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子連れステュワードの縁由  作者: ことわりめぐむ
10/35

4 - 2

「昨日、壊れた物? 何の事だ」

 東館の監視者は明らかに視線を合わせないようにしているため、何か隠し事をしているようにしか見えない。

「昨日応接室で割れる音を聞いた。だが破損報告はあがっていない」

 核心を突いてやろうと続けざまに質問をする。

「壊れてないんだし破損報告はありえないだろ」 

「ちょうど台帳整理中だ、管理物件をすべて確認させてもらう」

 煙がないのだから、火もあるわけがないと主張するダヴィードに台帳を見せつけ許可を取る。拒絶したとしても強制執行するわけだが、ローレンなりの礼儀である。

「かまわないが、無駄な点検になるぜ」

 飾ってある品、保管してある品、使われている品、目視して台帳と照らし合わせる作業。時間は多少食うが躓かなければスムーズに進む作業だ。

 予想していた欠損は何もなく、スムーズに作業は終了した。

 調度品はすべて台帳通り揃っていた。

 何一つ欠損することなくあった、全くの予想外である。

「ほらな、無駄な点検になっただろ」

「無駄な点検はない」

 そもそも点検という言葉の意味が理解されていないような嫌みだ。

「全て台帳どおりとなると、昨日の音は一体‥‥」

 確かに台帳通りに調度品はあった。未報告の物品の確認も同時に行っていたため隠された物は無いと考えられる。

 昨日は偶然にも未報告の物品が破損したのだろうか。

「ぼっちゃんの気のせいだって」

 おそらくそう言われて笑われるだろうと予測した台詞をダヴィードは言った。

「お前は予測した通りに動くな」肩を落としてポツリと呟くとダヴィードの肩越しに作業するフットマンが見える。

 彼の頬は青く腫れていた。顔がすべての(といっても二言はない)フットマンの顔に青痣が付いているのはどうなのだろう。

「彼の怪我は作業中の事故か、それともお前の知らない事か」

「彼って‥‥」

 ローレンが指差す先にいるフットマンを見てダヴィードは固まってしまう。きっと彼にとって良くない指摘なのだろう。

「ぎょ‥‥ぎぎょうむ中の事故だ。あいつはどんくさいから顔に鈍器が当たってな。顔が命のフットマンが顔に傷つけたら意味無いもんな。奴も真剣に仕事してるし、傷も多分治るからクビは勘弁してやってくれよ」

 そう言ってフットマンから意識を反らそうとローレンの背を押して回れ右。

「別にクビなど考えていない」

 ローレンがダヴィードに反論しようとすると、ガシャーンと昨日と同じ音がする。青痣のフットマンが壁にかけてあった皿を落としてしまったようだ。

 自分達の目の前での破損事件である。これは弁解しようが無い。

「あら〜、ダヴィード様」

 壊してしまった事を焦る訳でもなくのんびりとした口調でダヴィードに声をかける。

 音がして振り返ったダヴィードは「お前またやったのか!!」と怒鳴りつけた。

 ダヴィードは『また』と言った。

「気をつけたつもりなんですけど、まあラベルを呼んできます」

「あぁ‥‥ま、まてダメだ呼ぶな」

 ふりかえればローレンがいる事に気がついたダヴィードは彼の提案を却下する。

「でも、時間が経てば直らないですから」

 そう言い残して、ダヴィードが却下しているにも関わらずフットマンは彼方の方に駆けていった。

「どういう事だ?」

「な、何でもないですよ。割れたと勘違いしているんじゃないのでしょうか」

 先程までと違い下手な棒読みの敬語を話すダヴィードは、誰の目にも隠し事が有るのは明白だった。

 二人の目の前の床には割れた皿が散らばっている。

 これを割れていないとは言えないだろうと無言でダヴィードを見つめるが、彼は無言のままその皿を見ないようにしていた。

 そうこうしている間に先ほどのフットマンが別のフットマンを連れて戻ってきた。彼がラベルなのだろう。

「だからダメだって」

「時間がないんです」

 帰ってきたフットマンとダヴィードが言い争う。

 普通フットマンは管理されている立場なのだから、ここまで逆らうのは問題なのではないだろうか。その光景を見ていてローレンはふとそう思った。

 これからラベルと呼ばれるフットマンが行おうとしている行為は東館の使用人とヴィオロンしか知らない。主人にさえ知られていない隠し事をローレンに知られては問題になるとダヴィードは拒否するが、時間がたてばその行為自体が意味が無くなると理解もしていた。今すぐするか、しないのか、どちらのリスクが大きいか考えだしたら頭の中が整理できなくなる。

 自分のフットマン達はそんな考えも気にせずに後者を心配し、先に進めようとしていた。

「あぁぁぁ。めんどくせぇ。ぼっちゃん他言は無用だぜ、始めろ」

 短い時間に、葛藤がダヴィードの頭をパンクさせる。 

「後、動くな」と付け加えると、皿を割ったフットマンの側に歩いていった。

 ラベルと呼ばれたフットマンは床に何かで円を書く。幾何学的な模様と何処かの文字らしき模様。その上に割れた皿と破片が並べられる。

「今日は逆だからな」

 そう言うとダヴィードは持っているケインで皿を割ったフットマンを殴り付けた。低い男のうめき声と供に口からは血が吐き出される。

 少し殴ったぐらいでこんなに出血するだろうかと疑問を抱く量の血液が彼の口から床に落ちると、溝が掘ってあるかのように、まっすぐ細い線で円に向かっていった。

「明日もやったら死にますよ」

「むしろ、死んでこの雑な行動を治せ」

 ラベルとダヴィードが話をしている間に破片は元の皿になった。

 皿が無事に元に戻るのを見届けると、皿を割ったフットマンは口を抑え、奥に引っ込む。

 ダヴィードが『また』といったことと、ケインで殴りつけて出血したことから、おそらく昨日の割れた物もこうやって修繕されたに違いない。明日になれば彼の顔には双方に青い痣ができるのだろう。

「ヴィオロンが言っていた意味はこういうことか‥‥」

 確かにこれならば壊れる事はない。破損報告書も要らなければ、台帳から品が欠損することもない。

「なんだヴィオロン様はぼっちゃんに教えてるのかよ。聞いてるんなら言えよ焦ったじゃねぇか」

「お前に聞けと言われただけだ。しかし、これはすごいな」

「ぼっちゃんって動じない人なのか?」

「?」

 ダヴィードの言葉の意味がわからないため首を傾げる。

「びっくりするだろう。怪奇だぜ?」

「怪奇なものは初めてじゃない。これは誰の奇跡だ」

 動じないの意味が理解できると、目を伏せて思い出すように『奇跡』と言葉にする。人間には到底達することが出来ない技術は全てローレンには奇跡としか受け取れない。

 彼が知っている奇跡は代償に命を削って願いを叶えるものだ。目の前の皿も、誰かが命を削って行っているのなら注意する必要があるだろう。

「奇跡には違いないが、錬金術って呼ばれる魔法だ」

「錬金術は魔法じゃないですよ」

 偉そうに答えるダヴィードにラベルが訂正する。

「錬金術といえば、金を作れる技術か」

 聞き覚えのある言葉に、昔、文書で読んだことがあると記憶を引っ張り出す。

「金は現実には無理ですが、彼の体液を元に分子を再構築したんですよ」

 ラベルはにっこり笑うと割れた皿を元の場所に戻した。

 体液は、彼の口から出たもの血液だの唾液だろうと予測はつくが、皿の分子を再構築などと話をしてもローレンにはさっぱり理解出来ない。

「言っても理解できねぇって」知ってか知らいでか、ダヴィードが偶然にもローレンの心中を代弁する。

「セーヴァ様のご子息にご理解できないなど、失礼ですよダヴィード様」

 ラベルは、ダヴィードの言葉に軽く笑うとローレンの父の名を語った。父と自分の事を知っている人間がいる事に正直ローレンは驚いていた。

「ぼっちゃんてあの科学者の息子なのか。てっきりどっかの貴族が落ちぶれたのかと思ってたぜ」

「父の名は、そんなにも有名なのか」

 兵器開発の科学者の名前を直接の関係者であれば知っているのは仕方ないが、一般市民に見えるフットマンにまで知られているとは予想外だった。良い意味での有名ではないのは間違いないだろう。

「知らない奴は居ないんじゃね?」

 知らない奴は居ないという言葉が、心に引っ掛かるが父の罪に関しては何度も聞かされてきた事だ。ダヴィードなど国まで滅ぼされているのだから、彼らが憎むべき存在だと認識していておかしくない。

 ここでも咎め立てられるのかとローレンは言葉を失う。

「ん。もしかして俺が逆恨みして知っている‥‥とか思ってなくない?」

 黙ってうつむいてしまったローレンに焦ったように声をかける。言葉さえ発しないが、反応し顔をあげたのが肯定と判断した。

 見上げたローレンの不安な瞳がダヴィード達を見つめる。彼は男なのだから確率は低いが、今にも泣き出してしまいそうな表情がどうしたら良いのだろうと心をざわめつかせる。

 下手な言葉はローレンを傷つけやしないかと先程の質問の続きが口に出せない。ヴィオロンに目をかけてもらうには、ここで、溺愛する彼に距離を置かれては困る。

「あの、こんなことを言うのは何て言うか」考えにならない言葉がしどろもどろ。

「セーヴァ様を悪く言うのは無知な輩ばかりです。彼の設計した兵器は人智を越えているんですよ。もしそれで危害があったとしても、発明者やその家族に怒りの矛先を向けるなどバカとしか思えません。ねぇダヴィード様!」

 上手く言葉に出来ないダヴィードを押し退けるように思いを伝える。最後に振られた言葉にダヴィードは「あぁ」と間抜けな返事を返した。

「まぁ、今のが正論なんだが。貴族ならお前の父上の名前は知ってて当然なんだよ。こいつも貴族の端くれだし当たり前の知識かな」

「普通は家族構成も覚えますよ」

「いや、当主だけでよくね?家族全員名前と顔覚えてるなんて、気味が悪いだろ。役にも立たねぇし」

「役に立つとかじゃないですよ。貴族のたしなみです。ねぇローレン様」

 ラベルはダヴィードに話を振るようにローレンにも同意を求める。

「あ‥‥いや僕は必要なかったから生憎」

「ほら、お前がおかしいんだよ」

 ローレンの返事が自分の同意になったことでダヴィードはラベルを攻める。

「いや、他者を覚える才能は否定する必要はない。寧ろ今の業務に生かせばいい‥‥と思うが」

「イイコト言うね。ほら仕事しろ!」

 まだ何か話をしたそうな表情で動かないラベルを追い払い、ダヴィードは言った。

「ベリラントの奴等が何て言うか知らないけど併合時は百年以上も前だ、セーヴァサマなんて居なかったんだぜ。銃剣でちゃんちゃか闘ってた時代だ。もしその兵器すらぼっちゃんの父上が作ったとしても、ラベルが言った通り関係ねぇだろ。使った奴や命令した奴なんかの方が本来罪悪感を持つんだよ。だから、なんていうの」

 目を閉じて一息吐く。

「気にするな」

 これ以上の言葉が見つからなかった。


「一つ質問があるのだが」

 なんだ、と口にはしないが表情で問うとローレンは続けた。

「あの皿はあの位置でないとダメなのか?」

 質問は別の話と構えていたダヴィードは拍子抜けしてしまう。

「気にしてないなぁ」そのまま、にやりと笑うと「お前が気にするなといったんだぞ」とローレンもつられて口角を上げる。

「皿は扉の左に飾られるのがこの屋敷では普通だな。なんか厄よけらしいぞ」

 よくは分からないがと続ける。

「位置は変えにくいか‥‥置き方が割れる原因だと思うが?」

 よく分からないしきたりを勝手に変更した場合、後々痛い目に合う可能性がある。場所は変更しないで破損予防をするとすれば、後者の指摘になる。

「確かに、この皿は自殺願望が高いな」

 先程のフットマンだけではなく、色んな人物に何度も再構築された経験があるのだろう。ダヴィードは皿を手にとり話しかける。

「いっそ壁に穴でも開けてはめ込むか?」

 皿は扉の左側に少し出っ張った部分に置かれていた。皿を支えるのは茶色の縁に打ち込まれた鉄の足二本だけで、右側と左側を均一に保っているからこそ、その位置に収まっている。バランスが崩れれば直ぐに落ちる設計だ。

 ダヴィードの言うとおり壁に四角にへこませて、簡易な棚を作るのが破損を防ぐ良策に思える。

「費用が気にはなるが、良い案だと思う」

「まぁ。費用でいっちゃうとフットマン一人殴って済むんだから今のままがいい気はするな」

 殴れば元に戻るのだから、コスト面ではゼロである。

 だが、問題はそこではない。

「ヴィオロン様に相談かな。最終的にはぼっちゃん次第だけど」

 まぁ考えといてくれやと皿を元の位置に戻して言った。

「そういえば、お前の怪我は?」

 昨日の音からして、割れた物は二つである。今のようにして元に戻したならダヴィードも顔に痣があってもおかしくない。

「俺まで破損させたのに気がついてるのか、ちゃんと代償は払ったぜ」

「いや、大丈夫なのかと」

 口から出血させるのであれば殴り付けるのが効率的ではあるのだが、横顔からは痣らしきものは見えない。

「心配してくれてるのか、誰にも見せられない部分だけど、見る?」

 人懐こい笑顔でローレンに近づくと上着を捲ってそう言った。「見る」と言えば服を脱ぎだしそうな勢いだ。

「いや‥‥遠慮しておこう」

 冷や汗を額に浮かべ表情を歪めると、残念そうにダヴィードは上着から手を離した。

 

 東館の秘密を理解したローレンはとりあえずヴィオロンを探すことにした。

 破損報告が上がらないのはいいことだが、あの行為が倫理的にどうだろうと悩むからだ。ある意味処罰に近い事から作業員は気をつける様になる思惑があるかも知れないが、『また』直せば良いと注意散漫になっている様に思えるからだ。

 皿という物質に本来与えられていない再生を施すという奇跡は、きっと何らかの形で代償が返ってくる‥‥そんな気もしないではない。ダヴィードなら、ちゃんと代償払っていると主張しそうだが。

「また、眉間にシワが寄っているわよ」 

 後ろから声がかかる。ふり返るとヴェーラだった。

「真後ろからは見えないと思いますが」

 とはいうものの、女主人の言葉を思い出して気持ち眉根のシワを無くそうと試みる。

「通りすぎた時に見たのよ。気づかなかった?」

 先程の事もあり、余り関わりたくないなと首を横に振ると立ち去ろうとする。

「あ、まってまって」

 方向転換したローレンの進行先を塞ぐようにヴェーラは手を伸ばした。押し退けたり、迂回したりするのもおかしいので仕方なく立ち止まると「なにか?」と尋ねた。

「えっと‥‥ありがとう」

 ヴェーラが頭を下げる。

「お礼を言われる様な事はしていないですが」

 北の廊下で見かけた時は結果的に見捨てた形になったし、夫人に秘密にすることも出来なかった。怒ったとしても感謝される事象があっただろうか。ローレンは皮肉ではなく素直に疑問に思う。

「ローレン様があー言ってくれなかったら今頃コウクナに戻されていたわ」

「危険だったのは事実なのだし戻ったほうが安全では」

 むしろ戻ってくれた方が、お互いに平和に暮らせるだろうかと思いながら彼女の返しをおとなしく待つ。

「まさか、逆に姉様の傍にいなきゃって思ったわ。それとも追い返す?」

「‥‥貴女の存在は私の権限で如何こうできるものではない。ただ‥‥」

「ただ?」

 一度言葉にしようとして黙ってしまった台詞を促すように繰り返したヴェーラを見てローレンはため息をついた。

「ただ、叶うのならば。あの言葉遣いは僕の前ではやめてくれ」

 頭を抱えて言葉を吐き出すローレンに、ヴェーラはにっこり微笑んだ。

「その顔であの暴言は心臓に悪い」

 彼女も又、姉姫にそっくりなのだ。

 男女関係なく誰もが守りたいと思う可憐な容姿。透き通る綺麗な声は歌姫として有名だった。

「大丈夫そのつもりはないわ」

 その同じ声で語るのは、彼女なら絶対言わない言葉。

 だから、見た目が同じでも違うと思えるのだろう。

 だから、余計な気を使わずに、正直に自分の気持ちを話してしまうのだろう。

「正直、助けられないのは恥ずかしいと思っていたし。貴女の気分も害してしまった。

それに、エリン様であの状況は、きっと誰も間に合わない」

「『あなた』っていうのなんで?執事も侍女も使用人だから敬語はいらないんじゃない」

「貴方はエリン様の妹姫ですので。それに」

「何?」

「先ほどまで『あなた』も僕相手に丁寧な言葉を、お使いでしたよ」

「だって、ヴラディーミル様のご友人でしょ」

 ヴェーラの言葉に顔をひきつらせて「殿下は僕の友達ではない」と拒絶する。

「ふふ。そうなんだ。まぁ同じ使用人どうし、硬い言葉は無しで貴方も様も要らないでしょ」

「それは強制なのか‥‥」

 肩を落として彼女を見ると、大きな笑顔で言った。

「うん。守ってくれないとうっかり暴れちゃうかも」

 彼女と彼女は似ていない。

 だから、ローレンは表情を歪めていても‥‥

 その言葉に従うのだろう。

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