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消滅の楔  作者: 倉永さな
【序章】『運命』の相手
6/37

《六》

     § § § § §


 彩名は秀道に誘われ、本堂へと来ていた。

 消灯していた堂内は暗く、染みついた線香の匂いが現世から常世へやってきたような感覚に陥る。

 秀道は暗い堂内が見えているのか、迷いなく足をすすめ、ろうそくを灯した。

 本尊に手を合わせて拝むのを見て、彩名も慌てて手を合わせ、頭を下げた。


「さて。おまえにとって、辛い話になるが、いいかな」

「……嫌って言っても、おじいちゃんは話すでしょう?」

「まあ、な」


 彩名の口答えに、秀道は苦笑を浮かべた。


「まったくもって教えてもおらんのに、どうして悠香に似てくるのかね」


 呆れたような、しかし、愛情のこもった声に、彩名は困ったような笑みを浮かべただけだった。


「おまえが……あれは、いくつの時だった? 交通事故に遭ったのは、覚えているか」


 秀道に聞かれ、彩名は首を振った。


 あれは彩名が三歳の時だった。

 彩名の両親は、彩名の父側の肉親に結婚を反対され、駆け落ちをした。

 見知らぬ町で隠れるような暮らしを強いられた両親だったのだが、坊ちゃま育ちだった父は三日で根を上げた。

 そして父は情けないことに、母の生家である東青寺に救いを求めたのだ。

 秀道は文句を言いたいのを我慢して、『悠香が幸せならば』と二人の結婚を認め、一緒に住まわせたのだが、情けないことに父は役立たずだった。

 今まで、なに一つ不自由のない生活をしてきた父は、寺の暮らしに耐えられなかったようだ。それでも母になだめられ、頑張った。

 そしてなにを思ったのか、修行をすれば両親が認めてくれるとでも思ったようで、僧侶の真似事をしてみたようなのだが、坐禅の一つもまともに組めず、すぐに根を上げ、自堕落な生活を送っていた。

 そんな中、母の妊娠が発覚。

 ここで心を入れ替えてくれれば良かったのだが、無理だった。


「え……わたしのお父さんって、酷かったの? 信者さんからの頂き物のお酒を勝手に飲んだり?」

「いや」

「ギャンブルにはまっていたり?」

「いいや」

「ヘビースモーカーだったり?」

「いや」

「……じゃあ、なにをしてたの?」

「なーんにも、していなかった」

「は?」

「そのままだ。日がな一日、墓でぼんやりしておった」

「はいっ?」


 彩名は瞬きをして、秀道をじっと見た。


「……今にして思えば、居場所がなかったんだろうな。あの頃はまだ、悠香の他に広明ひろあきもおったし、修行しておるものが何人かいた。本堂にも方丈にも、庫裏にも人目があった。墓場は場所が場所だけに、それほど人がいなかった」


 秀道が持っている数珠が、じゃらりと音を立てた。


「今更、悔いたところで仕方がないことだが、もしももう少し、康生やすおに優しくしていれば……。ははっ、こんなことを口にしてしまうとは、わしも年だな」

「やだ、おじいちゃん。孫を抱っこしてもらうまで生きてもらわないと困るんだから!」


 彩名の言葉に、秀道は苦い物でも口にしたかのように顔をしかめた。しかし、ろうそくの明かりしかないここでは、彩名はその表情の変化に気がつかなかった。


「そのことなんだが」


 秀道が言葉を続けようとしたところで、二人が本堂へ入ってきた裏口から、音がした。


「だれだ」


 秀道の誰何すいかに、しかし、返事がない。

 秀道が立ち上がり、確認に行こうとしたところで、音を立てた人物が口を開いた。


「俺も聞きたいから、続けて」


 聞き覚えのある声に、彩名は立ち上がった。


「あんたは、さっきの……」

「よう。さっきぶり」


 暗闇の中、ゆらりと人形の輪郭が黒く浮かび上がった。


「そんでもって、十四年振りだな。すっかり老け込んで」

「鴉……か」

「そそ。覚えてくれてたんだ」


 二人のやりとりに彩名は目をしばたたかせ、秀道に視線を向けた。


「俺はここで話を聞いているから、気にせず続けてくれ」


 というなり、黒い輪郭は彩名の視界から消えた。どこにいったのかと思ったら、声が下から聞こえてくる。


「あー、冷たくて気持ちがいいな」


 見えないが、どうやら本堂に横になっているようだ。


「ここは……!」

「彩名、あやつには構うな」

「そそ、彩名ちゃん。俺のことは気にしなくていいから」


 気にするなと言われても気になるのだが、秀道は話の続きを始めた。


「彩名が生まれ、ようやく康生も寺の生活に慣れて、馴染んできた」


 そして彩名が三歳になり、幼稚園に通い始めた頃。


「康生はなにを思ったのか、悠香と彩名を連れて、実家へ向かった。それが十四年前の今日だった」


 秀道が口を閉じると、本堂内は静けさに包まれた。

 彩名は動くことが出来ずにいた。鴉と呼ばれた大男は、横になったままのようだ。


「康生にはなにか予感みたいなものがあったのかもしれない。レンタカーを借りて、実家へと向かったようだ。数年ぶりに実家へ足を踏み入れると、康生の父親はベッドに横になっていたという。もう長らく意識が戻っていなかったそうだが、康生が帰った途端に目を覚まし、帰りを泣いて喜んだそうだ。そして、康生と悠香の結婚を認め、彩名を見て……笑って、それっきりだ」


 彩名にはまったくそのときの記憶がない。


「結婚の許しをもらえて、三人は婚姻届を出すために役所に向かう途中、交通事故に遭い……亡くなった」

「え……」


 両親がすでに亡くなっているのは分かっていたし、なにかの事故に巻き込まれたというのも知っていたのだが、彩名はここで初めて詳細を聞いた。


「わたし……は?」

「もちろん、車に乗っていた。しかし、疲れて後部座席で寝ていたのが良かったようだ」


 秀道の言葉に、横になっていた鴉が起き上がった。


「違うな」


 否定の言葉に、秀道が動揺しているのが彩名にはなぜか分かった。


「酷い玉突き事故だった。あんたも現場を見ただろう?」

「…………」

「乗っていたあの車、後部座席もぐちゃぐちゃになっていた」


 彩名には記憶がないが、交通事故の悲惨な状況はなんとなく分かった。

 彩名の指先から感覚が消え、世界が揺れているように感じてきた。


「あの日、なんだかものすごい胸騒ぎを覚えて原因を探って飛んでいると、眼下にひでえ光景が広がっていた。阿鼻叫喚で、ぞくぞくしたのを覚えてる」


 彩名はきつく目を閉じて、頭を振った。


「現場に降り立つと、女が誰かを呼んでる声がした。それに引かれて近寄ると、座席とダッシュボードに挟まれて息も絶え絶えで、だけど誰かを気にしていた」


 彩名は続く言葉を聞きたくなくて、耳を押さえた。しかし、鴉の声は嫌と言うほど彩名に届いた。


「俺は後部座席に視線を向けて、胸騒ぎの原因を知った」


 そしてなぜか、彩名の左手小指がなにか強い力に引っ張られているのを感じた。


「おまえ、分かるか」


 彩名は分かりたくなくて、首を振った。


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