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消滅の楔  作者: 倉永さな
【一章】迷惑な居候
12/37

《五》

     § § § § §


 台所から追い出された鴉は、その足で本堂へと向かった。

 裏口から中を覗くと、ちょうど夕方のおつとめが終わったところだったようだ。


「どうした、鴉。入ってこないのか?」


 その声に、鴉は素直に本堂へと足を踏み入れた。


「そんな顔をして、彩名となにかあったのか?」

「ああ、怒られた」

「怒れた?」


 秀道はいぶかしげな表情をして、鴉を見上げた。

 鴉は困惑した表情で、秀道を見ている。


「台所で彩名がご飯を作っているところを見ていたら、手伝えと怒られた。だからなにかを手伝おうとしたんだが、なにをすればいいのか分からなくて、輪切りのキュウリが美味しそうだから手を伸ばしたら、叩かれて、また、怒られた」


 鴉と彩名のやりとりを知り、秀道はおかしそうに肩をふるわせて笑い始めた。


「なにがおかしいんだ。俺は手伝おうとしたのに」

「彩名のことだから、『ただ飯食い』とでも言われたか?」

「……なんで分かるんだ」


 鴉のむすっとした言い方に、秀道はますます笑い声を上げた。


「はっはっは……。ああ、ご本尊さまの前でこんな大声で笑ってしまうなんて。これは失礼」


 秀道はそういいながら、合掌をした。


「あの子が言いそうなことだからだよ」

「そう……なのか?」

「わしがそう、育てたからな」

「じいさんのせいかよ……」


 はあと息を吐き、鴉はどかっとその場にあぐらをかいた。


「鴉よ」

「……なんだよ」

「おまえ、なにか仕事をしておるのか?」

「仕事? んなもん、あるわけないだろう」

「それならば、本当にただ飯食い、だな」


 鴉は居心地が悪いのか、ボリボリとぼさぼさ頭を掻いた。


「ここに来るまで、どうしていた?」

「どう、というのは?」

「住まいは?」

「そんなの、適当だよ、適当」

「ふむ。飯は?」

「俺は基本、食わなくても大丈夫なんだよ」

「ほう。ならば、わしの昼飯を奪うようにして食べた?」

「……美味しかったんだよ! なんだよ、悪いかっ? あれ、彩名が作ったもんなんだろう?」

「ああ、そうじゃな」


 そこで秀道は目を細め、鴉を見た。


「どうした、あれで彩名に惚れたのか?」

「惚れた……。そうだな、彩名の作る料理に、だな」

「また、強がりを。男というのは美味しい料理を作る女子おなごに弱い。わしもばーさんの作った味噌汁に惚れて、結婚を決意したもんだ」


 秀道はそのことを思い出したのか、目を細め、宙を見つめた。


「男を振り向かせるには、胃袋を掴めとはよく言ったものだ。まあ、彩名はそのつもりはまったくなかったみたいだがな」


 ほっほっほ、と秀道はおかしそうに笑った。それを聞き、鴉は目をすがめた。


「つーってもよぉ。じいさんは人間ではない俺に、大切な孫娘を取られて、いいのかよ?」


 戸惑ったような鴉の声に、秀道はさらに目を細めた。


「まあ……いいか、良くないかで言えば、良くないが……。こんな言葉がある。『人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて~』というからな」

「じいさん……そういう問題なのか?」

「わしがここでダメだと言ったとしても、運命の赤い糸でおまえたちは結ばれているのだろう? 凡人であるわしがいくら抗ったところで、覆せるものではない」


 あまりにも理解が良すぎて、いや、むしろ推奨しているような言い方に、鴉はどうにも納得がいかない。


「そもそも、彩名が赤い糸が視えるというのを信じているのか?」

「疑ったところで、それが嘘だという証明はわしには出来ない。それに、彩名が嘘をつくような子だと思えない」


 秀道はどうやらずいぶんと孫娘を信頼しているようだ。


「彩名のことを疑うってことは……?」

「疑って、どうする? 今では彩名にとって、わしは唯一の肉親だ。……まあ、父方の血縁者はまだ存命みたいだが、交流がまったくない。わしが彩名を疑ったら、心のよりどころはどこになる?」


 鴉はふっと昏い笑みをたたえた。


「……いい関係を築いているんだな」

「そうだな。すべては御仏さまのなすがままに」


 秀道はまた合掌すると、立ち上がった。


「さて、そろそろ夕飯が出来る頃だ。手伝ってやらんと、彩名がへそを曲げるぞ」


 鴉も秀道に促され、立ち上がった。


「おお、そうじゃ。その作務衣はどうだ?」

「ああ、悪くない」


 秀道は鴉を上から下へと眺め、うなずいた。


「そうだの。まだ奥を探せばあったと思うから、明日また、探してこよう」


 昨日まで着ていた汚れてすり切れていたジーンズとシャツでうろうろされると困ると思った秀道は、方丈の奥にしまい込んでいた作務衣を出して、鴉に渡していた。

 鴉は受け取ると、すぐに着替えてくれたようだ。

 秀道には息子がいたが、鴉は上背もあるし、幅もあるので残していた服は合わなかったのだ。


「おい、じいさん」

「なんだ」

「彩名にただ飯食いと言われたから……俺、自分の作務衣くらい、自分で探す」


 彩名に『ただ飯食い』と言われたことが相当効いているのか、鴉がそんな殊勝なことを言ってきたので、秀道は笑った。

 鴉は秀道が笑ったのを見て、つまらなそうに顔を歪めた。


     § § § § §


 鴉が食卓に加わっただけで、彩名はどうにも落ち着かなかった。

 普段なら、夕食を食べながら、秀道に学校での出来事を話すのだが、今日は鴉がいるというだけでなんとなく彩名は口を開けずにいた。

 いつもは秀道と向かい合わせで食事を摂っているのだが、その横に鴉が座って黙々と食べている。

 とそこで、彩名は鴉が昨日と違う服を着ていることに、ここで気がついた。


「あれ? それって作務衣?」


 昨日の浮浪者のような服の時は思わなかったが、こうして作務衣を着ていると、少しはまともに見えるから不思議だ。


「ああ、あんまりにも着ていた服が汚かったからな」


 鴉はそういいながら、豆腐の味噌汁をすすった。


「お、美味いな、これっ」


 がつがつという音が聞こえそうなくらいにかき込んでいて、彩名は呆れた。


「なんだか鴉って、子どもみたい」

「あん?」


 鴉は傾けていたみそ汁茶碗から口を離し、彩名を見た。


「つまみ食いしようとするし、がっついて食べてるし! 昨日、わたしのこと乳臭いって言ったけど、あんただって充分、ガキですからっ!」


 彩名は残っていたご飯を口に放り込むと、


「ごちそうさま!」


 と叫んで空になった食器をかき集めると、流しに置いた。


「後で片付ける! 先にお風呂!」


 彩名はそう言い捨てると、庫裏から出て行った。


「……なんだ、あれ?」


 唖然とするのは、鴉だ。


「さあなあ」


 秀道は面白そうに、彩名が去って行ったところを目を細めて見つめていた。



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