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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第三章 「王国に眠る秘密と観測者」 Episode.Ⅰ-Ⅲ 《千年蟹と骸骨坊主》
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【#105】 Secret piece Part.Ⅰ -夢、叶えし鎮魂歌《序篇①》-



◇シェンリル王国 鍛治屋『大黒天』◇


 深夜。十二時を回った頃合い。千年蟹捕獲するために結成された遠征組がダンジョンへ出掛けて三日目の夜。今頃は慣れない地面の固さにうんざりしてる頃だろう、と苦笑を挟みながら鍛治屋『大黒天』の店主オーナーの小人[ドワーフ]トム=クロバは、故郷の酒を親友と飲んでいた。


 トム=クロバの故郷はシェンリル王国ではない。東の『ヤマト大国』の出身で元は鍛治職人でなく採掘士だった。少年時代から毎日出稼ぎで鉄鉱山から鉄鉱石を。あるときは銀鉱石の鉱脈を掘り当てていつの間にか付いた通り名が<採掘王>。そんな通り名を聞き付けた国の役人の息子が目前のしんゆうだ。


 "牛烏賊ホルスタインクラーケン"の足を炙ってバターを乗せて、熱で溶けたところをがぶりと口の中に運んでいく。牛烏賊のグニグニした食感と海の塩味を含んだバターが生み出す調和ハーモニーは一種の奇跡だが、トムは炙った牛烏賊に醤油を垂らして食べていく。


「カ――! うめぇな。やっぱりヤマトの酒のお供は牛烏賊の炙りに限るわな。絶妙な塩加減とバターの風味が堪らん!」

「バカ言え。醤油をちょこっと垂らして食うのが通ってもんだ!」

「なんだと!」「なに~~!」


 両者睨み合って一向に引かず胸ぐらを掴み取っ組み合いになる寸前で、炙った牛烏賊が凍りつく。急激に冷める鍛治屋の空気にビクッと恐る恐る流れ込む冷気の根源に目を向けると女性が包丁を持って立っていた。


「アンタ等。喧嘩は外でしーや。なあ?」


 冷たい言葉に両者共に仲良く正座して土下座を決め込む。


「「すまんかった!」」


 両者息のあった謝罪の言葉に女は、北風ビュービューから太陽ポッカポカの満面の微笑みを浮かべる。


「分かればいいんよ。牛烏賊のお造り、もう少しで出来るさかい。待っててーな。」


 調理場へ戻っていく女を前にぐったりする親友を引き摺って椅子へ腰かけ直すと、女は例の如く宣言した通りにお造りから始まって烏賊リング。かき揚げ丼。照り焼きなどを用意して食卓に座るのだが、相変わらず酒に弱い親友はあれから起きずソファーで寝息を立てている。


「――それで?」

「・・・うむ。」


 揚げたての烏賊リングを一口食べて数度咀嚼から冷えた麦酒ビールを流し込んだトムは彼女の質問に答えることにした。


「どうしてガンキチ君をダンジョンに?」


 彼女はトムの妻である。


 少年時代に知り合った役人から引き受けた国家事業の成功で莫大な収入を手に帰郷するも熾烈な領地の奪い合い、小規模であろうと巻き込まれた村は焼き払われ親も友達もみんなが亡くなったと知り国を飛び出した。若気の至り、と言われればそうだったのだろう。


 国を飛び出して最初に訪れた東の大帝国『カンオウ帝国』で採掘の仕事ぶりを見た恩師で現在老舗の銀行屋『リッチマン』の頭取ブランシュ=バレンタイン氏の紹介で細工師。鎧鍛治師。刀鍛治師の経験を経て一度懐かしの故郷に戻った先で例の役人と再開した。


 十年という歳月が国にも変化の兆しが現れるというもの。実際にヤマト大国は、長きに渡る血で血を染める戦は終結から国長タバネが龍神様の力を宿した将と婚約の噂で持ちきりだった。国の首都『江都』の警護という大役を任せられているという役人ギン=クロバさんの馴染みってことで屋敷にお邪魔して五年のある日――。


「聴いてます?」


 冷めた声に視線だけをズラすと氷の魔女が笑っているのに言葉が笑っていない極寒の圧力に押されて言葉を紡ぐ。


「聞いてる。ガンキチを息子・・のように可愛がってたのは知っとる。でもな、アイツも一端の男だ。」


 ガンキチ君を最初に見たのは鍛治ギルドでだったか。他者よりも明らかに才能は基より執念を感じさせる鎚振るいは今では<刀匠>と言われるワシも震えたもんを持っておった。卒業後、大黒天ウチに来たあやつはワシが十年掛けて到達した一つ目のゴールに武器の量産という方法で鍛治スキルを限界まで高めおった。まさに次代を担う鍛治職人じゃと皆が言うがガンキチは世界を知らん。


「魔剣鍛治師はアンタでもムリやったよね。」


 ガンキチ君は刀鍛治師じゃが、彫金師と細工師と採掘士と鎧鍛治師と勿論刀鍛治師が習得する全スキルの熟練度は限界点カウンターストップに到達している。あの若さで一つのゴールに辿り着いているだけで"天才"。それでも彼が求めた執着の形が『最強』なら、と可能性に懸けてみたかった。自分にも執着する形はあっても『守護』では届かなかった。


「魔剣鍛治師は誰もがなれる訳じゃない。だから多くの鍛治職人は、魔法鍛治師の道を歩んでいくものだ。勿論、ガンキチにもススメが彼は遠征に行く前に言ったよ。『――俺の悔いは、折れた刃でした。あの銃弾も、ドラゴンの息吹きも、悪魔も天使も神々にも、どんな逆境をも打ち砕く最強の剣を鍛えたいんですよ。それにあの一戦を見て思ったんすよ。もしも俺が『最強の剣』を鍛えたならヒロキさんに奮って欲しいって――、だから行きます!』・・・とさ。」

「子供の成長は早いものやね。それじゃあ、ウチもお酒を頂戴しようかね。」


 祝いたかったのだろうと思う。しかし、祝う前に急な客人の来訪に先延ばしする羽目となった。訪れた客人は知人だが、護衛だろうか黒装束の女性が二名連れて殺気を尖らしている。何か重大な事件でも起きたのだろうかと思わせる印象を受けて、店前では深夜とは言え人目につくので上がってもらうことにした。


 訪れたのは、世界でも両手の指の数よりも少ない魔剣鍛治師のカイエンさんである。自らが魔剣鍛治師だと名乗れば、我欲に走るプレイヤーから狙われる恐れがあるからだ。それでも彼が名乗ったのは、職人としてのプライドがそうさせたと言っていた。


「スマンな。家族での晩酌を邪魔して。」

「構いませんよ。カイエンさんも一杯如何ですか?」


 妻は御猪口を手前に酒を勧めるが、


「重ねてスマンな。ここに参ったのは、とある一報が冒険者ギルドに入ったからでの。申し上げ難いんじゃが遠征組が――、」


 千年蟹捕獲に向かった遠征組の壊滅という一報は、寂しく悲しくも唐突に突きつけられた。


 泣き崩れる妻を抱いて自室に寝かしつけたトムはリビングに戻ることにした。妙な胸騒ぎと違和感を覚えたからだ。カイエンさんの実力は知っている。それでも護衛にあの黒装束、暗部の人間を寄越している時点で怪しいと考えるのが妥当なところ。そう考えた時真っ先に思い浮かんだのは、国が抱える闇の部分だった。


 リビングに戻ったトムは、三人から五人になっていることに気付きながらも敢えてそこはスルーして席に腰掛ける。どうせ問うても話題を切り替えたりするに決まっていると踏んだからなのだが、一人は知った顔である。もう一人は集まった客人の頭と言ったところだろうか暗部の人間が殺気を殺して影に潜んでいる。それはどこか彼を慕っているようにも思えた。


「奥方を悲しませて申し訳ない。」


 言葉はそう言っても感情のない無機物が吐く声はトムの眉間に皺を寄せさせる。


「感情が篭っていない、と思うのは仕方ありません。ちょっと・・・まだ仕事モードが切れてませんでね。自己紹介から済ませましょうか。僕は国王守護部隊『狩猟』を一任されています。クルスと言います。お時間頂けますか?」


 クルス? 噂には聞いたことがある。国王の懐刀だとか。そんな大層な人間が何故、と思いながらも頷いて答える。


「それは何よりです。」


 一呼吸おいてクルスは連れてきた彼等彼女等について教えてくれた。『狩猟』の暗部の彼女等は今回の一件の担当を仰せつかったようで、名前などはなくコードネームが振り分けられているものの魔女とは面妖な・・・と思わされた。"鴉の魔女"と名乗る彼女はクルスと言う人物に心酔しているように見える一方で、"狐の魔女"と名乗る彼女はそれなりには慕っているようだが暗い影が見えた。


 その中で唯一の知った顔の人物はかなりの有名人である。ギルド連盟の最高幹部第四位の実力者であり、ギルドメンバー全員がAランクの傭兵。ギルドマスターに当たる本人に至ってはSSランクに到達した最強プレイヤー。その血筋は<五芒星英傑ペンタグラム>の称号を持つガイアス="マギ"=ドラゴンの弟に当たる。


「しかし、一体どう言うことですかな?」


 組み合わせが可笑しいのだ。ギルド連盟の統括理事長とシェンリル王国の国王とは犬猿の仲と呼ばれるほどに仲は大層悪いと聞くのに、国の内情に関わるなど考えられないからだ。


「ああ、いいの。いいの。今回の一件はハザマさんの尻拭いだから。」


 頭を掻きながらポーンと軽く笑って答える彼からは威厳そのものが欠如しているように感じられたが、それは最初だけだった。続けて言う言葉には覇気が籠められていたからだ。


「俺さ、昔から借りを作るのはキライなんだよね。それに次代を担う英雄には興味があってね。今回の一件には力を貸すことにしたんだ。」


 ん~?


「ちょっと待った! 次代を担う英雄だと・・・それを含んだ全員が壊滅したんじゃないのか?」


 あちゃー、と何かやらかした顔をするギルドマスター。その一方で腕組しているクルスは、ニヤッとして語り始める。まるで待っていたかのように・・・トムはこの日知ることになる。


「話しましょう。トム=クロバさん。」


 自身が抱いた夢物語から始まってしまった取り返しのつかない己の哀れさと愚かさを悔いた。


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