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子連れステュワードの縁由  作者: ことわりめぐむ
32/35

9 - 9

「朝食はご一緒できませんの?」

 いつもと同じになった二人の食卓でヴラディーミルにエリンはたずねる。

 彼女が夫に問いかけたのは、最近、二人の食卓にその存在を割りこませるかわいらしい妹君の事だ。

「食欲がないらしいです。それだけではなくて、トゥーラがまだ寝ているので、オーリガは側にいてやりたいみたいですよ」

「お側に居たいのは良く分かりますが、食欲がないのは心配ですのね」

「要らないことで心を乱して、申し訳ない」

「謝られても困りますのよ。私が勝手に心配しているだけですから」

 心配という言葉に、飲んでいたグラスを置いてヴラディーミルは頭を数度下げた。その姿に、口に入っていた朝食を落とさないように口元に手を当てて、エリンは慌てる。

 そのまま二人の会話は途切れてしまった。

 黙々と食事が続く。

「そういえばヴィオロン様。ローレン様はまだお隠れになられておられますの?」

 気まずい雰囲気に耐えかね、水を注ぎに来たヴィオロンにローレンの所在を尋ねた。

「いいえ」

 彼は笑顔を崩さず、エリンの想像とは真逆の回答をする。

 驚いた表情で夫人は「では、どちらに?」とつぶやくように漏らした。

「庭に居ると思いますが」

 回答はヴィオロンではなく、向かいの主人から聞かせられる。

「お庭ですか‥‥」

 ローレンの居場所など今すぐにはどうでもよかったのだが、これがきっかけで主人と会話が続けられると、幸せな表情を夫に見せた。

「最近は、ローレンばかりですね」

 だが夫は、少し不機嫌な目つきでそう一言漏らすと会話を閉ざしてしまう。

 これはやきもちなのかと、こっそりほほ笑むとエリンは同じように不機嫌さを面に出して「‥‥ディーマ様もローレン様ばかりですのよ。私妬いておりますのに」とそっぽを向いた。

「そう‥‥でしたか?」

「ご自覚ないのが一番憎らしいですのよ」

 顔の向きを戻し、上目使いで主人をにらめつける妻にヴラディーミルは笑いかける。

「私もそれほど思われたいですわ」

 その笑顔が話を反らすためと感じたエリンは顔を背けると、小さく呟いた。

「思っていますよ」

 妻の言葉にヴラディーミルは聞こえないように呟くと主菜を口にほおりこんだ。



 庭には二羽鳥がいる‥‥。

 その鳥を追いかけて庭師の犬が走っていくのをパーシャは楽しそうに見ていた。

 ローレンは、壊れた庭師の新しい小屋と庭をどこまで復興できるかを庭師と打ち合わせ中だ。

 予定の授業がないとパーシャはローレンについてきたわけだが、その間は犬の御守りをしている。番犬が幼女の御守りをしているのかは見る人間の選択だ。

 気がつけば鳥も犬もそこからいなくなって、パーシャは一人になっていた。

 一人になると、どうしても心配で、ある一角を見上げてしまう。

「何を見ていたの?」

 視線を屋敷の一角に固定していた娘を脅かさないように、優しい言葉を選んでローレンは声をかけた。

 パーシャと同じ高さで見ていた方向を確認すると、廊下を歩くミハイールが見える。回答を待つまでもなく結論を理解してしまった。

「ミハイール‥‥ではなくて、西館か」

 ミハイールは西館の責任者である。優しい彼女はきっとオーリガが居る部屋を見上げていたのだろう。自分は少々苦手だが、パーシャにとっては先生なのだ。

 その彼女が姿を見せないのは心配なことだろう。

「パパ。お元気ないのね」

「そうかな」

「先生よりも悲しそうなの」

 オーリガ先生より、悲しそう?

 疑問が頭を駆け巡る。

 彼女はアルトゥールの側で意識のない彼を支えているとの話だ。悲しみと心配で胸が張り裂けそうに違いない。

 自分では落ち込んでいるつもりは無いが、そんな彼女より悲しそうに見えるとは、どんな表情をしていたのかと顔を隠す。

「悲しい事なんて、特に無いのに、パーシャには悲しそうに見えるんだ」

「今にも泣いてしまいそうなの。泣かないでパパ」

 ローレンの足元を抱き締めてパーシャは言った。

 泣かないでという言葉がすごく愛しくて、優しい娘の頭をゆっくり撫でる。

「パーシャの言葉に泣きそうだよ」

 悲しくて、ではない。逆の感情が涙腺を刺激する。

 正直な気持ちを伝えると、パーシャは素直に驚き慌てはじめた。

「パパを泣かしてるのは、僕なの?」

「そんな‥‥」ことはない。と言葉を訂正しようと思って、心が逆の気分を湧かせた。ここで意地悪をしたら彼女はどんな顔をするのだろう。

「そうだね。パーシャが側に居てくれると嬉しくて涙が止まらない」

 ただ、慣れぬ行為に完全に鬼に成れない父親は複雑な言葉を返した。

「‥‥嬉しくて。悲しい顔?」

 当然娘に意図は伝わらず、違う意味で彼女に意地悪をした。

「僕はちゃんとできているかな‥‥」

 そんな彼女の父親。今の業務。変わりに生を満喫すること。ローレンはちゃんとしたい事柄が沢山だ。でもすべて満足にこなしているとは言えない。

 パーシャから笑顔が消えた時、ふと、いつもそう思う。

「にっこり出来れば満点なの」

 父の不安な言葉を聞き洩らさずに、パーシャは両方の人差指で頬をあげ笑顔を強調した。


「あら。また見ておられるのですね」

 父と子の笑談する姿を隠れる様に見つめる男に、エリンは後ろから声をかけた。

「何を‥‥でしょうか?」

 フードを深く被っているため表情はわからないが、一瞬乱れた言葉が、彼が焦っている事を窺わせた。

「かわいい天使様か私の大切な盾のどちらかですわ」

 天使はパーシャをさし、盾はローレンをさす。余り見せない暗い表情でエリンは呟くと、直ぐ様いつもの笑顔に戻る。

「どちらかと言えば、今は天使様ですよ。昨日のご依頼の結果報告を致しませんと」

 昨日、天使をこの占い師の部屋に連れて行き、彼女の願い『オーリガ先生を元気にするにはどうすればいい』を相談したのは事実だ。だが、その場でどうするといった具体例は相手からは出てこなかったため、そのまま帰ったのだが。男は依頼を受け、結果があるという。

「あら? おかわり無いのでは」

 今朝、ヴラディーミルに話を聞いたが、彼女は朝食も食べられないほど臥せったまま‥‥何を報告するのだと言うのだ。

 隠れていた言い訳をするなら、もっとうまく情報を使うべきだとエリンは思う。

「ご依頼通り、元気にはなられましたよ。まだお休みのようですが、睡眠は直ぐに覚めますでしょう」

「そうでしたの‥‥」

 相手はエリンの情報にない近況を伝える。それが嘘か真実かを判断する事はできないため、大人しく相槌をうつ。

 結果は後で分かる事だ。男の言う言葉が正しく、オーリガが眠っているのであれば邪魔をする必要はない。

「夫人には、お願いがあります。今回は特別な方法を使用しましたから、一日占いを無しにしていただけませんか?」

「それは、困りますのよ。他の事なら何でも致しますわ」

「なんでも?」

 思ってもいなかった対価を不利益になると決めつけ、拒絶した変わりの先の言葉。

「出来る限りの努力は致しますわ」

 真っ向拒否であれば、彼は対価を得られない。だが、『なんでも』という自分で吐き出した言葉に『可能な範囲で』と条件をつける。

 占い師の助言は信頼しているが、むしろ信頼しているからこそ、なんでも叶えさせてしまうのは危険だと判断した。

「‥‥では、主人にお目通りをお願いできますか?」

「ディーマ様に?」ヴラディーミルに会わせろなどと言われるとは思わなかったエリンは、目を見開いて驚いた。すぐ、疑いの目付きに変わる。対価として王子に会わせろだなんて、ワザワザ言うのだから、何か特別な理由があるのだろう。それは良い予定にはまず思えない。

「ご用事はお伺いしても?」

「お会いしてからお話しますよ。ご心配なら、同席者をつけても構いません。ただ、あなた様の盾だけは御避けいただければ」

 もし、占い師がヴラディーミルの命を狙っていたとしたら、同席者を許すとは思えない。

 もし、占い師がそうだとしてもローレンなど恐らく全く役に立たないことはエリンでも理解している。護衛ならローレン以外の誰かをつければ良いことだ。ただ、何故ローレンを外すのか疑問には思う。

「私も同席させていただきますわ」

「ありがとうございます」

 出来る限りのなんでもの約束を交わすと、二人は妥協した満足を手にした。




 ★




 昼食も済み、オーリガが現れなかった事で占い師の言葉を疑い始めた午後。エリンはヴェーラを伴に西館へ歩いていた。

 オーリガに関しては、慌ててついた嘘ではないかと予測していたが、彼の言葉どおり昼食は姿を見せて欲しかった。沈むような表情のヴラディーミルに弾む会話もなく、重苦しい食事となってしまう。ほんの少し前は二人きりの食事が幸せすぎて、どれ程楽しみにしていた事だろう。失態など無いように細心の注意を払っていた。

 自分にとってはただのお客様。しかし、夫にとっては大事な妹と弟なのだ。二人も調子が悪い状況であると意識の方向がそちらに向くのも当たり前の話である。

「あの黒い男はどこ?」

 廊下に響く知った声。その声にエリンは安堵した。

「お客様の外出先など存じませんよ。それに知っていたとしても、申し訳ありませんがお伝えできかねます」

「使用人風情が、何の権限があって」

「僕は、ヴラディーミル様に此方の管理を任されています。管理はお客様も含め。許可がない情報の漏洩など許されません。必要でしたらヴラディーミル様に許可を取って下さい」

「姉さま。見てよ。また王女様が騒いでいるわ」

 ヴェーラが冷めた視線で指摘した先には、オーリガがミハイールに吠えている姿だ。

「あら。本当に元気に」

「元気‥‥ね」

 ヴェーラはミハイールに詰問するオーリガを一瞥すると、異物のように視界から追い出した。

「オーリガ様。お元気になられましたのね」

 ミハイールに論破されているオーリガの後ろから中断させるようにエリンは声をかける。

「‥‥」

 無言のままオーリガは振り返ると、エリンは満面の笑みで続けた。

「お食事も喉を通らないなんて、ご心配しておりましたのよ」

「大変失礼しました。無事に貴女の前に戻っておりますのよ。心配してもらう必要はございませんわ」

「なんて、嫌味な‥‥」向けられた言葉に悪意を感じ取ると、正直にヴェーラは嫌悪を返してしまう。そんな侍女を笑顔で窘めると気にしないそぶりで言葉を続けた。

「ヴェーラ、お黙りなさい。そういえばミハイールに誰かを探しているとお話でしたが」

「関係ありませんわ。聞き耳など無作法な方になど」

「黒い男なら、私の客人におります故、お役にたてるかと‥‥」

「なんなのよ」

「どうされましたの?」

「なんなのだ。と聞いたのですわ」

 嫌味をぶつけても動じない余裕の笑顔、どこまで本気か分からない言動。拒絶しても受け止めない姿勢。エリンの全ての行動がオーリガは鼻についた。

 色んな事でイライラしているのだが、この女が一番の原因だ。

 遠まわしに言葉遊びで嫌味を投げつけていたが、会話を続けるのも精神が饐える。

「何なのと申されても。オーリガ様がお困りの様ですし」

「私は、貴方が憎いのですのよ。大切なお兄様。誰のものにもならなければ、憧れの私たちのお兄様でいられたのに、貴方と言う女と毎夜伴にしているだなんて、想像するだけで悔しいのです」

 饐えきって使い物にならなくなる前に、溜め込んだ想いをそのまま相手にぶつけた。

 こんな話、当のヴラディーミルの耳に入ったら、きっとこの場にいられないであろう。そのような内容だというのに一番近いエリンに吐きつけてしまうのは、もうすでに精神は異常をきたしているのかもしれない。

「そんな理由だったら私を憎むのはおかしいですわ」

 一瞬。エリンは息を吸い込むような時間、目を見開いたが、すぐに笑顔に戻りそう言った。

「そんな理由ってバカになさるのね」

「いえいえ。ここだけのお話。私は未だに生娘なのですわ。ディーマ様がお優しいので」

「はぁ?」

 思っても見ない答えがエリンから返ってくると、開いた口の隙間から呆れた声が飛び出てくる。

「ですので、下品な言葉で言いますと、ディーマ様と夜の営みはまだありませんの」

「そーなの。姉さま」

 これはオーリガだけでなくヴェーラも驚き声に出してしまう。

「えぇ。最近では、メイドさん達のローレン様はディーマ様の恋人説が真実味を帯びて来ましたわよ」

「お兄様があの男と」怒りの形相のオーリガはそのまま明後日の方向に駆け出していた。これでは美人が台無しである。

「あら? お話のお伝え方を間違えたかしら」冗談のように笑う姉にヴェーラは「姉さま」と注意した。

 婚姻関係を結んでから何年たっていると思うのだろう、365日一緒に寝ているわけではないが、ヴラディーミルが屋敷内にいるときは、各個人の部屋に通じる寝室で一緒に寝ているはずだ。

 オーリガの怒りの矛先をローレンに向けるため嘘をついたとしか思えない。嘘でなければ相手の生殖機能に異変があるのか疑わしくなる。

「私が生娘なのは嘘ではないですわよ。恋人関係は分からないですけど、ローレン様とならディーマ様の一方通行ですわ。だって、占い師様がそういうのですもの」

「また、占い師様?」

「黒の魔法使い様とお呼びするのが正解かもしれないですわ」

「はあ?」

 にっこり笑う姉にヴェーラは呆れた声をだす。

「あれは魔法なのですよ」

 彼が何かをすると、誰かが元気になる。萎れて悲しみの淵に居たオーリガを嫌味な才女に戻してくれた。それは、誰にでもできることではない。医者が使えない魔法だ。

 意味深にエリンは妹に笑いかける。


 元気になったお陰で困るのはローレンなのだが‥‥。



 ★



 フードをとると黒髪が目につく。その瞳は髪に劣らず深い黒。

 その姿にヴラディーミルは記憶を探した。

「お前は、以前どこかであった事はないか」

 エリンが連れて来た黒い髪、黒い瞳の男に街で声をかけてきた男を思い出す。

 ただ、あの時の身なりとは大分違い。年齢も若く見える。

「生憎記憶はございませんが、どこかで‥‥お会いしたかもしれませんね。色んな街を逃げるように旅をしていましたから」

 年齢が合わないのだから別人であろうと早々にその話題は切り上げる。

「で、貴方が熱を上げておられる占い師様は私に何の用でしょう」

 ただし、質問は男でなく、エリンに向けて。

 盛大な嫌味である。

「熱など上げておりませんわ」

 意図に気づいたエリンは怒った口調で夫の言葉を訂正する。

 その姿を忌々しいと表情を歪めるが、二人に気づかれては意味が無い。すぐさまにっこり笑うと男は、二人の間に入るように立ち、夫人を抑えるように手をだす。

「厭わしいと思わせてしまったのなら申し訳ありません」

 主人の機嫌を正すため頭を下げた。

「厭わしいだなど思ってない。妻に助言を与えてくださっている方に失礼な」

「ご用件をお伝えください。ディーマ様の貴重なお時間ですのよ」

 いらぬ話をされると、本題にたどり着くまでにイロイロと都合が悪いと感じたエリンは、占い師に用件を指示する。

 彼女とて、何をヴラディーミルに伝えたいのか聞いていないのだ。 

「異国の文化に寛大だとお伺い致しましたので、我が村で行われている聖霊を呼び出す儀式をお教えできればと」

「精霊?」

 意味の違う同じ音の言葉をヴラディーミルは口にした。どちらとも尊い存在。人間では手を伸ばしても触れることのできない存在を呼び出すと言われて疑問が浮かぶ。

「神に違い存在を呼び出す事で魂を清めるのです」

 男は笑顔を崩さない。

 その瞳は黒の奥底にほんのり緑色を帯びていた。





「ほんとに‥‥異国の文化がお好きな」

 ヴィオロンが言葉に詰まりながらため息をつく。

 フードを深くかぶる前に眉間にはちきれそうなぐらい太い血管が浮き出ていた。口にはしないが、体はこの行為に怒りを隠せないでいるのだろう。

「本当に異国の文化‥‥なのか」

 頭の上からローブに身を包み皆蝋燭を持ち順に並ぶ、屋敷の主がやるのだというのだから使用人風情では反抗できないのだろう、蝋燭が照らし出す表情には皆不安がにじみ出ていた。

 部屋の上手には恐らくヴラディーミルがおり。一人こちらを向いて何かを叫んでいる。

「パパ。何か儀式みたいだね」

 不気味な空間でパーシャの無邪気な笑顔がとても儚げにうつり、ローレンは胸の奥に違和感が漂う。それは漠然としたもので不安‥‥というより恐怖に近い気がした。ただ、娘にそれを知らせる父親ではない。

「確かに儀式だな」

 できるだけ最後尾に並び、深くフードをかぶるとパーシャと手をつなぐ。

 フードを被ってしまうと、誰が誰だか分からなくなる。パーシャは大きさで子供と分かるが、彼女からローレンは誰なのか区別がつかない。

 手は絶対離してはいけない。

 なぜ最後尾なのかというと、簡単な話だ、手前にいれば自然と部屋の奥に入ることになる。

 ヴィオロンの態度からして、この儀式じみた文化はきっとよくないものなのだろう。ただの彼の偏見だとしても、この不安と重なるのであれば、『ただの偏見』として気にしないままでいるのはおかしい。

 ヴラディーミルを止める事ができないのであれば、自分と娘だけでも逃げ出せる状況を作っておくべきだ。

「みな、蝋燭を消すのだ」

 大体の使用人が部屋に入ったと思われるタイミングで主は指示をした。

 声が聞こえた順に明かりを消していく。

 前方から順に闇が後方に迫ってくる。ローレン達に向かって闇が攻めてくるように見えた。

「パパ明かりを消すのよ」

 なんとなく消したくないと持っていた蝋燭を娘は気にせず吹き消した。

 自分達を通り過ぎ後方へ闇が進んでいく。

「バカ正直に従わなくても良いのに」

 パーシャの目線までしゃがみこむと、ローレンは娘にこっそりそう言うと「駄目なの」と甘い声がする。

 その声になんとなく愛しさがこみ上げてフードを取りたくなってしまう。

 フードに手をかけるとパーシャは抵抗するように手を重ねた。

「呼び出されたモノに‥‥正しく従え」

 どこかで聞いたような言葉をヴラディーミルが発すると、ローレンの目に見たことのある鈍い光が入る。

 それは目に映る冷気のようにじわじわと空気を歩きながら、異質が侵食するようにゆっくり広がる。

「リブジスティス‥‥」

 その光は、この世にはない白に近い緑色。彼と昔の知り合いを繋ぐ光。

 そんな光が、ローレンを押さえているパーシャの指からにじみ出ていた。

「パーシャ?」

 重ねられた手のまま、こっそりフードを少し持ち上げると、うっすら見える首筋と下顎。そこからもその光はにじみ出ている。

 その光を誰かに見られるわけに行かないと、低い体制のままパーシャを抱え上げ部屋から外へでる。

 不安は現実に。

 それだから何かといわれても、即不安の原因になりうるわけでない。

 だか、娘が謎めいた光に包まれているだけで怪奇だ。

 パーシャは怪奇であってはならない。

「どうしたのパパ」

 廊下に出ると宙ぶらりんにされたパーシャがもがき、ローレンの腕から逃れようとした。手を離すとフードがずれて髪が外に落ちる。

「フードを外したらだめだ」

 ずれ落ちそうになるフードを直そうと手を伸ばすが遅く、パーシャは不機嫌な表情を露にした。

 その顔も、首も、指も光ってはいない。

 幻覚だったかと止めようとした手を止めた。

「なんで‥‥だめなの?」

「だめ‥‥じゃないか‥‥」

 いつもと同じ娘がそこで頬を膨らませていた。

 彼女は光ってはいない。怪奇ではない。

「天使が攫いに来るから、隠れてなきゃ」

 過去の出来事を意味深に語ってフードをかぶせる。

 今ここに天使がやってくるだなんて思ってはいない、脅威は彼らと共にアレキサンドリアの瓦礫の下だ。

「パパが助けてくれるの? 逃げるの?」

 天使などという架空の言葉を出したため、パーシャはローレンが適当な御伽話をしているのだと誤解した。

 両手でフードを押えて、廊下を先に走り出す。

 あの部屋に戻るつもりは無かった。だから逃げ出す彼女の後を追いかけていく。

「パパ。うまく逃げられたら、もらった絵本よんであげるの」

 そう言ってパーシャは執事室に向かって行った。





 物語は、面白ければ面白いほど残酷な落ちがある。人気のある本は特にその傾向が高い。

 読んでいる人間の精神がおかしいのか、それを嫌がる自分がおかしいのかは分からないが、悲恋など悲しい話はローレンは好きではない。

 だが絵本はほとんどが落ちつくのは幸せな未来だ。

 きっと子供向きということもあるのだろうけど。



 パーシャの可愛らしい声で読み上げる絵本は、聞いているだけで、きっと幸せな未来を予感させるだろう。






 読んでくださりありがとうございます♪


 とりあえず、『パパ in the kitchen』回はココで一区切りです。


 ジェド・マロースって知ってますか? って話を書きたかったのですが。

 そんなおじサマ最後の方では跡形もなく消え去ってしまいました‥‥。

 

 

 

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