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消滅の楔  作者: 倉永さな
【一章】迷惑な居候
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《二十二》

     § § § § §


 恵利の引き留めようとする声に、しかし、鴉は無視して走り出そうとした。


「待ちなさい……」


 それまでの穏やかな気配が消え、不穏な空気が漂い始めたところに……。


「あ、いた!」

「綾井、ちょっと待てって!」


 という聞き覚えのある声に、鴉は舌打ちをした。

 鴉の姿を確認して駆け寄ってきたのは……。


(彩名の友だちと……)


「誰だ?」


 鴉は分かっていながら、恵利の後方に息を弾ませながら立っている知穂と貴之に視線を向けた。

 知穂は私服に肩からトートバッグを提げている。貴之も私服だが、こちらは手ぶらだ。


「誰って! もー、なんなのよ、あんたっ! あたしはどーでもいいから、彩名ちゃんをどこに隠したのよっ!」


 知穂は鴉の態度に腹を立てていたが、恵利に気がついたようだ。


「あ……れ? お客さん?」


 知穂の視界には鴉しか見えていなかったようで、今、恵利のことに気がついたようだ。


「おまえら三人とも、邪魔なんだよっ!」

「邪魔ってどーいうことよっ!」

「おい、貴之っ!」


 知穂はともかくとして、貴之はどうやら寺のことがそれなりに分かっているらしいと鴉は判断して、声を掛けた。

 貴之はまさか鴉から名前を呼ばれると思っていなかったようで、目を瞬かせて鴉を見た。


「じーさんも彩名も外出してる。俺は急用が出来たから、おまえが俺が帰るか、じーさんが戻るまで、寺の番をしていろ」


 それだけ言い捨てて走り出そうとしている鴉に、またもや恵利が声を掛けた。


「行かせないわ」


 そういうと恵利は大きく息を吸い込んだかと思ったら、一気に息を吐き出した。


「…………?」


 なにか飛び道具でも飛んでくるのかと思って鴉は身構えたのだが、なにも起こらない。


「なんだ……?」


 恵利はまだ、身体を二つ折りにして息を吐き出している。

 単なるこけおどしかと思い、今度こそと走り出そうとして、目を疑った。


「な……っ」


 恵利の口から、大量の青い糸が吐き出されたのだ。鴉は目を瞠り、足を止めた。

 恵利は胸元を押さえ、うずくまった。

 それを見て、知穂は慌てて恵利へと駆け寄ろうとしていた。


「え……あのっ! 大丈夫……」

「近寄るなっ!」


 鴉の怒鳴り声に、知穂はその場に佇んだ。


(なんだ、これは)


 恵利はうずくまったまま、まだ青い糸を吐き出している。

 地面へと吐き出された糸はどんどんと伸びていて、それらは意思を持っているかのようにうねうねとうねっている。


「貴之、そこの女を連れて、本堂へ行け」

「え……あ? なんでオレが命令を」

「いいからっ! 無事に彩名と会いたいのなら、俺の言うことを聞けっ!」


 鴉の命令に貴之は納得がいってないようではあるが、なにかを感じたらしく、知穂に行くぞと合図をして本堂へ向かって歩き始めた。


「なんでっ!」


 知穂は貴之の合図が気に入らなかったようだが、鴉がぎろりと睨んだら渋々といった表情でこの場から遠ざかってくれた。

 しかし、知穂があっさり引き下がったときは要注意ということは、鴉は知らなかった。


(──で、この女はなんだ?)


 恵利の口からは未だに青い糸が吐き出されている。

 このまま、恵利を放置しておけば……。


(町中に青い糸が広まる……)


 鴉からすれば『だからなんだ?』なのでこのまま走り出したいのだが、頭の片隅でなにかが警告を発している。それを無視して走り出すのは危険だと判断して、鴉は留まった。


「──かはっ!」


 恵利は青い糸をすべて吐き出し終わると、肩で息をしながら立ち上がった。


「行かせ……ない、わ」


 恵利は青い顔をして、鴉の前に両手を広げて立ちふさがった。


「あなたを由良さまの──とこ、ろ……に」


 恵利はなにかがこみ上げてきたのか、ううっとくぐもった声を上げ、胃の辺りを押さえて身体を二つに折った。


「う……ぐぅ」


 かはっという音と共に、恵利はまた、青い糸を吐き始めた。


(由良はこの女になにをしたんだ──?)


 今まで由良の側にいて、こんな現象を見たことがない。


(なんだと言うんだ? これはどうしろと)


 青い糸は先ほど、吐き出されたものと合わさり、とんでもない量になっていた。


(この女は青い糸を吐き出すだけで、それほど危険性はなさそうだ。青い糸が人に付いた場合は……知らねぇ)


 人が不幸になろうとも鴉にとってはどうでもいいことだ。いや、むしろ、人が不幸になることは邪刻であるのならば、歓迎だ。

 それならば、このまま残して鴉は彩名の元へと一刻も早く向かわなくてはならない。


(俺の昼飯……!)


 その一心で、鴉は走り出そうとしたのだが。


「そうは、いかないわっ!」


 恵利は青い糸を吐き出しながら苦しい息の下でそう呟くと、青い糸が呼応するように意志を持ち、鴉へと襲った。


「!」


 青い糸になにやら意思らしきものがあるのか、鴉に向かって勢いよく伸びてきた。

 恵利には何度も足止めを食らっていたが、今度こそはなにがなんでも彩名の元へ……。


「うわっ!」


 鴉は青い糸の軌跡を読み、避けたはずだった。だが、青い糸は分散して、複数の方向から鴉へと向かい、足を絡め取った。


「逃がさない……」


 恵利は青い糸を口の端にこびりつかせたまま、にやりと笑みを浮かべ、鴉を見た。


     § § § § §


 ──ここはどこなのだろう。

 彩名はどこまでも青い空間にたゆたっていた。

 水の中、というよりはとろみのある液体の中に身体があるような感じ。手足を動かしたくても回りの液体に取られ、思うように動かすことが出来ない。


「かはっ」


 彩名は助けを求めるために声を上げようと口を開いたのだが、身体の周りに取り巻いているなにかが口の中へと入ってきた。声を上げることも出来ず……。


(いっ……息がっ)


 空気を求めてもがくのだが、思っているように身体が動かない。


(このままだと死んでしまう……!)


 ここがどこだか分からないが、どうにかして出なくてはならないというのだけは分かった。

 彩名は訳の分からない空間から脱出するために、かなりの抵抗を感じながら手足を動かした。




 彩名がもがいている間、鴉は青い糸に捕らわれたまま、動けずにいた。


「ったく、なんだよこれはっ!」


 青い糸は鴉が動く度に簡単にぶつぶつと切れていくのだが、切れた糸がまた、鴉へとまとわりついてくる。しかも、切れて短くなっているはずなのに、鴉に絡みつくときは切れた時よりも長くなっている。これではキリがない。


「くそっ」


 鴉が身体を大きく傾けると、小気味よい音を立てて青い糸は切れていく。だが、すべてが切れるよりも早く、青い糸は再び鴉の身体へとまとわりついてくる。


「行かせはしない……!」


 しかも恵利はまだ、新たに青い糸を吐き出していた。



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