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扉を押す力は変動が無い。強くもならず、弱くもならず‥‥
「ローレン様。代わるわ」
戦闘準備が軽く整ったヴェーラの申し出にローレンは首を振った。
「君が倒れたら一貫の終わりだろ。僕が力尽きたら、パーシャを守ってやって欲しい」
女性に対し言う言葉ではないと分かっているが、事実、自身よりヴェーラの方がパーシャや眠ったままの女主人を守る事が出来るだろう。彼女の体力をリザーブすることでそれは成功率が上がる。
廊下から扉を押す力は次第に弱くなり、しばらくすると全くなくなっていた。
力の方向が自分だけだと気がついたローレンは相手が諦めたのだろうと安堵し、扉にもたれかかるように座り込む。
そんな休息はひとときで、すぐさま飛び上がる事となる。
「パパ~助けて~」
閉めている扉の向こうからパーシャの声が聞こえてきた事に驚き、室内に娘の姿を探した。扉の向こうと格闘中にヴェーラによって別室に移されたのだから、いくら探しても姿はない。
「パーシャは?」
探し回りたいのだが、扉の前から離れる事は出来ず、唯一同室に居る人間に声をかけた。
「寝室に隠れてもらったのだけど‥‥」
ヴェーラは背後の扉を見やる。当たり前だが扉は開かれてはいない。
自ら作り上げた障害物を取り除き寝室へ続く扉を開けパーシャを探す。
寝室には何事もなかった様にエリンが寝かされ、パーシャは見当たらない。記憶の中の一時前と変わっているのは、ヴラディーミルの部屋へ続く扉が開いている事だった。そちらに行くとは想定外であり幼子に注意をしなかったことを心の中で悔やむが遅い。慌ててヴラディーミルの部屋に入ると廊下へと続く扉が開いており、パーシャはこちらから廊下に出たようだ。
「パパ~」
ローレンを呼ぶパーシャの声が廊下側から聞こえるため、警戒して出るとアンデッド達の後ろ姿だけが目に入る。玄関のダヴィードの時と同じで、声だけがこちらに届いていた。
「開けて、パーシャがさらわれたわ」
エリンの部屋の前に立つと重しとなっているローレンを呼び、扉を開けさせた。彼は、直ぐに廊下に飛び出してくるが探しても見当たらない娘の名前を叫んだ。
叫び声に「助けて」と、遠くから声だけが帰ってくる。まだ声の届く範囲にはいるらしい。
ただ、その声に緊迫感は無い。
助けを求める声だけがローレンの耳に届き、青い顔をさらに青くして取り戻そうと追いかける。
「変よ」
「何が変なんだ。パーシャが助けを求めているんだ」
ヴェーラがローレンの動きを遮るが、当然ローレンは聞き入れる事もなく走り出した。
「あれが助けを求めている声?」
一人残されたヴェーラは疑問を口にした。
少し恥ずかしさが混ざった演技染みた声。本当に助けを求めている様には聞こえない。自分に起こっている出来事がよく分からないから緊迫感がないなどで片付けられる事象ではない。
意図された何かなのだろうかと思考を巡らすが、情報量から結論に導くことはできなかった。
「気づいたあなたはゲームオーバーなのよ」
後ろから白く冷たい手がヴェーラに抱きつくように伸び、彼女の口を押さえた。頬擦りするように後ろから押し付けられた顔が、カーテンが少し空いた廊下側のガラスに写る。
「姉さま‥‥」
ヴェーラに抱きついてきたのは、寝室で寝かされているはずのエリンだった。
自分を呼ぶ声にパーシャは返事をする。
「お姫様が悪い魔法使いに囚われたとしても、助けてと願えば王子様が救ってくれるのよ」とは、エリンに教えられた。
今、自分はアンデッド達に捕らわれた。彼らは悪い魔法使いの手下なのだ。だから、助けを求めてみる。助けてくれる王子様はパパが良い。だからパパに助けを願うのだ。
アンデッド達に大切に抱えられたパーシャは階段を降りて玄関を通りすぎ、東館の廊下まで連れてこられる。パパが忙しくて、ダヴィードに預けられている時は知った使用人達が大切にしてくれるが、今日はその代わりアンデッド達が回りを囲む。
「運んでくれてありがとう」
一番重心にいたアンデッドにパーシャが笑顔で声をかけると、照れたように頭を下げる。
しばらくその場に留まるとパパの声が聞こえた。
「パパ~」
ここまでの道を誤らないように声を上げると遠くから、パパの声が返ってくる。パーシャは満足そうに声の方向を見つめる。
その姿に苛立つ様に、一体の骨がパーシャの腕を乱暴に掴んだ。
「そんな指示はしていない」
どこからか誰かの声がすると、パーシャの腕をつかんだ骨を取り押さえる様に周りのアンデッドが囲う。骨は空いている方の手を振り上げ進行方向を遮る物を押し倒して道を作った。ひっくり返るとそのまま動かなくなるアンデッド達は、あっという間に床に這いつくばって道を作る結果となる。
手を引っぱってアンデッド溜まりから骨はパーシャを連れ出すと細い隙間を見つけ入り込んだ。
「あなたはどこに行くの?」
こんな狭いところに入り込んだら大きなパパは探すのに困ってしまうだろう。
大人しく繋がれていた手を引き歩みを止める。
「‥‥」
骨はパーシャの手を引き、進めと言わんばかりに頭を揺らす。肉がないのだから骨は声を出すことは出来ず、カチャカチャと無機質な音だけを響かせた。
「悪い魔法使いの所に行かなくても、パパは僕を助けてくれるのよ。だから、もう行かない」
再度繋がれた手を拒絶する。
頭を小刻みにガタガタ震わせ、両手でパーシャを掴むが、さらに嫌がる幼子はその隙間から抜け出た。
骨の震えは益々酷くなり、思い通りにならないパーシャに怒りを表しているようだった。
表情を読み取る事のできない頭蓋骨に空いた空間を、パーシャの額に押し付け逃げ出せないように馬乗りになる。それでもできる限りの抵抗をし拒絶している事を相手に知らしめると、骨は自由の効かないパーシャの首に尖った指先を這わせ、力を入れて輪を縮めはじめた。
何故、この人はこんな事をするのだろう。疑問が頭を駆け巡る。顎の下に突き刺さる指のせいで息が苦しい。
「パパ。助けて」
閉められる前にタイミング良く出た大きな声が、父に届くように祈る。
「パーシャ!!」
入ってきた少しの空間からパパの姿が見えた。自分を助けに来た王子様だ。
「パ‥‥パァ」
小さい手を伸ばし、かすれた声で父を求めるパーシャ。骨の指先が白い首を刺すように締め付ける。
「やめろ‥‥」
思っていた通りパパはこの隙間に入ることは出来なくて、見たことない表情でパーシャ達を見る。
パパに見つかったのだから直ぐに助けてくれるのでしょ。そんな顔をしないで‥‥。
「大‥‥丈夫‥‥パ」
気道を押さえられ少ない空気に言葉は上手く響かない。壁の隙間から手を伸ばすパパの姿もぼやけて見えはじめた。
「やめろ!!」
パパが叫ぶ声と供に大きな物が倒れ、何かが割れる音がした。
同時に首を絞める力が弱くなった気がした。
パーシャが首を閉められていたのは東館の部屋。入り口はなぜか大きなシェルフが邪魔をしておりローレンでは腕を入れるので精一杯だ。シェルフには陶器の皿や妙な形のグラス等がぎっちり詰め込まれていてびくともしなかった。
大きな声を出していても助け出す事は出来ない。のばされた手は届かない。このままでは自分には何もできない。目を離すのは抵抗があったが、パーシャを助け出すために隙間に入り込もうとするとシェルフをどかす必要がある。それには中身を引きずりだすしか方法が思い付かず、燭台を武器に飾られていた皿やグラスを破壊し掻き出すように破片を外に出した。軽くなったそれを倒し、隙間を広げると持っていた燭台でパーシャの首を絞めている骨を払いのけ、娘を助け出した。
ローレンが骨を退けたため、パーシャの苦しかった首は解放され、口は難しかった呼吸をはじめた。肺に酸素が入る前に喉で拒絶反応が起きて、咳き込む。
「パーシャ‥‥大丈夫か。遅くなってすまない」
ローレンはパーシャを抱きしめ謝罪の言葉を繰り返す。そんな父に申し訳なくて「大丈夫」と返したいのだが、ゴッホゴホと重い咳が言葉を遮る。咳のしすぎによる炎症で喉は痛むが、肺の奥から自由に息ができるようになると自分からローレンにパーシャは抱きついた。
「助けに来てくれてありがとう。パパ」
可愛い娘の首には押さえつけられた内出血の跡が痛々しく残る。笑顔でいるが、じんわり痛いに違いない。何事も無かったように笑うが、怖かったに違いない。
自分達の足元に転がる骨をローレンは憎々しげに踏み潰した。
一度で気が収まる訳がなく、何度も何度も踏み潰した。
一部が粉々になるまで‥‥。
「ローレン。そこまでだ」
聞き慣れた声がローレンの動きを止めた。
「殿‥‥下?」
「ゲームオーバーだな。ローレン。家具だけでなくゲストを破壊したら面白くないだろ。しかもパーシャの前で鬼の形相は如何かと‥‥」
ヴラディーミルが、倒されたシェルフに体を預けた体制で言う。青い顔に血塗れの姿は玄関で死んでいた姿と変わらない。
「ゲームオーバー?」
訳が分からないまま言葉だけをオウムのように繰り返す。
「いくらネクロマンシーであの世から連れてきた誰だか知らない遺体だが、死者には敬意を払うのが常識だ」
「ねくろ‥‥まんしー?」
「ミハイールの特技だ」
呆けた顔で繰り返すローレンにヴラディーミルが言うと、何もない床から骸骨がわき出るように立ち上がる。
「特技ってわけじゃないですよ」
骸骨が礼をしてミハイールの言葉を話す。確かに仕草がミハイールだと思わせた。
よく理解はできなかったが、アンデッド達はミハイールが操っていて、骨はパーシャの首を絞めていた。ならば彼女を殺そうとしたのはミハイールなのだ。
「パーシャ。囚われのお姫様役ご苦労様」
「僕は上手にできた?」
「ええ。何度、とろいローレンの代わりに私が助け出そうかと悩みましたよ」
いつもと変わらないヴラディーミルの受け答え。
そう、いつもと変わらない。玄関で、脈もなく体温もなく完全に死体と判断したヴラディーミルが動いているのはどういう理論だろう。他のアンデッド達の様にミハイールが動かしているのだろうか。ならばパーシャはまた危ない目に合うかも知れない。
ヴラディーミルから遮るようにパーシャの前に立つ。
「何だ。その目は。お前にそんな目で見られたら、心が張り裂けて死んでしまうぞ。あ、そうか。私は死んでなんかいないぞ。ちゃんと生きている」
「?」
「ミハイールは毒の専門家だ。そういう作用の毒もあるということだよ」
種明かしをすると、ミハイールが調合した仮死状態になる薬を経口し、ローレン達に自分は死んだのだと認識させた。止まらない血は料理のために血抜きした豚の血で、凝固しないように特殊な薬を混ぜてある。これもミハイールが調合したものだ。だが腐敗は止められず、それはとてつもない異臭を放っていた。アンデッド達が臭うのだとローレンは思っていたが原因はヴラディーミルにあり、種明かしの今でも吐きそうな臭いは容赦なくローレン達を襲う。
消えた使用人たちは王子様の命令で睡眠性の毒を練り込まれたパイを食べ、東館の奥に寝かされているらしく、これから起こすのだそうだ。
非現実な出来事が、やはり作られた嘘で安心した。誰も死んでなどないのだ。
「パパ。怒った?」
「怒ってはいないけど」
安心し、気が抜けた分、少しイライラが沸き上がってくるがパーシャにぶつけるほど子供ではない。
「けど、なんだ?」
ローレンの怒りも感じず間の抜けた疑問を漏らす。
「ディーマ様にはあとで、お時間を作っていただけますでしょうか」
そんな王子には満面の笑みを浮かべ、たっぷり毒の混ざった言葉を丁寧にぶつける。
「ミハイール。珍しい才能を僕は否定しない。だが、過度の奇跡は自身を患わすぞ」それは奇跡と呼んで良いものか誰も判断できない。
「こんな物は過度の奇跡に該当しますかね」
ミハイールの言葉を骸骨が話す。ネクロマンシーは技術だとミハイールは思う。それに、こんなおぞましい奇跡などあろうはずがない。
初めて遺体を動かした時、背徳感で嘔吐し、自分に這うように向かってくる遺体に恐怖した。嫌がって泣いても、両親はネクロマンシーが成功したことを誉めてくれるだけで技術を受け継ぐのを拒絶することは許されなかった。
ただ、使わなければ日常生活に支障が無く、人前で披露するものでもないのだからと我慢した。
一族が代々伝えてきた技術を絶えさせる勇気はなく、技術を学んで先に進めば進むほど自分が光ではない暗い世界に進んでいるようで、後ろめたさが蓄積されると天使の絵画の収集をする事でそれを晴らした。自分のやっている行為を神は許してくれなくても、天使なら許してくれるのではないのだろうかと思ったからだ。
「十分奇跡だよ」
そう言ってローレンはパーシャに引かれる手のままにその場を去る。その言葉は、拒絶の言葉に聞こえた。
「ローレンは石頭なのだ、気にするな」
「ええ。大丈夫ですよ」
ヴラディーミルが、慰めるように言った言葉にミハイールは笑顔を漏らす、相手には見えなくとも無意識に笑顔を作ってしまう。
「そうか。疲れて無いならパーティーを始めるぞ」
「少し休んでから、お伺いします」
骸骨は王子を見送ると崩れるように床に消えた。
誰もいなくなった空間で、ミハイールは自分の手を見つめる。
「確かに一体制御不能のアンデッドがいた。僕はまだ未熟なのか、それともローレン様が言うように‥‥」
ミハイールの意思に反して、暴れ、パーシャを殺そうとしたアンデッドが一体いた。制御は出来ないもの、それの見る物は同調して見る事だけはでき、慌てて全てのリンクを切断するはめになった。一瞬でも判断が遅かったらパーシャはどうなっていただろうか‥‥最悪の未来を予想しぞっとする。
いつもなら自分の制御下ではあり得ない事だ。注意が足りなくて、心の奥底でほんの少し思っていた事が制御に現れる失敗例はあるが、少しでも脳裏を霞めた内容だけだ。ミハイールは、人を殺めようなど思ったことはない。
その対象がパーシャなら絶対あり得ない。大切な天使様なのだから。
天使がローレンの手を引いて会場へ案内する。
「パーティーのはじまりなのよ」
薄暗い部屋には仮装した人物が配置されていた。頭を下げる包帯だらけの男性。飲み物を給仕する獣の耳を頭につけた女性。
廊下や部屋を照らすランタンは全てカボチャをくりぬいたもので出来ていた。
「カボチャはこれに要るのか」
行く先がわからなかった食べ物の皮を感心して見つめる。
「悪霊さんが、光るカボチャさんに驚いて逃げるのよ」
「へ~。よく知っているね」
「意地悪な人が教えてくれたのよ」
パーシャが言う『意地悪な人』とはヴィオロンの事である。本人が聞いたら嬉しい名前ではない。
「教えてくれたのなら、意地悪じゃないだろ」
「‥‥そう」
優しく正すと、考え込むようにローレンの意見を受け入れた。
「いたぁちびっこ~」
ダヴィードが遠くから走って来てパーシャを抱き上げる。
「なんのつもりだ」
余りの熱い抱擁に、目の前のローレンは驚いてダヴィードを剥がしにかかる。
「あのバカ王子のせいで、俺は骨に身体中さわられたんだよ。とりあえず仮装でも聖なる物で体を清めたいじゃないか」
「だめだ。お前が触ると違う意味で汚れる‥‥気がする」
「気がするって適当な。本当はぼっちゃんが天使の仮装してくれたら、ぼっちゃんを抱きしめたいんだぜ。娘か自分か選んでくれよ」
アンデッド達に体を触られ汚されたと感じ、たとえ仮装でもかまわないから身を清めたい‥‥、その言い分は分からなくもないとローレンは思う。だが、パーシャの変わりに天使の姿をしろと言われても‥‥それは叶えにくい願いである。ただ、自分でない男に抱きしめられている娘を見ているのも耐え難い。
「‥‥」
しばらく娘か自分かを天秤にかけ、自分が不毛な二択に囚われているのに気が付いた。
「なんで僕が不利益を被るんだ!返せ」
ダヴィードの言い分がおかしいとローレンは、パーシャを取り返す。
「ちっ。気づいたか」
「大丈夫かパーシャ」
「だ。大丈夫なの」
ローレンの懐に顔を隠し、そのまま黙ってしまった。その様子はローレンには大丈夫には全く見えない。
「パーシャはあれですわね」
それらのやり取りを見ていたエリンが嬉しそうに言った。
「あれって何よ」
「あら、あなたもあれなのでしょ」
言葉の意味が分からなくて聞き返した妹にそう答えるが当然理解できないため相手は疑問を顔に浮かべる。
エリンはいたずらな笑みを浮かべて視線を合わせた。
「お姫様は皆、姉さまみたいなか弱い女の子じゃないとだめなの?」
エリンの生死を確認する際にローレンに問いかけた言葉を繰り返す。
「聞いて‥‥」ヴェーラは顔を真っ赤にして姉の口を押さえた。
「でも、お姫様のイメージはおしとやかなのよ」
唇から妹の手を剥がすとエリンは笑い、ヴェーラは不服そうに黙る。彼女とて、イメージは理解しているのだ。だが、自分で選んでお姫様に生まれてきたわけではない。生まれつき『お姫様』なのだから、どんな性格であろうとそれは変更出来ないため、仕方がないと思う。
ローレンは左手にパーシャの手を握り、右手でカボチャのフィナンシェをダヴィードに持たせた皿から食す。当然、ダヴイードと娘の間に壁となるような配置だ。
あれだけあった中身は、室内のブッフェ台に乗せられた大量の軽食になったようだ。使用人達もゲストとなり、立食形式でパーティーを楽しんでいた。
立食などよくヴイオロンが許したなとローレンは考えながら彼を探すが、その場に居ないのか、変な仮装をさせられているのか、残念な事に姿を見つけることは出来ない。
変わりに目に付いたのはミハイールだった。
「ミハイールの今日のあれな、他の使用人には黙っててやってくれよな」
ローレンの視線の先に気がつくと、皿越しにダヴィードが唇に一指し指を当ててそういった。
「周知じゃないのか」
あんなに大騒ぎしていたのだ、種は皆知っているのだろう。
「毒はな。骨はバカ王子とヴィオロン様しか知らねえよ。あ、奥方も今回知ってるかもな」
「で、僕か」
「本当の死体使ってるんだから冒涜以外何者でもない。ぼっちゃんが拒絶したように、人間なら嫌がるだろ」
「いや、拒絶などしてないが」
一度でも嫌がったそぶりを見せただろうか?何故嫌がっていると決め付けるのだろうと少し複雑な表情をダヴィードに向ける。
ただ、誤解されたのであれば、怒りなのだろう。パーシャを演技であれ殺そうとしたのは許せない。ただそれだけだ。
「そっか。あれはすっごい魔法だ」
「骨を拒絶しているのはお前じゃないのか」
にっこり笑顔を返すダヴィードに拒絶の態度を示していた事実を指摘するが「ミハイールがすごいのと、骨が気味が悪いのは別の話。嫌なもんは嫌だね」といつもの通り舌を出し、皿をローレンに預けるとミハイールの元に近づいていった。
「ミハイール~」
ダヴィードが絡みつくように抱きつく。
「何するんですか」
「体を清めてるんだよ」
「はぁ?離してください。異臭がうつります」
冷めたまなざしで一瞥すると一言。ミハイールが言うようにダヴィードはヴラディーミルと同じ血の匂いを体にこびりつけたまま。因みにローレンもパーシャもヴェーラからも微かに異臭はしているのである。
「いや、俺の為にそのかっこかと‥‥」
「鳥人間が貴方のためですか?」
ミハイールからは大きな翼が生えていた。パーシャのように背中からちょっぴり生やしているのではなくて、腕と翼が同化している。
元々線の細いミハイールは大きな翼を生やしただけでとても神聖なものに見えた。ダヴィードがパーシャという不純濾過人物を確保できなかった以上、ミハイールに吸い寄せられたのは仕方がない。
「それハーピーなのか。てかハーピーは女じゃないのか」
「知らないですよ。エリン様が着せたんだから」
屋敷の使用人たちの仮装はエリンが寝ないで作ったものだ。
パーシャが配った赤い蝋の手紙は仮装をさせられる使用人たちへの召還状で、天使様に声をかけた先着順で女夫人の趣味で着飾られている。黒い蝋の手紙は名指しの強制召還や指示書であり、それによりヴィオロンはヴァンパイアの衣装に身を包まされ、誰も近寄れないような怒りのオーラを王子に向けていた。
諸悪の根源の王子はゾンビ状態のまま、ベタベタする血液まみれで一番の異臭を放っていた。近づく人間は異臭がする赤色の染みを着けられ、とても迷惑な状態になっていた。
「ローレン様は仮装‥‥じゃないですね」
「執事様がこんなぼろぼろのかっこしてるかよ、浮浪者の仮装だろ。臭いもヤバイし」
悪魔の姿をしたルーダが背の高いカクテルドレスの女性を連れて現れる。呼吸口を押さえ嫌な顔をする女性の声はどこかで耳にした気がするが、出会った記憶が無く誰だかわからないためローレンは他人行儀に会釈した。
「パパは僕の王子様なの。浮浪者なんていっちゃ駄目よ。キラ」
「そうですよキラ様。ローレン様に失礼ですよ」
「キラ?」
パーシャとルーダが彼女に注意をした。彼女の名前はキラ。正体は口の悪いコックであった。
キラは女性名である。だが最近では女性の名前を名乗る男性やその逆もいない事はないため、完全に男性だと思い込んでおりローレンは目を見開いて驚いた。
「キラは‥‥女性だったのか」
「ほんとに失礼な男だな。コックが男なわけないだろ。それに名前で解るだろう。ったく、毒入りのカボチャパイを大量に作らされたり、パティシエの手伝いさせられたり、こんなカッコさせられて執事様に馬鹿にされたり、今日の俺は踏んだり蹴ったりだな」
ローレンの反応に機嫌を損ね、文句を言い始めた。ルーダがオロオロとフォローしだすが不機嫌な表情は直る事はない。
「いつものキラは素敵だけど。今日はとても綺麗なのよ魔女様」
パパの事は気にしないでとにっこり笑顔を振りまく。彼女の心は天使様の一言で綺麗に晴れ、同時に先ほどのダヴイードのくだりで口をきかなくなった娘を心配していたローレンのもやもやした心も晴らす。
季節はずれのハロウィンで、本日、使用人達はパーティーの時間だけ仕事をお休みさせられた。
暗い路地裏に寝ている男に近づく影。
男が気づかない内に影は忍び寄り、男の意識を奪う。
「ぅ‥‥」少し漏れた声に周りの誰も気がつかない。いや、元々人間は自分に関係ない物の異変は気づかない。
「姉さん‥‥」
立ち上がった男は一言呟くと、のそのそと暗闇に消えていった。
ヴラディーミルのイタズラの跡と、パーティーの片付けが済みローレンはタブの中で体を清めていた。一度だけでは手や顔にこびりついた豚の血は綺麗に落ちなくて、面倒な事に湯を二度沸かさなければならない。拭き取ったローレンでさえこんな状況だ、全身血塗れで異臭を放っていた王子はどんな手間な事だろう。風呂を担当している使用人達の苦労が想像できた。
少し温くなった湯に口許まで体を浸すと今日の出来事を振り返る。
死んだと思っていた様々な人物が実は寓話に出てくるような魔法の薬で仮死状態で‥‥、自分を騙すために大がかりな嘘をついた‥‥。
冷たくなった王子と、首を絞められた娘。なくなった瞬間の現場となくしそうな瞬間の現場で自分は何も出来なくて、ただ震えているしかなかった。
「誰も死んでなくて良かった‥‥」
そう呟くと誰に気づかれる事なくローレンは湯の中で泣いた。
いつも読んでくださってる方。
お気に入り登録してくださってる方。(やっとお礼ですw)
コメント下さった方。(今回ローレン様こんなんで申し訳ない)
拍手コメ下さってる方。(レスの方法はまた検討します~)
どうもありがとうございます。
やっと終わりましたぜ、バイオハザードハロウィン。
読んでくださるのも、お疲れ様です。いつもの文書量の倍となっておりまして、ネタバレ編だから5000文字でぶち切れませんでした。
30,000文字も何してたんだ。ローレン様!!
最初はカボチャ買って怒テ、ミハイールが操るアンデッドでビックリした弱虫ナ彼・・っていう10,000文字程度で終わる予定だったのですが、突然ダヴィードが二人の間に割り込んで外に連れ出したり、結構重要人物な王子様が死体になったり、人物に書かされた話になってしまいました。
きっと熊の話で暴れたかったんですね。
毎回書いてますがw(くどいと言われそうな)
ハロウィンに関して話中ローレンは誤った解釈をしたままです。本来のハロウィンはカトリックとは関係ないですし~、死者は人を襲ったりしません(悪さをするだけみたいですよ) 。
後日、ローレン様も正しいハロウィンを教えてもらいます~的なお話を拍手お礼で書いてますので、よろしければどうぞ。(宣伝‥‥になっちゃった)
※ 来週はとある事情により更新はおさぼりです。