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第四話 ゆく川の流れは絶えずして

 朝起きて、出社して外出して頭下げて、帰って眠ってカーテン閉めない。

 朝起きて、出社して外出しないで頭下げて、管巻いて眠って夢も見ない。


 そうこうするうちあっという間にゴールデンウィークは差し迫り、大型連休休業のお知らせメールを取引先に送信するだけの仕事がはじまる。実家には何回か電話してみたが、やっぱり誰も出ない。帰りが遅いから両親とも寝てしまっているのかと、土日に掛けてもやはり出ない。便りがないのは元気な知らせというが、返事がないのも心配だ。


 昼休み、ダメモトでもう一度実家へ掛けてみる。両親とも仕事中だからだろう、当然誰も出ない。しかたないので、ついでに控えておいたアニメ制作会社、イオニックフロントへ一本電話を入れてみる。あまりクレーマーみたいなことはしたくはないが、例えば自分の卒業文集が勝手に放送されてたりなんかしたら、ちょっとどうなのそれは、と文句を言いたくなるのは当然のことじゃないだろうか。


「お電話ありがとうございます、イオニック地域振興課、担当のカラハシでございます」

「ちょっとすいません、『ささららさらさら』の担当の方いらっしゃいますでしょうか?」

「『ささらさらさら』でございますね。どういったご用件でしょうか?」


 アニメ制作会社の問い合わせ窓口っていったら、てっきりコミュ障っぽいオッサンが電話に出て「あーん? 今忙しいんだよねー」みたいな応対をされるのかとばかり思っていたが、とんでもない偏見だったと認めなければならない。しっかりしたカスタマーサポート体制を感じさせる対応だ。


「御社の、そのアニメなんですが、どうもですね。偶然かどうかわからないんですが、第六話の『アキラ』というキャラなんですが、彼のモデルが自分ではないかと。というのも私の個人的なエピソードととても一致する内容が含まれておりまして……」

「貴重なご意見ありがとうございます。『ささらさらさら』ではそういったご意見、多く寄せられておりまして、私共としても皆様にまるで我が事のように感情移入していただける作品を制作すべく、より一層努力してまいります。この度はお問合せありがとうござ」

「いやいやいやちょっと待って下さいね、ちょっと」

「はい?」

 

 ヤバイ、自分のことがアニメで書かれていると勘違いして電話してくる妄想さん扱いでさらりと片付けられるところだった。このコールセンター、よく訓練されている。


「ではなくてですね、私、簓沢出身でして。あのキャラ、家族構成や起こった事件とか場所とかがですね、実際にあったことをほぼそのまま放送されていますので。誰かに取材されて許可を取られたのか、もしそうであれば、よかったら当事者の私の方にも一言欲しかったなと、もし誰に許可を取ったのか教えていただければ、こちらからちょっと一言、本人に連絡しようかなと、そう思いまして。経緯を教えていただければと」

「承りました。それでは『クール・ジャパン特別保護区条例』の規定に基づき、ご本人様確認をさせていただきます、お名前とご住所を……」


 名前は豊郷アキラ。住所は現住所ではなく、実家の住所を告げる。


「ご本人確認ができましたので、担当のものにお繋ぎいたします。少々お待ちください」


 ささらーささらー ながれるかわにー

 ささらーささらー ゆれるささぶねー

 ささらーささらー なみだのいろも

 ささらーささらー みずにながそうー


「はいお電話、どちらさま?」


 しばしの甘いアニメ声保留音の後(ご丁寧にささらさら主題歌だ)、妙にせっかちな男性の声が取って代わる。

 

「すいません、わたくし簓沢出身の豊郷と申します、この度は」

「はいどーも、こちら『ささら』の『アニメーター』です。ご不満の点とか?」

「あ、いえ、不満というわけではないんですが」

「でも人間わざわざ電話しようなんてのはよくよくの不満だ。でしょう?」


 とにかくせっかちな「アニメーター」に合わせて、今回の要件を端的にまとめて伝える。一年ちょいと営業してりゃあ、いろんな相手のペースに合わせるスキルもつくものだ。


「なるほどつまり、僕の入魂の第六話がワンサイドすぎると、このままだと『アキラ』がとんでもないクズだと、それでは作品としてクズではないかと、そうアキラさんはおっしゃる?」

「いやー、作品としてどうとは言えるほどの知識はないんですが。身内の恥をTV東京系で大々的に晒してほしくないというのと、『アキラ』側にも言い分というものがあってですね」

「その言い分って、面白いの?」

「面白いか、といわれると、どうですかね。こちらにはこちらで、そうせざるを得なかった事情とか、悩みとか、若かったなー、という反省とか、葛藤とかがあるわけで。別に川の神じゃないと解決できない問題じゃないんですよ」

「でも! 実際にはその問題は今も解決していない。違う?」

「って、それ誰から聞きました?」

「おっとそれは『条例』関連で守秘義務ですねー。今ここで言えるのは、先方からはそう聞いている、とだけ」


 口が軽いようで、大事なところはのらりくらりと受け流す「アニメーター」。


「ま、それでダンマリも誠意がないですから? こういたしましょう!」


 一度公開した第六話は撤回できないので、『アキラ』視点の後日譚を制作する。もし実話が面白くなければある程度脚色してよいとする。それで『アキラ』がクズかどうかは視聴者の評価に委ねる。


「では早速取材させてください。電話じゃアレなんで一度どこかで」

「御社へ伺いましょうか?」

「いやー僕ね、『アニメーター』ですんで簓沢に常駐してるんですよね。戻る予定は三ヶ月後かなー」

「では今度の大型連休に帰省しますので、その際にでも」

「おっとナイス好都合ですねー。交通費等々、領収書取っといてもらえたらこっちで経費で落としますんで」

「あ、じゃあそれはぜひお言葉に甘えて!」


 交通費の二重取り、大変甘美な響きである。


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