第三話 川と山のカンケイ
「おっ、なーに豊郷くん、アニオタなの?」
「いやっ! 違うんすよ、ちょっとこれね、地元が舞台だってんで」
昼休み、ちょっと苦情でも入れてやろうと「ささら さらさら」公式サイトを検索してみれば、職場のデスク、普段は青緑基調のオフィスソフトくらいしか展開されることのないノートPCへピンクとオレンジが一斉に侵入する。目敏く見つけて首を伸ばしてくるのは入社から新人教育担当でついてもらっているダバダ先輩だ。
「そのアニメ、当たってるらしいねー」
「マジすか」
「ご実家の周りも賑わってるんじゃない、『聖地巡礼』で」
「聖地巡礼?」
「フィクションの舞台をあえてはっきりと実在の土地と明示して、町興しと連携させていく、今トレンドのビジネスモデルっていうのかな」
出た、ダバダ先輩のビジネス論。小鼻がピクピク動き、そうして新卒二年目の先輩は事情通ぽいビジネスマンに変貌を遂げる。
「だが、このモデルは一度破綻しているんだ。最初のうちは作品のファン、舞台になった町双方にWin-Winの関係でね。自治体総出でタイアップしていった市もあるほど」
「へぇ、こんなもんがですか」
「バカにしたもんでもない。この聖地巡礼のもたらす経済効果は一時何百億と言われ、猫も杓子も聖地を名乗って深夜アニメ枠を奪い合った。だがその結果、あまりのブームの追い風に気が大きくなった一部ファンのマナーの悪い言動、それに対する地元住民の反発、右も左もご当地アニメになったことによるマンネリ化、面白くないハズレアニメを引いた自治体は思うように地域振興に繋がらずと、どんどん歯車がずれていったんだ」
異様に詳しいダバダ先輩を尊敬の眼差しで見つめる、そんな顔芸をしながら、あーダバダ先輩アニオタだったんですね。そうかそうか。思い当たるフシもある。
「だが聖地の炎は消えてはいなかった!」
うわ、めんどくさい。
「豊郷くんとこの『ささらら』に代表される第二期聖地ブームはその反省を踏まえ、地域のブランドイメージ戦略コンサルティングに重きを置き、かなり厳格なイメージ保護ルールを設定していると噂に聞くね。聖地巡礼客もある程度抽選で絞り込むなりして、なかなか訪問できないプレミア感を重視しているようだけどね」
「へぇ、そうなんですね」
プロの方は略して「ささらら」って呼ぶんですね、っていう方に驚いたわ。今度そっちでも検索してみよう。
「でも、豊郷くんは今度のゴールデンウィークに帰省するよね? 地元民だとノーチェックで入れるんじゃないかな、これはなかなかレアな経験だよ」
「いや、別に帰るつもりは……」
「……ここだけの話、『ささらら』ご当地限定グッズはオークションで定価の十倍以上で取引されている超プレミアアイテム。僕もオークションで買おうとおもっていたんだけども、もし誰かが買ってきてくれたらとてもうれしいなー」
「やらしいっすね」
「定価の八倍くらいまでは出せるなー」
「じゃあ買ってきて即オークションに出しますね」
「ちょ、お前、鬼か」
「だって俺にメリットないじゃないすか」
む、むむむ、ちょっとまて、と唸る先輩の尻ポケットから現れ出でる長財布。
「ここからだと往復3万7860円。交通費も出そう」
「なるほど、これがWin-Winの関係ってやつですね」
その財布のマジックテープが断腸の音を立ててびりびりびり、と開かれた。
先輩、完全に行く気だったじゃないすか。




