行人や露天商の目から見て「浮いた」ように見えるのは、彼の着ている服装の性だろう。
愚生通りに入るプレイヤーの多くは重装備と腰に武器を装備した冒険者か。
或いは転生し立てか気の弱いプレイヤーにスリを行う盗人ぐらい。
対して青年が着ているのは、上等な布地をした貴族風な上下セットだけならまだ良かった。
一人でうろついているなら。
逃げ足の速い技巧派の盗人がスリに奔るところ。
青年の行動を常時監視している騎士がいなければの話だ。
「なあ、止めてくれないか。背後霊見たくオレに付いて来るの」
「貴方は自分の立場を弁えるべきです。
一体何度、護衛官が貴方の遊びに付き合わされて町中探し回ったと思っているのですか」
近い。かなり近い。
騎士の鎧が青年の衣服に当たりそうで当たらない距離を保ったまま移動を続けている。
青年が止まろうとすれば、騎士は行動予測して止まる。
止まろうと見せ掛けた後、構築能力【加速】で逃走を図ろう。とするフェイントも。
一瞬で見極められ一定の距離を保ったまま、一向に離れない様子を他人が見ればまるで背後霊か嫌がらせのようにしか見て取れない。
「だって、さ。暇なんだもん」
「答えになっていませんよ。二千三百八十九回です」
「数えたのか、それを!?
オマエ、なに。オレのストーカーですか。
四六時中、食事も自由行動もバスタブでシャワーしてる時もベッドの下に隠してあったエロ本を切り刻んだのも全部オマエの仕業ですか。この野郎―――!!」
「野郎、ではありません。
わたくし。ガーネット=シャネルは、女の身分ですので胸倉を掴むような行為は。
そのセクシャルハラスメントにあたります。――『あ、悪い』――いえ、問題ありません。
ベッドの下のイカガワシイ雑誌を切り刻んだのは先代様のペット、ガルシアで御座います」
「ッチ、あんのデブネコか――!!」
「舌打ちなど以ての外です。
貴方には自覚が足りていないようですね。
御自分の立場を分かってもらうには矢張り、強制が必要のようですね。…―――!」
「オイ待て。今なんで、イベントリから布切りばさみとアルコール度数の高い洋酒を出した。
そして、どうして俺の下腹部を見る。
待て、話しを聞こう。うん。
平和的解決の為にまず武器を収めるところから始めようか…」
「意外と美味しいらしいですよ」
「何が!?」
「そのまま、動かないで下さい。微動でもすれば痛い処置をすることになります」
「おーい、ガーネットさん。人の話を聞いてますか!?
そんなにズイズイ迫られると逃げ場が…って既に壁と恐怖の板挟みだし」
「そのままの姿勢で蟹股になってください。迅速に脅威を排除します」
「マジ待って、お願い。そこを切り落とされたら、オレは―――」
バチンッ! と言う音を聞いた瞬間。
青年は色んな意味で覚悟していた緊張感が解けて腰が抜けていた。
自然と体育座りの格好になって崩れる。
男としての人生が終わったと思ったのだが、痛みを感じられない。
これはどういう事か? と下腹部にあるであろう急所を見る。
血液が滲み出ている訳でもない。
ただ切られたと思ったショックで失禁した証拠は確かにある。
しかし全く痛みを感じられない理由が分からずに、あれあれ。としているとガーネットが何やら先程イベントリから取り出した洋酒の瓶の中へ詰め込んでいる。
「ガーネットさん?」
「はい。どうしまし…その歳で失禁とは……その。
いくら貴方様の騎士として仕えるわたくしでも赤子の世話は出来かねます」
「しなくてもいいよ!! 炎熱魔法【ヒートデフェンズ】」
「乾燥させる程度のことで魔法を安易に使われるのは、騎士としてはお勧めできない選択肢です」
「いいの、ホームに帰って洗濯、乾燥させるよりは社会的ステータスのマイナスにならないから問題ない。それで、何を詰めていたんだ」
「これのことですか? ――『そう。それ、何?』――これは先日【ミスリルのハーブ酒造】に納品された【万能酒】に凶悪な猛毒の毒素を持つ爬虫種ヘビのシロマムシを入れた…」
「マムシ酒かよ。
なんだよ、驚かすなよ。
男の大事な部分が無くなると思って焦ったじゃねぇーか」
「………、いえ流石にそれは美味しくないと思います」
「オマエは実はオレで遊んでるだろ!!」
「そんなことはありません。
わたくしが生を受けたシャネル家は代々、ギルド商会の長を務めるホワイト家の騎士なのです。
護衛は勿論、貴方様の命を一番に考えるように仰せつかっているのです。
いくら貴方様が独立したところでその血統は一生付いて回ります。ベル=ホワイト様」
ベルは先代である父親が亡くなってからというもの。
自分に付いて回る「ホワイト」という家名も奇妙な能力も気に入らなかった。
ホームから一歩でも出れば、ひそひそ話をする輩がこちらをジロジロ。と見てくる。
魔法を習得していなかった幼少期に誘拐された回数など両手両足の指の数では収まらない。
飴を与えて誘って来る連中の狙いのほとんどが、ホワイト家の財産かベルの血統能力だった。
血統能力とは、親から子へと引き継がれる遺伝子の一部。
両親のステータスを足して三分の一の数値が赤子の時点で取得される。
その中には個人が取得する固有能力、一般にユニークスキルと呼ばれる物までが引き継がれる。
早くて、少年期でそれが発現する。
ベルが取得したのは二つだった。
父親の固有能力【未来予知】と母親の固有能力【複写】の二つを使える異例児だった。
未来予知は、視界に入って見詰めた人物のこれから起こり得る二十四時間の行動と結果がパターン別に見ることが出来るという力。
複写は、プレイヤーの魔法や体術、固有能力であろうと行使できるが三つまでストック出来る力。
両方ともレアすぎる能力で知られるから、必然的に価値は跳ね上がり奴隷制度が設けられてからは誘拐される回数が増えたのは言うまでもない。
「ガーネット。オレは、な。
両親にはちゃんと感謝してる。でもな。
制度。司法。明確に決まっていないルールの中で縛られるのはイヤなんだよ。
オレは商人ベルとして独立することに不満があるなら、辞めて貰った方が清々する」
申し訳ありません。そう言って彼女は前髪を垂らして目元を隠して立ち去ってしまった。
言い過ぎた。というのは分かっている。
それでもベルは彼女を追い掛けようとは思わなかった。
例え思っていたとしても、出来なかったからだ。
一体何度目の誘拐の時だろうか。はもう記憶に残っていない。
まだ小さい時分に彼女に助けられたことは何故か憶えている。
それでも…
「―――知るもんか」
それでも逃げ出したかったのだ。
この自由が許されない牢獄の中から一歩、踏み出す勇気を「彼女からの逃げること」に利用した自分自身をキライになってでも。
そんな悩みなど知ったことか。と言わんばかりに彼女はベルに声を掛ける。
「止めて欲しいのですか。それとも突き放して欲しいのですか」
「バカ、何で戻ってきた?」
「―――申し上げ難いのですが……その。今月の給金を貰っていません」
「……。
それをいま寄越せと」
「はい」
オレの自由時間を返せ。とベルはどうしようもなく思った。
心の底から。天に嘆くように深い溜め息を吐く。
ベルは愚生通りの果実売りからいつもと同じ品物を購入して齧りながら歩き始めた。
勿論、その間「マナー違反」などと注意されるが無視して同じ道を通る。
ああ、この町は何にも変わんないなぁ。
冒険者や商人など人の出入りが頻繁な町なのに変化がない。
それは奴隷制度が始まってからこの町の本質が丸々変わってしまってから劇的な変化が見えないという意味で思ったのだ。
魔法戦争終結後。
多くの借金を作ったのは、国やギルドだけでなく個人もそうだった。
戦争に出ていた両親の死の知らせを受けた子供自身に価値を付けて奴隷になった者がいる位だ。
いまでは奴隷商人という専用のギルドが出来るまでに至っている。
この現実を領主がどう受け止めているのかさえ、この町の住人は分からないでいる。
「―――どうしました?」
「いや、ちょっと考えごと…、って、ええ、ぐあああああああ」
なんだ。何が起こった? 誰かに押された? そして何がグサッと刺さったような。
急に目の前が暗くなった視界。
左目が特に痛いので、右目をゆっくり開けると見慣れない少年が立っていた。
少年の装備からして初心者もしくは転生し立てのプレイヤーだと分かる。
いやにほっそりした少女を背負っている。
この少年は知らないのだろう。その少女が奴隷であることを。
ごめんなさい。そう言い残して少年は去っていこうとした時、咄嗟に未来を見てしまった。
頭では分かっている。
ここで危険だと助言と教えを説かないと、この少年は良くて奴隷。
悪くて奴隷商人に殺されるのが落ちだと、分かっていた性もあって無意識に力を使っていた。
だが結果は違った。
少年の未来が見えなかったのだ。
「ベル様。ご無事です…ふふっ、刺さってますよ…『へ?』―――鍵が」
ガーネットに手鏡を貸してもらい自分の顔を見てビックリ。
三十という番号が記されたタグと錆びた鍵が額に突き刺さっていたのだ。
シェンリルの平和な日常は今日も続くのだった。
「なんじゃ、こりゃあああああああ」
いかがでしたでしょうか?
わたしの夏休みが今日を持って終わりなので、また元の土日投稿に戻ります。
誤字・脱字、感想希望です。
これからも応援して戴ければ幸いです。