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子連れステュワードの縁由  作者: ことわりめぐむ
11/35

4 - 3

「ところで、調べた結果はどうだったの?」

「男は外部の者だった」

 調べろと言われたのはほんの数時間前。彼女の調査はどんなものを指しているのだろうと疑問に思うが、ヴェーラの質問にローレンはわかっている事を述べた。

「屋敷のフットマンじゃなかったの。制服着てたのに?」

「あ、あれは偽装品だった。確認すると全くの別物だ」

 ヴェーラもローレンと同じ様にあれはフットマンの制服だと判断した。

 裏地の縫い方やステッチまで特注されているとは普通は思わない。

「そう‥‥あんなこと働いてる人がするわけないか。とりあえずは安心かな」

 ヴェーラは嫌なことを思い出したように、目を伏せ呟く。声のトーンから不服さは感じられた。

「そうと言いたいが、殿下がお帰りになってない以上、男の処置は屋敷で拘留中だ」

「安心じゃないの?」

「考えすぎかも知れないが、一人戻ってこない=成功と判断されると次が来る可能性がある」

 思慮するローレンの隣で、ヴェーラの目が光輝いたのは気のせいではない。

「じゃあ、入り込む前に叩きのめす必要があるわよね。夜警が必要かな。私、ついていこうか」

 叩きのめすうんぬんは考えていないが、少しの時間であっても、見回りが必要だとローレンも考えていた。

 自分から言い出すのだから彼女は間違いなく腕に自信があるのだろう。そんな彼女がこう言うのだ、もし有事が起こって戦闘にでもなれば、なんと心強い言葉なのだ‥‥と喜ぶわけは無い。

 婦女子に守られる自分を想像して首を振る。

「エリン様がご不安だろうから、エリン様と一緒に居てもらえると助かる」

 女主人の名前を強調して、ヴェーラが嫌とは言えない様に話の方向をもっていく、彼女に守られるのが嫌という理由であれば笑い飛ばされて終わりそうだ。

「考えすぎじゃない」

「有事がなくても、気持ちの問題だ」

 そう。気持ちの問題である。


「で、ぼっちゃんは俺の安眠を妨害するわけね」

 昼間上から眺めていた北の庭をローレンは歩く。その後ろからだるそうにダヴィードがついてくる。

「僕は一人で良いと言ったのだが」

 ローレンの考えは、ヴィオロンが血相を変えて反対した。

「なぜ坊っちゃまが行かれるのですか」と大声で注意を受ける。呼び名が昔の『坊っちゃま』に戻っているあたり、相当冷静ではないのだろう。

「僕のワガママで見回りをしたいのだから、他の者に任せる気はない」

 そう言って渋々納得させたのだが、ヴィオロンはダヴィードを連れてよこした。

「別に報告しないから自室に戻れ」

 明日も通常通り応接勤務があることだろう、彼に余計な仕事を増やして眠る時間を削っているのは事実だと理解はしている。

「ぼっちゃんが一人で徘徊してるだけでも心配で寝られないんだよ。俺の安眠は、ぼっちゃんがおとなしく寝る事だ」

 ダヴィードの口からは本音でない言葉がもれた。

 ローレンの提案に喜んで帰ったとしても、ダヴィードの個室には執事室の応接間を経由しなければ行くことが出来ない。

 あんなに心配していたヴィオロンが素直に安眠しているとは考えにくい。たとえ報告されなくても、しっかり見つかることだろう。

「なんでお前まで心配するんだ。僕はそんなに役たたずなのか」

 機嫌を取るために言った言葉がローレンの機嫌を損ねる。

「さあてそれは見てないから解んないけど」

 ローレンの実力は未知数だが、ヴィオロンにあれだけ心配されているのだ。こういった業務には全く役に立たないかも知れないし、ヴィオロンがただの過保護だという可能性もある。

「まぁ‥‥何かあっても守りきるから問題ないが」

 ローレンに聞こえ無いように呟くと先に歩く彼を追いかけた。

 屋敷の庭は恐ろしいほど広い。ヴラディーミルご自慢の庭師が作り上げた作品は、昼間なら美しいと鑑賞に値するが、夜警には邪魔以外何者でもない。視界を遮る作品を見てダヴィードは目を細めた。

 屋敷の敷地を囲うように壁が存在し、入り口部分は数名の夜警が存在するため、ローレンの心配は杞憂に思えるが、これだけ隠れる場所があれば見落としても仕方ない。壁だって乗り越えようと思えば出来ないことはないのだから。

「ぼっちゃんは何時まで見回るつもり?」

「一回りすればと考えていたが、見れば見るほど危ない場所だ。朝まで回らないと意味がない」

「やっぱり‥‥」

 裏切らないローレンの言葉にダヴィードが見るからに残念そうに答える。ローレンはムっとした表情で「だから帰ってくれって言っただろう。お前に迷惑をかけるつもりはない」と吐き捨てるように言った。

「迷惑だって分かってるなら、帰ろうぜ」

 苛立つローレンの相手をまともにせず、自分の意思を伝える。それで素直に帰るのならば今ここでこんなやり取りはしていない。

 また振り出しに戻ろうかという言葉を言う前にダヴィードが何かに気がついた。

「あれ‥‥なんだ?」

「なに?」

「あっちに明かりが見える」

 ダヴィードの言う先を見ると、不自然に明かりが見える。

 庭に灯る明かりならば、今の自分達か元々配置してある夜警のどちらかであろう。

「夜警の明かりが見えているだけじゃないか」

「いや。夜警ったって門付近うろうろしてるだけだからな。あの方向に門はない」

 二人が心配していた通り、不審者が敷地内に潜んでいる様だ。

「俺が見てくるから、ぼっちゃんはここで」

「いや、僕も行く」

 思った通りの言葉にダヴィードは肩を落とした。

「聞いてなかったとか言われたら困るから、とりあえず言っとくけど、この屋敷に入り込むのは泥棒ばっかしじゃないんだぜ」

「‥‥」

「昨日、俺らがケインを持ってる理由を聞いたよな。護身用は冗談じゃなくて本気の話だ。俺とミハイールがヴラディーミル様に雇われているのは、顔と血っていう理由もあるが、近戦術では間者相手に絶対負けない」

「間者‥‥が来たのか」

「ここの屋敷じゃないが、ヴラディーミル様だけじゃない、ポーランの王子様は皆狙われてるぜ。内からも、外からも」

 外からは自分も襲われた経験から解らなくもない。ただ、内からもという言葉に寒気を感じた。

「さっきまでは、居るか居ないかどうでもいいお客様を探してたからぼっちゃんの好きにさせてたけど、居ると分かれば放置はできない。ぼっちゃんも近づけたくないのが正直なとこだ」

「そんな話をされて、逆にお前一人になどできない。ただお前の仕事の邪魔をする気はない、足手まといと判断したら気にせず放置してくれ」

「まぁ仕事っちゃあ仕事だけど」

 ぼっちゃん捨ててまで完追させることじゃないんだけどと心で思う。相手を捕まえて称賛されるかと思えば、そんなに甘くない世の中だ。ヴィオロンにこっぴどく叱られる上、間違いなく解雇であろう。

 彼のローレンへの溺愛ぶりからして、叱られる→解雇程度で済めばまだ運がいいほうだ。

 霧の国の技術を学び、彼に認められる為にこんなことに付き合っている訳なのだが、解雇されては全く無駄となる。

「置き去りにはしないけどさ」

 そう言って気がついた。『いま』ここで置き去りにするのも、連れていって邪魔になったら放置するのも、結果論として同じだということに。

 ダヴィードの選択肢は一つしかないのだ。


 近くに行くと明かりでは無いことが分かる。

 明を取るために灯しているのではなく、木自体から光が漏れている、そんな感じであった。色もランプのような、緋に近い色ではなく白や緑に近い。

「リブジスティス‥‥か」

 庭の手入れされた木々の中から滲むようにあふれ出る光に見覚えがあり、ローレンはつぶやいた。

「なんだそれ‥‥」

「いや、気にするな」

 ダヴィードに説明するのが面倒なわけではなく、目の前の現象は何であるか未確定なためあいまいにしておこうと考えた。

 リブジブティスは、ローレンと昔の知り合いを繋ぐ光。

 天国と呼ばれる場所に繋がる光である。そんな現象がこう簡単にあるはずもない。

 目指して歩いていると、光は消えてしまった。

「バレたな」

 そう言うとダヴィードは、光が漏れていた木ではなく、それよりも左の方向へと走り出した。右側は開けており、死角から逃げ出したら目視できる。もし、誰かが居て逃げだすため灯りを消したのなら、ダヴィードが向かっていった方向か、または真っ直ぐ奥かとなる。

 ダヴィードの動作を見て、ローレンは小さく恐怖を感じてしまった。今までだらだらしていたダヴィードが全く違う人間のように動く、それだけで事の深刻さが見に染みる。もし、本当に間者であったのなら、自分で対応できるのだろうかと恐れてしまうほどに。

「こっちには居ないか。ぼっちゃんそっち側に居るかも知れねぇ。気をつけろ」

 見えない位置からダヴィードの声が聞こえた。

 もし間者が潜んでいたとしたら、そんな大声を出すのは得策でない。間者が逃げるのと、ローレンの安全を天秤にかけたら、後者を優先させたのだろう。

 要らない助言がローレンの恐怖を煽る。

 自分はこんなに弱虫だったか。

 さらに煽るように後ろの草むらから音がした。声は出さないが、必要以上に驚いてしまった。近くにダヴィードがいなくて幸いだと心を落ち着かせた。

 振り返って、音の元を目視するとローレンは止まる。

 ダヴィードが側まで寄ると、ローレンと同じ様に、止まってしまった。

 そこには、とても小さな女の子が座り込んでいただけである。


 ★


 肺から酸素を絞り出すように息を吐きながら執事室の扉を開けた。

 固い表情のローレンに、抱かれた幼子は首を傾げるが声はださない。

「おかえりなさいませ」

 姿を見る前に声がかけられる。ダヴィードの予想通り起きて待っていたようだ。

「先に寝ていると思っていたが」

「ローレン様より先に眠る事はないですよ」

「お前にも迷惑をかけているのだな。すまない」

「そうです。以後夜警など適職の者を手配ください」

 ヴィオロンは顔色変えずローレンと会話をする。

 幼子はまるでそこには居ないかのように黙ったままで、ヴィオロンもそれに触れなかった。

「眠いと思うが、相談があるのだが」

 ローレンは幼子を下ろすと、ヴィオロンに向けた。

「夜警中に拾ってしまったのだが、どうしたら良いものかと」

 拾ってしまった幼子をヴィオロンは一瞥する。

「見た感じきちんとした身なりのお嬢様に見えますが、本日はお泊まりのお客様にお子様がいたとは報告は受けていません。家出か何かでしょうか」

「あ、いや。身なりはエリン様の侍女に仕立ててもらった。多分殿下のお客様とは違うと思う」

「ダヴィード‥‥どう読みました?」

 ローレンの話を聞き、幼子を観察するように上から下へ。発見した時に側に居たであろう部下へ状況報告を求めた。

「発見した際には衣服は身に付けていません。手術跡はなく、軽い外傷も少ないようです。言語が未発達なのからして単純に遺棄された様に思えますが、屋敷の庭にどうやって入り込めたかは謎です」

 ローレンがヴェーラに手渡すまでの間、ダヴィードは幼子を観察していた。この年齢の子供であっても、間者であったり、本人は知らなくても体内に何か植え込まれている可能性がある。

 手術跡の報告はその為の物である。

「素性はさっぱりですか。処分したほうが得策ですかね。ローレン様も困っている様ですし」

 やけに冷たいヴィオロンの目が幼子に向けられる。いつもと変わらないのだろうが『処分』という言葉がローレンを震わせた。

「処分って‥‥僕はそんな事頼んでない」

 力を込めたら押し潰してしまいそうな幼子を壊れないように大切に抱き締める。

「パパァ?」

 幼子は不安定な体位を小さい手をローレンに回し、安定させた。

「パパ? どういうことですダヴィード」

 自分の知らない事実を目の当たりにし、驚き訊ねる。

「彼女はぼっちゃんが父親と認識しているようです。ぼっちゃんは身に覚えはないみたいですが」

 ダヴィードがそう言うが目の前の擬似親子は見に覚えがないという風に見えない。

「参りましたね‥‥」

「ヴィオロン」

 懇願する目をしたローレンが名前を呼ぶ。

 向けられた張本人はその瞳に一瞬たじろぎ、ローレンがいつもしているように眉間に皺を寄せた。

「この屋敷でひきとるとなるとヴラディーミル様とご相談していただかないと」

 口元をひきつらせて、視線をはずす。本来ならば危険分子、屋敷の主も目の前の主もどちらともに危害を及ばす可能性があるのならば排除したいと思うのが、使用人として当たり前なのだが‥‥その主が排除するなと懇願する。

 卑怯ではあるが彼女の処遇は屋敷の主にほおり投げる事にした。

「やっぱり、ぼっちゃん次第なんじゃねーか」

 端から駄目だろうと判断していた内容がローレンのお願いで何とかなる。そんな事実を目撃するとダヴィードは周りの人間に聞こえないようにこっそり言葉を漏らす。

 ヴィオロンに何かさせたいのなら、ローレンを味方につけるのが間違いない。

「どちらにせよ。身元を調べさせて頂きます。よろしいですね」

「構わない。もしそれでどこの誰かが分かれば家に帰れるだろう」

 幼子を見てローレンはにっこり微笑む。彼女もつられて可愛い笑顔を返した。

 ヴィオロンは隣でため息をつく。

「ヴラディーミル様は本日は、いえ、もう昨日ですか、おもどりになられません、もう夜も遅いですしお休みください」そう言ってローレン達を部屋に追いやった。

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