死神、吸血姫と仕事する。
お待たせ致しました、「死神と吸血姫」シリーズ第二話完成です。
※このお話にはセクハラ、女装、ブラック表現が含まれています。
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吸血姫の一日は遅い。
まず朝に目を覚ますことが少ない。大体は太陽が真上に上がったころ、つまり昼ごろになる。吸血鬼が日のある間に起きること自体おかしいのだが、普通に出歩いているのだから不思議で仕方ない。本人曰く「何事にも例外と云うものがある」のだそうだ。そのため彼女の朝飯は基本的に用意していない。鬼の居ぬ間に洗濯、ではないが僕は午前中に洗濯と掃除を済ます。そして昼飯の用意をするころになると姫が目を覚ましてこちらに来る、といった具合だ。どうでもいいが僕の起床時間は日の出前だ。
――では吸血鬼は普段如何にして過ごしているのか。
一月経って得た答えは簡単、日常生活を営んでいるのである。本を読んだり昼寝をしたり。
その間に僕は庭の手入れをする。庭には様々な薬草、毒草が生えていて迂闊に近寄れば酷い目に遭う。実際一度、灼熱草で指を切った日から一週間意識が無くて生死の狭間を彷徨たこともある。
その後はしばらく休憩をして夕飯の準備に取り掛かる。夕食後は風呂焚き洗濯して着替えの用意(放っておくと素っ裸で辺りを徘徊しだすのだ。年頃の男の子としては非常に困る)、再び休憩。自分も風呂を済ませば後は寝る用意をして眠りに就く。こんな一日だ。
しかし、何事も例外というものは憑いて離れないもので彼女は吸血鬼なのだ。
吸血鬼=ヴァンパイア。
僕=一般人=吸血対象。
つまり彼女の気まぐれによって僕は処時構わず血を吸われているのだ。吸血鬼の能力なのか吸血モードに入った彼女は甘い香りを漂わす。それを吸うと頭がくらくらしてきて身体が動かなくなるのだ。
――なら何故ここで家政夫のように働いているのか。嫌なら逃げればいいのではないのか。
ここで当然のように疑問が浮かぶが大きく分けて2つの理由によりそれは出来ないのだ。
1つは自分に帰る場所など無いからだ。僕が住んでいた村では僕の身体的特徴――この世界でも珍しい、不吉の権化“死神”の象徴とされる黒髪黒眼――で酷い差別を受けてきた。家出同然に村を飛び出したものの、他の村でも同じように歓迎されることはなかった。食料や生活費に持ち金は底をつき、行き倒れになりかけたところをこの城に救われたのだ。この城以外に僕の居場所などはないのだ。
2つ目はこの城の主――吸血姫(命名者:僕)がとてつもない美女なのだ。人目を避けるようにして生きてきた僕にとって彼女との出会いは人生最後のチャンスなのかもしれない。そう思うとこの城でこき使われるのも悪くないかもしれない。 それに首筋のちくりとした感覚が少し……おっと、朝ごはん(コーンスープ)がいい匂いを立て始めた。
バター多めのパンとタマゴサラダにコーンスープを2人分テーブル用意する。今日は珍しく早く起こせと言い出したのだ。
この城の主の趣味なのか食堂は全部で3つある。 窓から朝日の差す朝食用、庭のど真ん中に昼食用(もちろん雨の日は使えない)、ゴシック調の夕食用だ。庶民っぽい簡素な造りの中に匠の意匠が詰まったこの部屋と窓の縁に置いた鉢植えが心を癒す僕のフェイバリットスポットがこの朝食用のテーブルなのだ。
朝食の用意を済ました僕は未だに眠っている姫を起こしに彼女の寝室へと向かう。時の針はまだ六の刻の半ばを周ったばかりだ。
ワインのような紅色の絨毯の回廊を暫く進むと突き当たりの部屋に姫は床を構えている。
女性の部屋なのでノックは忘れない。普段なら2,3回叩いても返事が無いのだが今日ははっきりとした返事が返ってきた。
「おはよう」「ん、おはよう」
「あけるよ」扉を開けると当の本人は机に向かって何かしているようだ。普段いつも身に着けている黒いドレスのままだ。
「朝ごはんの用意ができたよ」というと「わかった、すぐ行こう」と応えたので僕は部屋を後にし食堂に戻った。
* * *
「いただきます」
「いただきます」
僕が食堂に着いた2分後に姫は来た。手には何かが入った皮袋を持っていた。姫はそれを置き、手を洗って椅子に着き合掌する。
「ほう、これは美味しい」優雅な手つきでパンを千切って食べながら姫は破顔する。
「これなら、毎朝起きるのも悪くはないな」朝食が気に入ったのか朝からご機嫌な様子だ。
「というわけで、これから毎日この時間に起こしてもらいたいものだな」笑顔でこちらをちらっと一瞥する。もちろん、答えはきまっている。
「いいですよ。ちゃんと起きてくださいね」
* * *
「「ごちそうさま」」いつもどおり二人そろって合掌する。もちろん、器の中はカラだ。
さて、食事も終わったので気になっていたことを訊ねてみる。
「その皮袋には何が入ってるの?」
姫はちらっとこちらを見ると何やら妖しい微笑みを湛えて「夜のオクスリ」といいだした。無意識のうちに汗が一条流れ、僕は息を呑み続きの言葉を待つ。もしかして、その袋の中身は――
「ま、ただの睡眠薬なのだがな。ん、どうした少年?」僕は盛大にズっこけていた。ちくしょう、この年頃思春期の煩悩味噌め!
「睡眠薬って、眠れないの?」気を取り直して質問すると姫は「いや」とかぶりを振った。なら、その薬は誰のために?別に僕は薬が無くても寝られるし。
「この世界は私と君だけで出来ているわけはなかろう?」苦笑交じりの微笑で姫は語る。
「そうだな、今日の昼過ぎに客人が来る。粗相の無いように…いや、一寸来てもらおう」そう告げると、皿洗いをしている僕の腕を掴むと引っ張り始めた。
* * *
「で、何なんですこれは」 今僕の目の前にあるのは真っ黒いワンピースに白いエプロン
――所謂メイド服と呼ばれるものだ。どう考えても男の僕が着るものではない。断じてない。唯一違うところといえばヘッドドレスのところが特殊な形で目元を隠せる代物だが、そういうのは全く関係ない。
「これは・・・誰が着るんですか?」硬く強張った表情で訊ねる。
「誰って、キミは私に使用人の格好をしろと言うのかな?」イタズラっぽい笑顔のままのたまう姫。しかし、ここで退くわけにはいかない!
「で、でもこの城には他に女の人はいないですが・・・」額に汗を浮かべながら反論する僕に
姫は「暗示をかけるから多少の違いなんてわからないわ」と返す。それじゃあわざわざ女装する必要はないでしょ!
「そっちの方が面白そうじゃない♪」しれっと返す姫に僕は力なく肩を落とした。
数分後
「・・・ああ、実によく似合っている」ふるふると肩を震わせる姫に僕はムスッとした態度で返す。
「嘘にしても全っ然信用できません」メイド服に身を包んだ僕は、お世辞にも似合っているとは言い難い。女顔でなければ華奢な訳でもない。一般きわまる体系の僕の姿は実に滑稽極まりない。もしかして、姫はこういう趣味なのだろうか。
「そんなわけないでしょ。ただの演出よ」
「寧ろ必要無いでしょ!暗示が利くなら普通の格好でいいじゃないですか!」この格好のほうが違和感ありすぎるのではないか。
「暗示と云うのは誤認よ。事象に対して間違った認識を植えつける、もしくは意識の誘導。
ちょっとした違和感を気にしなくなったり、勘違いさせてみたりさせるのが役割よ。
つまり大きな違和感――この場合は服装ね。アナタの容姿と服装ではかなり違和感があるもの。服装だけでもだいぶ違うわ」
「ぐぅ・・・」魔術や暗示については詳しくないけど多分正論なのだろう、反論する場所が分からない。
「あとそのマスクは外さないでね。髪色と目元を隠してるから」
* * *
「ワシが、ゲッハマンである」昼過ぎどころか夕方前にやって来た男はゲッハマンと名乗った。
服装を見るにここ一帯の役人なのだろう。でっぷりと突き出た腹肉とだらしなく弛んだ顎から彼の無能さが滲み出ている。あと、下品な喋り方とか。
「ようこそお出でくださいました。話は主より聞いております」深々と一礼する僕を役人は値踏みをするような視線で舐め回す。・・・・・正直、物凄く気持ちが悪い。
「それでは案内いたします、どうぞこちらに」踵を返し、応接間まで先導する。その後ろには役人と従者なのだろうか、腰に剣を携えた少女が二人静かに付いてくる。しかし、どう見ても僕より年下だ。
悪趣味としか言いようが無い。
少し進んでいくと、応接間に着いた。戸を開けると役人は僕を押しのけて椅子に突撃する。
今機嫌を損ねるのもアレなので、顔に出ないように気をつけながらお茶の用意をする。大いに不服だが。
「失礼致します、主が来るまでの間、お茶をどうぞ」紅茶を来客三人の前に並べる。
と、不意に手首を掴まれる
「お前よく見れば中々いい顔をしておるのぅ、ミステリアスで気に入った。どうだ、ワシのところに来んか?」ニヤニヤしながら役人が話しかける。正直、背筋に寒いものが走った。
「わ、私には勿体無いお言葉でございます。主を呼んでまいりますのでしばしお待ちを」冗談じゃない。そもそも僕は男だし森を抜ければ暗示が解ける。失礼にならないように断り、逃げ出そうとする。
「まぁ、そういうでない。ぐふふ、中々イイ肌をしとるのぅ」手首の周りを撫で回す。助けてくれ、と従者二人に視線を飛ばすと黙々と紅茶を味わっていた。そりゃ、淹れたのは僕だけどさ。
恐怖と嫌悪感と怒りが頂点に達する寸前、
バンッ、と大きな音を立てて扉が開かれた。
「済まない、少し支度に手間取ってしまった」少しも悪びれる気配の無い声は、彼女の不機嫌さを如実に表していた。というか、知っていたんなら助けてくださいよ。
「おお、やっと来たか。それで約束のブツは?」ぱ、と僕の手を離し姫に詰め寄る役人。気付かれないように手首を布巾で拭いておく。
「ああ、ここにある・・・が、先ずは報酬を見せていただこうか」一呼吸置いて落ち着いたのだろうか、姫の声は普段どおりだった。
「勿論だ。おい、持って来い」偉そうに指示をすると従者はそれぞれ革袋を姫の前で開けてみせる。
「金貨4000に月見草だ。ふんだくりおって」革袋の中には大金と、この辺りでは比較的珍しい、月見草――月の光を浴びて育つといわれている植物で、調合によって高い治癒効力を発揮するが同時に非常に強い劇毒を持っていて素人が扱うのは危険な薬草――が入っていた。
「確かに。それでは取引は成立だ――これを」姫が薬の入った革袋を差し出す。
「・・・フン、忘れるなよ、お前のような吸血鬼風情がのんびり過ごせるのはワシのおかげだと言う事をなっ!おい、帰るぞ」偉そうに言い放つと従者二人を引き連れて部屋を後にした。複雑な造りでもないし、迷うことは無いだろう。だがしかし、男の帰りざまにした香り、あれは確かに
灼熱草の匂いだった。
to be continued...