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HelloWorld -ハローワールド-  作者: 三鷹 キシュン
第三章 「王国に眠る秘密と観測者」 Episode.Ⅰ-Ⅲ 《千年蟹と骸骨坊主》
102/109

【#102】 Phase down Part.Ⅰ -底辺の生き方《後篇》-

思ったより長くなりました。


『ゴメンね・・・。』


 出発間際、自分宛にOCCオープンチャットチャンネルで会話してきたレインの開口一番が謝罪それだった。


 寧ろそれを言わなければならないのは俺であってレインが謝る必要なんてないのに、と思っていたのだがラブホテルでの一件ではないらしい。一夜どころか正面まともに相手出来なかったことを謝れば、もじもじして言葉を濁されてしまったのである。


 レインの顔は見れないが赤面している様子を想像して苦笑すれば、


『ちょっと、何を想像したのよぉ。』


 今にも腕を回して痛くない拳をぽかぽか当ててきそうな脳内補正イメージに、


『ゴメン、ゴメン。』


 そう宥めるだけで許しはもらえた。


 ――のだが、そう悠長に話を進める訳にもいかない。そりゃあ俺だってレインとお喋りしたいけど周囲《男性冒険者》の視線が険悪なのと仲間《ココラ以外》の視線と表情が呆れられてる。一応はパーティーリーダーを任されている以上は相応の仕事をしなければならないので本題を聞き出すことにした。


『あ、うん。実はね・・・。』


 レインもちょっとしたお喋りを遠征前にしたかったのだろう。声のトーンが落ちたので直ぐに分かった。それでもパーティーリーダーだから、と言う理由に納得してくれて本題を話してくれた。どうも本題それが現状に繋がっている節があるようで、俺が『ヘンタイ冒険者』などと悪い風潮があるのは昨夜催された『爵位会』が事の始まりらしいのだ。



◇◆◇◆◇



 昨夜のこと。


 千年蟹捕獲の為に編成された遠征組がそれぞれの準備に勤しみに明け暮れる者、万全の体調の基に挑もうと充分な休息をとって寝る者、酒や食或いは色欲を嗜む者が中層を中心に騒がしい夜を過ごしていた。その最中で、最上層の甲邱にて上流階級のプレイヤーを集めた一種の社交パーティーが催されていたという。


 爵位会。そう呼ばれた通りこの会合は爵位を上流階級の家柄や一部の個人或いは貴族であったり王族という身分のプレイヤーが半年に一度、それぞれがどう半年を過ごしたか、子供の進捗はどうとか、などを口にするも良し。酒や食事を楽しむも良し。淑女と優雅に躍るも良し。家族とは違う面々でコミュニケーションの場と普段忙しい身の者にとってはちょっとした休息の場を設けようという主旨の基に生まれたのが爵位会である。


 近日中に開催される剣舞祭というビッグイベントを控えてと言うこともあって、近隣諸国から大国のトップたちが正装して各々に挨拶を交わし会う中で、一人の少女は控え室で縮こまり付き添いの友人兼同僚の女性は説得をしていた。


「出席したくない気持ちはわかりますが、これも仕事の内です。爵位会の目的は飽くまでも他の上流階級の貴族と社交コミュニケーションする場ですから会話しなければ危険はありません。」


 コミュニケーションの場と言う一方で会話しなければと言う矛盾にはそれなりの理由があった。一重に社交パーティーと言えど、相手取るのは国を任された一国の王や女王。王族に取り入ろうとする貴族の跡目以外の第二子たち。下手に口を出せば、話術という戦術的心理戦に敗北し得る。貴族の中にはバカもいるが利口な彼等の口車に乗れば、明日には奴隷として買われているケースが少なくもないからだ。


「それってつまり・・・お人形さん見たいに座ってればいいってこと?」


 少女も一人の女の子なので御化粧くらい一人で出来ると言ったのだが、付き添いの女性に却下されて御化粧を終えて櫛で髪を解かす最中でさらっと『そうです。』と告げる。


 ――とそこへ、控え室の外から声が掛かる。


「レインいる?」


 若く、それでいて何処となく気品のある女性の声だった。付き添いの女性には声の主が誰か分からなかったが、少女には誰なのか直ぐに分かった。


 彼女とは回数にしてまだ二回。それでも数少ない少女レインの親友の一人に違いなかった。一度目ファーストコンタクトは、知る人ぞ知る隠れた名湯と名高い温泉処『霧の湯』。金色のさらさらとした長い髪をなにで束ねることない自然体で自分よりも大きな胸囲。それでいて欠点がまるでない完全無欠の淑女。それがレインの一声で入ってきた和装美少女カサネだった。


「久しぶりね、レイン。一年と・・・七ヶ月ぶりかしら。」


 カサネの言う通り一年と七ヶ月前に二度目の再会を果たしていた。丁度、災厄『シェンリルの悲劇』の収拾のめどがたった頃合いのこと。彼女が町に訪れた理由は、当面の資金援助をどうするかという小さな会合だったと後になって耳にした。再会は本当に偶然だった。


 コハク先生に習っていた時分のことでアイコンタクトだけで話すことはなかったけどOCCが世界共有化アップデートされて毎日・・・最近はできていなかったけど遣り取りをしていた。


「うん。」


 まだ髪を解かしてもらっている最中と言うこともあって鏡越しで笑って挨拶をすると、何故か舌打ちが聞こえてきた。無性にイヤな顔を作っては出ていけ!と今にも怒りそうになる女性にレインは声を掛ける。


「そんな顔ダメだよ。メイク終わってるんだから御化粧崩れちゃったら一緒に行けなくなるんだからね。」


 むー、と膨れそうになる頬を押さえて怒気を静めるレインを見てカサネは苦笑するしかなかった。これでは、どちらがお供する護衛か分かったもんじゃないほどの主従関係が目の前にあったからだ。


「ちょっと偉いからって笑わないで下さいます!」


 サワラビが言う通りカサネは偉い。


 その身分はマイトさんと同じ王位に就いている。ヤマト大国という日本と同じ形をした島国を根本から支える政府『比翼議会』の統括者。それだけではない。家柄のステータスだけでなく一人の個人としても、彼女は初代から引き継がれた中でも最強の<剣王>とされている女傑。


 <剣王>とは、個人。一人を指す最も優れた勝利者に贈られる栄誉ある称号のこと。しかし、現代いまは四人の最強プレイヤーだけが持つことを許されている。


 わたしがマイトさんから聞かされた御伽噺では、<剣王>はたった一人の親愛なる友人に贈った手向けの言葉だったという。彼が実在したという証明を裏付けるのが四人の<剣王>が常時装備している【剣王の指輪】。嘗ては一つの物を四つに分けた指輪それには偉大な力が宿っていると装備しているカサネ本人から聞いた。


 「なんです?」と表面上では笑みを溢しているのに内側からの滲み出る氷の冷たさを顕現させるカサネ。それを真っ向から受け止めて「なにか?」とバチバチ電撃をはしらせて視線がぶつかり合って互いに譲らないサワラビ。まるで犬猿の仲を辿る彼女等に呆れて割って入ることにしたレインは、


「もう二人共止めなよ。」


 どうしてこういう仲になってしまったのか自分でも分からない。二人のファーストコンタクトについては、わたしも把握していない部分がある。ただサワラビさんが言うには、ファンクラブがどうとか良く分からないことを並べ立てる。カサネに聞けば、ナンバースリー以下の分際で集る蝿とか悪口が進む一方で此方も良く分かりません。誰かさんを応援するのも大概にしてもらいたいものです。


「はっ、あわわわ。レインさんの手前で、すみません、全面的に私が悪う御座いました。」


 サワラビさん何故かわたしの言葉には素直に平伏するんですよね。


「そうです。アナタはもう少し自重するべきです。仮にもレインは全ての魔導師の頂点に立つ嘗てのエルリオット=フェメルの再来とも呼ばれている位なんですから。」


 カサネはわたし相手には平等なのに、それ以外の他人には容赦がないというか上から目線というか。って言うか、それ言い過ぎじゃないかな。


「それは言い過ぎ。魔法協会から苦情が来るからそう言うのはお願いだからヤメテ。」


 エルリオット=フェメル。現代では彼を知らない魔法使いはフィクションという。御伽噺の、古い本の中に登場するだけの人物、そう捉えた方が都合がいいのだろう。魔法工学研究所所長のヘレンさんを含めたわたしの部下、後輩たちは理解している。彼は謂わば魔法という根本、魔術という概念を築き上げた最初のプレイヤーだと。でも、彼の再来なんて烏滸がましいにも程がある。


 わたしは天才じゃない。ただ・・・がむしゃらに前進して目標ヒロキを目指しただけで。わたしは亡くしたと思っていた最愛の人からの言葉で心強い勇気をもらって始めてやっと動けた・・・・・・ただの人間が――、


「レイ・・・、レイン。レイン!」


 曇っていたレインを強引に起こして、カサネは顔を近付ける。


「カサネ?」


 レインが目を向けた先には自分が映っていた。カサネの大きく見開かれた瞳の中に一人ずつ強ばって震える自分がいた。


「吹っ切れた、って思っていたけど、まだみたいね。レイン、貴女はそうやってまた自分に掛けられた期待から逃げるつもり?『蜥蜴の尻尾』事件の時と同じね。怖くなって救えた命を無下にしたあの時と、貴女はその期待から逃げて今度は英雄君に迷惑を掛けるつもり?」


 え・・・、と眉間に皺を寄せて、どういうことなのか問うレインにカサネは背を向けて答える。


控室ここに寄る前に謁見を済ませてきたの。比翼議会を束ねる人間という手前だし社交辞令の一貫としての挨拶をね。そこで耳にしたの。レインが国を出て英雄君と旅に出ると。国を出る、その言い回しが為すことは現在の地位を放棄すると言うことになるわ。つまり社会的ステータス上は薬師、一部の地方では魔女と呼ばれて磔の刑が処される。残念だけど、今の貴女には自分で物理的に守る力はあっても精神的に守ってくれる畏れという称号ベールではないの。」


 そう言われて初めて気付かされる。今の自分を守ってくれているのは、国王守護部隊『魔導』筆頭という社会の上での大きな地位を持っているから皆が優しく接してくれている。・・・けど、国を一歩出れば其処は別の世界が広がっていると言うこと。分かっていたことなのに、ずっと逃げて来たからこんな・・・こんなに痛いんだ。


「一方で英雄君は数多くの逸話や実績があります。大英図書館に保管されている御伽噺フェアリーテイル『水神湖の伝説』は既に完結アーカイブしている。アーカイブされた書籍は禁書庫の棚から一般書籍に分類されるのは知っているでしょ。」


 シェンリル王国から北方へ進むと中世の街並みが見えてくる。アルカディア大陸が掲げる四大国家の一国『ホクオウ興国』。その首都ペレンデーネにある大陸一を誇る図書館が大英図書館である。


 入館にあたって一般人は無料会員か有料会員とどちらかを選ぶことになり、差違は一週間という期限付きでレンタルできるかと言うこと。一般人でない特権を持った魔導師たちは、一般書籍以外に一般人が決して触れることを許されていない魔導書籍を読めるが禁書庫には立ち入ることはできない。


 禁書庫の存在を知っていても誰の手にも届かない場所に安置されている。管理しているのは魔法協会に在籍する賢者クラスが結界魔法を駆使して、危険極まりない魔導書や伝説を基にした御伽噺、昔話に基づいた童話、偉大な預言者が予言した秘匿情報を守っている。


 二年前、わたしを(カエデも含めて二人共だけど・・・)助けてくれたヒロキは、一つの攻略されていない、誰からも依頼されない、本の中、未完の物語を完結に導いた一人の英雄として御伽噺『水神湖の伝説』は禁書庫の棚を抜けて書籍化アーカイブされた。


「それによって生まれたのが吟遊詩人が謳った『黒結晶洞窟の英雄譚』。彼は二度も死を超越した本物の覇者。誰も彼の力量を目の当たりにしてないでしょうから、まだ目が曇っている無知なプレイヤーも今回の遠征を経て剣舞祭という公共の場で全てを目撃することになる。」


 そんなの、


「そんなの、分かってるよ!」


 ううん。分かってない。分かってても分かっていない自分がいる。だから、こんなにもカッカ怒ってる。八つ当たりして言葉の力で自身を押さえつけようともがいてる。


 ヒロキは放っておいたらきっと・・・わたしなんか目も暮れず遠ざかっていく、そう思うと余計に涙が混み上がってきた。涙を拭ってもそれは変わらない。


 魔導師としての練度は上でもヒロキはもう一昔の彼じゃない、そう告げたのは彼の左目に宿る固有能力【六芒星魔眼】。彼が色んなことがこの二年間であったと告げてくれる中で解析してみたけど・・・わたしの力を持ってしても全容解析はムリだった。ヒロキの話だと魔法を解析すればどんな魔法も使えるけど通常魔力の三倍を周囲の魔素を魔力変換して代用しているって言ってたけど・・・それでも殆んどチートだよ。どんな魔法も使える魔法使いも魔導師だってこの世界には存在しないんだから。


「レインさん、落ち着い・・・」


 サワラビがギュッと後ろから抱くこと敵わず、振り切っっていく。きらびやかな和服の帯に小さな手を置く寸前で遠ざかっていく。下駄を器用に反転させて中腰になるとカサネは今にも崩れそうな表情を見せるレインに苦笑して告げる。


「分かっているなら尚更。私が流したデマが本物になるように願うなら協力もします。」


 え?ちょっと待って。デマってどういうこと?


「・・・・・・とまあ、その前にもう一度メイクアップですね。」


 ほぉえ、と鏡に向き直れば御化粧が崩れてトンでもない惨事となっていた。当然と言えば当然の結果だった。泣いたり喚いたりしたら、こんな惨事になるのは目に見えたはずが感情を優先した結果がこれだった。


 急いでサワラビさんの協力を得て、甲邱で国王の身の回りをお世話をしている侍女たちの力を借りて真面になったところで、サワラビさんに手を引かれて会場入りをなんとか果たせたのである。


 ざわざわガヤガヤと爵位会に出席する来場者が他の貴族と挨拶している姿が見えた。まだゆっくりして会話を楽しんでいたり、冷や汗を浮かべて慌てる商家とお嬢様口調で笑うご婦人がいる辺り未だに主催者の挨拶はまだのようでホッと安心の溜め息を着く。


 ――のだが、パーティーという大勢の知らない人達とのこういうイベントに慣れていないこともあって何処か浮いてしまっているのだろうか。会場入りした途端、ひそひそと声を小さくして話す声が耳を打つ。時間が経過するにつれて気分が悪くなったので、風当たりのいいバルコニーへ出ることにした。


 石造のバルコニー。それも夜間ともなれば冷たさしか湧かないものの王宮都の輝く夜景を独り占めできるだけで幸せな気持ちになる。安らげる今だけは・・・、と目を閉じればヒロキとの甘い情事を思い出し白い頬を朱に染める。


「はわわわ、ダメ。ダメ。ダメだよ。」


 ハッと素に戻るものの一度でも思い返したが罰か熱は消えてはくれなかった。自分で実感するよりもエッチな気分になって厭らしく悶えたこの身の昂りはそう易々とは消えるものではなし、消えて欲しくなかった。だけど、それは勝手な言い訳でしかない。


「また御化粧ダメにしちゃう。」

「本当ですよ。一体何を想像したのか、気になるところですが先ずは、」


 そう言って気配なく現れたサワラビは、赤のマフラーを首に巻いてくれた。


 心地のいい肌触りからして"虹輝蛾レインボォモス"の幼虫が吐く特殊な糸を何度も手繰って出来た毛糸玉は、一つで金貨百枚は下らない一級品だと聞いていた。


 わたしも何度か専門店の陳列窓におでこを当てて『キレイでふわふわしていいな・・・。』って思ってた。もう季節的には冬だもの、あの毛糸玉を使ってヒロキにあったかいマフラーでも編んであげたかった。でも、わたしの筆頭としてのお給金と薬師の儲けでは手にはできない。例え出来たとしても書類整理と薬の調合に明け暮れる毎日で休む暇がない・・・それも言い訳に過ぎない。


 編んであげても、それをヒロキに渡すことはできない。籠の中の鳥というのがわたしの立場だから。わたしはずっと監視の目に晒されてきた。今だってそう。わたしの秘書官と言うのは本当でも身分を隠して近寄ってきたサワラビさんを善き友人と思う一方で、わたしの観測者だという容疑が晴れたわけではない。


 ――だから、こうも簡単に気配を消して忍び寄る彼女がちょっとだけ怖かった。恐る恐る顔を上げて「これどうしたの?」と問うよりも早く優しい香水の香りがわたしを包み込むと共に温かさが伝わってきた。


「サワラビさん?」


 優しく抱擁してくれたサワラビさんは、


 「もう大丈夫みたいですね。」そう言って離れていくがサワラビさんの右手が伸びてきて指がわたしの右胸をなぞっていく。


「あれだけ荒ぶっていた心臓の鼓動も平常値に戻っていますね。ですが、飲酒はほどほどにしてくださいよ。この前の宴の席でお酒を飲み過ぎて英雄君を<色情魔>にした張本人なんですから。」


 うっ、と言葉がつっかえた。言い返せなかったからだ。ギルド『観測者の宴』の上級メンバーをヒロキに顔合わせすることと、あわよくば加入を目論むことがあの宴の席の目的だった。でも、その目論みは破綻してしまった。彼の望みは自分自身の足で歩いていくことにあったからだ。


 ――とまぁ、それはさておき<色情魔>にしたのは正確には酔っ払ったわたしとクーちゃんが服を脱がして一緒に寝たのが原因。それを起きたヒロキがカエデと運悪く再会したのが運の尽きというかなんというか、はい・・・そうですね。十中八九わたしのせいですね。クーちゃんを唆したのもわたしだし、弁明の余地なく計画的にヒロキを睡眠薬で寝かした訳だしイタズラが過ぎました。


「それにどうも今回の爵位会は何時ものとは違うようですし。」


 あ・・・うん、と言い返す。わたしも気付いてはいた。でもそれ以上踏み込むとイヤな予感が肌をザワつかせたこともあって独りきりになれるバルコニーに来たのだ。


 パーティーの主軸になっていたのは間違いなくダイヤモンド家当主の次男。あのチョビヒゲの肥えたビクター=ダイヤモンド氏その人である。


 ビクターという男は、いい噂よりも悪い噂の方が映えている。その筋の情報、まぁ知人の情報屋と言えばクモさんしかいないんですけどね。彼女によれば灰色事件の黒幕とも深い繋がりがあったにも関わらず、家の権力で揉み消したとか。近寄りがたい人物の一人であることに間違いはないです。


 ダイヤモンド家という家柄自体は『三大名家』の一角だけあって純粋な稼ぎにおいては先ず右に出る家はない、と称されるほどの巨大財閥。アルカディア大陸内でも第二位の富豪ともされる成金貴族で三代前の当主がダイヤモンドの原石が採れる採掘場を発見したことが家名を決めたと言われています。


 ビクターが会話を弾ませる一方で遠くの壇上にマイトさんが上がっていくのが見えた。何時もの国王装束を纏い、右手には国王守護部隊『魔導』の総力を挙げて作り出した大杖【覇者の魔導剣】で地面を突いて空に掲げれば連続性をもった氷魔法が会場を覆い尽くして貴族の目を欺ける。


 貴族にとっては派手な演出に見えているだろうけど、これはマイトさんの企みだと知る者は知る。だから、わたしもサワラビさんも驚くことなく壇上を見上げていた。


 その最中でマイトは左手の掌に三つの青い玉を転がして摩擦熱を生ませた直後、青い煙が噴出して壇上を隠す。それに逸早く気付いた何処かの貴族のボンボンが本来立ち入り禁止の壇上へ上がり込むがそれを止める者は誰一人としていなかった。これこそが国王の思惑だったからだ。予定調和は崩される瞬間を他の貴族は黙認するしかなかった。


「――この度は不届きな輩を招いたことを此処に謝罪する。国王の暗殺なんぞは一昔前の覇権争い終結と共になくなったものと思っている貴族も居るだろうが、それは間違いでもあり間違いではない。現にこうして命を狙う愚者がいたのだから。私を国王に相応しく思わない。自身も幾度そう思ったことか。それでも誰かが先頭に立って旗を掲げて民を導かなければならん!」


 見事で見応えのある演出だった。これだけで馬鹿な貴族たちは彼の軍門に下るのだから自国の上流階級の人間は阿呆ばかりだと思ってしまう。しかしビクターを含めて三大名家の当主たちは、この余興・・をただの戯れのように傍観していた。彼等は間違っていない。余興の主旨は頭が少しでもキレる人材のリサーチにある。実際にこのリサーチに引っ掛かった人間が少なくとも一人はいる。


 当初は、甲邱での給仕スタッフとして中層の二ツ星食堂『食の工房』より派遣されていた。彼曰く稼ぎのためにスキルアップを目指したと言うが、近衛兵に配属されてからは陽気に新人兵士として。片や平民という身分で国王の友人として密かに愚痴聞きやチェスの相手から晩酌のお供にお呼ばれしている。


 灰色事件後、ウォンシェンは近衛兵から国王守護部隊『聖騎士』所属の準備兵として日夜血豆が破れるまで訓練を受けている。しかし催事には、準備兵だろうが訓練生だろうと国王の盾になるべく眼を光らせて警護に就くことになっている。


 ――が、国王より個人的に承った依頼をこなすべくウォンシェンは、今回の爵位会における主役を連れてきた。


 彼を知らない冒険者はいない程の有名人であり、灰色事件にてアルファガレスト卿から意志を引き継ぎ、最近知り合ったばかりだというのにわたしの英雄ヒロキが認めて煌貨を託した人間。


 平民から貴族へ転身した前例がないわけではないが、あのビクターが醜い顔をさらに醜くしている辺りからして多くの貴族にとっては敵という認識が強いのだろう。それもあのアルファガレスト卿の後任ともなれば、与えられる爵位が最初から公爵でないとも限らないのだからいい気をしない彼等の目は怖くも感じ取れた。


「さて、そろそろ紹介しようか。彼は先の皆が騒ぎ立てた灰色事件を治めたことでよく知っていると思うが改めて、」


 壇上に上がった彼はマイトさんからマイクを受け取って自己紹介を始めた。


「自分はトーマス。トーマス=ダリルです。つい最近まで冒険者をやっておりまして、先日もとある友人と命を賭けた死闘を繰り広げて右腕の骨を砕かれてこのザマです。」


 バカな貴族たちには効果があったようで、誘った笑いに引っ掛かっていたが愚かでない貴族は舌打ちで流すか自己紹介に興味を示さず他の家族との会話を楽しんでいた。


 彼等もその内の一つの団体であり個人でもある。ある者は、国やギルド連盟との契約によって縛られている。ある者は、個人的に贔屓する皇女の側で闇を祓う。ある者は、与えられた莫大な資金を糧に魔法の研究を続けている。ある者は、自由奔放に世界を旅しては遺物を奪い去る暴挙に出るも誰も手出しできない現状を作っている。またある者は、存在そのものがバケモノであり怒る感情だけで国を滅ぼした国際指名手配の犯罪者。


 それが一同に反せば揉めるものと思っていたが、常識ある三人が威圧と劣等感と沈黙で「テリトリーに入るな。」と牽制しているように見えた。その三人とは何れも<五帝傑>の一角を担い、各々がある一種の魔法を極めた魔導師たち。


  シェンリル王国の戦術顧問"炎帝"のゴウさん。何時も通り上半身は裸ですが、いつ見てもムッキムキのマッチョマンです。


 ホクオウ興国の魔術顧問"白帝"のサルージャ=イシュリオルテさん。<五帝傑>唯一の女性でありながら、此方も平常通り真っ白な法衣を纏っている聖女さんです。


 北にある絶対零度の凍土の要塞都市『アルグモン』の大賢者"氷帝"のゼキル="ファウスト"=インドコリアさん。相変わらずの堅物ですが、常時複数の魔導書をストックしている辺りは尊敬に値する研究者さんです。


 そして自由気ままに雷撃を小鳥やイルカに変換させて子供と戯れているのが"雷帝"のイデアさん。貴族の子供相手に何恐ろしいことやってんですか、とは誰も注意できない問題児は健在のようです。


 暗がりから出ず夫人から淑女、片っ端から女性を淫らに喰らい散らかす正体不明は一人しかいません。女の敵"黒帝"のダルメシア元辺境伯です。


 彼等の方に眼を向けていれば、自己紹介と称した挨拶は終わっており三大名家の当主たちとの一通りの挨拶回りも一息着いたようでぐったりしていた。その姿に苦笑していれば後ろの方から声が掛かる。


「お久しぶりで御座います。レインさん。」


 深々と一礼して来たのは、恐らくはトーマスさんの付き添いとして来たのだろう。元を辿ればアルファガレスト卿の邸宅でメイド長をしていたと聞く彼女だった。


「えーと、リファイアさんで合ってます?」


 その返答に「畏れ多い限りです。」と再び頭を下げてきた。個人わたしとしては、イヤなのだけれども個人が許しても社会がそれを許さない。人目がある以上は受け入れることしかない。拒めば、負担が重荷になるのはリファイアさんだから拒めない。


 これだから上流階級の社会はキライ。そう思えば汗がうっすら浮かび上がる。それに気付いたのだろうかリファイアさんはハンカチを渡してくる。


「辛いですよね。」


 リファイアさんは分かってくれていた。きっと過去がそうした事実と経験が重なったのかもしれません。


 「ありがとうございます。」そう言ってハンカチで少量の汗を化粧が崩れない程度に拭うと、リファイアさんはバルコニーに出て遠目で今を慕う彼に視線を向ける。わたしは彼女を追い掛けて外へ出るも床の出っ張りが引っ掛かって転倒する直前で誰かが助けてくれた。それは一人武者修行の旅に出立した筈のカナタ君だった。


「大丈夫ですか・・・、ってすいません。」


 助けたまではいいが思わず、掴んでしまったふわりとした気持ちのいい胸の感触に気づいて素早く手を離す。平謝りも無残に影から忍び寄るサワラビさんの手によって処断された彼に御冥福を祈るわたしに、リファイアはただただ苦笑していた。


 「リファイアさん。」と彼女の名前を呼ぶが俯いたまま、わたしに向き直ったことを確認して物静かに続ける。


「トーマスさんは、自分から望んで貴族になったんですか?」


 わたしには分からなかった。もしかしたら国王からの圧力があったんじゃないかって、今までのマイトさんの行動を見ていればそう言う考えに至っても仕方ない。


「・・・そうね。半ば強引にキミの英雄君に押し切られたみたいだけど、最後は自分の手で決めたようよ。トーマスさんは、貴女の想い人以上に心が強い方です。爵位と名誉を棄ててまで貴女が彼の元へ行きたいのなら、私たちは遠慮なく力添えくらいはしますよ。」


 えーと。何処で知ったのかな?わたしとヒロキのことを、と困っていれば後ろから今度はトーマスさんがやれやれと言って声を掛けてきた。


「あのですねレインさん。あんな天下の往来で青春してれば噂くらい立ちますよ。それにファンクラブの会員ナンバーゼロ番さんが言うには、『今度出会したら茹でる』とかなんとか。」


 茹でる、ってそのゼロさん料理でもしてるのかな?まるでウチのにぃみたいだけど・・・まさかね。と首を振って考えていればジーっと見詰めてくる視線に振り返る。見いるように首を長くするトーマスさんは何故か付添人のリファイアさんに負傷した右腕をギュウッと掴まれて悶え苦しんでいた。


「イタタタタ。引っ張んないで下さいよ。折角レインさんに治癒魔法掛けて貰ったのに、また折れちまうよ。」


 いやいや簡単には折れないよ、と言おうとしたけど入り込める隙がなさそうなので諦めて会場に戻ることにした。


 治癒魔法を施した傷口は小さければ、小さいほど治癒する速度が速まって治りも早い。でもそれは表面上の話であって、内面の見えない骨の部位。レントゲンなんて便利なものはないが薬師ともなれば、医術に関する魔法を取得するので難なく治療に当たれる。


 トーマスさんに施したのは、骨折を早期治療するための結合治癒魔法を掛けてあげている。他にも副作用《眠気》を抑えたオリジナルの痛み止めの薬を処方している。ニナさんに呼ばれた時は本当に驚いた。だって、ヒロキと戦ったって訊いたら・・・居ても立っても入られなくなって飛び出した。


 ――のに当の本人はいなくて立ち会ったゴウさんが言うには、


『ヒロキ君だったか。彼がもしも剣舞祭に出場するならばキミは覚悟した方がいい。【竜の力】を使わずしてトーマスを倒したのだけならまだしも、剣術、武術。<剣王>以上のものを欲するその原動力は次代を担う覇者そのものだった。』


 どうしてだろう、誰かに。誰かの胸に倒れ込みたいって思っちゃう。不図思い出したことだけど、二年間。たったの二年間だけど師匠コハクさんにみっちり仕込まれたスキルを獲得して近付いたって思ってたのに・・・此れほどまでに胸を締め付けられる。


 遠くで。近くで。わたしを気遣ってくれる友人や知人が支える最中で最初に耳に入ってきた言葉は下衆で輝く未来を真っ暗にしてしまったのだから。


 ――結局、最後まで話せなかった。昨夜の衝撃的な貴族の道楽に付き合う顛末は・・・きっと今のヒロキには荷が重くて話さなかったことが寧ろ幸運だったかもしれない。と別段後悔はなかった。それでも、それでもわたしはより一層ヒロキに会って胸の内を曝してでも泣きじゃくりたかった。



◇◆◇◆◇



 結局のところ、どうして俺が『ヘンタイ冒険者』などと言う風潮が広まったかは謎のままに通信が切れてしまった。


 OCCは現代にあるスマホやガラケーみたく電波で受信するものではないが為に何処でも気軽に連絡が取り合えるもののデメリットがないでもない。今回、俺たち遠征組はダンジョンに潜っていることが大きな原因と言える。別にダンジョンに限ったことでもないが、とある調査によれば魔素が集束する場所では繋がり難くなるらしいのだ。簡潔に言えば、ダンジョンでは電波が立たないと思えば現代人には伝わりやすいだろうか。


 切れてしまったものはしょうがない。グジグジ悩んだって解決には至らないし、この依頼を達成すればレインに続きを聴けばいい訳で俺はモタモタと雑魚モンスターを相手にしているガンキチ君の指導に当たることにした。


 ――とまぁ、俺が雑魚モンスターと言ってるだけで本来は程々に強いらしい。・・・と言うのも『魔物レート』冒険者のランクに応じて戦うモンスターのレートがDランク+αだとモンスター大全の記述がそう言っているからだ。


 これは出発前にクモさんに聞いた噂噺だが、毎年モンスターは著しい成長傾向を見せては新人冒険者を療院送りにしているらしい。と警告は受けたがこの二年間ダンジョンに滞在していた一人の人間・・・今は魔人だけど、そんなに変わったら俺でも分かると思うのだが。


 とまぁ、それでもガンキチ君に至ってはモンスターと対峙することが初めてだから俺がリード役を駆って出たんだがーー弱すぎる。それが一度目に遭遇した"小鬼ゴブリン"とのやり取りだった。ほんの小手調べがてらに白兵戦に持ち込んで魔力も混じり合わせていない手刀で首を叩けば、骨が勝手に外れて呼吸困難からの御臨終である。勝負にもならなかった。


 そこからだ。妙に運搬班の連中がひそひそと「あの人を怒らせたら絶対に命がない。」とか「レイン様も脅されて言いなりになっているのでは、」と言いたい放題だ。そうかと黙っていれば傍らでココラは「流石はご主人様。御強いですね。」と言ってくれるのは、うん。有り難いんだけど・・・ちょっとさ、半歩退いて引くの止めてくんないかな。言われ放題だから。


 言い返さないには理由がある。そりゃあ勿論さ。俺だってここまで言われたらギャフンと言い返したい。でも出来ないんだ。勇気がないとかじゃなくてさ、考えても見てくれば分かるだろうけど『ひー、鬼だ!』とか『殺される。』なんて騒がれたら流石にこの先が思いやられるからだ。


 おっと、俺の話はどうだっていいんだ。今大事なのはガンキチ君の噺だ。リード役を断念するしかないと悟ったので後方から、どういう風にモンスターと対峙するかを指示することが仕事となっている。――と言うのもだ。今の俺たちの現状を説明するとこうなっているからだ。


 ダンジョン【水晶洞窟】にそれぞれのチームが入っていった中で俺たちの配置は、後衛チームで千年蟹を捕獲したおりに活躍する運搬班の護衛という大役を任された訳だが、このチームに華はない。『華』とは色気のことではない。冒険者にとっての華とはモンスターの討伐数にある。何れだけのモンスターを仕留めたかで知名度が上がるのだが、その華が欠けている誰もが遣りたがらない配置に俺たちはいた。


 ガンキチ君としては、こうした遠征する冒険者稼業が初めてだけあって一番安全な配置に安堵していたが他の冒険者は満足していないのが現状だ。かと言って配置替えは無理なので大人しく諦めて後衛チームの中でも一番経験豊富なギルド『ジャイアント・フラッグ』のギルドマスターのアルアさんが指揮を取ることになった。


 後衛チームの最前線を三つのパーティーチーム『ワイルドランス』『鉄火騎士団』『スマートガーディアン』で対応してその直ぐ後方でギルド『ジャイアント・フラッグ』のギルドマスターを含めた三人の切り込み隊長が何時でも支援に入れるように配置。最も安全だが念のためにとサブマスターのジャイガードさんが最後尾の運搬班の護衛を務める形で目的地へ向かっていた。


 俺が見るだけでもかなりの攻撃的なチーム編成になっている。最後尾で護衛に当たる分としては申し分ないのだが、モンスターが群れを成すでもなく単体で斧を振り上げてくるのでベテラン冒険者としてはストレスが溜まっているらしくディアンマは今にも爆発寸前だった。小声で「巨人でないかな。」などと縁起の悪いフラグを立て始めたのでチームリーダーの許可を得て一旦休憩することになった。


 「はあ、流石に長時間歩くのはキツいですね。」と言って最初に根をあげたのはガンキチ君だった。慣れない移動に疲労の芽が出ているのは彼の腫れた足裏が証明していたが、まだ歩き始めて十キロにも満たない。


 腫れは大したことはないが放っておくと、これから更なる危険地帯や難所が幾つもある中を歩いてはいけないのでココラの魔法薬を使って定期的にアイシングすることになった。以前、薬店『Magic Castle』で彼女との最初の出会いで熱い麦茶を冷やしてくれた魔法薬【冷効薬】の応用で水気を吸い取ってくれるタオルに染み込ませてアイシングしているらしい。


 それを見た運搬班の女性連中が何故かそれを気に入って、奴隷という認識が覆されつつあったことを最前線で攻めに転じる彼等はまだ知らない。


 どうぞ、どうぞ。と無償で彼等彼女等を心配するココラを見て、ディアンマは一つの可能性を信じた。ヒロキがどうとかではなく、自身の力だけでどうとでもなるんじゃないかと。ディアンマは不図視界に入ったヒロキを見て、頭部をぐしゃぐしゃ掻き回さずにはいられなかった。


 当然の如く意味不明な俺は叫ぶが、


「何すんだよ!」

「なんでもねぇーよ。」


 笑って誤魔化されてしまった。


次回はフラグからですかね。

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