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消滅の楔  作者: 倉永さな
【一章】迷惑な居候
21/37

《十四》

     § § § § §


 鴉は強がって彩名のところに行かないと言った手前、秀道の側に所在なさげにいることしかできなかった。

 秀道がてきぱきと準備をしているのを横目に、鴉は本堂の中をうろうろして回った。

 本堂はかなり広く、柱によって三つの空間に分かれている。

 正面は赤と金色で囲まれたスペースに本尊が祀られていて、かなり華やかだ。本尊が置かれている場所は須弥壇と呼ばれている。そこだけ板間になっていて、区切りを付けるようにその後ろから畳敷きになっている。

 左右は少し狭めになっていて、畳敷きになっている。特に障害物はないので、ここを走り回って遊ぶ子どもがいても不思議はないほどだ。

 今でこそこの広さは無用の長物に見えるが、昔はここで葬儀を執り行うとき、この広さでも人を収納しきれない時があったという。

 丁寧に使っているとはいえ、古い建物ということで歩くと床がぎしぎしと鳴るところもあったが、特に変わったところはなさそうだ。

 別にそうやってチェックをすることもなかったのだが、あまりにも手持ち無沙汰だったので鴉は隅から隅まで見て回った。


「じいさん、特に変なところはなかったぞ」


 報告する義務もないのだが、なにかキッカケを掴みたくて、鴉は口を開いた。


「問題なかったのなら、よかった」


 秀道はそれだけ言うと、再び準備へと戻った。

 そうやってなんとなく所在なさげにしていると、梁に掛けられた時計が十時五分前を指し示した。


「おはようございます」


 賽銭箱の向こうから、少女の声が聞こえてきた。

 秀道は少し不思議な表情を浮かべながら、賽銭箱へと近づいた。

 本堂前の階段下に、一人の少女が立っていた。

 淡い桃色のフード付きのパーカーにライトブルーのチノパン。見た目からして、彩名とそれほど年齢が変わらないように見える少女。お守りかおみくじでも求めてやってきたのだろうか。


「あの……坐禅講座はこちらでよろしいのですか」


 予想外の言葉に、秀道は少しだけ驚いたものの、笑みを浮かべ、うなずいた。


「お若いのに、坐禅に興味をお持ちとは、なかなかよろしい心がけですね」


 秀道に案内されて、少女は堂内へと足を踏み入れた。




 ここに訪れた少女というのは、綾井知穂だった。

 ここ数日の彩名はおかしかった。知穂はそれが気になり、その原因であると思われる『東青寺の客人』を見にやってきたのだ。

 といっても、彩名は土日は手伝いで忙しいらしいので、用事がないのにふらりと遊びに行くのも気が引けた。

 とそこで思い出したのが、土曜日にやっているという坐禅講座だ。

 知穂は特に坐禅に興味があったわけではない。むしろ、『ただ座ってるだけじゃないの、あんなの』という気持ちが大きい。そんなことしてなにになるのか。

 しかし、今の知穂は彩名の態度の変化の元をどうあっても見てみたい。

 客人だから坐禅講座には参加しないかもしれないけど、もしかしたらちらりとでも見ることが出来るかもしれない。

 とても不純な動機だが、坐禅講座に参加することで糸口を見つけられたら……ということで、やってきたのだ。


 そして、坐禅講座に参加したいとやってきたのは、珍しく女性ばかりだった。


(狭い町だからか、噂はあっという間に広まったようだな)


 今回、秀道は意図的に鴉がここにいることを流したのだが、思っていた以上の効果を上げたようで、笑みを浮かべた。そしてちらりと鴉を見たが、当の本人は気配を隠して、本堂の隅にいるようだった。

 人の口から口へと伝わる噂話は、男性よりも女性から聞くのがよい。

 そしてさらには、ここに集まってもらった人たちを鴉に視てもらうことで、青い糸がどこから発生しているのかをいち早く知り、彩名が首を突っ込む前に鴉に処理をしてもらおうと思っていたのだ。

 彩名には用事を言いつけているので、本堂には近寄ってこない。それに、貴之が行っている。

 貴之が彩名を想っていることは、秀道は知っている。しかし、彩名にはまったくその気はないようだし、万が一の間違いも起こらない。

 梁に掛けたいる時計を見ると、十時を回ったところだった。


「本日はお忙しい中、お集まりいただき、誠にありがとうございます」


 秀道は坐禅講座の開始の言葉を口にして、皆の前に立ったのだった。


     § § § § §


 本堂で坐禅講座が始まった頃、彩名は貴之とともに方丈を掃除していた。


(貴之が来てくれること、すっかり忘れてた)


 彩名は掃除をしながら、どうやって貴之と鴉が遭遇するのを阻止しようか必死になって考えていた。

 すでに本堂で顔を合わせていたのを、彩名は知らない。


(なんとなく、顔を合わせたらけんかになりそうなのよね……)


 彩名はこれで何度目になるのか分からないため息を吐き、顔を上げた。


「彩名、風呂掃除、終わったぞ」


 客室の一つを掃除していた彩名に貴之が声を掛けてきた。


「ありがとう」

「いいってことよ」

「だけど……ごめんね、今日も本当はクラブの練習があったんでしょう?」


 彩名は前から気になっていたことを、貴之に聞いてみた。


「あるけど。寺の手伝いは修行になるからやってこい、ってのが顧問の先生の考えでさ」

「……そう、なの?」

「ああ。うちの両親も、きちんと励んで来いって毎週、言ってる」


 貴之が手伝いに来てくれているのはとても助かっているし、むしろ、来てもらわないと彩名が困る。のだが、鴉と遭遇させたくない彩名は、その辺りを口実にして、鴉がいなくなるまで来てもらうのを止めてもらおうと思ったのだが……。


(ううう、寺の手伝いはいいことだって回りの人が考えているのなら、来ないでって言ったら……貴之が困るよね)


「どうした?」


 掃除の手を止めて、考え込んでいる彩名に貴之は声を掛けた。


「え……あ、な、なんでもないよっ」


 週の半ばから彩名の様子がおかしいことに気がついた貴之は、昼も理由を付けて弁当を一緒に食べることにしたのだが……。


(やーっぱり、なんかおかしいんだよな)


 貴之の母が聞いてきたという、寺の客人が関係しているのだろうか。

 そういえば先ほど、本堂で秀道に挨拶をした時にいた、妙に大きな男が噂の客人なのだろうか。


(もしもあいつだとしたら……。なんか良くわかんないけど、虫が好かないな)


 鴉もだったが、どうやら、貴之も鴉のことが気にくわないようだ。


「次は廊下の水拭きをすればいいのか?」

「え、うん。お願いしてもいい?」

「いいぜ。これ、いい特訓になるんだ」


 貴之はとびっきりの笑顔を浮かべると、まかせておけ! と胸をとんと叩いて、部屋を出て行った。


(もしも彩名と結婚したら、これ、オレがやる仕事だもんな)


 そう思うと、俄然、やる気が湧いてくるから不思議だ。


(そうだ! 秀道和尚に今度、話をしておかなければ)


 貴之はすっかり、この寺を継ぐ気でいて、進学先も仏教系の大学を選択していたりする。

 まったくもって、下心ありありなことではあるが、この就職難に自らで就職先を決めているあたり、ちゃっかりしている部分もあるかもしれない。

 貴之がそんなことを考えているとはつゆ知らず、彩名はやはり、どうやって貴之と鴉を遭遇させないでおこうか、悩みに悩んでいたのであった。



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