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子連れステュワードの縁由  作者: ことわりめぐむ
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3 - 3

 体と心の力を奪っていく業務が一つ終わり、主人から解放されたローレンは執事室へ戻る。あれから服を着せて、部屋から出るという作業が主人の長話のせいで思うように進まない。

 ただ、主人を起こし、紅茶を入れ、洋服を着せかえる作業に何故こんなに時間がかかるのだろうとため息を吐いた。

「思ったより、お早めに終わられましたね」

 懐中時計を確認してヴィオロンが言うと、疲れ果てた表情でローレンは「小ぶりの炭が完全に灰になる時間が、『早め』なのか‥‥」と返した。

「昼過ぎまでヴラディーミル様のご予定はありませんから、ローレン様を解放されないかと思っていたのですよ」

 ヴィオロンはローレンからワゴンを回収すると、応接セットに座らせる。

 目の前に紅茶を出すと、回収したワゴンを押して部屋から出て行った。

 一人になったローレンは、紅茶の横に当然のように置かれた黒色のジャムを口に入れると手を止める。

「なんてジャムなんだ‥‥」

 黒に近い赤、赤ワインの原料になる葡萄に似た色だが、葡萄とは違う。果肉がないために何で作られているのかローレンは分からず、ただその甘い味に幸せを感じていた。


 しばし休息を取った後にローレンはヴィオロンに玄関ホールに連れて来られる。そこには二人の少年が居た。フロックコートにケインを持っている姿が使用人だという風には見えなかったが、壁に近い位置で並んで立ち、こちらに気がつくと緊張した面持ちで頭を下げる態度から、この屋敷の使用人であると気がついた。よく見れば『外し』た姿である。

 同じ背格好で面影が似た雰囲気の二人は兄弟なのだろうかと見たものを思わせる。主に違うものは髪色。

「これらが私の仕事を補助する。アンダー・バトラーです」

 ヴィオロンはそう言って二人の少年を紹介した。

 アンダー・バトラーってなんだ!!という表情でローレンはヴィオロン達を見てしまうが、口には出さない。今までの傾向から、この後詳しい説明が続くのは分かっていたからだ。

「応接室がメインの東館。客室がメインの西館。双方でフットマンの管理を任せています。さすがにこの屋敷すべてのフットマンの管理は一人ではできませんので」

「東館のアンダー・バトラーはダヴィード」

「よお、おぼっちゃま」

 ローレンから見て左側に立っていた少年はダヴィード。赤に近い猫っ毛の髪でジェントルマンスタイルを着崩して着用している。彼の『外し』なのだろう。着崩したシャツはだらし無いと評価する以前に、彼によく似合っていた。だらけた服装に合わせているのか、挨拶に礼儀は感じられない。

「西館のアンダー・バトラーはミハイール」

「はじめましてローレン様」

 対象にすべてをきちんと(普通に)整えられている反対側の少年はミハイール。白に近い金色の髪が美しい。にっこりほほ笑む姿は、女性ならば数秒で舞い上がらせる事ができそうだなとローレンは心の隅でその光景を想像した。

「管理というとバトラーの補佐か何か‥‥だから、アンダー・バトラーなのか」

 質問をしようとして自己解決してしまうと、そのしぐさを見てダヴィードが馬鹿にしたように笑った。

「ダヴィード、ローレン様になにか」

 ヴィオロンの冷たい声に彼の笑顔が凍りつく。誰もがわかる硬直したしぐさが、恐怖を感じていることが分かった。

「問題ないのでしたら、屋敷の案内をお願いしましょうか」

 ヴィオロンの視線から開放されたことで、ダヴィードは安堵し、失敗したとばかりに舌を出した。

「ダヴィード‥‥」

 ダヴィードが出している舌を見てローレンは言葉を漏らす。

「君はベリラント人なのか」

「はい。彼らは、ベリラントの血族です」

 ヴィオロンがそういうと、ミハイールも舌を出す。少年は二人とも舌に刻印を持っていた。

 今はポーランの領土となっている旧ベリラント国。戦争に負け、併合された小国だ。男子は純血を守り続け、他民族との子供をもうけることはしない。いつまでもベリラントの誇りを守ることで、精神的には併合をうけつけないと意思づけているのか。彼らは純血の証に、生まれた赤子の舌に焼印をつけていた。

 見た目も整った顔立ちが多く、貴族たちの間で噂になっていたことから、ローレンはベリラント人の風習を知っていたため彼らの舌の刻印が痛々しく見えた。

「ベリラントの純血は貴族出身ばかりだと思っていたが」

「王族の屋敷ですから、下級貴族でも使用人として働いてもおかしくないですよ」

 ローレンの言葉に、ミハイールが笑顔で答える。

「この屋敷では、使用人の身分は役職で決まります。彼らは貴族階級ですが、この屋敷では、私の下‥‥貴方の下の階級となります」

「だから、先ほどのような行為は大変失礼なのですよ」

 ダヴィードを一瞥し、ローレンに向き直ると笑顔を整えてミハイールは言った。

「いや、別に気にする事じゃないだろう。ただ、僕も人のことは言えないが、執事にするにはかなり若くないか二人とも」

「確かに、ローレン様がお見かけになった執事達は質の良い使用人でしたね。スキルが高いということはそれだけ長くお屋敷に務めているということです」

 由緒正しきお家柄であればあるほど、良い使用人を長く屋敷に置いてあるのだろう。不都合がなければずっと同じものが勤め、彼らが失脚すると次に長く勤めていた使用人が上へ上がるというシステムが多い。ローレンは貴族と仲良くしていたわけではないため知っている執事の数は少ない。王に呼ばれるなどしてどうしても出会わなければならない時に、ほんの数分顔を合わせていただけ。

「とすると殿下が変なのか」

「それは否定しませんが、若いということは、それだけ可能性が高いということです。さて、ミハイールお願いしますね」

 ヴィオロンに言われてミハイールは頭を下げた。

 一階に食堂を、二階に客室を並べていることから、西館は客室がメインとなる。廊下の装飾は落ち着いた感じで、所々花や景色の描かれた風景画が飾られており、絵が劣化しないように日差しをさえぎるレースもよく見ればシンプルなもので出来ていた。

「普段は二階でお客様のお相手をしていますから、どうしても自分の趣味に片寄るのですよ」

 そういいながら、ミハイールは前を歩く。

「フットマンにすべてを委ねている訳じゃないのだな」

「普通ご対応は上位使用人がします。ローレン様のお屋敷もヴィオロン様がされていませんでしたか?」

 疑問を唱えたローレンはそういわれて納得した。確かにどの屋敷でも大体執事が対応していた記憶があったからだ。

「主人の代わりですからね。細かい事はフットマンに任せていますが」

 同じ模様の扉を何枚か目にしたところでミハイールが足を止めた。

「お前たち、何をしているのですか」

 廊下の一番奥の扉の前で数名が扉を囲むように立っている。全員が制服を着ていることから使用人だということは想像はつくが固まって何をしているかまでは想像がつかない。

「ミハイール様」

 慌てた様子で一人の青年が声を発すると、集まっていたものが散る様に道を開く。

 扉の前で使用人が片手を庇うようにうずくまっていた。

「彼がどうか?」

 姿が見えたからと言って何が起こっているのか想像する時間が無駄だとミハイールは報告を求めた。

「ランプを引っかけてしまい‥‥」

 言われれば、辺りから油の匂いが微かにし、床もよく見れば彼を中心にして濡れていた。袖が焦げているのを発見したローレンは座り込んだ使用人と同じ目線まで膝を落とすと「火傷は?」と声をかけた。

「へ、あぁ。大丈夫です」

 ミハイールではなく突然知らない紳士に声をかけられ驚いた使用人は、焦げた袖を隠して、視線を反らした。

 ローレンは彼が隠している手を無造作に取ると濡れた手袋を引き抜いた。言葉通り、手は赤くなっているもの大事ではない。

 問題があるとすれば、濡れた手袋が簡単に引き抜けた事だろうか。

「これだけ小さい手だ。男性モノでは緩くて簡単に脱げてしまう。女性用のドレスグローブは用意できないか」

 軽い火傷をおった彼の背格好は回りの使用人達に比べ小さい。手袋も上着も体には合ってないのだろう。

「彼に女性用を着させると?」

 使用人の一人が、不満そうな声を上げた。

「作業は安全にこなしてこそだ。女性用と言っても、サイズが一回り小さいだけ、言わなければ女性用だって誰も気づかない。多少薄い分‥‥違和感はあるだろうが直ぐになれる。サイズが合っていないものを着用しているほうが見た目が悪い。上着や手袋、靴などは補正が効かないからな」

「確かにそれは一理ありますね。ジルに頼んで手袋を至急持ってきてください」

 ローレンの話を聞いていたミハイールは、近くの使用人に指示をする。不満そうな表情だった男は、一礼をし、走るようにその場を去った。

「彼には火傷の処置と、残りの物は現状復旧をお願いします」

 指示がされると、使用人達は壁や床にかかった油を拭き取る作業をはじめる。濡れてしまった絨毯は、その部分を囲み四角に切り取られると、同じような大きさの絨毯が持ってこられ空いたスペースにはめ込まれる。何事もなかったように場所は修復された。

「絨毯はすべてを交換にはならないんだな。なるほど」

 長い廊下に一連で敷かれている絨毯を丸々交換すると考えていたローレンは、経済的に安価で、時間もあまりかからない作業に感心していた。

「ポーランだから出来る手法ですよ。毛の短い絨毯なら、つぎはぎがみっともないですから」

 注意してみれば、毛色が違う場所が数箇所確認できる。同じ色の絨毯だからといってこの様に部分を切り取り差し替えていれば、外気にさらされている時間が違う為元々あった部分より差し替えた部分が鮮やかになるのは仕方ない。ただ、緩い日差しの中で目を凝らさなければ気が付かない程度、大勢に影響はないと感じられた。

「こんな作業は滅多に行いません。事故を発生させた彼は、使用人としてかなり問題な失敗をしていますが、解雇しないのですか?」

 管理者として質問されたローレンは表情も変えず、答える。

「今回は彼だけのせいじゃない。支給された制服がリスクの原因だろ」

 その答えにミハイールは微笑み「失礼ですが、面倒な考え方をされるのですね」と言った。

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