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死神、吸血姫に噛まれる。

第1話 死神、吸血鬼に噛まれる。

 ――どうしてこうなった。

 今僕の目の前では、くつくつと煮えたシチューが鍋の中で食欲をそそる匂いを撒き散らしている。 と、同時に。

「ねぇシチューまだかしら? お腹空いたんだけど」 背後からよく透る声。 

「早くしないと……また吸っちゃうわよ?」 痺れを切らし始めた姫――もちろん何処かの国の姫君なんてことはないだろうが、諸々の事情により『わがままな姫』ということになっている。もちろんそんなコト言おうものなら一瞬で僕は自身の血を生命維持に必要最低限量を残して失うことになるだろう――があまり穏やかでない脅しをかけてきたので「あと2分待って下さい!!」と大声で返し、再び鍋に視線を落としながら先日のことについて8度目の回想にふけてみた。



*  *  *



「――死神だ」

「死神が来たぞ」

「死神に食わす飯は無ぇ。さっさと出ていけ!!」

 新しい土地に移るたびに僕は「死神」と呼ばれ、追い出されてきた。

旅の合間に食料を買うときは目深なフードコートを羽織り、けして素顔を見られるわけにはいけなかった。


――特に変わった能力を持っているわけではない。生まれが特殊なわけでもない。一般階級の家に生まれた、平凡な男なのだ。ただ一点他の人と違うのは、髪と瞳の色が「真っ黒」なこと。

この国では黒髪黒目の人間は殆ど存在せず、また黒自体が不吉な色として好ましくない色なのだ。 故に、僕が差別されるのに時間はかからなかった。

 それ対抗して僕は色々なことに挑戦した。 特に家事(生活必需スキル)と工学(趣味)は結構上達したと思えた。そうすれば、何かの力を得られればきっと差別もなくなるのではないか、そんな幻想をいだいていた。


 しかし。


 予想に反して僕の取った行動はただ自分の巣立ちを早めただけだった。日に日に衰弱していく親を見て僕はここに長く居られない事を悟り、半ば家出のような形で旅に出た。その先で道に迷い、気がつけば見知らぬ森の中。夜中に獣の遠吠えは聞こえるし、原生生物はイロイロ危ないものが多いし、おまけに大雨ときた。空腹にそろそろ自分の命の灯火が消えるんじゃないか、と本気で思ったその時――視界の隅に漆黒の孤城が映った。勝手も知らぬ道を誘われるように僕の足が城に向かって行くのにも疑問を持つことは無かった。


 城に着いて真っ先に気になったことは、門が無かったことだ。正確には、門を閉じる為の扉が存在しなかったのだ。まるで誰であろうと掛かって来いと言わんばかりのふてぶてしさに僕は迷わず足を踏み入れた。

――鬼でも邪でも何でも来いってんだ。こっちは死に損ないの死神だぞ――

 などと後ろ向き全開の啖呵を心の中で切りつつ城の中を探索する。

厳壮な雰囲気を放つ漆黒の城の中は、思いのほか小奇麗だった。人気がないのが気がかりだが構わず練り歩く。

――全3階に人気はナシ。残るは……下か?――

 この場合地下にナニカがいた、というのはお約束のパターンだ。もちろん、その後に続く展開も――。

無駄に広い地上階とはうって変わって、地下は部屋にしては広めの一室があるだけだった。別段収容施設でもないし月光も殆ど通らない地下室には幾つかの宝物と――棺桶一つ。


 本来ならここで気付くべきだった。今まで気付けなかった古城。森の中だというのに扉の無い城門。 整っているのに人気の無い城内。淡い月光しか届かないのに何故かよく見える深夜の地下室。そこに臥せる一基の黒棺。


――今ならまだ引き返せる。止めておけ――

一瞬、脳裏に誰かの声がよぎったが気にすることはなかった。

 眼前の棺を眺める。何者も拒絶するような漆黒に眩い黄金の装飾。窓はなく、無愛想な造りだが、それは部屋の雰囲気と相俟って孤独、というより孤高というイメージが先に来た。一体この棺の中にはどんな貴族が眠っているのか。この辺りに貴族がいたという話は聞いたことが無いし、居たとしてもこんな辛気臭い場所に城など建てはしないだろう。

 この城の主は余程の偏屈か変わり者か、それとも刹那の幻想で自分の体はもう朽ち始めているのだろうか。

気がつけば僕は真っ黒い棺の淵に手を掛けていた。予想以上の重さに驚きつつも、蓋を少しずつずらしていく。ずず、ずず、と3/4程押しずらすとあとは自重で傾き、その中身が姿を顕すと同時に。


 僕の頭の中は真っ白になった。


「ぇ?」 棺桶の中身にしてこの城の主らしきそれに僕が出せたのは何とも間の抜けた一言だけだった。

 月光を纏い淡く輝く白い肌に腰まで届く銀髪。すらりと伸びた両腕に簡素ながら荘厳な雰囲気を発するブラックドレスに包まれた華奢な細躯に裾から覗く白い裸足。そのどれもが高価な陶磁器を思わす。名高い造形師が丹精込めて彫った人形のような美しき寝顔はまさに亡国の姫君を連想させ、僕の眼は文字通り釘付けとなっていた。と、同時に。

「どうしてここに人が眠っているんだ?」という疑問が当然のように湧き上がる。

棺桶で人が眠っているのだ。趣味にしてもセンスがぶっ飛びすぎてついていけない。

――こんなところで寝ている奴にロクな奴はいない。さっさと立ち去るべきだ。

――そんなこと言って、どこで寝るつもりだよ。森の中じゃ死にに行くようなものだぜ。


 いつもの癖で二人の僕が頭の中で会議しているうちに僕はこの場から消える機会を失ってしまった。

棺桶の中で眠っていた姫が眼を覚ましたのだ。姫は「ふぁ…ん」とゆっくり欠伸をするとこれまたゆっくりと首を回し、視線をこちらに合わせてきた。僕はというと驚きと駄々漏れになっていた脳内会議が聞かれたことの恥ずかしさで完全に固まっていた。姫は自然な動作で半身を起こすと緊張のあまり動けなくなった僕の両肩に細い腕を乗せ抱き寄せ始めた。引き寄せられた僕の目の前に薄く開けられた桜色の唇はどぎまぎする僕のそれに――触れることなく通り過ぎ、少しだけ、そう少しだけ落胆した直後――首筋に押し付けられる柔らかな感触、ちくりと刺さるような微かな痛み、そして体の中から何かが急速に抜けていく不思議な感覚。それが何かを悟る寸前で僕の意識は深い闇の中に掻き消えた。



*  *  *



 結論から言うと、彼女は吸血鬼だった。200年来の訪問者(もちろん僕のことだが)に寝ぼけたまま噛みつき、そのまま腹いっぱいまで血を吸ったあと、気を失った僕を見てかなり驚いたらしい。意識の無い僕を客室まで連れて行き、ベッドに放り投げたところで魔が差し、再び吸血してしまったそうな。おかげで翌日には起きることができたはずだったのがもう一日延びてしまったのだ。そして、厄介なことに彼女は僕の血の味をいたく気に入ってしまったのだ。行く当ての無い死神とその血がお気に入りな吸血鬼、気がつけば僕はこの城に住み着くことになったのだった――。



*  *  *



「よっし、上出来」

 出来上がったシチューの入った鍋をテーブルに運びながら我が8大得意料理の一つの完成に頬が緩む。今日の出来も上々だ。

テーブルの向こうではそろそろ限界なのだろう。わがまま姫は鋭い犬歯を覗かせ始めた。それはそれで危険な美しさに変わる不思議な姫である。

「いい匂いがすると思ったら美味しそうなシチューね」先ほどまでとはうって変わって急にご機嫌な吸血姫。

「「いただきます」」銀製のスプーンでシチューを口に運ぶ。うん、今日もシチューが美味い。

「上出来ね、人の血以外でこんなに美味しいものは初めてだわ」吸血姫の顔が綻ぶ……吸血鬼って血以外のモノを食べてもいいのかな?

「あら、今食べているじゃない」ふふ、と微笑みながら僕の疑問を解消してくれた……て、今心を読まれた!?

「顔に書いてあるわよ」どうやら僕は余程不思議そうな顔をしていたようだ。

「答えの続きだけど。昔は血液、特に穢れを知らない異性のそれしか飲まなかったそうよ。今はそうでもなくて普通に食事も出来るわよ。だって、いつまでも人の血を飲み続けていたら大騒ぎ、討伐隊が組まれてもおかしくないでしょう?つまり擬態っていうわけ。ただ、これにはそれぞれの好みが大きく分かれるわね。今でもヒトの生き血しか飲まないモノいることだし」

 なら、毎日こうやって飯を作れば血を吸われることもないってことだろうか。

「ふふふ、アナタって本当に顔に出やすいわね」優しく微笑む姫はまるで姉でも出来たみたいだ、が。

「でもそれとこれとは別。デザートは別腹よ」微笑が妖しい笑みに変わると同時にピンクがかった、甘ったるい空気が満ち始めた。

 まさか、と思ったときには手遅れだった。からだのじゆうがきかないし、しこうがまとまらない。

「吸血鬼の能力の一つ“魅了の魔香”。アナタは自分の意思では動けないわ」ひめの かおが ちかづく。

「ふふ、いただきます」

 首筋に微かな痛みと柔らかな感触と共に血液が急激に抜けていく感覚。次第に意識が朦朧となり世界は暗転する。

「ふぅ、ごちそうさま。片付けはしておくわ」

 

 眠りの間際に感じたのは、何故か心地よさだった。


to be continued...

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