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子連れステュワードの縁由  作者: ことわりめぐむ
28/35

9 - 5

 パパがシンデレラ状態になり二日目。

 楽しい朝食中に、ヴラディーミルがキッチンに押し掛けてきた。

「キラ。また侵入者だぞ」

 与えられた食事から目を離さないで管理者に指示をする。

「王子様はしんにゅうしゃなの?」

 タイミングよく、ミルクを飲み干したパーシャが、父の言葉を疑問に思う。

「キッチンはヴラディーミル様は立ち入り禁止なんだ」

 可愛い娘の問いに、悪びれない笑顔でそう言うと、パーシャの口元に付いたミルクを拭き取った。

「自分の屋敷で侵入者とは心外だな」

「ヴラディーミル様も珍しいな、キッチンに顔出すなんて」

「ごきげんよう。キラ。忙しい貴方の手を煩わせないように遠慮していたのですよ」

「じゃあ今日も遠慮してくれ、見ての通りパーシャと俺が食事中だ」

「これは手厳しい、お食事中に失礼なのは理解しているのですが、どうしてもローレンに会いたくて」

 ヴラディーミルが何気なく吐いた言葉にルーダが目を輝かせた。

「はぁぁぁぁぁぁ! ローレン様に会えないのがお寂しくて」

 そのまま彼女は妄想世界に突入する。半径15cmは彼女のテリトリー。誰も触れたくない小花がキラキラと咲き乱れていた。

 ルーダの病気にローレンは嫌そうに表情を歪めるが、ヴラディーミルは気にせずキラに話を続けた。

 昨日の食事は素晴らしかっただの、今日の朝食は最高だっただのと腕前を褒め上げる。当然具体例を出して褒める事は忘れない。だが、それは今回ばかりは間違っていた。

「ヴラディーミル様。あんた今日は朝食食ってないだろう」

 横で聞いていたローレンだが、朝食メニューは配膳している傍で見ていたためキラの言葉に首をひねる。ヴラディーミルが言った朝食の内容は間違っていないハズだ。

「味の表現が違う。俺は今日はバジルなんて使ってねぇ。ほうれん草のソースとバジルソースの区別がつかないバカはいないだろ?」

 キラが指摘したのはココット。

 確かに緑色の液体がゼラチンの上にかかっていたが、そんなところにほうれん草を混ぜ込んでいるなど臭いでもよく分からない。食べて初めて分かる味だ。

 因みに、ここにもココットは用意されているが、パーシャのため、生クリームソースと色味付けのためにハーブが乗せられている全くの別味だ。

 しかし、なぜ屋敷の主は朝食もとらず、こんな場所に顔を出しているのだろうか‥‥という疑問を抱き直ぐに追い出せば良かったのだが「王子様もまだなら、ここで一緒にいかがなの」とパーシャが言いだしたためヴラディーミルの席が用意される。

 二日ぶりだがローレンの仕事ぶりは体に染み付いているらしく、そこで食事をとるとなると給仕をはじめた。

 ヴラディーミルは一人で食事をする事ができないわけではないのだが、一日三回はしていた作業を体が覚えてしまっているのだろう。

 目にゴミが入れば涙が出るように、空腹で食事を見ると唾液が出るように、頭ではなく体が条件反射するのだ。主人が席についたら飲料や食事の準備と。


 そんな平和(?)な朝食の時間は、一声で崩壊した。


「ここが、キッチンですの?」

 オーリガの声に、ローレンは元よりヴラディーミルも勝手口に一番近い死角に隠れる。

 ローレン一人だと十分隠れるスペースはあるのだが、男二人では狭すぎる。はみ出た肩を隠すため、汚れるのも気にせず床に座り込んだ。こうすれば配膳台が遮り入り口からこちらは見えない。勿論、こちらからも入り口付近の状況は全く分からないのだが。

「なんで殿下まで隠れるんですか」

 青い顔をして座り込む屋敷の主にだけ聞こえる声で質問すると「見つかりたくない」と一言。

 その様子から、オーリガと何かがあってここに逃げ込んできたと予想した。

「殿下が側に居ないから、こんなところまで押し掛けてきたんですよ」

 ヴラディーミルを見つければすぐに帰るだろうと踏んだローレンは見える位置に屋敷の主を押し出そうとする。

「堅いこというな」

 簡単に押し出されるヴラディーミルではない。ローレンの両肩を掴み抵抗する。

「殿下が、オーリガ様に見つからないようにしろって言われたのですが、自ら邪魔をしなくても」

「それはそれ、今は今」

 小声で争う二人には気づかずオーリガはキッチンの入り口から内部に入り込んだ。

「ごめんなさいパーシャ。未だお父様とお食事中でしたのね。こんな汚いところで‥‥」

 配膳台に並べられた食事の前に座るパーシャと目が合い、オーリガは声をかける。最後は聞き取れないぐらい小さな声でつぶやいたのだが、狭いキッチン、音であたりの状況を窺っている二人は元より、キラやルーダにもちゃんと聞こえた事だろう。

「はい、まだお食事中なの。先生」

 隣にローレンは座っては居ないが、左を向いて見下ろせば隠れているローレンと目が合う。こちらを向かないでくれとジェスチャーでヴラディーミルがパーシャに指示をすると、彼女はオーリガの方を向いて、パパとお食事中は間違っていないので素直に微笑み返した。

「貴方がパーシャのお父様?」

 オーリガの言葉に、心臓が弾けそうな位脈立つ。隣のヴラディーミルも同じようで、顔に汗を滲ませていた。

 何も悪い事をしていないのだが、何故だか見つかる事を体は怯えているらしい。

「娘を独占なさるのは権利だと思いますけど、お食事は私どもと一緒にさせていただけないかしら?」

 続くオーリガの言葉は隠れているローレンではなく。パーシャの隣で座るキラに向けられていた。

「多分、キラ様をお父様と勘違いされていますわよ‥‥」

 気づかぬキラにルーダがこっそり耳打ちをすると、キラは一度ローレン達を見て、それからオーリガに視線をうつすと、突然笑い出した。

「そう。権利だ。食事ぐらいしか一緒にできない俺から、パーシャを奪うな」

 その言葉は本心か‥‥。睨むように笑う彼女の瞳からは怒気が漂う。

 この国に、男の屋敷付コックは居ない。居たとしてもほんの少数で、めったにお目にかかることは無い。そんな知識が無いのかと大声で怒鳴りつけてやりたいと思ったが、事情を知っているキラはそんな大人気ないことはしない。その言葉を吐いた時点でローレンの存在は彼女に気づかれ、この時間を壊されてしまう。

 性別を間違えられたのは今日だけでない。だから、今だけは愛しいパーシャの父でいよう。

「用はそれだけか?じゃあ帰ってくれ。キッチンは俺が許可した人間以外は入っちゃいけないんだよ」

 誰にも変らず威圧的なキラの言葉にオーリガの機嫌を損ねないかルーダはハラハラと交互に視線を送る。

「でしたら、一日一度でいいですからご一緒させてください」

 怒り出すかと思った彼女は丁寧にキラにお願いをし始めた。

「先生‥‥」

 パーシャはローレンにどうしようと視線を投げかける。ローレンは言葉を声にせず娘に微笑みかけると「いいよ」と口を動かした。

「お勉強とお勉強の間のお昼ならご一緒いいよね?」

 その質問はキラに、パーシャにそういわれれば彼女も首を縦にふるしかない。



 ★



 空を見上げてみる。

 建物の影から見える空は、こんなに虚無だ。

 青い空に灰色の雲。見えない太陽が当たる側の雲は少し白くなり、ほんのり幻想的なのに何も感じない。


 前は、こんな空を見たら綺麗だよって笑って教えてくれたのに、今は違う。

 そんな彼女は側には居ない。

 同じ時間に発生した自分の片割れを、姉なのか妹なのか分からないけど、彼は「姉さん」と呼ぶ。


 姉は先に目覚めて、自分の事などすっかり忘れてしまっていた。でなければ、あんなに感情の無い目で見たりしない。

 自分を目の前にして、他の男に助けを求めたりしない。


 自分を拒絶したりしない。


 忌まわしい最近の記憶が、憎しみに体を震わせる。


 記憶を失っているのであれば、思い出すきっかけを与えればいい。

 それでも、何かが邪魔をしているのなら、排除する。なお、思い出せないのなら、新しく植え付けるしかない。

 最後の選択。それだけは避けたかった、自分達の過去は二人で持っているからこそ大切な物で、相手が空っぽなのに自分一人だけが大切に抱いているなんて、虚しすぎる。

 最終的にはそうするしか無いが、今はどうやって隠れている思い出を引き出すのか探るしかない。


 自分の大切なキョウダイ。

 自分の大切な分身。

 自分の大切な自分。


「占い師様ー!!」

 夫人が自分を探す声がする。彼女から離れてそんなに時間はたっていないハズだ。四六時中側にいなければいけないのか、面倒な女だと、舌打ちをする。

 だが、姉を手に入れるためには彼女の協力は不可欠だ。

 憎々しげに青い空を見上げると、空に浮かぶ小さい点を見つけた。

 それを睨み付けると、宙を浮かんでいたそれは煙を上げて落ちる。

 今はこれで気が済んだ。

「占い師様。こんなところにおられましたの?」

「綺麗な空に会いたくなりまして」

「あら、お邪魔してしまいましたのね」

 夫人はすまなさそうに瞳を落とす。全くその通りだと思ったが、彼は口にせず、代わりに笑みを返した。

「次はどんなことをお調べしましょうか」

「ありがとうございます。今夜のね、お食事の順番なのですけど‥‥」

 夫人が話す下らない悩みに彼は表情も変えず親身に聞く。

 彼は占い師。

 エリンは突如現れた彼の話すどうでもいいことを忠実に守っている。最近では、何をするにも彼の意見がないと選択できない。

 始まりは、たった一言。

「今日のデザートはよくないと占いに出ました」

 真剣な緑色の瞳が訴えるその言葉を半信半疑、疑いながらも手をつけなかった。半時が過ぎ、エリンが残したデザートをつまみ食いしたメイドが亡くなったと妹から聞かされた。

 ヴェーラは食べ残しなどメイドが手をつけるわけが無いと、バカバカしいと姉に文句を言っていただけなのだが、エリンは話をそのまま捉えてしまう。

 占い師の言うことを聞かず食べていれば、亡くなっていたのは自分だったと怯え、すがるようになってしまった。

 それだけではない、彼は、エリンの望まない答えはあまり選択しない。彼女が聞いている話がつまらなさすぎるのだろうが、望まぬとも拒絶しない結論を提案する。

 例えば、先ほどたずねた食事の順番はエリンはワインには口を着けたくない、だが他に特別何か優先したいわけでもない。そんな場合の答えは、ワイン以外の何かが提案される。


 彼が睨み付けた点は、キッチンの裏庭へと落ちていく。

 それは、小さな飛行機。




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