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消滅の楔  作者: 倉永さな
【一章】迷惑な居候
15/37

《八》

     § § § § §


 知穂と貴之がいつものように仲良く話をしてくれたので(二人からすれば、それは彩名を取り合う言い合いなのだが、彩名はそう受け取っていない)、鴉のことを話さなくてすんで、ほっとしていた。

 のだが、やっぱり鴉のことが気になり、午後からの授業もあまり身に入らなかった。


 そしてようやく放課後になり、彩名は慌てて帰ろうとしていた。


「あれ、彩名ちゃん、今日はなにか用事?」


 知穂に指摘され、彩名ははたと立ち止まった。


「え……いや、べ、別に……」


(彩名ちゃん、やっぱり怪しい!)


 彩名は妙に焦っていたことに対して、動揺してしまった。


(やだ、わたし! なんで急いで帰ろうとしたんだろう)


 寺に帰れば、嫌な鴉と顔を合わせないといけないというのに、どうしてそそくさと帰ろうとしたのだろう。


(もう、やだなあ……)


 はあ、とため息を吐き、彩名はもう一度、鞄の中を確認してから、席を立った。


「知穂ちゃん、なにか用事ある?」

「え、あたしはもう、帰るだけだよ」

「それなら、帰ろうか」

「うんっ」


 彩名の帰ろうというお誘いに、知穂はにっこりと笑みを浮かべた。


(貴之にかわいい彩名ちゃんは渡さないわ!)


 知穂は勝ち誇った笑みを浮かべ、彩名と並んで靴箱へと向かった。


 彩名は昨日、一年生の靴箱の辺りで青い糸を見かけたことを思い出し、気にして横を通った。

 一年生の靴箱を通り過ぎるとき、やはりちらりと青い糸が視えた。


(……なんだろう?)


 人がいる気配がないのに、どうして青い糸が視えるのだろう。なにかがおかしい。

 気にしつつも彩名は三年生の靴箱に向かい、履き替えて学校を出た。


 いつものように彩名と知穂は通学路を通り、帰途した。

 彩名は東青寺の山門をくぐり抜けて本堂へ向かおうとして、境内に妙な人だかりが出来ていることに気がつき、首を傾げながら立ち止まった。

 なにか話し声が聞こえる。そこで彩名は、問題でも起きているとしたら大変だと近寄った。

 そこには、近所のおばさま方が数名いた。こんな時間に珍しいなと思いつつ、彩名はさらに近づくと、声がよく聞こえて来た。


「お名前は?」

「九重です」


 その声を聞き、彩名は表情を強ばらせた。

 鴉がなにかやらかして、おばさま方から叱責を受けているのではないかと慌てて輪の中に飛び込もうとしたのだが、次の言葉で彩名は足を止めた。


「あらまあ、ここのお寺の人なの?」

「いえ、ご住職のご厚意により、しばらくの間、こちらに滞在させてもらっています」

「まー、そうなの?」


 おばさま方に囲まれた鴉はまんざらでもなさそうで、余所行きの表情に態度が、なぜか彩名のしゃくに障った。


「鴉っ」


 本当はこのまま鴉に構うことなく本堂へ向かおうと思ったのに、彩名は気がついたら声を掛けていた。

 全員の視線が彩名に向いた。

 彩名は後先考えずに声を掛けたため、次になんといいのか分からず、口ごもった。


「あら、彩名ちゃん。お帰りなさい」


 顔なじみのおばさまにそう言われ、彩名は慌ててお辞儀をした。


「ただいまです」


 なんだかよく分からないけれど、鴉がおばさまとはいえ、女性に囲まれているのが彩名には我慢がならなかった。

 それが実は嫉妬であるなんて、彩名には分かりようもなく。


「お、彩名。お帰り」


 輪の中心にいた鴉は暢気に手を上げ、彩名に挨拶した。

 そしてその手に黒い糸が視えて、彩名の怒りが爆発した。


「鴉っ! あんたそこでなにやってるのよっ!」

「なにって……? これからしばらくここにやっかいになるから、ご近所さんに挨拶を」

「そうじゃなくてっ!」


 彩名は肩を怒らせてずんずんと鴉に近寄り、鴉の手をなぎ払った。


「あ……」


 その手に握られていた黒い糸は彩名によって地面へとばらまかれた。黒い糸は地面に落ちると、蒸発するかのように消え去った。

 周りのおばさま方は唖然と彩名と鴉のやりとりを見ていた。


「え……あ、と」


 辺りが妙な静けさに包まれたことに彩名は気がつき、かーっと顔が熱くなるのを感じた。


「ご……ごめんなさいっ」


 彩名は叫ぶようにそれだけ言うと、赤くなった顔を隠すようにして、走り去った。


「彩名も帰ってきたことですし、そろそろ俺も帰って手伝います」

「え……あらやだわ。もうこんな時間!」

「お夕飯の支度をしなきゃ」


 おばさま方は取り繕うようになにかを言いながら、それぞれ散っていった。

 一人残されたのは、鴉。


(……なんか誤解、されたような気がするけど……)


 鴉は消えてなくなった黒い糸が落ちた地面を睨み付け、舌打ちをした。


(だれだ、こんなことをしているヤツは)


 鴉は雪駄を履いた足で地面を踏みつけ、二・三度、ねじるように地面に足を擦りつけた。


     § § § § §


 鴉とおばさま方から逃げるようにしてきた彩名は、本堂に寄ることなく真っ直ぐに庫裏へと向かっていた。


(鴉の馬鹿っ! なんなのよ、あいつっ! 挨拶って言って近寄って、おばさまたちに黒い糸をひっつけようとして……!)


 彩名と変わらない人間のように見えるけど、彼は人間の不幸を糧にしている邪刻という存在なのだ。そのことをすっかり忘れていた。


(なにが『人の不幸は蜜の味』よ! あんな最低なヤツ、ここに置く価値なんてないわよ!)


 彩名は引き戸を開け、庫裏へと入った。

 冷蔵庫を確認して、食材が少ないことを思い出した。


(買い物してから帰ってくれば良かった)


 そうすれば、鴉の本性を見なくて済んだのに。


(……ううん、今、知っておいた方が良かったのよ。それに、おばさま方が不幸になるのを未然に防げたし)


 彩名は一度部屋に戻って着替えてから、財布を持って再度、山門を出た。

 スーパーは山門を出て道路向こう側にあるので、買い物はとても便利だ。

 もやもやしている気持ちを強制的に切り替えて、今日の夕飯はなににしようかと悩みながらスーパーに入ろうとして、彩名は立ち止まった。


(え……な、んで?)


 彩名はスーパーに入るときはいつも表からではなく裏口から入るのだが、出入口の取っ手に青い糸が数本、絡んでいたのだ。

 彩名は首を振り、きびすを返して東青寺にとって返した。


(靴箱でも見たけど、なんで……? どうして青い糸が)


 今まで何度も青い糸を見てきたけれど、誰かと誰かが結びついているものしか見たことがなかった。靴箱や先ほどの出入口のようになにか物についていることはなかったのだ。

 なんだか恐ろしくて、彩名は山門に入ると脇目を振らずに本堂へ走り込んだ。


「おじいちゃん!」


 まだ夕方のおつとめをしていて、本堂内には読経が聞こえていたが、彩名は構わずに秀道を呼んだ。

 秀道はしかし、彩名の呼びかけにもかかわらず止めることはなく、そのまま読経を続けた。

 彩名もさらに重ねて秀道を呼びかけるということはせず、辛抱強く終わるのを待った。

 そして秀道はキリの良いところまで唱えると、首を巡らせて彩名を見た。


「どうした、彩名。なにかあったのか」

「あのね、おじいちゃん……」


 彩名はスーパーの出入口で見かけた光景のことを、秀道に説明をした。



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