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ヴラディーミルの発言にただ驚かされる。
何故、オーリガが家庭教師をすることで自分が干されるのだろう。
「休みとは言っても屋敷内には、いていいぞ。お前が村に帰ったら、ヴィオロンが怒るだろうしな。ただし、オーリガに姿をみられるな」
難しい命令である。
とりあえず、オーリガとローレンを鉢合わせさせたくないらしい。
「という訳で、ここに居ることになったのだ」
自分が置かれた状況を簡単に説明する。
「なんでだよ。執事様なら自室もあるし、セラーにでも隠ってりゃあいいだろ」
隠れ家として選んだのはキラのキッチン。
厨房は彼女の権限で、隠れた場所にあり、屋敷内でも存在位置を知っているのは、ほんの少数だ。
しかも、彼女の許可がなければ侵入することは不可能なのである。それは屋敷の主も例外ではない。
食事を担当させるのだから、当然の権利だとヴラディーミルは言った。
「まあまあ、キラ様。王子様の麗しの恋人をかくまえるなんて。楽しいでしょ」妹様に禁断の恋が見つからないように、また、彼が遠くにいかない様に隠す。何て素敵な‥‥とルーダは暴走する。
「君はまだそんな噂を流しているのか」
口から砂を吐き出したい気持ちを押さえて、ローレンは悲しそうに言った。
「あ、やだ。流してはないですよ」みんなが勝手にいってるんですよ〜。とルーダは笑う。
「だから、何故俺のキッチンが選択肢なんだぁ!」
と、叫ばれはしたものの。
キッチンの主には許可を無理やり取り付け、ローレンはオーリガが帰るまでここから出ることを許されない。とはいっても、厨房で寝泊まりなど出来ないので、彼女が寝た夜遅く自室に帰り、彼女が起きる前に朝早くこちらに隠れるという生活になるだろう。
「ぼーっと居てられても邪魔だからな。何かさせるぞ執事様!」
「当然だと思っている」
「でも、ローレン様に汚い仕事させたくないですね」
「仕事に汚いも綺麗もないと思うが」
「汗かいたり、泥塗れになっても綺麗なんですか」
食事に関する汗・泥といえば野菜が思い浮かぶ。
作るのに汗、収穫するのに汗と泥、精製するのに泥と、彼らが育ってきた環境を食卓へ運ぶ前に落とす作業だ。
「どこが汚いのか分かりかねる」
その工程で汚れるのは当たり前だ。
「農作業から食材の掘り起こし、精肉作業。確かに手は汚れてしまうが必要な作業だ」
村にいた時には当たり前にしていた行為にルーダが『汚い』と言ったのが残念で、少し強めの口調で当たり前の理論を語る。
これには、キラもルーダも驚いたようで、
「ローレン様はそういう作業を嫌がられるかと思ってましたけど」
「執事様は精肉作業まで知ってるのか」
「ああ。つい最近までラムは自分の仕事だった。自分で守り育てて、自分で潰す。今は誰かがしているだろうが」
「ラムか、最近あつかってないなぁ。しかし、肉は、しばらくしないつもりで、この間燻製したし」
「お野菜も納品の日に洗っちゃいましたしね」
「皿しか洗うものねぇな」
「いや、何故、そういう仕事限定なんだ」
肉は血を洗うと解釈するのであれば、ローレンの仕事は洗い物だけ、厄介者にあてがわれる仕事に贅沢は言えないが、どうせ手伝うなら一番大変な作業が楽になる、そんな仕事を手伝えたらと思ってしまう。
「だって、ルーダはそういう仕事嫌々してるからな」
「え。バレて、あ。いやいやいやいや。そんな事は無いですよ。ほらどうせなら調合とかカットとか、料理に近い仕事したいなぁなんて、思ってるだけで」
「‥‥僕には君がしたいことは無理そうだ。皿を洗わせてくれないか」
キラとルーダとローレンは見方も言い分も違うが、同じ方向を向いていた事がわかり、厄介者は洗い物を引き受ける事にした。
新参者は、援助者の負担を和らげる作業が一番ありがたい。という辺りだろう。
ローレンは自分の希望どおり皿を洗い、ルーダはハーブをすりこぎで粉末に加工している。とても楽しそうな彼女の向こう側では、キラが白身魚を焼いていた。真剣な表情で炎を睨む姿は、見惚れてしまう。
キラは料理に手を抜かない。
手を抜いていてあの料理なら、それはそれで称賛の対象だが。普段の口調からいい加減に仕事をしているのかと思ってしまう、側で確認して、その考えを謝罪したいと思う。
下ごしらえが一段落すると、ルーダが白いムースを持ってきて、切り分ける。
「そういえばローレン様。今朝、ミハイール様に詰め寄ってたらしいですね」
「王子様から、新しい恋人に乗り換えか」
キラは配膳されたムースを素手で口に入れると、ローレンの望まぬ結論に導く。
「‥‥どんなに誤っても、今のミハイールにはそんな感情は抱かない」
茶化された言葉に軽く回答できず、ため息とともに低い声が吐き出された。
「んじゃ、また何で」
「ハロウィンの日に殿下、いやヴラディーミル様の命でパーシャの首を絞めていた」
内容は多少誤っているが、ミハイールにぎこちない最大の理由は伝えられる。
「そりゃ、大問題だな」
それ以上はキラもルーダも聞かない。
ローレンが入れた紅茶を、無言で空にした。
休憩が終わると次の作業に入る。
ルーダはチーズのカット、キラは手を休めず何かをソテーしている。ローレンは洗い上げた陶器から水分を拭き取り積み上げていた。
「ルーダ。ジル呼べ」
「はーい」
陶器の管理者はジルである。洗い上げたものの回収と、今夜使用する物を彼女が決定するのだ。
「ローレン様。何でこんなところに、しかもそのカッコ‥‥」
普段通り厨房に足を踏み入れると、いつもと違った光景に驚く。
二人しかいないはずの厨房に一人。しかも男性がいて、彼はエプロンをしている。
「ん。執事を休職中で、今は皿洗いメイドの見習いだ」
「メイドとは性別が違う気が」
「まぁ似合わないと思うけど、しばらくは我慢してやんな」
「我慢なんて‥‥」
ジルは口元に手を当てて目を反らす。
「我慢するのはキラ様でしょ」
「そうなのか」
「だって〜キラ様ってば差別主義者ですもん。厨房は男子禁制!って」
だからメイドなのかと、ローレンは自分でも分かる苦笑いを返す。
「差別してるんじゃねえよ。人聞きの悪い。俺は男が嫌いなだけだ」
「キラ様はかわいい女の子しか愛せないんですよ」
「ルーダ!」
「でも、私は好みじゃないんですって、酷いと思いません?」
ルーダは小さくて可愛いと思う。亜麻色の髪のボブヘアー、短く切り揃えた前髪の真下にある瞳は同じような色。その瞳を包むように生える睫毛は長く、化粧をしてない白い肌が血色よく頬はほんのりピンク色だ。妄想さえ語らなければ一般的には何ら問題ない。
だがローレンの好みではない。
キラもきっと同じなのだろう。趣味が違うのだ。
「四六時中側にいるのだから、恋人関係になったら気まずいだろ。キラはきっと考えているんだよ」
という意見も浮かんできたため、そちらを選択し伝える。
「普通に返すから、びっくりした。執事様って動じない人なのか」
以前も言われた気がする。動じる動じないではなく、愛の形は千差万別だということで、屋敷の主と自分を話のネタにしているのだから、その思考は理解できる。
ただ、彼女らの言う関係はローレンが当事者であれば受け入れることは出来ない。向こうにその気があったとしても断固拒絶である。職を失っても、殺されても構わない。
拒絶しているからこその『動じない』のか?か。
「愛だ、恋だ、には、常識は通用しないしな」
「そうそう。ぼっちゃんと俺の愛は誰にも邪魔できない」
自分の考えを話している最中に耳障りな甘い声が割ってはいる。
姿を確認してないが、右隣にいるのは間違いない。
「‥‥キラ。不法侵入者だ。追い払え」
ここは厨房の主に排除してもらおう。
「なんで命令口調なんだよ」
そう言いながら、コックはダヴィードに向かっていく。ソテーはルーダが弱火で引き継いだ。
先ほどまで使用していた物よりも一回り大きなフライパンを持ち上げている姿は威嚇ではない。殴るつもりなのだろう。
ローレンも後頭部を強打された記憶がある。あの時は物を見ていなかったが、確認でき、患部だった箇所を押さえる。
痛みがぶり返した気がした。
「つまみ食いか?銀泥棒か?」
「どっちかって言うと、前者かな〜」
にっこり笑顔でローレンを指差す。当の本人は、意味を想像して表情を歪めていた。
「ローレン様が、ヴラディーミル様を拒絶されてたのは、ダヴィード様がいらしたからですのね。あら、ローレン様とダヴィード様でも絵になりますね〜」
華やいだのはルーダの頭の中、ローレンとキラはその彼女の口から漏れる妄想に呆れるばかりだ。
「ルーダ? 本気でいっているのか」
「いやぁ。バレてしまってはしょうがない。そうなんだよ、俺とぼっちゃんとは相思相愛の仲なんだぜ」
止めようと口にしたローレンを遮って、ダヴィードは照れたように報告する。
ついでに、腕まで組む始末だ。
「調子に乗るな!」
接触している手を上に振り上げ、ダヴィードを振り払う。
「照れるな。照れるな」
「照れてない! ていうか、なんでここが分かった」
「愛の力だよ」
ウジの沸いた回答にローレンは顔を背けた。
とりあえず、目の前のナイフを手にとる。
それに気がついたジルが止めに入ったため、机に置かれたままだが手は放さない。
「まぁ、本気出したら、俺に出来ないことはないわけ。ちびっこに頼まれたしな」
次におかしなことを言えばつき刺してやろうかと握っていたが、ダヴイードはパーシャを出してきた。
「パーシャがなぜ?」
彼女はオーリガに言葉を教わっているはずだ。
普段から側に居ない自分を探す時間など無いだろう。
「ぼっちゃん。昼食あいつと取ってないだろ。パパとご飯って探してるんだぜ」
探しているのは一緒に食事を取るため。と言うことは‥‥パーシャは未だに昼食を取ってないことになる。
「パーシャが!」
大きな声を出して驚いたのは、ローレンではなくキラだった。その叫び声のすぐ後に、フライパンが落ち声を書き消すように響く。
「キラ様驚きすぎ」
「だって、あんな小さな彼女が食事も取らないで父親を探してるんだぞ。これが慌てないでいられるか!」
そう言うと、ローレンを睨み付ける。驚きたいのはローレン自身だったのだが、今のキラの視線は酷い父親として認識しているのだろう。
「お腹は一杯だから、心配しないの」
ダヴィードの話によると、パーシャはオーリガ達と昼食は終了していて、けっして空腹で父親を探しているわけではない。
本当は一緒にしたかったのだが、オーリガ先生が「パーシャも如何?」と言われ、断らなかった。彼女は空気を読める幼女なのである。
「んだから、パパはお腹を空かせてるんじゃないかって探しているんだとさ。しっかし、エプロン姿のぼっちゃんを見れるなんて役得〜」
ダヴィードの言葉に、ローレンとキラは安心する。
「食べたって伝えてくれ」
「あれ。会いに行かないの?」
「殿下の命令で、外を歩けない」
「なら、なら、ここに。ここにパーシャを呼べばいい」
つい先ほどまでの様子と全く違うキラにローレンは首をひねる。
「迷惑だろ?」
「だよなぁ、ちびっこは好奇心旺盛だから、ちょっとじゃまにならねぇ?」
「とんでもない!! あの愛くるしい金の髪。そして愛猫のような翠緑の目。傍にいてもらえれば仕事意欲が何倍増しになることやら」
「みどりの目?」
ダヴィードが疑問符を浮かべ聞き返した。ローレンもキラの言葉に引っ掛かる。パーシャは緑の瞳ではない。
「パーシャは、獣のような金の瞳だぞ」
金の髪、金の瞳。カラーは昔関わった天使たちと同じだったため間違えることはない。
「金の土台におさまったエメラルド。宝石に例えると無骨だが、煌めきは間違いなく指輪〜」
ローレンの言葉にキラが甘いポエムを語り出した。「キラが壊れたぞ」と思うもの声に出すものはいない。
どうして緑にこだわるのか、どうして自分も金にこだわるのか分からないが、パーシャの瞳についてはコックとは意見が合わない。
「まぁたまーに緑っぽく見えるけど、原色は金だろ」というダヴィードの言葉で、ローレンは大人しく黙る事にした。
とりあえずは心配している娘を安心させてやるべきだろう。
いつも読んでくださりありがとうございます。<(_ _*)>
拍手も頂けて幸せです。あはぁ〜。ホント嬉。
さてビックリな事に。
何があったローレン様…。
この間スノウの話(前作)へのリンクをはったんですが。PVがその日だけ(笑)
ぐーんと延びましたよ。
興味を持っていただけて幸いデスね。
今回のネタバレになる、副題は
パパインザキッチン(いつから副題が!)
今回はキッチンのISOです。
向井君とか三浦君とかに影響うけたわけじゃないから(爆)
ただ、内容が百合ユリしいのと、ベジタブルな感じ、あと、ブラコンですが、作者はどれも押してるわけではないです。
まぁ、愛は千差万別ということで。
作者はノーマルが大好きなので、殿下夫婦を何とかしてあげたいですネ