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消滅の楔  作者: 倉永さな
【序章】『運命』の相手
5/37

《五》

     § § § § §


 いつから視えるのかは定かではないが、彩名はいわゆる『運命の赤い糸』を視ることが出来た。

 いろんな人の小指の先から糸が伸びているのが視えた時、彩名はよく分からないが泣いて秀道にすがったような気がする。

 視えるのが怖かったわけではない。

 どうして泣いてしまったのか思い出せないのだけど、ひどく悲しかったのだけは覚えている。


 視えることを自覚してから、彩名はいろんな人の指先を見た。

 彩名は視えることに気がついたときにあんなに泣いたのに、落ち着いてしまえば今度は赤い糸を視るのが楽しかった。

 そして赤い糸は、だれの指先からも伸びていた。

 すれ違ったり、触れ合っても、不思議なことに赤い糸は本物の糸のように、もつれたり切れたりすることはなかった。

 複雑に交差して、しかし、たどっていくとだれかに到達できる糸。

 手始めに秀道の小指から伸びている赤い糸をたどってみると、祖母に行き着いた。二人は結ばれるべくして結ばれたと知り、なんだか嬉しくなった。


 そして次に気がついたのは、彩名は他人の赤い糸に触れることが出来るということだった。

 秀道の赤い糸に触れてみると、ほんのりと暖かいような気がした。脈動を感じるというか、なんだか不思議な感触で、だけど重さはまったく感じない。

 赤い糸も生きていると知った。


 そして、たまに赤い糸とは別に、青い糸を見つけることもあった。

 赤い糸は小指と繋がっていたが、青い糸は小指以外のどこかの指から伸びている。

 赤い糸のことについては聞いたことがあったけど、青い糸があるというのは初めて知ったので、それがなにか分からなかった。

 だけどある日、彩名は自分の指先から青い糸が伸びていることに気がついた。

 これはなんだろうと糸をたどっていくと、最近、近所に引っ越してきた男の人の指先と繋がっていたのだ。

 なんだかよく分からないけど、彩名の背筋に怖気が走った。

 これはなんなんだ。

 彩名は恐ろしくなり、自分から伸びている青い糸を思いっきり引っ張り、切り離した。

 ぷつり、という手応えを感じて、それは簡単に切れてしまい、青い糸は宙に霧散した。

 彩名と男の人とを結んでいた青い糸は、なくなった。


 あれはなんだったのだろう。

 彩名は気にしながらも、通常通りに生活を送っていた。

 そして、隣のクラスの女の子の指からあの青い糸が伸びていて、近所の男の人に繋がっていることに気がついた。

 どういうことなのだろうかと注意深く見守っていると、女の子はなぜか、男の人の部屋へと入って行くではないか。

 なにかがおかしい。

 彩名は本能的にそう察して、一人では怖くて、秀道にお願いしてついて来てもらった。

 秀道は首を傾げつつ、しかし、なんだかとても切羽詰まっている彩名になにも言えず、男の人の部屋へとついていった。

 彩名がインターホンを押すと、部屋の中で慌ただしく動く気配がした。

 それからしばらくして、着衣が酷く乱れた男の人が出てきて、そして、彩名は視てしまったのだ。


「いやああああ!」


 と泣き叫ぶ彩名に、秀道は一見すればなんともない室内に視線を向け、そして、気がついてしまった。

 布団の影に猿ぐつわをかまされた、少女がいることに。

 秀道はすぐに警察に連絡をして、男は逮捕された。

 そして彩名は、青い糸の意味を知ってしまったのだ。

 赤い糸は運命の相手、青い糸は……不幸をもたらす相手と繋がっている、と。

 男の指からは何本もの青い糸が伸びていて、それはどれも彩名と年齢が変わらない少女だった。

 そのことを秀道に伝え、秀道がどういう風にそれを処理したのかは知らない。

 男は現在、刑務所に入っているという。

 それから彩名は青い糸を見かける度、さりげなさを装って近寄り、切っている。

 幸せな未来ならともかく、不幸な未来が待ち受けていると知り、彩名はそのまま黙っていられなかった。

 だけどその行為が、大男が言うように運命を変えるようなものだったとすれば……?

 彩名は今の今まで、そんなことを考えたことがなかった。


 彩名はすっかり暗くなった通学路を通り、自宅である寺へと戻った。

 彩名の祖父・秀道は『東青寺』という寺の住職をしている。

 山門をくぐり、真っ直ぐ進めば本堂だが、彩名は右にそれ、裏手へと回った。そこは手前が庫裏、奥が方丈となっていた。

  庫裏というのは台所で、方丈というのは寺に住む僧侶が寝泊まりするところだ。

 東青寺は開発が入る前から存在する数少ない古い建物で、実態に対して、規模の大きな寺だ。それでも、昔は修行をする僧侶が何人もいて賑わっていたようなのだが、町が寂れて行くにつれて、ここも人が減っていった。


「ただいま」

「おかえり。今日は遅かったな。なにかあったな?」


 庫裏に向かうと、秀道は祖母が身につけていた割烹着を着て、夕食の準備をしていた。


「あ、おじいちゃん、ごめんね。遅くなって」

「いや、それはかまわんのだが」


 秀道にすっかり行動が読まれてしまっている彩名は、聞かれることをはぐらかそうとしたが、無理だった。


「また、視えたのか?」

「あ……う、うん」


 予想通りの答えだったようで、秀道は呆れたように息を吐き出した。


「まったく……困った子だ」

「だって! 人が不幸になるってのが分かってるのにっ」

「それも御仏が与えてくれた、試練。我々は残念なことに、不幸を知らなければ、幸せを感じられないのだよ」


 秀道のお得意の説教が始まりそうだったので、彩名は慌てて話を遮った。


「それでねっ、なんか変な人に会った」

「変な人……?」

「うん。なんかものすごく大きな男の人で、髪の毛がもさもさのぼっさぼさで、薄汚れていて……。それでいて、大きな身体にもかかわらず、身軽にぴょいっと屋根に軽々と飛んだんだよ!」


 彩名の説明に、秀道の手が止まった。


「その男……鴉、と名乗っていなかったか?」

「ううん、あ、名前を聞きそびれちゃった。でも、お願いを一つ聞くから助けてって言ったら助けてくれて……でも、後でもらいに来るって」

「なにっ? お願いを聞くと約束したのか?」


 急に秀道の顔色が変わった。


「だって……。今日のはちょっと危なくって……その、わたしの手に負えそうになくって、助けを叫んだら、その人が現れて」


 秀道の険しい表情に、彩名の声は小さくなり、途切れた。


「だって! おじいちゃんを呼びに行ってたら、その人を見失いそうだったし! 実際、すぐに追いかけないとほんと、危なかったんだよ!」


 秀道は手にお玉を持ったまま、彩名をじっと見つめた。

 とうとう、恐れていた日がやってきたようだ。


 彩名の両親……秀道からすれば、娘と義理の息子が亡くなったあの日、覚悟をしておくようにと言われていた。それはもっと後だと思っていたのに、どんな因果か、それが今日だったなんて。


「……今日は、悠香の命日だったな」

「うん……」


 だから早く帰ってくるようにと言われていたのに、すっかり赤い糸に気を取られ、寄り道してしまった。


「おまえに話をしておかないといけないことがあるようだな」


 秀道は味噌汁の温めていたガスを止め、彩名に向き合った。



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