第一話 川の神だって河原でBBQしたい!
両親と連絡がつかなくなって、3カ月が過ぎた。
「なんやね、うちんとこが漫画になるちゅうの。テレビが来たんよ」
「母さん、漫画じゃのうて、アニメじゃちゅうじゃ」
転職しようかどうか迷っている、と相談したのが3月の頭頃。愚痴を聞いてもらったら少し気が楽になって、年度末もなんとか乗り切った。
5月の大型連休には里帰りして、その節のお礼がてらなにか東京のおいしいものでも土産に買って帰ってやったら、いままでロクに親孝行もしてこなかった俺のこと、まさか土産なんて想像もしてないだろうから、オヤジと母ちゃん、どんなに喜ぶだろう。そんなことを想像してにやにや働いているうちに、忙しさにかまけて電話一本しないまま、5月がやってきてしまった。厳密にいうと電話はしていたが、仕事前の早朝、仕事上がりの深夜、休日出勤の昼休みあたりにかけても一度もつながらなかったので、また今度でいいか、と先送りにしていたのだった。
いきなり帰ってびっくりさせてもいいが、サプライズに専念するあまり、両親が旅行にでもいってしまっていたらシャレにならない。俺はそういう無駄が一番嫌いなのだ。
だが、連休に入って仕事もひといきつき、実家の固定電話にコールしても、父母の携帯にかけても一向につながる様子がない。連絡がつかないまま行っても入れ違いになる可能性もあるし、だれか遊ぶ地元のアテがあるわけでもない。
「あっ、ぼく? ぼくはゴーウィーはねー、帰省しないッス」
こういうときとりあえず連絡を入れるのが、『オッティ』こと……本名は忘れた。
高校の同級生で、当時はあまりかかわりがなかったが同じ大学に受かって上京し、数少ない同郷ということでつるんでいたが、アニメ研究会の勧誘はのらりくらりとかわし続け、卒業までなんとか逃げ切ったという、そんな関係だ。
「オッティさー、ヒマなら合コンしようぜ。看護婦合コンなんだけど」
「豊郷センセイが『マチ☆アソビ』に同行してくれるならいいッスよ」
「ないわー、それ何度も断っただろ」
「何故?」
「おまえさー、あれ、東京にはコミケだっけ、ああいうのもあるのに、なんでわざわざ四国へ……」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
両手を変な阿波踊りみたいにわたわたしているところが、電話の向こうでも目に浮かぶようだ。
肩と耳で携帯を挟みながら、お気に入りの雑貨屋チェーンで買った廉価ブランドのタンブラーに、レッドブルを注ぐ。
「それはずばり、豊郷センセイには本命の幼馴染彼女がいるのに合コンに行くようなものッスよ」
「……いや、もうアイツとはなんでもねーって」
鷺宮セイ。
小中高とずっとつるんでいた、田舎臭い女だ。
「連絡くらいしたんスか」
「別に」
「ひどい男っすねー」
「なに、なんか文句あんのかよ」
「幼馴染は正義っすよ!」
「そういうのが嫌なんだよ、幼馴染とつきあうべし、親の仕事の跡を継ぐべし、みたいなのが」
「別に誰のこととは。結局他人ごとッスからね」
しれっとした口調でオッティ。
こういう話題になると、すぐ「僕はヲタっすから恋愛事にはうとくてね」と来るのだ。彼女を途切れさせたことがないくせに。
「ただ、ヲタの僕から言わせてもらえれば……」
「お、なんだよ」
「『あまりにも身近に、宝石のような体験があまりに多すぎて、僕がその価値に気がついたときにはもう……』って、昨日の深夜アニメでいいこと言ってた!」
Oh、と天を仰いでレッドブルをあおる。
「アニメから一旦離れろって」
「離れはせんぞー、離れはせん」
「お前なぁ……」
「ま、冗談はさておき。こないだ買ったビジネス書でいいこといってた! ってなんでもすぐ鵜呑みにする豊郷センセイなんですから、アニメの名言もたまには鵜呑みにしてみて欲しいッスね」
「一緒にすんな!」
「一緒みたいなもんスよ」
グラスに注いだレッドブルの残りを飲み干す。
「結局、他人の言葉ッスからね」
おしゃれで安物のグラスに入れられたエナジードリンクからは、すっかり炭酸が抜けてしまっていた。