【#107】 Secret peace Part.Ⅰ -夢、叶えし鎮魂歌《蜂起篇②》-
最近、本当に忙しいです。
執筆活動が遅くなってますが( `・∀・´)ノヨロシクです!
◇黒結晶洞窟 鬼火山◇
結局だ。あの誤解は何とかして解いたもののフゥさんを含めた運搬班の女性メンバーからは『そこまでしておいてヤってないなんて・・・』とか、カノジョを亡くしたカレシも『チキンですね。』とはっきり言い切り言葉の矢がグサグサ俺の精神を抉る感じで終息を迎えた。
大体な、フゥさんも何だかんだやらしいぞ。仲間の女の子全員と肉体的関係を持っただの、あることないこと風潮しやがって。クーアは確かにカワイイけど異性として見るには・・・対象外だろ。守ってやりたいとは思うけどさ。
「あの・・・。」
でも・・・。俺はクーアを幸せには出来ない。例え一時の迷いでも俺は、クーアの許しに甘えたアレは間違いだった。どこまで言ってもガキだったんだ。後先考えずに『助ける』だけが正しいとは言えないんだ。思い知ったよ、心の底からさ。
「訊いてます?」
ココラは、半ば遠慮気味に自分の主人であるヒロキに声を掛けるが一向に返事はない。思い詰めた表情のまま、自らが手伝うと言った皿洗いも手元が止まったまま数分の時が流れていた。
自分が尋ねてしまった中傷的な言葉に傷付いてしまったのではないかと伺うように見上げる。別段と悪気があったわけではなかったのだが、噂はどうであれ知りたかった。あれからどうなったかレインさんの恋色溢れる表情を見れば好意を抱いているのは明白。追い掛けていった後のことなんて奴隷の自分が入り込んじゃいけないのは分かっていたのに・・・私はイジワルだ。
そんなことを思いながら心配そうに見詰めていたココラは、喉元から出そうになる言葉を圧し殺して黙々と残った食器を洗っていく。そうした主人と奴隷という関係を傍で見ていたディアンマは、軽い溜め息をついて銀の毛髪を掻く。
ディアンマは、正直なところ勝手に『強者』の位置に立っているプレイヤーの一人と言う認識だった。あれから・・・。ジュニファーが逝ってしまってから、どれだけの駆引きをしただろうか。その数は全ての指を折っても足りはしないことは知ってはいても無性に過去が憎たらしく思ってしまう。
<勇者>。魔法大戦が終結したと言うのに、その称号を得たジュニファーには明らかな素質があった。臆病で非力で逃げ回る能しかなかった当時の僕から言わせれば本物のリアルな英雄だった。・・・だった。あの穢れた野獣との死闘さえなければ、違うな。過去があったから僕は、英雄とは程遠い義賊崩れの殺戮者になれた。
あの獣を倒して記憶を取り戻したのだろう。ダスカは、何時もより張り詰めた表情と刺激的な空気を漂わせながら、
『この穢れた野獣は、御伽噺から飛び出た神話の銀狼フェンリル。長きに渡って楽園に幽閉されていたバケモノさ。長い長い序章が終わろうとしている。オマエは、名前を棄てるんだ。彼女が言っていただろう"生きて"と。・・・・・・は、ここで死んでいい人間じゃない!だから俺の全てを持って・・・・・・を、オマエの肉体を取り戻す。この禁忌魔法【・・・・・・世界】で、だから・・・・・・も約束してほしい。ジュニファーを想う心があるなら、』
そう言った。途中聴こえなかった部分があったのは、僕の下半身が引き裂かれ瀕死の最中で遠退く無意識が声を拾っていたからだ。本能ではジュニファーの最期の遺言を何度も何度も自分に言い聞かせて愛しい彼女の頭部を抱きしめていた。
ダスカが言っていた『楽園』と『序章』と言う言葉は今でも心をざわつかせる。何かを知っているようにも聞こえたせいか妙にイガイガするものを感じるのだ。アイツが使った魔法にしたって、剣術だけのアイツが初めて魔法を僕に施したそれは生きる為の肉体と力を手にした分、人間性を大いに消失させた。
人間[ヒューマン]から獣人[アニマ]へ。今の僕は、人間の弱々しい心臓ではないダスカが喉仏をカッ斬った神話級モンスター、フェンリルの神々しい心臓で動いている・・・だと言うのに唯一人間性を持った僕の意識体が、心が、ギリギリのところで越えてはいけない一線の前で踏み留まっている。
アイツは、ヒロキは、それを平然と踏み越えている。なのに何と言う体たらくか、と歯ぎしりするが同時に嫉妬している自分に気付いて目を瞑る。瞑っても何の解決にも至らないことを自分がよくわかっている。それでも呆けたツラをしたヒロキが無力さを募らせている顔を忘れられるだろうと天井を見上げた。
黒結晶洞窟の鬼火山。嘗ての魔法大戦時代にモンスターたちが逃げ込んで、膨大とも言える魔素濃度に当てられた奴らは各々の個体能力を飛躍させた、なんてデマが飛び交っていたが実際のところは本物だった。だが、どうもオカシな話だ。
どうして今になって、と思っていた矢先だった。突然腹の上に何かが落ちてきた。なんだ、と見ればガンキチが倒れ込んでいた。扱いは毛布かと半ばキレ気味だったがかなりガンバっただろうことは彼の両手を見れば一目瞭然だ。血が滲むほど奮った鎚で武器と防具のメンテナンスを一気にやってくれたのだ。文句はない。寧ろ休んでほしい、と肩ならぬ腹を貸すさと一枚の毛布を掛けてやった。
「あ・・・ありがとうございます。」
「む、起こしたか?」
要らぬ邪魔をしたかと頭を掻くが、『そんなことはないです。』とそう言うガンキチに何故か照れながら『それならいい。』と言葉を返す。
「む、どうした?」
毛布からこっそり覗き見る視線を感じて尋ねる。
「・・・・・・いえ、自分はまだまだだなと思いまして。」
何が不満なのか、と彼が修繕してくれた武器や防具を見る限りは誇らしい仕事をしているように見える。がそれを違うと言う。
僕の二刀は双剣という一組の装備ではなく一本一本が別物の大剣からなる特注品。一本はジュニファーの遺品を溶かして鋳造した思い入れのあるもの。
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大剣【聖者六芒剣】
刀種:大剣
属性:聖属性
素材:シルバライトA369
効果:STR+8%
+スキル【不屈】
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もう一本はダスカと共に潜ったダンジョンで採掘した三種の鉱石を一度溶かして特殊なインゴットを用いた他にフェンリルの素材を鋳造させた強力な魔剣。ただ魔剣と言えど魔法剣の部類であり天然製の魔剣と比べれば雲泥の差。もっと言えば魔剣鍛冶師が鍛えた最上部類の魔剣と比べれば天地離れるほどに切れ味も性能も次元が違ってくる。
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魔法剣【シルバーブラッド】
刀種:大剣
属性:神聖属性
素材:【銀狼の仙骨】【銀狼の大牙】
素材:トリテライトA805
効果:STR+22%
+スキル【神聖一刀牙】
+付呪【人化】
+禁呪【銀狼化】
+耐性【魔法+60%】【物理+60%】【精神+60%】
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ジャイガードの大剣にしても第一線で戦い続けたことによる劣化は相当なものだった。実際のところ、ホブゴブリンの肉を削ぐだけでも相当な握力を必要としたこともあって切れ味は最悪。切断する筈の武器が打撃に変わるほど。それをカンペキな状態まで戻した鍛冶職人など見たことがなかったディアンマは、惚れ惚れする働きに感謝しかなかった。
「何を悩む必要があるんだ。」
修繕することは簡単なことです。と切り出した言葉に唖然となるディアンマを置いてきぼりに溜め息を交えて続ける。
「でも俺がしたいのはその先にあるんすよ。武装強化、でもそれには物資が圧倒的に足らないのが現状です。遠征依頼を断念して地上に戻るにしても、もしもあのレベルのホブゴブリンが群れを成して現れたら・・・・・・。」
"全滅は免れない。"
そう脳裏に告げられた。元々今回の遠征は、指定された食材モンスターの捕獲それだけの思考回路しか持ち合わせていなかったからだ。僕たちはもっと情報を仕入れておくべきだった。暢気に旧友と酒を呑むって哀れな考えがもたらした結果がコレか。
そういう考えに至ったディアンマは何を思ったかヒロキを見た。しかし、皿洗いが終わったらしくココラに居所を尋ねると辛そうに答えてくれた。
"一人で行った。"
それは死に向かった、という解釈ではなく一番辛い。酸化して錆びた苦い鉄の味を口にする凄惨な場所へ足を運んだという意味を含んでいた。
アレだけのホブゴブリンが押し寄せてきた前方には、ジャイガードが在籍していたギルド『ジャイアント・フラッグ』とその他複数のパーティーが交戦している筈だが連絡は途絶。それが意味するのは僕たちでさえ畏怖していること、全滅だ。
"アイツは、ヒロキは一体何なんだ!?"
"何様のつもりなんだ。"
"どれだけの感情を押し殺している。"
"どれほどの数の心を壊してきた。"
"どこまで背負うつもりでいるんだ。"
"そこまで自分を犠牲にしてオマエは、"
「・・・手を貸してくれないかガンキチ君。」
キョトンとディアンマを見るガンキチは苦笑して「無理言わないでください。」と続けて答える。
「ディアンマさんに手を貸したら自分が転けますし、肩を貸したら骨が折れます。ああ、あと背中も貸せませんよ。潰れるので勘弁してください。それと自分のことは呼び捨てで構いません。自分の仕事は皆さんの武具を修繕するココラさんと同じサポーターですから。それにそっちの呼ばれ方のほうがしっくりくるんで問題ないっすよ。」
そうガンキチが言った途端にディアンマは吹き出して笑い始めた。ただ笑いの調子が良かったのかオオカミ特有の大きな牙や肉食獣の尖った歯が剥き出しとなった笑いはガンキチに恐怖を募らせて引いてしまう形となっていた。ディアンマ自身も笑いすぎて喉が詰まって噎せていたが・・・漸く落ち着きを取り戻した頃合いに彼を含めたその他大勢が帰って来た。ただ、その結果はあまりにも残酷なものとなった。
ヒロキが連れて帰ってきたメンツは、後衛チームの生存者でもましてや中衛チームの生存者でもない。最前線でモンスターの大半を仕留める華型、前衛チームの片翼を担っていたメンバーたちだった。主要と言っても明らかに人数が不足していた。皆がパーティーの要となるリーダー、勇敢に立ち向かった期待の星と戦意を喪失させて帰ってきたのだ。
彼等一人一人を見れば生存者と呼んでいいものか、と悩ませるものがあった。奇しくもディアンマはこの光景と同じものを幾度となく見てきた記憶の残像がタブって見えた。勝者でも敗者でも誰しもが負う消えない残虐なる傷痕が物理的でも精神的でも枯れた戦意を潤すことはできないだろう。
彼等を除いてだが・・・。
敗残兵のような面構えで心折れた冒険者が帰路に着く後を追う五体満足の生還者たちは、どことなく不満そうに一人へ視線が注がれていた。その一人とは、ギルド『トーテムバード』のギルドマスターと聞いたハイルとか言うオッサンへだ。
「さて、ヒロキ君。もう一度訊くがどうしても行くつもりなのかね?」
声に出したのはハイルだった。この非常時に依頼を優先とかないだろう。寧ろ引き留めてくれるな。と言いたかったのだがそれに対してのヒロキの答えは常軌を逸脱したデンジャラスな回答に準備の手を止めるしかなかったのである。
「ああ、これは俺に課せられた仕事だからな。」
ここまではいいんだ。我等がリーダーの役目を大事にしてくれるのは大変結構な話だと思ったのにどうしたら奇想天外な答えが出るのか。一度コイツの頭の中を開いて詳細に調べるべきだと思うぜ流石にな。
「黒結晶洞窟より下の階層、深層領域にいるのは探索系スキルで確認済みだ。問題なのは戦力と物資の不足だがアンタ等には期待させてもらうよ。物資に関してはダンジョンだからな、自給自足で事足りるだろう。班編成は伝えた通り、」
話はいつの間にかトントン拍子に進んでいたらしく、元の遠征組を三チーム。捕獲依頼を続ける継続組、ギルド商会専属調査兵団『紅蓮の蹄』メンバーを助ける救助組、重症を負った遠征組を無事に地上へ戻す帰還組に分けることが決まっていた。
継続組は、ギルドメンバー全員が重火器で武装した『ガンウォーカー』とギルド『トーテムバード』から二人。ギルド商会から派遣された運搬班のほとんどが駆り出されることになった。とはいえ、カノジョを亡くしたり意識が朦朧としたメンバーは帰還組に入っている。
救助組は、ギルド『トーテムバード』の主戦力だと言うオッサンのハイル。オッサンとは対照的なオレンジの短髪をしたモナークと言う如何に凄惨な戦場を歩いたかという冷たい瞳をした少女。ギルド商会からはフゥさんと当然の如く立案者のヒロキとサポーターにガンキチとココラが選ばれていた。
帰還組は、言うまでもなく残ったメンツになるのが必然ではあるがどうしても認められないことがある。どうしてか僕の役回りが帰還組の護衛という納得いかん結果になったことだ。確かに帰りたい、と溢したのは事実だが僕だけというのが納得いかん。
「オイ! ちょっと待てヒロキ。そういうことはパーティー内で最初に相談しておくべきことだろう。リーダーだからって勝手に決めて良いわけじゃないんだ。そうだろ?」
ガンキチとココラに煽り寄ったつもりが、
「あー、えーと。奴隷の身上としては主人に逆らえませんし、ヒロキさんのことですからきっと色んなことを考慮しての答えだと思いますから私個人としましては賛成です。」
「ぶっちゃけて言うと、ありがたいと思ってます。まだ自分としても答えに辿り着いてないので諦めたくないんですよ。夢を夢のままにしてたら何時まで経っても変わらないと思うんで賛成ですね。」
おいおいマジか!?色んなことを考慮だ?ヒロキのヤロウ一体なに考えて・・・そう一人でいがんでいればヒロキから声が掛かる。
「ディアンマ!」
無視だ。無視。コイツをリーダーと思った僕がバカだった。結局、人の性根は変わんねぇんだ。
「ディアンマにしか出来ない頼みがあるんだ。」
・・・・・・僕にしか?いやいや騙されるな、と必死に首を振っていたディアンマの傍らで見ていたガンキチとココラは、声には出さないが内心同じことを思っていた。
"うわ~チョロいっすね。"
"チョロい人だったんだ。"
ゴッホン、と咳払いして会話を濁すも『それで頼みってのは?』素直になるディアンマを見ててもしょうがないので自分たちの仕事に取り掛かるのだった。よそよそしく頭を掻くディアンマにソッと音なく近付いてヒロキは奇妙なガラス製の筒を手元に渡してきた。
「なんだ、こりゃあ?」
思わず首を傾げるディアンマに言葉なく便箋を携えると、
「コレを真っ直ぐにサワラビさんっていう秘書官へ渡してほしいんだ。ガラスカプセルには、【硬化】使っているがくれぐれも慎重に持ち運んでくれ。割れたら死人が出る大変危険な毒ガスだからな。後もう一件、その封している便箋は絶対にレイン以外に見せんな。絶対にだかんな。」
叫んだつもりはなかった。それでも洞窟という場所が反響を生んで全員の耳に入ったらしい。直後、ニヤニヤするみんなの影を見えた。フゥさんが『お熱いことで。』と漏らし。ハイルは腕組して『青春だねぇ。』と苦笑。オレンジのショートヘアーの少女に至っては『ヘンタイ・・・。』ボソッと呟くのだった。
なんだかんだで準備に時間だけが過ぎていった。俺も最後の準備にとテントの中で、これから起こり得るだろう最悪の状況を想定してレインの師匠コハクさんから教わったレシピを参考に調合をしていた。コレだけは誰にも見せられないからだ。
――と言うつもりでいたのだが、ココラに見つかってしまい手伝ってもらっている。知られたくはなかったが彼女も魔法薬を開発していた時分も相まって、俺の普通ではない状態に逸早く気付いて身を按じてくれていたのだ。だからって訳じゃないが、ディアンマにも言われた通り仲間を頼ることにした。
「実際どう思う?」
有りのままの全てをココラに伝えた途端に、患部を診察させてほしい。と言われて腕を出せば状態は更なる深刻を生んでいた。肌が割れて通常は赤い血が黒く変色して結晶化して端から砂となり塵となって崩れていくソレは止まることを知らず右手は、もうない。心臓まで達した亀裂からは、滲み出る赤黒い火炎を吹き替えしていた。これではまるで、
「・・・・・・。」
泣いていた。タブって見えるレインの面影がツラい。でも、それ以上に俺は今を遣るべきことに全てを捧げることにした。イヤ、したかった。それに死ぬ訳にはいかない理由がある以上は、投げ出す気は更々ない。
「心配すんな。俺はもう一度・・・死の世界から這い上がってでも生きて見せるから。それに約束したんだ。だから、まだ泣かないでくれ。みんなで一緒に戻ったときに泣こうぜ。悲しいより幸せな涙の方が何倍も嬉しいからさ。」
はい。と言ってくれたが何処と無くまだ緊張してる感が抜けないなぁ。そんな印象を受けながら順調に調合は進んでいた。其処へ深手を負ったジャイガードが漸く立ち上がれるだけの力で踏ん張り、フゥさんの肩を借りてヒロキの傍まで寄ってきた。さっきまで冷やかししていた彼女とはまるで違う印象が見受けられるその表情からイヤな予感が胸を騒がせた。
胸の心臓に近い部位へ何重も巻かれた白い包帯が赤黒く滲む出血。蒼白い顔。断裂したのは筋肉だけではない。色落ちした瞳から察するに、霊魂がぼろぼろに引き裂かれているのだろう。もう時間がない、と分かっているからフゥさんは顔を伏してテントから早急に退出していった訳だ。
「分かってる。あの群れが此処へやって来た時点で、そうなのは自分がよくわかっている。それでも・・・。」
ジャイガードの願いは、こうだ。自分が所属していたギルドのギルドマスター、アルアの遺骸を一目でも良いから看取りたいと。でも、それは出来ない。だから俺の返事は、悪いの一言で終わったが彼との会話は始まったばかりだった。
それなら、と今度は救助組に自ら志願をしてきた。無論そのカラダではムリだと何度も言い聞かせたがジャイガードの意志は鋼鉄よりも固く、鋭い眼光からは寿命のことなど微塵も考えていないそんな風に見えた。彼を見ているとイヤでも過去をがむしゃらに突っ走って生き抜いた二年前の自分と重なって・・・俺には彼を止めることなんて出来なかった。
「さあ、行こうか。"黒の英雄"イヤ・・・ヒロキ君、僕はキミに救助組のリーダーを任せたい。」
ハイルが言った"黒の英雄"とは、"黒結晶洞窟の英雄"を略したものだろうと直ぐに気付いた。しかし、それはそれである。またしてもリーダーと言う役目は辞退を願いたかったがココラが握る亡くした右手を見て俺は承諾する以外の道は断たれた。
「分かったよ。」
しぶしぶ承諾した俺への当て付けかディアンマは、頭をポンポンと叩いてガラスカプセルの入ったリュックサックを背中に巻き付けて振り替えることなく手を振る。十数歩行った先で足止まるディアンマは一言声をたてる。
「生きて帰ってこいよ相棒。」
確かにそう聞こえた。ディアンマを見送った後を俺たちも深層領域への進出に向けて一歩を踏み出した。
嘗て死神シスと対峙したダンジョン【魔窟】がそうだったように、全容が謎に包まれた未知の世界であり未踏破階層の数もモンスターのクラスも分からないイニシエの時代で栄えた文明の残骸がここで静かに眠っている。俺たち救助組。最初の冒険は、ダンジョン【蒼銀洞窟】から幕が上がった。
◇◆◇◆◇
◇蒼銀洞窟 ジェラ熱帯域◇
最初俺たちが想像したのは、特殊な蒼銀色の鉱石が星の海の如く散らばる鉱山若しくは採掘現場が頭の中にあった。ジェラ熱帯域は、地下でも降雨があるようで高温多湿の熱帯雨林やマングローブに近しい常緑低木。雨季と乾季が明暸なサバンナと雨緑林や乾燥地の熱帯砂漠などに分けられる階層すべてがコレなのだから驚きだ。
水晶洞窟にあるダイア樹林帯やウストルファ渓谷など各エリアの十数倍の規模を誇っているが易々と裏切られたショックのあまりガンキチ君はガーンと落ち込んだ真っ青な顔で朝食のジュースを飲んでいた。
「はあ・・・。」
「おいおい、朝から溜め息を着かないでくれ。これから資源調達せにゃあならんのだからな。」
ハイルさんの言うとおりだ。今の俺たちに必要なのは、生き残る為の物資確保にある。武器の切れ味を保つにも研磨する砥石と濁りのないキレイな水は必須。防具の手入れにも紐状の素材や鉄鋼資材、明日を生きるための食材と飲料水の確保は必然とも言える。
昨日の今日で確保したのは、ココラの解析スキルで発見した果実食材【ブラッドオレンジ】は今朝のジュースがそれだ。この果実は現実世界にあるものと同じらしく赤い果肉が特徴的でとても健康的な食材だとフゥさんも喜んでいた。とまあ、女性メンバーの・・・何て言ったけ。ハイルと何時も一緒に行動する少女、そうそうモナークさん以外が光る目をしていた時点で美容にもいいのだろうけど。
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果実食材【ブラッドオレンジ】
界種:植物
属性:ミカン
品種:タロッコシア
効能:アンチエイジング効果、肥満防止、血行促進、脳活性化
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タロッコシアなんて品種は聞いたことはないがハローワールド独自の種と考えた方がいいだろう。まあ、それにしてもアンチエイジング効果は女性が目を光らせるのも頷ける要因のひとつだなと亡くした右手を隠して背伸びをする。
アンチエイジング効果とは、老化現象を・・・とは女性の手前では言えないので美肌を長く保たせることにある。例えば一般的に知られているのはビタミンC摂取だが、抗酸化作用即ち活性酸素を抑える働きをする高い栄養素を摂ることで美肌に欠かせないコラーゲンの生成を助けたり、髪や爪など女性にとって大切なオシャレポイントの健康維持や紫外線で受けたダメージの修復速度を高めてくれる嬉しい要素が秘められてる訳だ。
これはコレだけど。俺たちにとっても大変嬉しい効果がある。肥満防止は・・・うん、置いとこう。血行促進と脳活性化は、一日を支える大事な薬みたいなもんだ。血行が促進されることで体内の血液循環が良くなり、冷え性改善・女性にとっても嬉しいダイエット効果・免疫力向上の効果が持たされる。脳活性化は、名前通り集中力が高まるのでこれからの仕事に役立ってくれる最高の朝食となった。お陰でガンキチ君も気合いを入れ直してピッケル片手に調達チームの下へ駆け寄っていった。
俺もボチボチ行きたいのは山々なのだが、右手を失った人間の立場上ココラとジャイガードと一緒に店番ならぬ焚き火の火が消えぬように薪の代役をしてもらっている枝木をくべる。ただそれだけの誰にでもできる仕事をしていた。時間制交代で近場の異様に透き通った湖で釣りをする。ケガ人だけでは・・・とハイルさんからモナークさんを貸してもらいもしもの時は彼女が戦ってくれる手筈になっている。
当初その組み合わせに反対意見を真っ向から突っ掛かった意外な一面を見せるジャイガードに息を呑んだ。リーダーを任せれた身の上の自分も居るからと言って抑えることに成功したものの気が重い。実際のところは、ジャイガードよりも俺自身の方が重度のケガを負っていることもあって体力は低下しつつある。それでもリーダーの尊厳を失わないようにと強気の姿勢ではいるが、反対を押し切られればそれまでなのだ。
「・・・・・・・・・。」
声を掛けるのが恐ろしくて仕方がない。弱気な姿勢を見兼ねたココラが、無くなった右手をソッと掴んで温もりと小さな勇気を分けてもらった気がした。「ありがとう。」と小さな声で感謝を伝えた俺はジャイガードに、とある提案を告げることにした。但しオススメは出来ない。もし失敗すれば・・・命は失われるとても危うい最期の駆け引きになるからだ。
命の綱渡りをする感覚。地獄の業火で焼かれ煮えたぎる血の記憶。人間性を失う自我崩壊と覚醒する多重人格。その全てを俺はジャイガードに伝えた。そう、これは禁忌魔法【創造世界】による人体再構成。侵しては行けない域に踏み込むもの。俺は一度この禁忌を黒結晶洞窟で使って・・・死域を踏み、いまの肉体を手にした。それも踏まえて伝えた後のジャイガードは・・・俺なんかの為に泣いてくれた。
「止めろって泣くなよ。」
「ムリだ。そんな・・・そんな話を聴いたら誰だって泣くに決まってる。ヒロキ、キミは苦しくはないのか!?」
苦しい?なんだそれ?もう・・・痛みなんて感じねぇよ。だって自分のことよりも仲間を失う方がずっとずっと辛ぇーんだから。
「俺なんかのことは気にすんな。まだ死ぬ気なんてこれっぽっちもないんだ。それにな、この魔法を使うには強力なモンスターの血と肉と骨が必要不可欠だしな。――おっと!ほら、釣糸が引いてるぞ。」
ジャイガードと俺は二人がかりで魚肉食材【ピラルーク】を釣り上げて、たも網役をココラに任せようと思っていたのだがどうやら焚き火の様子を見に戻ったらしく姿はない。仕方ないので暇そうに小石で水切り遊びするモナークの手を借りることにした。
ツーンとした態度をとるモナークだが、岩影に何を見たのか急に跳んできて手伝ってくれたはいいが折角釣り上げたピラルークを逃がしてしまいガックシの結果に。蒼い顔をする火の番チームは、「本日、重要なタンパク源を失って、」と平謝りしたのだが。「そんなことだろうと思って、」とハイルさんが広げたのは調達チームが確保した食材の小山である。
血抜きを終えた草食食材【ツリーティアラ】は見事に捌かれて燻製済みには度肝を抜かれた。内臓物の生刺身がハイルさんの好みらしいが、俺たちがアタらないようにと態々火を通してくれていた。そこへフゥさんが採取したという野草食材【アオニラ】と手持ちの発芽食材【ミドリモヤシ】を炒めて、ガンキチ君が持って来ていた調味料で味を整えた見事なレバニラ炒めが完成していた。
――のだが、火の番をサボったとかでメッチャ怒られた。
なんで怒られたんだろう?ココラが戻ったと思ったんだが・・・ん?なんだろう、モナークさんともう仲良く話し込んでる。それにしても目が赤いのは何故だろう?女の子ってのは、本当に不思議な―――。
あれ?目が・・・、いや、視界が歪んで。
どうしてか、ココラが逸早く駆け寄って来たように見えた。