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子連れステュワードの縁由  作者: ことわりめぐむ
29/35

9 - 6

 屋敷中に轟音が響き渡る。驚いてパーシャは耳を塞ぐが、そのすぐあとに大きな揺れがあり回りの物が崩れてきた。キラがパーシャのために昨日の夜中から仕込んでいた豪華な料理も配膳台の下に落ちてゆく。

「何か爆発したのか?」

 オーリガが側に要ることなど気にせずに、ローレンは真っ先にパーシャの手を引き勝手口から外に出た。

 揺れから身を守るのは外部に出るのが手っ取り早い。

 本来ならば、目の前のヴラディーミルを優先させるべきなのだろうが、ローレンには娘しか目に入らなかった。

 ローレンに守ってもらわずともたくましい屋敷の主は、出口から一番遠い位置にいる妹を抱き寄せ、キラとルーダを優先させて外に出す。

 ローレンは真っ先に娘を庇いながら屋敷の外に出ると、なんと飛行機が庭に墜落しているのを目の当たりにした。

 犬が怯えて吠えている。

「ひどいの‥‥」

 パーシャが表情を曇らせて言うように、綺麗だった庭は崩されていた。

 綺麗な庭は大きな物質が落ちてきた時に地面ごと削り取られ、緑と茶色の土が壁のように盛り上がり、植え付けられた木は根ごと倒されていた。

 こちらからは見えないが、飛行機が削った辺りには庭師の小屋があったはず。いつも一緒にいる犬が吠えているのならば、庭師は恐らく無事なのだろうが‥‥。

 だとすると、確認すべきは飛行機だ。

「なんだ、こりゃ」

 真っ先に目撃していたローレンに追いついたキラも現場を見て驚きの声を上げる。

 ルーダは残念な事に、彼女に放置されたらしい、離れた位置でしゃがみこんでいた。

「キラ。パーシャを頼む。揺れの原因があれなら、屋敷内の方が安全だ」

 パーシャをキラに押し付けると、もとに戻るように指示をする。

「命令するなって。執事様はどうするんだよ」

「パイロットと庭師を見てくる」

 メインはパイロットだが、庭師も元気な姿を目視したわけではない。

 もし大怪我をして動けない状態で倒れていたりした場合、発見が早ければ早いほどいい。

「は?」

「ここからじゃ確認出来ないだろ」

 当たり前の言葉をコックに言い放つとローレンは目的物に向かって走り出した。

「何言ってるんだ。あれなんだったら一番危ないじゃねえか!!」

 後半部分は遠く離れた背中に怒鳴りつけるように叫ぶ。その裾をパーシャが複雑な表情で引いた。

「危ないの?」

「ん。まあな。心配だが、俺はあんなに早く走れねえ。何も起こらないように神様に願うしかないな」

 気がつけばとても小さくなっているローレンの背にキラはつぶやく。

 全力で追いついて殴り飛ばしてやろうかと思っていたが、思っていたよりも早いローレンの足に諦め、パーシャの安全を確保する事を第一に考えた。


「王子様!」

「パーシャ。無事でしたか。」

 足の遅いオーリガを庇いながら歩いてくるヴラディーミルに悲壮な声でパーシャは呼びかける。

「パパが、独りで危ないの」

 優しい笑顔に愛想など気にせず、パーシャはヴラディーミルに今先の状況を話す。

 言葉足らずなので結論しか伝えられていないが、今にも泣きそうな声にその表情で十分だった。

「キラ、ローレンは?」

 少し苛立ちを隠せない声でキラにローレンの行き先を訪ねる。

 後ろにオーリガが居るのも気にせず彼の名前を出す。

 どこで。ひとりが。どう。危ないのか。それを確かめなければよい対処できない。

「揺れの原因があの飛行機だと。執事様は庭師とパイロットの確認に」

「あの、バカが」

 現状を理解すると、周りに不快なのが分かってしまう音で舌打ちするとローレンの後を追った。

「お兄様?」

 オーリガの疑問の呟きは兄の耳には届かない。



「ローレン様」

「無事だったか‥‥」

 吠え続ける犬を抱き抱えるように座り込んでいた庭師を発見して安堵する。

 声はか細くなっていたが、それは不安から来るものであり身体に問題があるようには一見して見えない。

「こいつが走り出したんで、助かりました」

 小屋の姿は飛行機の体で見えない。大破しているか、ギリギリの辺りで無事なのかは分からないが、とりあえず昼間はそこに常駐している庭師と番犬さえ無事なら問題は極少だ。

「他に小屋にはだれもいないな。出来るだけ屋敷内へ離れていたほうがいい」

 庭師は頷き。犬を抱き上げ屋敷の方へ走り出す。

 次は飛行機だと、そちらを向く。

「ローレン!」と逆方向からヴラディーミルの怒鳴り声が響く。だが、今はそんな屋敷の主にかまっている暇は全くない。

「殿下。危ないですよ、屋敷へ帰ってください」

 一言声をかけると、逃げるように走り出した。

「あいつ‥‥、足はあんなに速かったのだな」

 一旦足を止めてしまうと、先に行くローレンの姿は驚くほど小さくなる。見つめる王子は彼の足の速さを実感するしかない。

 血の味がする唾液を飲み込むと、小さな逃亡者を再度追いかける。


 機体の下からは操縦席は見えない。

 遠目に見た感じであれば、主翼のあたりにある操縦席は空っぽに見えたが、気を失って項垂れていれば空席に見えてしまう可能性がある。

 幸い、このタイプの飛行機は、父親に見せつけられていたので乗り込んだ事があり、ステップを探すことなく尾部から機体上部へ登った。戦闘機でなく遊覧用のこれは、主翼がとても薄く安い材質でできている。近いからと主翼に足をかけた瞬間、翼が破壊され食い込んだ足が抜けなくなる。

 有事でなければ、突き抜けてしまった足に時間をかけて抜けばいいが、今は刻一刻を争う。そんなくだらない事で時間は無駄にはできない。

 機体上部を伝い操縦席までたどり着くと、ヴラディーミルが追いついてきた。

「パイロットは‥‥」

 彼はローレンが行おうとしていることを悟り、疑問をぶつける。

「未だ乗っています」

 ぐったりしたままのパイロットに声をかけるが返事は無い。操縦席に滑り込み引っ張り出すと、そこから地面に飛び降りた。

 男性の重量が加算し、足に衝撃を与えたが、痛みが治まるのを待ち、止まっている暇はない。

「とりあえず、離れましょう」

 ヴラディーミルに肩を借り、パイロットを宙に浮かした状態で二人はできるだけ飛行機から離れた。

 どんな墜落の仕方をして、どの箇所を破損しているのかなんて見ただけでは分からない。

 パイロットが意識を喪失している以上、衝撃は必ずあったはずだ。

 下手すれば爆発なんて恐れもある。

 いや、下手すればではなく爆発の可能性が高い。だから、パーシャを屋敷内へとキラに指示をした。

 自分達も屋敷内に入ると、パイロットは主に任せ飛行機の様子を窓から窺う。

 今見える状況では、煙も出ていないし、焦げ臭い臭いも大気に混じってはいない‥‥、燃料が漏れる異臭も感じない。

 まずは、安心だとヴラディーミルの元に向き直る。

「トゥーラ‥‥」

 パイロットのゴーグルを剥ぐと、見知った顔が気を失っていたためヴラディーミルが驚きの言葉を漏らした。

「お知り合い‥‥ですか?」

 主は知っている顔も、自分自身は記憶に無い。考えてみたがたどり着かない答えにあえて問いかけた。

「お前は会ったことはないのか‥‥」

 ウラディーミルがローレンの問いに答えようと口を開くと、ローレンの後方よりオーリガが近づいてくるのが目に入る。

「お前は、セーヴァの息子!!!」

 セーヴァの息子。

 背中から浴びせられる、彼女の怒りに満ちた声にローレンの鼓動が動きを止めたかのように音が無くなる。

 目は大きく見開かれたまま固まっていた。

「あれの双子の片割れだ‥‥」

 ウラディーミルは予測していた通りの反応に、苦笑いでそう言った。




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