味噌汁
居酒屋で働いていた、ある日のこと。
開店すると同時に旅行カバンを引きずったじいちゃん四人組が来店した。
料理もろくに頼まず、キープボトルの焼酎をちびちび飲みながら駄弁っている。
彼らは大女将の友人であるらしい。
旅行から帰ってきたというのに家に帰らず酒を飲んでいるようだ。
「あいら畑しとるやろ。帰ったら母ちゃんに働かされるで、ダラダラしとんのやに」
「へぇ……」
大女将の方言を整理すると「あの人達は家業が農家でしょう?今、家に帰るとすぐお嫁さんに畑の仕事をしてこいと言われるのでここでダラダラと時間を潰しているんだよ」という意味になる。
酔っ払っているじいちゃん達をしばらく眺めていると、ふわりと何かの匂いがした。
味噌汁だ。
味噌汁の匂いがする。
「何か、味噌汁の匂いしません?」
「味噌汁?何で?」
「いや、わかんないですけど今この辺から味噌汁の匂いが……」
店にはひたすら焼酎を飲んでいるじいちゃん達しかいない。
味噌汁なんて作っていない。
「店の味噌汁の……赤だしの匂いじゃないんですよ……もっとこう、懐かしくて家庭的な味噌汁の……」
そもそも、この店は赤だし用の味噌しかない。
ところがこの香りは赤だしとは明らかに違う、普通の合わせ味噌の味噌汁の香りだ。
匂いの大元を辿ろうとウロウロしていたが、どういう訳かその味噌汁の香りはとても狭い範囲でしか感じられない。
じいちゃん四人組のいる個室の外。
その真ん前の通路にぽっかりと浮かぶように味噌汁の香りがする空間がある。
さっぱり意味がわからない。
「お姉ちゃん!氷持ってきてくれ」
じいちゃんたちの注文で焼酎に入れる氷を室内に運んだが、中は味噌汁の香りなんてしない。
首を傾げながら個室の外の空間を指して「この辺り、味噌汁の匂いしません?」と大女将に聞いたが「せえへん」とアッサリ否定された。
「おおい、そろそろ帰らんと本当に母ちゃんに怒られるぞ」
「まだ帰りたぁない!」
「アカンて、姉ちゃん勘定して!このボトルも下げてええよ」
私が下げようとした焼酎のボトルに抱きついて必死の抵抗を見せるじいちゃんが一名いたが、とにもかくにも仲良し四人組は騒がしく帰っていった。
そして、彼らと一緒に味噌汁の香りのする空間も不思議と消えた。
恐らく四人の内の誰かと一緒に家へ帰って行ったのだと思う。




