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子連れステュワードの縁由  作者: ことわりめぐむ
25/35

9 - 2

 現在地は庭。

 日射しは優しく大気に溶け込む午後。

 日傘を差したエリンが優雅に悩む。

「ローレン様はどうやったら素敵さが増すかしらね〜」

 内容は優雅では、全くなく。ローレンに悪巧みを聞かれては都合が悪いので、お散歩と称して花達に相談しているのだ。

「ヴィオロン様は良い案はないかしら?」

「使用人に様は不要です」

「毎日ローレン様が同じことを言っておられますから知っていますわ」

「ご理解されているなら、ローレン様を煩わせないで下さい」

「あら。そのお返事は初めてですのよ」

 悪びれず花のような笑顔で返す。

 ヴィオロンは相談内容に特に意見は無いようだ。つまらないと昔の事を思い出す。

「そう言えば、お姉さまがころりと行ったのはピアノだったわね」

 はじめてコウクナに来たローレンは夜会でピアノを弾いていた。いや、正しくはヴラディーミルに弾かされていたのだが、二人以外にそのやり取りは知らない。

「ピアノですか」

 無関心を決めていたヴィオロンが口を開く。

「そうですのよ。こちらの文化を楽しんで頂こうかと父が夜会を催しましたら、お礼にと弾かれたスケルッツオに皆、心を奪われてしまいましたの。私は音楽には疎いので素晴らしさがよく分かりませんでしたが、皆さん行列を作ってまで曲を要求されていましたわ。楽譜も無く指定された楽曲を何曲も、その広い知識には敬服いたしましたわ」

「そんな事がありましたか」

「あら、ヴィオロン様はご存知なかったのですか?」

「ええ、確か‥‥それぐらいから全く弾かれなくなりましたから」

 コウクナ国に付き人として連れていかれ、夜会でピアノを散々弾かされ、犯罪者の汚名を着せられたり、自分を庇って王女が亡くなったりとローレンには、余りいい思い出ではない。帰ってきて誰に相談するわけでもなく自室にこもる。

 元々、譜面読みはするものの、ピアノ自体は気が向いたら鳴らしていた程度だったので、ローレンが弾かなくなっても何かあったのかと使用人達は疑問にも思っていなかった。

「‥‥勿体無いですわ、よね?」

「それは主人が決めることですね。いくら素晴らしい技術があっても使用人は使用人ですから」

 当時は貴族社会で、スキルとして役に立つだろうとヴィオロンが教え込んだが、使用人になった以上、どこかで自主的に披露する必要はない。

 御抱えの音楽家になるならまだしも、本人にその意思はなく。他者から強制するものでもない。出来るなら、雇い主ぐらい。と言うわけだ。

「そんなものですの?」

 価値の判断がつかない夫人はヴィオロンの反応につまらなそうに言う。

「ええ。残念ながら」

 そんな夫人の言葉に、ヴィオロンは形式的に答えた。



 部屋に戻ったローレンは娘が姿を消している事に、気がつかず。執務を続けていた。

 そこに居るものと思うと、見えてないのに居ると勘違いする。一方的に気まずく、会話をしないようにしていたため、目視、対話、両方での確認を怠っていた。

 気がつけば、パーシャが居ないと騒ぎだすのである。 新しく置いたカップには冷たくなった紅茶が一口もつけられないまま置かれている事から、一度席を外したあのタイミングで部屋を出たのだろう。

 一緒に行こうと約束していたキラの所だろうか?

 話を中断させた、大好きなヴェーラの所だろうか。

 それとも、アンダー・バトラーのどちらかに世話になっているのだろうか?

 ミハイールに誘拐されたのか!

 思考が辿り着くのは極論である。

 だから、ローレンの選択肢は一番あったら許せない彼を選び、廊下を走っていった。


「僕が彼女を?とんでもない、誤解ですよローレン様」

 西館の廊下を観察していた被害者は在らぬ疑いの中、自分の容疑を否定する。

 居れば許せないし、居ないと言われれば嘘だと勘ぐる。思考が真っ直ぐ結論だけを見ている、ローレンからすれば、ミハイールは全部有罪だ。

「ミハイール、オーリガの部屋は用意できたか?」

 取り込み中にのんきにヴラディーミルが現れた。

 王女様は客人なので、滞在中の部屋の用意をミハイールに依頼していた。その荷物の指定に西館に顔をだす。

 別に声などかける必要はなかったが、ローレンが感情的になっているのが面白そうだとふらふらとやって来たのだ。

「大変申し訳ありません。今取り込み中でして」

 見ればわかる様子を報告する。

「私の用事よりも、ローレンが優先とは、許せないなぁ」

「いえ、そうではなくて。お部屋の準備はできているのですが」

「いい。ローレンが悪いのだからな、お前の仕事の弊害を取り除いてやろう。ほら、こい」

 ヴラディーミルはミハイールに詰め寄るローレンを回収し、客室の一つに入り込んだ。


「まったく、何を怒っているのだ」

「パーシャが‥‥居なくなったので」

 何となくミハイールではないかと根拠もなく疑った。それをヴラディーミルに報告したくなくて口ごもる。

「それで、何故ミハイールなのだ。パーシャは今、私の部屋に居る」

 お前らしくないなと悪びれず諸悪の根源が言い放つ。

「何故、殿下の部屋に?」

「教育も施さない冷たい父親から可愛い娘を救出したまでだ。絵本を読むために先生が教育中だ」

「そんな贅沢な」

「贅沢‥‥かもしれん。国一番の才女様だしな」

『才女』その言葉に、ヴラディーミルがミハイールに聞いた言葉が重なる。

「オーリガ様に頼まれたのですか」

「ああ。お前の娘だとは言ってないから安心しろ」

 ありがとうございますと言いかけて疑問に思う。

 確かにローレンは貴族の中では好かれてはいなかったと思うが、名前を伏せられる必要は無いと思っていた。

 まあ、『あの科学者の‥‥』と言われないだけましだと思うしかない。

「なんだ?不満なら聞かんぞ」

 現況の屋敷の主は不機嫌な表情をするローレンに釘をさす。

「何故、パーシャに絵本などプレゼントされるのでしょうか」

 あれはヴラディーミルが買ってきて、貰ったプレゼントだと嘘をついているのかと問いかけてみるが、そんな意味の無い行為はしない人物であったと考えを改める。

 自分で買ってきたなら、直接与えるだろうし、渡すやり取りの際に怒りをぶつける必要はない。

「はあ。知らないのか。子連れの執事が屋敷にいるって言うだけで珍しいのだぞ」

「執事職に未婚者が多いからでしょう。私も婚姻関係はありませんし」

「それが、とっても可愛い女の子なら話題にもなるさ」

 パーシャの話は客人から広がっていた。屋敷内を自由に歩き回る可愛い少女に、目が行かないわけがない。話の多くは、その髪の色からヴラディーミルの隠し子だと言われていたが‥‥。罪深きアルトゥールもそんな噂を聞いて、大好きな兄の隠し子にプレゼントを用意したと言うわけだ。

 ヴラディーミルは父王は嫌いだが、兄弟はそうではない。寧ろ可愛くて仕方ないぐらいだ。直ぐ下の母親の違う弟が、キラキラした目をして渡してくれたプレゼントを拒絶する理由はない。

 たとえそれが誤解の上であっても、問題の種になろうとも受けとるしか選択肢はなかった。

「だから、オーリガが帰るまでお前、休みをとれ」

「はい?」




 

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