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簡単に西館の説明を受け、元の玄関ホールにたどり着くとダヴィードが待っていた。
「西館て何にもなかっただろ」
自分のほうに歩いてくる二人を見つけにっこり笑うと嫌味を言う。
「東館のように汚れてはいませんから」
笑顔を貼り付けたままのミハイールも軽く返した。
「な、ん、だ、と」
返された言葉が感に触ったのか、ダヴィードがケインでミハイールに殴りかかる。ミハイールは自分のケインでそれを牽制した。
木と木がぶつかり合う音が玄関ホールに鈍く響く。
二人は似つかわしくないケインを持っていた。目の前の小競り合いでそのことに今はじめてローレンは気づく。
「なぜ杖が必要なのだ」
足が悪いようには見えないし、歩行用とすると長さもそんなに長くない。
「紳士の嗜みだぜ。ぼっちゃん」
「ヴィオロン様も本来は持っていたいのだろうけど、執事が持っているのっておかしいですし」
向かい合いケインを打ち合わせたまま二人は疑問に答える。
「じゃあ何故、持っている?お前たちも執事といえば執事だろう」
アンダー・バトラーはバトラーの補佐だとヴィオロンは言った。執事が持っているのがおかしいというのなら、この二人も持っているのはおかしいだろうとローレンは返す。
「僕らが持たされているのは、護身用ですよ」
「そうそう、ミハイールに寝首かかれないように」
「その言葉そのままお返ししますよ」
アンダー・バトラーの二人は仲が良くないようである、逆に仲が良すぎてこのようにじゃれているのか、ローレンには判断ができなかった。自分の疑問に対しては二人とも回答したため、とりあえず次の行動を待つことにする。
「そうか‥‥」
にらみ合ったままの二人と、黙ってそれを見ているローレン。三人は時間が止まったかのように何も言わないし動かなかった。
「いや普通止めるだろう」
その時間を動かしたのはダヴィード。黙ったまま見ているローレンにケインを向ける。
「そうなのか、貴族どうしが暴れている現場に遭遇したことが無くて。大人しく見ているのが礼儀かと‥‥」
「あば‥‥いや、貴族とか関係なくて‥‥まぁいいか、面倒だ。行くか」
無表情に黙ったままのローレンに自分の想いを説明しても無駄だと早急に決め付けたダヴィードはローレンの手を引き自分のテリトリーへと歩みを始める。
ダヴィードが案内する東館では、接客は一人の女性が行っていた。
西館のように歩いて案内されるのかと思えば、応接室に通され椅子に座らされてダヴィードと対話する形で業務内容を教えられる。その間、紅茶などはその女性が用意する。他の使用人の姿はない。
「普通お前が対応するのだろう」
ローレンはダヴィードに耳打ちする。
「まじでか、何も知らないと馬鹿にしてたら、ヴィオロン様みたいな事言うんだな」
もともと知っていた知識ではなく、先ほど西館でもう一人のアンダー・バトラーに教わったばかりの知識だ。
気まずそうに持っていた杖で頭をかくと、上目づかいで小さくつぶやいた。
「本来はそうだ。ただ、俺も含めこちら側のフットマンはあまり人前に出したくないんだよなぁ」
自分を含めと言ったその理由はなんとなくわかる。
ダヴィードは顔だけ見れば整ったどこに連れ歩いても問題ない召使であろう。大きな問題はその着崩した服装と言葉使いだ。他者に指導する立場の者がそれならば、フットマン達はもっとひどいに違いない。(これはローレンの勝手な推測でしかないが)
「それに、お客様も綺麗なお嬢様がお相手なら文句も無いだろ」
「はぁ」
まあ、昔ローレンの屋敷でも、ヴィオロンがいなければメイドのラリサが客間・応対をしていたのだから、間違った方法ではないのだろうと思う。
「人前に出して恥ずかしくないようにするのだったら‥‥」
ローレンが指さしたのは彼女の手。
「頑張っているのは分かるが、可哀そうだろう。ドレスグローブは支給しないのか?」
彼女の手は作業のせいか荒れ、所々裂傷が目立つ。ここでも女物の手袋が必要になるとは、とローレンは内心する。
「うわ‥‥フェミニスト」
ダヴィードは刻印が見えるように舌を出して嫌そうな顔をする。
「お前‥‥人前でそんな顔するなよ」
「ぼっちゃんの前だけだせ」
同じように刻印が見えるように舌を出して悪戯っぽく笑った。
嫌な顔も、笑顔も舌が出るのか、とローレンは表情を歪める。
「ただなぁ、こいつは女物の手袋は小さいんだよな」
周りにメイドがいなくて比較はしていないが、彼女は女性にしては背が高いように思われた。
「なら、男性用で良いだろう」
そう言いながら自分の手袋を外し渡す。
「ぼっちゃんが言うんだから構わないぜ」とダヴィードが言うと彼女は戸惑いながら、渡された手袋を片方はめた。
「僕のではサイズが合わないか、一回り小さいのを用意してやれ」
「はいはい」
ダヴィードは彼女から手袋を受け取るとローレンに返し、そのまま彼女に指示を出した。
メイドは頭をさげて奥の部屋へ下がり、変わりに制服を着た使用人が現れる。
東館のフットマンである。彼はローレンが考えていた様子と違い、きちんとした服装をしていた。礼をする仕草も扉を開けるタイミングも問題はないように見える。
「フットマンは人前に出したくないって言っていたが、何も問題ないように見えるが」
「作法は問題ないさ。言葉遣いも完璧だぜ」
得意げにダヴィードは言う。ならば何が人前に出したくない理由なのだろうと疑問に思った。
ガシャーンと陶器類の割れる音がし、男性の低い悲鳴が聞こえる。
聞こえたのは奥の部屋からだった。ダヴィードが顔を引きつらせて笑う。
「ちょっと待っててくれ、ぼっちゃん」
そして、ローレンに待つように依頼すると音のする部屋に走って行った。待てと言われて大人しく待っているローレンではない、そのまま彼に続こうとするとフットマンに止められた。
「なぜ通してもらえない?」
ローレンの言葉に彼は泣きそうな表情で「ここでお待ちください」と言うだけ。その表情にローレンは大人しく従う事にした。
西館のフットマンは初めて見るローレンに、高圧的な敵意が感じられた。知らない人間が偉そうに指示しているのは、今まで綺麗に守ってきたテリトリーに土足で入り込む様なもので、彼らにしたら何者だと警戒して当たり前なのだろう。だが、こちらはその様な意志は感じられず、逆になぜだか気の毒に感じられる態度をとられたため、ローレンは大人しくダヴィードを待つことにした。
「ありがとうございます」
元居た椅子に座ると、彼はお礼を言う。大人しく従ったことに対して礼を言われるのは何かおかしい。
「お前ら、何でもっと慎重に物を扱わないんだ」
「気をつけているのですが。なぜだか」
「なぜだかじゃないだろう。何で真っ先に謝罪がないんだ。結果が証拠だろ」
遠くでダヴィードが誰かを怒鳴りつけているのが聞こえる。聞き耳を立てているわけではないが、向こうの様子が想像できるぐらい良く声と音が聞こえるのは、フットマンが扉を閉め忘れたためだろう。
いや、わざと開けっ放しにしてローレンに状況を分かる様にしていたのかもしれない。
そのまま聞いていると、ガシャンとまた別の音がして「ほらダヴィード様だって人の言えないじゃないですか」と笑う声がする。
「暴力ばっかり振るうからバチが当たったんですよ」
「うるさい」
柔らかいものを鈍器で殴る音がし、低い男性の悲鳴が一瞬遅れて聞こえてきた。
「あちらに行かなくても、何となく解るが‥‥あれはいつもの話なのか」
ローレンと同室で待たされている使用人が首を振る。顔が青ざめている事から態度で否定していても、肯定ととらざるをえない。
まず、フットマンが何か屋敷の物を壊し、説教していたダヴィードが怒りに任せ体罰を行おうとしたら、自分が別の物を破損してフットマン達に笑われている。という様子が、先ほどのやり取りから想像される。おそらく、最後の鈍い音は誰かを殴り付けたのだろう。
「確かに、人前には出せないか」
そう言うと、青ざめたフットマンがいれた紅茶を飲んで、この状況が収まるのを待つことにした。
遠くでは、ダヴィードの声は勿論、他の男性の声も複数聞こえており、その会話内容から直ぐに終わりそうにない。
屋敷のものをアンダー・バトラー自体が壊したとなると責任は誰のものになるのだろうと考え、行き着く先は自分だとため息をついた。