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子連れステュワードの縁由  作者: ことわりめぐむ
13/35

5 - 2

 執事室では、悲壮な表情のローレンがヴェーラとミハイールに慰められていた。その姿からは絶望が漂っている。

「ほら、パパがいるぜ」

 ダヴィードが苦笑いしながら、幼子に言うと彼女はローレンに向かって走っていった。

「パパァ〜」

 大きな声で入口から走ってくる幼子を見てローレンは無事なのを確認する。

 顔や手が少し汚れ、ドレスの所々が傷んでいるようだが、走ってこられるのだから幼子自体は元気だ。体当たりするように飛び込んでくる彼女を大切に受け止める。

 面倒くさそうに、その後ろをだらだらと歩いてくるのはダヴィードである。

「迷子のお届けだぜ、ぼっちゃん」

「ダヴィード。ありがとう」

 安堵からか、体の力が抜けダヴィードにもたれ掛かるようにのしかかる。

 本当は自分の手柄では無いのだが、ローレンが勘違いしているだけで大勢に影響はないと判断した。それに、説明が面倒であった。

「ありがとう」

 顔と手の汚れを落とし、少しほつれた洋服を着せ替え、乱れた髪を解かしていると鏡の中の幼子が笑顔で言う。ヴェーラはその言葉に笑顔で返した。

 彼女は確かに可愛らしい。つい笑顔をこぼしてしまう。

 大切に抱き上げたり、顔を青くして心配し探し回ってみたり。その態度は、何処から見ても保護者にしか見えない。

 本当に昨日拾った子供なのかしら?と疑問に思う。

 先程の態度は、可愛いからと言う理由だけでは、上手く解釈できなかった。

「おまたせ」

 男三人が待っている、執事室に自分の自信作をつれて入る。

 絵画の天使さまを待っているミハイールには悪いと思ったが、ドレスの色は白を選ばず、彼女の髪は軽く結い上げた。代わりに細長いリボンをたらしたのが、うごくたびヒラヒラ揺れて可愛いと思うのだが、男性陣はどうだろうと思う。

 これだと先程の絵画とシンクロしないだろう。ローレンの態度は馬鹿らしいと思ったが、確かに彼女と絵画の天使さまは違う。

 自分が仕上げた贔屓目を差し引いても断然こちらの方が可愛い。

「パパァ」

 一番始めに誉めてほしくて可愛い幼子はローレンにかけよる。リボンがヒラヒラ舞い上がるのが、後ろから見ていてかなり可愛らしい。

 パパもパパらしく、可愛い娘の登場に、にこにこが止まらない。

 他方から見ていて、幼子とて、知らない男を『パパ』と呼んで慕う姿も昨日会ったばかりとは思えない。まぁ彼女の場合は勘違いしているとローレンも言っていたので、間違えているのだからおかしくはないのだろうが。

 ミハイールはそのふたりを幸せそうに見ている。彼も天使に会えて嬉しいのだろう。

「パパ。ダヴィードは」

 ローレンに頭を撫でられて満足すると、回りを見回して幼子が言う。確かに姿がない。

「用事があるとかで、ここにはいない。どうかした?」

 ダヴィードを気にしている幼子にローレンは眉を潜めるが、不振感を彼女にぶつける事はない。「ならいいの」にっこり笑顔で答える。

「さすがにダヴィードの名前は知っているのね」

「ヴェーラの事も知ってるのよ」

 首を傾けて上目遣いに笑う。馬鹿にした態度だが、彼女がしているだけで可愛いと思えるのはなぜだろう。

 ヴェーラは魔法にかかったようにただ嬉しくなる。

「名前教えてくれたの?」

「いや‥‥全く」

 ローレンも驚いていた。自分以外に名前を聞いていたとしても、彼女をヴェーラだと気づく人間は何人いるだろう。ほぼ皆無であるため幼子がどうやってヴェーラの名前を覚えたのが疑問に思う。

「なら、嬉しい。覚えてくれたのね」

「教えてもいないのに、よく覚えたなぁ」

 無意識のうちに褒める言葉とともに利き腕が幼子の頭に伸びて、柔らかい髪をなでる。嬉しそうに彼女は眼を細めた。

「ミハイールの名前も知っているのかな」

「ミハイール。知ってるのよ」

 得意げに名前を繰り返すが「ヴェーラの言葉を繰り返しただけだな」と、気づかれてしまう。

「まぁでも。人の会話を聴いて覚えるのよ。頭いいわね」

「ローレン様。彼女の名前はなんと言われるのでしょうか」

「名前?そういえば知らないな」

「不便じゃなかったの?

 あなたの名前はなあに?」

「僕の名前はなあに?」

 ヴェーラが問うと幼子はローレンに尋ねる。

「名前は知らないのか」

「僕ってのはパパの真似ね。じゃぁ、パパに付けてもらわないとね」

 ローレンの真似をして僕と言う女の子が可愛くて、ローレンがするように頭を撫でると大事な使命をパパにふった。

「え、女性の名前など、思いつかないのだが‥‥」

 使命された本人は眉をひそめて拒絶する。

「名前無いと可哀想でしょ」当然、彼には拒絶する権利はない。

「スラーヴァ‥‥とか」

 以前に面識のある女性の名前を思い出す。ただ、直接は名前を口に出せずに名前をもじった愛称を声に出した。

「それは、他の人の名前でしょ」

 とても不服そうに抗議の声を上げた。

「気に入らないみたいね」

「セロスラーヴァは有名ですしね、他人とかぶるのは嫌なのでしょうか。じゃあ、女神の名前でディアーナとかは、綺麗ですよ」

 ミハイールの名前に首を振る。

「お花の名前でリーリヤとか」

 ヴェーラの名前にも首を振る。

「小さいお姫様はワガママだな」 

 いつの間にか戻っていたダヴィードは二人の意見が撃沈する様を他人事のように見つめ、二人の気持ちを代弁する。

「大体、名前なんて個人が特定できれば良いんだから、そこいらのワインのラベルとかで良いだろ」そういいながら、テーブルに飾るように置かれたワインのラベルを指差した。それには異国語で『堕者』と書かれている。

「とんでもない、駄目ですよ。女の子につける名前じゃありません」

 慌ててミハイールがワインとダヴィードの間にさえぎるように入り注意する。よりにもよってなんて名前のワインが置いてあるのだと苛立っていた。

「‥‥パーシャは駄目かな」

 昔の言葉で『小さな』を表す言葉から作った愛称を、尋ねるように聞いて見ると、了承の言葉の代わりににっこりほほ笑んで抱きついてきた。

「良いみたいだな。ぼっちゃんの娘だから『パーシャ・ローレノヴァナ』になるのか、言いづら‥‥」

 ダヴィードは嫌そうな顔をして舌をだす。見える刻印にローレンも嫌そうな顔をした。

「舌」

「はいはい。ぼっちゃんは厳しいな」

「ろれーね、な?」

 パーシャはダヴィードの言葉を繰り返したが、正しく発音できない。

「パーシャは僕の娘ではないし、僕の名前は付けなくていいよ」

 自分だってセーヴァの息子だと名前で名乗った事はない。父称など、自分にとって嫌がらせ以外何でもない。パーシャにも、自分の名前を名乗らせる事でいつか迷惑をかけてしまうのではないかと不安になるのだ。


 少し日が暮れると屋敷の主が帰ってきたとヴィオロンに言われ玄関ホールにローレンは向かう。本当は昼前には一度屋敷の敷地内にいたのだか、それを知っているのはごく一部の人間だけである。

「お帰りなさいませ」

 ローレンは玄関ホールで屋敷の主を迎えると顔色を伺う。意識せずともそうしてしまうのは後ろめたさがあるからに違いない。

「どうした体調でも崩したか?」

 きっと誰も気づかないような不安を察知してヴラディーミルは問う。

「体調は悪くは無いのですが、少し殿下にご相談が」

 野生動物の本能の様な勘の良さを感謝して、ローレンは本題を切り出そうとした。

「ヴィオロンでなく私にか‥‥」

 何故そこにヴィオロンの名前が出てくるのだろうと首を傾げるが、今はそんな事はどうでも良い。

「殿下にしかお話できない事です」

 その言葉に満面の笑みを浮かべヴラディーミルは自室に向かう。ローレンの相談事は自分だけにしか打ち明けられないものなのだから、自室に二人きりで話す必要があるだろう、そう考えて歩く足を早めた。


「で、彼女が相談事?」

 ローレンを盾に隠れるように此方を見る少女。

「パーシャ、隠れないで。ヴラディーミル様にご挨拶して」

「パパァ‥‥」

 いつも嫌みの様に『殿下』としか呼ばなかったローレンが自分の名前を呼び、少女に挨拶を促す。それだけでも驚いたが、少女はローレンを『パパ』と言う。こんな大きな娘がいたなんて初めて知ったと、目眩がしそうな感覚をヴラディーミルは感じていた。

 ローレンはローレンでパーシャの行動に驚いていた。昼間、他の使用人達に会わせた時にこのような反応はしていなかった。顔を明らめ、ヴラディーミルに視線を会わせようとしない。

 これからこの屋敷に置いて貰いたいと願う前に印象を悪くしないだろうかとヴラディーミルを伺うと、青い顔で口元をひきつらせていた。

「‥‥いつからだ」

「は?」

「いつから彼女の事を隠していた」

「いつからというと、昨日ですが」

「そんな大きな娘が昨日今日出来るわけがないだろう。私に隠して子供を作っていたとは、悲しい」

「作っていたって、殿下、誤解です。パーシャは‥‥」

 ローレンを見つめる娘の目が気になった。

 彼女の耳を両手でふさぎ、できるだけ音を遮る。

 それでも多少は聞こえるだろうが、自分の咎は軽症だ。

「パーシャは昨日庭で保護した子供です」

「そんな人間を犬猫みたいに、拾えるわけがないだろう。嘘をつくならもっと上手くつけば良いのに」

 本題を始める前に屋敷の主は思いっきり反れた誤解を始めた。しかも、誤解した内容に腹を立てローレンの話を聞こうとはしない。

「お言葉なのですがディーマ様。彼女はローレン様が昨日、お庭で保護されたのですよ」

 寝室からこちらをうかがっていたエリンはローレンに助け船をだす。

「エリン様」

 パーシャの横に屈み、両肩を押すように支えてヴラディーミルからよく見えるように対峙させる。

「ほらご覧くださいな。瞳の色も髪の色もローレン様には何一つ似ていませんわ。どちらかと言えば、彼女の髪の色はディーマ様と同じ‥‥金色の瞳はどなたなのでしょうね」エリンの瞳には怒気が隠っていた。その目が訴えている内容を二人は察して冷や汗をかく。

「私には隠し子は居ない」ヴラディーミルは夫人の誤解を解くために真実を語ろうとするが、誤解を打ち消すよりも、更に深めてしまう弱々しい言葉しか吐き出せない。

「‥‥という状況ですのよ。お分かりになりまして?」そう言ってエリンは悪戯っ子の様に笑った。

「ほら、ローレン様。お話を」

「あ、はぁ。ということで、庭に遺棄されていた様で。今ヴィオロンが身元を確認中です。この様に私を頼りにしていますし、本来ならば許可されないと分かっていますが」

「許可するしないの問題じゃない。お前が必要ならば置いてやれ」

「構わないのですか?」

「女の子の一人増えた所で何が問題なのだ。なぁパーシャもパパと居たいだろ」

 突然自分の名前を呼ばれてパーシャは驚き、ローレンに隠れる。

 何か言いたげな表情で見つめる瞳にヴラディーミルが屈んで首を傾げると小さい声で「お腹大丈夫?」と呟く様に伝えた。

 ヴラディーミルは驚き、思い出したかのように手を当てる。

「気がついていたか。大丈夫。だけど、パパには内緒だ」

 ローレンに聞こえないようにパーシャの耳元でこっそり秘密事を伝えた。


 屋敷の主の許可がおりたため、用事が済み。堂々とできるようになった親子が廊下を歩く。

「パパァ。あの人だあれ?」

 繋いだ手を汗が滲むほど握りしめ、下から見上げてパーシャが問う。

「この国の王子。ヴラディーミル様だよ」

「おうじさま‥‥」

 意味がわかっているのかいないのか、彼女は繰り返すように呟く。

「さっき何を話していた?」

 ヴラディーミルがこっそりパーシャに話しかけた内容はローレンは知らない。あの王子様が女の子に酷いことを言うとは思えないが、保護者として認められた以上、気になる事である。

「内緒」

 にっこり笑顔で、見上げて言う姿に、大丈夫だと確信して、気になる内容を追求するのは止めた。

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