オルゴール、平家も、ヒサシ、わからず屋!
壇ノ浦へ私たちはやって来た。
その昔、源平が激しく最終決戦を行ったという、関門トンネルのたもとだ。しかし今はもう、戦いを繰り広げる両軍の姿はもちろん、どこでどうやって戦をしたのかを想像することもできなかった。
「キムチの匂いがするね」
私が呟くと、隣に並ぶヒサシが、それに答えた。
「下関は韓国から近いんだ」
早鞆高校の女子生徒が若々しく下校するのを見ながら、私は待った。
ここでヒサシが、私に愛の最終決戦を挑んでくることを。
彼がプラチナの指輪をこっそり買っているのを知っていた。
「ねぇ、みちよ……」
ヒサシが私の名前を呼び間違えた。
「ふぐ、食いに行かね?」
「みちよって誰よ!」
私は思わず名乗りをあげた。
「我こそは平家さとみなり! みちよとはどこの誰なりや!?」
慌ててヒサシが逃げだそうとした。
私は武蔵坊弁慶のごとくその前に立ち塞がると、問い詰めた。
「浮気する者は壇ノ浦から突き落とす! 巌流島まで流れてそこで武蔵を待つがよい!」
するとヒサシがいたずらな笑いを浮かべ、ポケットからそれを取り出した。
今、こんな状況でプラチナ指輪を取り出すのなら、崖の下へ投げてやる──私がそう思っていると……
彼が取り出したのは、かわいいオルゴールだった。
舞い踊る静御前をデフォルメしたちびキャラのオルゴールから流れ出したのは、カーペンターズの『トップ・オブ・ザ・ワールド』のメロディーだった。
「これだよ、これ」
意味のわからない笑顔でヒサシが言う。
「さっきのは、これのこと。冗談だよ」
「カーペンターズが何のことなりや? 名のらずとも頸をとて人に問へ。見知らうずるぞ!」
「えっ? カーペンターズ? これ、平家みちよの『卒業』って曲だよ?」
調べると、確かにカバーしてた。
ふーん……。平家みちよって歌手がいたのね。30年ぐらい前だ。
「よくそんな古い曲、知ってるね?」
「さとみと付き合いはじめてから知ったんだ、じつは。同じ『平家』って名前繋がりで」
「そんなの知らねーよ。わかりにくい冗談かましてくんじゃねーよ!」
しかもこんな時に、と思っていると……
ヒサシがまたポケットから何かを取り出した。
今度こそあれだ。指輪だ。
私がそう思っていると──
「みさと……。これを受け取ってくれ」
彼が取り出したのは、なんだこれ。
「祇園精舎の鐘の音だ」
もぉっ! ヒサシのわからず屋! 私が待っているのは──
「結婚してくれ」
そう言って、大音量の鐘の音の中、彼が指輪を私の指にはめた。




