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じゃあ、国交断絶しましょうか?

「セリーヌ・シュトーレン! なぜお前がここにいる! もう二度と私の目の前に姿を現すなと言ったはずだ!」


 私の前で怒り狂っているのは、小国ファルーア王国の王太子カークである。かつて私の婚約者だった男だ。


 私はファルーア王国の辺境にある公爵領で生まれた。この国では珍しい、高い魔力を持って生まれた公女として、齢三つを数えるころには王家との婚姻が定められていた。


 私と歳の近い王子として、カーク・ファルーアがめあわされたのは、当然の成り行きと言えば当然の成り行きであった。


 順当に王妃教育を受けて育ち、年に一度、社交シーズンになれば王都へ出て行ってカークと面会を重ねた。


 だけど、三年前。

 十六歳のデビュタントの年——。


 『お前との婚約を破棄する!』


 童顔の可愛らしい少女の肩を抱いたカークが、舞踏会のど真ん中でそう宣言した。あの日以来、私はファルーア王国で社交界の笑い物になった。


 男爵令嬢に婚約者を寝取られた、情けない公爵令嬢。前時代的で男尊女卑の強いファルーア王国では、婚約破棄はどんな理由があれ女の(キズ)になる。浮気をしたカークは王太子であるという身分を盾に擁護され、捨てられた私の方が『ダメな女』の烙印を押された。婚約者を繋ぎ止められなかった私の方にこそ非があるというのだ。


 ファルーアでの生活に嫌気の差した私は、ローナ帝国に留学した。そこで素晴らしい出会いがあり、今年結婚した。


 その帝国の宮殿で催された舞踏会に、まさかカークが参加しているとは……。


 まあ、仮にもファルーア王国の王太子だから、国賓として招かれているのは考えてみれば当然か。私は自分の準備不足を恥じる。


 にしても——。


「どうしてお前がここにいる! まさか、この私に再び取り入って婚約を復活させようという目論見じゃないだろうな! 誰がお前のような可愛げのない女など、相手にするものか」


 ふん、とカークは鼻で私を嘲笑った。


 な、何を言っているんだろうかこの人は……。私が婚約を復活させたがっている? 一応、新婚なのですけれど。


 カークの隣で彼の腕にしなだれかかっている男爵令嬢ヨハナ——あの日彼の隣にいた少女だ——は、カークと一緒になって私を嘲笑する。


「まあ、負け犬のセリーヌ様が、カーク様にまた取り入ろうとなさっているの? 『捨てられ公女』の名に恥ないご立派な行いですこと、ふふふ」

「お言葉ですが、カーク様、ヨハナ嬢。私は新婚です。すでに結婚した身である以上、再びカーク様に言い寄るなどあり得ませんわ」


 変な誤解がこの宮殿で広まると困るので、私は大声で周囲に説明するように反論した。私は夫とは大変良好な仲なのだ。変に浮気だの、元婚約者に未練があるだのの噂が流れでもしたらたまったものじゃない。


「はんっ、お前の夫となる男など、どうせろくでなしの負け犬だろう! それで私に未練を残してわざわざ身の程知らずにもこのローナ帝国の舞踏会に参加したんじゃないか?」

「あらぁ、きっとそうよカーク様。夫が情けないダメ男だからって、カーク様に色目を使うなんて酷い女」

「だから、私は色目なんて使っていませんわ! いい加減にして!」


 第一、このローナ帝国の宮殿で、私の夫をろくでなしだのダメ男だのと言って、タダで済むと思っているのかしら?


 後ろの方から、面白そうにくすくすと笑いながら近づいてくる男の気配を感じて、げんなりする。ほら、私の腹黒夫が後ろで楽しそうにしているじゃない。


「やあ、誰がろくでなしの負け犬だって? 随分と面白い話をしているみたいだね」

「誰だ、貴様は」


 カークが不審げに眉根を寄せる。


「このセリーヌの夫だよ。名前はまだ秘密にしておこうかな」

「私はファルーア王国の王太子だぞ! 名を名乗らぬとは、無礼者め。セリーヌの夫というのは、礼儀もわきまえない田舎者のようだな。どうやってこの舞踏会に潜り込んだんだ」


 カークがどんどんと自分専用の墓の穴を掘っていく。墓の穴の深さは見下ろしてもそこが見えないほどに深くなりそうだ。


 カークは知らない。私が誰と結婚したのかを。だからファルーアなどという小国の王太子の身分を振り翳して、偉そうにするのだろう。


 男尊女卑のファルーアの価値観では、王太子に捨てられた傷モノの女が、それより身分が上の男と結婚するなど、あり得ないものね。


◆◆◆

 

 ——私が夫と出会ったのは、三年前。カークに婚約破棄をされて、ローナ帝国に留学した年のことである。


 帝国魔術学校で道に迷っていた時、親切にも声をかけてくれたのが、のちの夫であった。


「君、大丈夫? さっきから同じところをぐるぐると歩き回っているみたいだけど」


 魔術学校の裏庭のベンチで本を読んでいたその人は、金色の髪に神秘的な紫色の瞳をもつ、美しい男だった。


「あの、私はこの帝国魔術学校に留学してきたばかりで、道に迷ってしまったのです。失礼ですが事務室はどちらにあるでしょうか? 編入の手続きをしに行きたいのですが」

「ああ、それなら僕が案内しよう。ついておいで」


 そう言って彼は私をエスコートしてくれた。


「僕はエイブリー。君は?」

「セリーヌ・シュトーレンと申します」

「シュトーレン? シュトーレンというと、ファルーア王国の公爵家のお血筋かな?」

「よくご存知ですね」


 ローナ帝国からすれば、ファルーア王国などド田舎の小国のはずだ。そのファルーアの中でも辺境の公爵領を知っているなんて、いったい何者だろう。


 私は疑問符を浮かべながらも、エイブリーについて魔術学校内を歩いていく。


「君は随分と魔力量が多いみたいだね。ファルーア王国にしては珍しい」

「ええ。王国内では私みたいに魔力の強い人は少なかったですから。でも、ローナ帝国は随分と魔力のある人が多いみたいですね」

「ここは魔術先進国だからね。それでも、君ほど高い魔力を持つ人は珍しいよ。その魔力量に、公爵家の身分。悪い虫がつかないように気をつけた方がいい」


 エイブリーは真剣な眼差しで、私にそう忠告してきた。魔力の多寡よりも「男であること」の方が尊ばれるファルーア王国では、私は傷モノ令嬢として蔑まれる立場だったが、このローナ帝国では違うらしい。

 

 エイブリーの予言通り、魔力量の多い私には良い人も悪い人も大勢寄ってきた。


「セリーヌ嬢、ぜひ私の家に遊びにきてくれたまえ。君は祖国で婚約者に捨てられたのだろう? 私が代わりに婚約してやってもいい」


 ローナ帝国には、大国の貴族ということでファルーアを見下し、思い上がった発言をする男性もいた。授業の後、強引に腕を引かれた私は、いっそ魔術をぶっ放そうかと思案しながらも躊躇っていた。


「何をしている」

「こ、これは……エイブリー様……!」


 仕方がない、火球を放とう、と決意した瞬間に、後ろから声がかかった。

 帝国貴族の男性を掣肘したのは、エイブリーだった。


「嫌がる女性を無理やり引きずって行こうとするなんて、帝国貴族も堕ちるところまで堕ちたかな。これは一から教育をし直さなければならないかい?」

「ち、違うんですエイブリー様! す、すみません、私はこれで失礼しますぅ!」


 真っ青になった男性は、私の腕を離すと一目散に走り去っていった。


 彼、確か帝国貴族の伯爵家だという話だったけれど、それを「教育」しようだなんて、エイブリー様っていったいどういう身分なの?


「大丈夫だったかい? セリーヌ嬢」

「あ、はい。助けていただいてありがとうございます」

「おや、腕が赤くなっているじゃないか……! 酷いな。今治癒魔法をかけるから、少し熱いけど我慢してくれ」


 サマードレスの袖から出た腕には、赤い手形がついていた。それを見て眉を顰めたエイブリーは、私の腕に手をかざすと白い治癒の光を発して腕を癒してくれた。


「あ、ありがとうございます、エイブリー様。あの、治癒魔法を使えるのって……」

「ああ、気づいちゃった? でも、今まで通り接してくれると嬉しいな」


 治癒魔法を使えるのは、帝国内でも非常に限られた血筋。具体的には——、皇帝の血筋だ。


「え、エイブリー様、今まで通りとは言っても……ご身分があまりにも違いすぎます」


 私は公爵令嬢とは言っても、あくまで小国のど田舎の公爵領出身であるにすぎない。このローナ帝国の皇太子とはあまりにも身分が違いすぎる。エイブリーの優しさに甘えて同級生として仲良くさせてもらっていたけれど、今後は近づかない方がいいかもしれない。


「いやだ、と言ったら?」

「え?」

「セリーヌが離れていくのは、僕は嫌だよ。せっかく君のことを気に入っているのに。君が離れていくつもりなら、僕はどんな手段に出るのかわからないよ」


 いつも温厚なエイブリーの目が笑っていない。穏やかに微笑んでいるのに、神秘的な紫色の瞳だけが、まるで獲物を狙う鷹のように光っていた。


「あ、あの……?」

「セリーヌ、これからも仲良くしてくれるよね?」

「……は、はい」


 あまりの身分の違いに気が引けるけれど、この魔術先進国では魔力量の多い人間はそれなりに尊ばれる。その力で持って、エイブリーの隣にいても恥じないですむ人間になれるよう、魔術の腕を磨こう。そう前向きに私は考えることにした。


 それから、私たちは帝国魔術学校で徐々に距離を縮めていった。

 エイブリーはすっかり私のことを気に入っていたし、私も身分の違いこそあれど、エイブリーに惹かれる気持ちは誤魔化しきれなかった。


 彼は穏やかで、優しくて、そしてちょびっとだけ怖い男だ。皇太子として、やる時ははやる。それは、私の腕に赤いあざをつけた伯爵家の長男を、完膚なきまでに潰したところからも見てとれた。


 そんなエイブリーだけれど、小国の王太子であるカークとは違い、帝国を背負うだけの覚悟を持って毎日を生きている。


 私がかつてカークの婚約者として受けていた王妃教育が児戯にも思えるほどの厳しい帝王学を、エイブリーは修めていた。


「お疲れ様です、エイブリー様。あの、今日授業で習った魔術算の式なのですけれども……」

「ああ、あれかい? あれはね……」


 エイブリーは授業でわからなかったことも、何を聞いても完璧に答えてくれる。毎日魔術学校で授業を受けた後も、夜遅くまで城で勉学に励んでいるらしかった。


 そんなエイブリー様は、魔術教育において遅れているファルーア出身で授業についていくのがいっぱいいっぱいな私をいつもフォローしてくれていた。


 そうして私たちは徐々に距離を縮めていき、帝国祭の夜、ついにエイブリーから求婚された。


「この国の皇太子妃になるのは並大抵の覚悟じゃないことはわかっている。その代わり、この先どんな困難があろうと君を守り抜くと誓おう。だから、君をこの身分に縛るというわがままを聞いてくれないか?」

「で、でも、私は小国ファルーアの田舎公爵家出身です。帝国の皇太子妃にふさわしくは……」

「そんなことを言う人間がいたら僕が黙らせるさ。それに、君は魔力量が人一倍高い。身分にこだわるものも、魔力量を考えれば黙るはずだ」

「エイブリー様……。わかりました。私はエイブリー様の伴侶として、一生を添い遂げることを誓います」


 そうして、私たちは結ばれたのだった。


 ◆◆◆


「名乗らないのは無礼者、か……。確かにそれもそうだね」


 舞踏会の場で、エイブリーは優雅に一礼をした。


「僕はエイブリー、エイブリー・ローナ。この国の皇太子だ」

「…………は?」


 たっぷりと間をおいて、カークが固まった。隣でヨハナ嬢も固まっている。

 顔が真っ青だ。


 えーっと、なんでしたっけ? 『ろくでなしの負け犬』で、『情けないダメ男』で『礼儀もわきまえない田舎者』とかも言ってたかしら?

 小国の王太子が、帝国の皇太子をこれほど愚弄しただなんて、とてもじゃないけれどお目溢しはできない。

 この舞踏会には観客も大勢いる。


 ある程度は、帝国の威信をかけてカークたちを断罪しなければならない。私はもう、ファルーア王国の公爵令嬢ではなく、ローナ帝国の皇太子妃なのだから。


「ねえエイブリー、いっそファルーアとの国交断絶でもします?」


 私はカークたちの方をチラチラと見ながらエイブリーに提案する。その言を聞いて、カークの顔色が青から土気色に変わった。


「それだと君の実家まで打撃を受けないかい?」

「なら、シュトーレン公爵領だけは免除で」

「なるほど、それならありだな」


 私たちが話し合っている横で、カークたちの顔色はどんどんと悪くなっていく。


「ま、待って……待ってください! 私はまさかセリーヌがローナ帝国の皇太子と結婚しているなどとは思わず……! そ、そもそもセリーヌが、セリーヌのせいで!」

「思わなかったからと言って、我が妻を愚弄した罪には変わりないよね。それに、セリーヌが帝国の皇太子妃だ。小国の王太子風情が無礼を働いていい身分ではないよ」


 冷たい声でエイブリーがピシャリと言う。普段は物腰柔らかで温厚なエイブリーだけれど、大国の皇太子だけあって言うときは言うのだ。


「そ、それは……!」


 エイブリーに厳しく言われて、カークは苦々しげに私を睨む。その瞳は屈辱と憎悪に染まっていた。勝手に見下した挙句、こちらの身分が高くなったら勝手に屈辱を感じて憎んでくるだなんて、理不尽にも程がある。


「まあ、いいわ。エイブリー国交断絶まではしなくても……」


 カークがホッと息をつく。


「その代わり、今夜のカークの行いを全てファルーアの国王陛下にご報告いたしましょう。彼を王太子の座から下ろさなければ、この先ファルーアを経済封鎖すると、そう伝えてくださいませ」

「なっ……!」

 

 カークの顔色がまた土気色になった。


 ファルーアには王弟殿下の息子がいたはずだ。カークの従兄弟に当たる人物。彼はまだカークより頭の作りがマシだったはず。

 王太子の首をすげかえれば、この先これほど不快な思いはしなくて済むようになるはずだ。


「いいね。そうしよう、セリーヌ」


 エイブリーはそう言って笑った。


「さあ、これから王太子でもなんでもなくなる予定の不愉快な虫は舞踏会からつまみ出してくれたまえ」


 エイブリーが手を挙げてそう言うと、警備兵がカークたちを捕らえて広間の外へと連れ出す。ファルーア王太子の威光など、この国ではないに等しい。


「さあ、気を取り直して踊ろうか、セリーヌ」

「はい、エイブリー様」


 大広間のシャンデリアは、私たちを祝福するように光り輝いていた。

お読みいただきありがとうございます!

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またたくさん短編も書いているので、そちらもお楽しみいただけたら幸いです。

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大国の皇太子妃(新婚)が自国出身なのに知らない? 変な事もあるもんですね。 ヒロインは両親とは確執がなさそうだから結婚式に呼ばれているだろうし、当然国王にも報告されているはず、仮にも王太子か知らないな…
嫁の実家以外は断絶で良いんじゃね? 諸外国…それも大国の皇太子妃を知らないなんてそんな事有るの? 幾ら小国と言っても限度が有ると… 祖国の外交官とかは何も仕事してないの? 謎だわ
これから向かう国の王族のプロフィールくらいは確認しようね…最近結婚したならそれも頭に入れておくべきなのではないかなぁ…?あと外見のデータは頭に入れておこうね〜とも思ったけど小国だからそんな余裕もないの…
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