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今日のパーシャはスカート姿ではなく、パンツと吊り下げベルトでコーディネートしてもらった。
先日、ローレンが山に登って行くのをついていくのに苦労したため、次の日から出来るだけパンツ姿でとヴェーラにお願いした。留守番していろと言われても、知らない所でローレンが危険な目に会っているなんて心配でならない。ちょっとぐらい叱られる方が耐えられると考えていた。
髪は両耳の後ろで縛ってもらい、紙を編み上げて作った蝶の形の髪留をつけてもらう。パンツスタイルは下手すると男の子の様で可愛い出来にならない。邪魔にならないようにおさげにしてもらい、可愛さを残すためワンポイントの蝶を着けた。蝶は邪魔にならないのに甘めな印象を見せ付けエリンとヴェーラを満足させたがパーシャ本人は少し気に入らない。なぜかと言うと、廊下を歩くと蝶の影が耳と被り自分が不思議な生き物の様に見えたからだ。
「パーシャ」
パーシャを呼ぶ声がする。何だろうとふりかえると、部屋の中から顔を出してヴラディーミルが手招きしていた。
「王子様なぁに?」
不機嫌な表情を笑顔に変えて手招きの主の所までかけていく。
「これからパーティーの準備をするんだ。手伝ってくれるかな?」
「喜んで」
良い返事をすると、それが合言葉の様に扉を開き、ヴラディーミルは部屋にパーシャを招き入れた。
「パーティーの事はローレンには秘密だ」
「パパには内緒なの?なぜ」
彼女の疑問の声にヴラディーミルは箱の中を覗くように指示をする。首を傾げたパーシャは、箱の中をみてビックリしたが、最後には笑顔に変わる。
ヴラディーミルの命令で大量のカボチャを購入する事になったローレンは、値段の高さに頭を悩ませていた。
時期的にはそんなに高いものではないのだが、いかんせん量の問題である。
「こんなに一体何に使うのだ」
数と大きさを確認し、代金を支払うと部屋に並べたカボチャに話しかけるように呟く。
「ローレン様お呼びですか」
フットマンに呼びにいかせたヴィオロンが息を切らせて現れた。普段なら自分で探しにいくローレンが人を媒介にして指示したため、何があったと慌てて来たのだろう。
「悪いな、忙しいのに。殿下がカボチャを購入してお前に預けろというのだが‥‥」
大した内容もなく申し訳ないと思いながら、用事を伝えた。
ヴラディーミルは三種類の大きさのカボチャを購入させた。大きさは三種類あるが、全て濃いオレンジ色で丸い形の物との指定がある。色はともかく、丸い形の物はあまり市場に出回っていないらしく、一週間は予定日を過ぎていた。
「カボチャ‥‥あぁ。ハロー・イブですか、本当にあの方は異国の文化が好きですね」とヴィオロンが聞きなれない言葉とともにため息をつき、ダヴィードを呼ぶ。
「何でしょうか、ヴィオロン様」ダヴィードは直ぐに現れる。
「東館のフットマンは何名だせますか」
「業務を空けられるのは4名でしょうか」意図がわからなくて不安げに人数を出すと、ヴィオロンは考え込んだ。
「まぁいいでしょう。その者達にこのカボチャを運ばせてください。作業の説明をします」
ダヴィードは頭を下げるとカボチャを一つ抱え、部屋を出て行く。
ローレンが残務を片付ける頃にはカボチャ達はすべて運びだされていた。
東館の部屋に大量のカボチャと、ダヴィードのフットマンが四人。彼らは何かの作業をしていた。一緒に行ったヴィオロンはもうそこには居ない。
「何をしているんだ」
「さぁ」指示しているダヴィードでさえ、何をしているのか理解していない。
とりあえず彼らはカボチャの中身を懇切丁寧にくりぬく作業をしていた。形と色の指定があったことから、外皮が不必要とは思えない、ならば大量の中身は処分されるのかと思っていたら、ルーダが現れ中身を回収していく。
キッチン担当のメイドが回収しているのを見ると、食料として使うのだろう。
「ルーダ、手伝おうか?」
一人に対し中身の量が比例していないため、手伝いを申し出たが、
「ローレン様。とおっても嬉しいお申し出ですが、ローレン様に手伝ってもらったらキラ様に叱られちゃいますよ」
キラが「手を抜きやがって」とルーダを虐めている映像が脳裏に浮かぶ。彼女が断るのも無理はない。
ただ、業務量が多いハズだが、ルーダは楽しそうに業務をこなす。自分のペースを崩して邪魔をするなと言わんばかりに笑顔を撒き散らしていた。コックの指導だけでなく、彼女自身がヘルプを要請してないのだろう。
用事があってもキッチン内には入らないようにキラに言われているため、何をしているか分からないが、かなり甘い香りが漂っていた。もしかすると砂糖も大量に使っているのかと、さらに眉根を潜めた。
屋敷内は何故かバタバタしていた。走り回っている姿ではなく、皆がそわそわしながら焦って作業をしている。
カボチャをヴィオロンに渡してから皆が何かの指示をもらったようである。
一人指示を受けていないローレンは、ヴィオロンが口にした『はろーいぶ』とはなんだろうか‥‥と首を傾げた。
目の前の廊下をパーシャが走っていく。
「パーシャ。そんなに急いで何しているんだ」
軽い気持ちでかけた言葉に、パーシャはローレンに出会ったことが不味い様な表情をして歩みを止める。彼女がそのまま逃げ出しそうだったため、ローレンは進行方向に回り込んだ。
「王子様にいっちゃだめって言われたの。秘密なのです」
顔を左右に振り、目を会わせないように両目を瞑る。仕草は可愛いが、王子様がパーシャに何か吹き込んだのが気に入らなくてローレンは更に同じ事を聞いてみた。
「パーシャ‥‥何をしているんだ」
「はろうぃんまで、パパはだめなの」
これ以上困らせないで、と言わんばかりに目をつぶり、両手のひらを此方に向ける。
拒絶の態度に、ローレンが軽くショックを受けた隙にパーシャは逃げ出した。
疑問が一つ追加された。自分からパーシャを拒絶させる憎き『はろうぃん』とは何ぞや。
「はろーいぶ?は存じ上げませんが‥‥ローレン様はハロウィンをご存知ないのですか?」
ヴィオロンから指示を受け、メイド達に飾りつけの指示をする、ハウスキーパーなら話が分かるだろうとジルを探し当てた。
飾り付けが必要なのだから、クリスマスの様なものなのだろうとは想定する。
「恥ずかしい話なのだが‥‥」
「ご存知なくとも恥ずかしくはないですが、ローレン様ってカトリックではないのですね」
「いや、全く違うが」
彼は、むしろ固定の宗派を信仰はしていない。
「アレキサンドリアの街の教会はゴテゴテでしたから、カトリックなのだと思っていました」
壁から天井まで描き上げられた壁画と、白と金で明るく内部を飾り立てた教会を思い出す。公になっていない地下は、父の研究室になっていた記憶もついでに思い出されるとローレンは表情を歪めた。
「カトリックと何の関係があるんだ」
「私も良く存じませんで、確か、カトリックを信仰している国で死者が帰ってくる日がハロウィンだったと」
「死者が、帰ってくる日?」
ジルの言葉に驚き、ただ繰り返す。
「はい。普通に。人は自分もお化けに仮装して、襲われないように」するのだったと‥‥と付け加える。
ジルの言葉を素直に受け取ったローレンは、死者が帰ってきて人を襲うなどと、カトリックの国はなんて恐ろしい日を作ったのだと思う。
「異国に習うなら、ハロウィンの今夜は窓の外には沢山の死者がいるかもしれませんね」
「真似しただけで、毎年何も無い世界が変わるとは思いたくないな」
天使には会った事があるが、生まれてから一度も死者には会ったことはない。文化をなぞっただけで、見たこともない怪物に襲われるのはとんでもない話である。
「でも‥‥叶うのならば、亡くなった方々に会いたいとは思いませんか?」
死者には知らない相手ばかりでない。当然知り合いもいる。ローレンの両親はすでに他界しているが、決して怖い存在ではなかった。
それでも、死者と聞くと恐ろしいと思うのはなぜだろう。
「あいにく、亡くなった知り合いに会いたい人は居ないな。ジルは居るみたいだね」
「さあ。もう忘れてしまった相手ですよ」
意味深な笑顔を此方に向けて言うジルの言葉に、ローレンはそれ以上、質問は出来なかった。
ジルは亡くなった誰かに会いたいのだろう。
ジルの話で『はろうぃん』は大体分かったが、なぜヴラディーミルが突然そんなイベントを行おうと思ったのが謎だ。
パーシャの件もあったので、ヴラディーミル自身に直接確認しようとローレンは屋敷の主の部屋に歩みを向けた。
「ヴェーラ?」
エリンの部屋の前にヴェーラが立っている。
「王子様は今は面会できないわよ」
ヴェーラが嫌みの様に『王子様』を使用する。
「パーシャが?」言葉の主は容易に想像が出来、尋ねると相手は頷いた。
「因みに姉さまも面会謝絶。私も、今さっき小さなナイトに追い出された所よ」こんな事だったら、パンツじゃなくてスカートにしたら良かったかなぁとヴェーラは続ける。
パーシャが故意的に屋敷の主と夫人を隔離する事は無いだろう、裏でヴラディーミルが手を引いているに違いない。
「ローレン様は何のご用事?」
「いや、屋敷の騒ぎは何のつもりか確認したくて」
「ローレン様も知らないの?」
「と言うことは君もか」
ローレンはカボチャから始まって、ここにたどり着くまでに分かっている内容をヴェーラに伝えた。彼女も『はろうぃん』や『はろーいぶ』については何も知らないらしい。
「もし、亡くなった人に会えるなら、私はフェイカ姉さまに会いたいわ」
ヴェーラはエリンに亡くなった姉はローレンの事を守って息をひきとったと教えられた。フェイカに会って何を聞くのだとローレンに問われると答える事は出来ないが、フェイカはローレンの何を見てそんな行動を取ったのか教えて欲しいと最近思う。
「フェイカ様。そうか‥‥だから」
「なあに?」
ヴェーラの顔を見て思い出した。すっかり忘れてしまっていた、ヴラディーミルが会いたいが亡くなっている人の事を。
「君と同じなんだよ。フェイカ様に会いたいんだ」
「えっと、ローレン様も会いたいんだ‥‥」
「違うよ。僕はあわせる顔がない。でも殿下は違う」
ローレンが弱いから彼女は命を失った。彼女はローレンの心の咎だ。思い出すたび胸や頭を攻撃する。
最近は思い出すことも無かったし、思い出したとしても痛くない。そんな大事なことを忘れていたのは、そっくりな妹姫達が優しかったからだろう。
屋敷の廊下をパーシャが走る。髪型は変わらないが服装は今朝とは違い、真っ白のワンピースと背中にアヒルの羽で作った翼をつけていた。
天使の仮装である。
「アヒル羽の枕が翼になるなんて、ディーマ様は器用ですのね」羽の残骸が残る箱から羽を一枚つまみ上げエリンが言う。
「紙であの蝶を作った方に誉められるとは光栄です」
「ありがとうございます」誉めて、誉められて、二人は幸せそうに笑う。
「さて、パーシャが連れてくるお客様の用意をしなくてはね」
「はい」
夫の言葉に妻は頷くと、二人は奥の部屋に入っていった。
天使のパーシャはヴラディーミルの計画しているハロウィンのパーティーの為に屋敷の住人に手紙を配達していた。
宛名のない赤い蝋で封印された封書と、宛名の書かれている黒の蝋で封印されている封書を肩から掛けた鞄に分けて持つ。
「あら、天使様どちらへ?」
その姿が珍しいからか、笑顔で皆が声をかけてくれるから仕事が早い。
「あなたのお名前は?」そう聞いて、手紙を渡すのだ。
手紙を受け取った使用人は差出人の名前を見ると慌てて中身を確認する。そして、ヴラディーミル夫妻の待つ部屋へと行くのだ。
「ダヴィード。ダヴィード」
知っている男を見つけた彼女は声をかけた。
「なんだよ。ちびっこ独りか‥‥」
笑顔で振り返った彼は、パーシャが一人だと知ると、途端に不機嫌になる。
そんな態度にパーシャも機嫌を損ね「ごあいさつなの」と口を尖らせた。
「パーシャサマは難しい言葉知ってるなぁ」なだめるように彼は頭をポンポンと叩いた。
パーシャは彼にそんな言葉を言って欲しいのではない。今まで手紙を渡してきた使用人達の様に誉めて欲しいのだ。西館で出会ったミハイールは、望まなくとも「美しい」や「綺麗」という言葉を伝えてくれる。そこまでは望まない、一言、今の服装を見て思った言葉が欲しいのだ。
「今日はぼっちゃんにお前の面倒頼まれてないぞ。それかなんか用だったか?」
ダヴィードに言われて思い出した様にパーシャは黒の蝋の手紙を取り出し、本人に宛名を確認させ渡す。パーシャは文字が読めないから性善説で仕事をこなしているのだ。
「やっとカボチャの作業が終わったってのに、まじかよ。あぁ、だからそれか‥‥って」
二枚の手紙に目を通し、パーシャを見て彼は止まる。
「どうしたの?」
彼の異変に気付くと、首を傾げるが、
「ん‥‥いや。あ、蝶がかわいいなと思って」ダヴィードは視線を耳元に移してにっこり笑う。
「か、かわいい」思いがけない言葉に顔を赤らめ彼に背中を向けた。
彼は蝶を見て止まった訳じゃない。視線は先に何を見ていただろう。でも、パーシャを見て何かを見つけたのだ。
彼は笑顔で嘘をつく、何かを隠しているのだろう。事実は分かっていたがその一言が嬉しかった。
「ちびっこ。ぼっちゃんとこに俺は行くが、ついてくか?」
後ろを向いているパーシャの背中にダヴイードは声をかける。
「パパにはまだ会えないの。お手紙の事は内緒よ」
振り向きもせずにパーシャは彼に返事をした。
「ん。まぁ仕事だからな‥‥」
そう言ってランプの蝋燭の炎で手紙を焼いた。