その名前で呼ぶなァ!
屋敷の裏手は太陽が当たらないせいで、昼間でも薄暗い。
僕の前には、その闇に溶け込むような黒づくめの衣装を身にまとった侵入者がいた。
肌は目元以外全く見えない。ジッ、と影に潜むように僕を睨んでいる。
装備は少なく得物は短刀が一つずつ、暗殺者を生業とするイメージそのままの影が居た。
身長は、全員僕よりも大きい。
まだ子供でしかない自分と比べても全員大人だ。
中心に線の細い恐らく女、左右に痩せた男と体格の良い男が控えている。
最初に僕を切り付けてきたのは痩せた男だ。
短刀を地面に落としていたが、すぐに拾い直してナイフを持つ手をもう片方の手で押さえている。
僕の結界強度は、かなり高い。
ステラお嬢様の魔法でも、ルーナの殴打でも破るまでに数分は掛かる。
非力な暗殺者では、僕の薄皮一枚削ぐことさえ難しいだろう。
誰も動かない。
膠着状態だ。
長引きそうだったので結界を張ることにした。
僕は目の前の三人を視界に捉えながら、即席で自分達を半球のように囲う。
外界からの認識阻害と侵入防止、内界からは脱出不可の効果を付与しておく。
「な、何が起きた!?」
中心に居た女が、全く暗殺者らしくなく狼狽えた。
腰に差していたいた短刀を構え、合わせて他二人も得物を握る。
「「姉御、どうかしたんですか!?」」
緊迫した状況の中、女の部下二人は今までに見たことない上司の姿に慌てていた。
「本部との通信が途切れた! キサマ、いったい何をした!?」
もし僕が初対面の相手に『キサマ』なんて言ったら、ルーナからは折檻されそうだよなぁ。
「結界を作った。最後の一人になるまで、誰も逃げられない」
結界解除の条件は、今僕が侵入者達に言った通りだ。
気を失うまでお互いに殴り合える。
普段は、ステラとルーナに使っている仕様の結界だ。
『世界は多くの娯楽に満ち溢れています。しかし、お嬢様はまだ誘惑を我慢できる器ではございません。だから集中する為には、ステラ様が没頭できるような強靭な檻が必要なのですよ』
振り返ってみると、ルーナがイカレていることがよく分かる。
嬉々として受け入れているステラお嬢様もちょっと頭がおかしい。
「あのチンピラ共を雇ったのは、君達かな?」
「答えると思うか?」
次に口を開いたのは、体格の良い男の方だった。
「しないよね。うん知ってた」
彼は、短刀を抜いて僕に向かってきた。
眼球、首、腹と急所ばかり狙ってくる。
訓練された良い動きだ。しかし、僕には届かない。
僕は相手の動きを予測し、一歩も動くことなく複数の障壁を展開させていく。
ナイフが突然軌道を変えても、大して苦労せず結界を相手に合わせて変化させていった。
「オマエも来い!」
「わかった!」
それは敵が二人に増えても変わらなかった。
痩せた方の男は、手首、肩、太腿、足首に狙いを絞って僕の動きを邪魔したいみたいだ。
でも問題はない。結界を作れる上限までは、まだまだ余裕がある。
魔力の消費量も、ピンポイントで極小の結界を作っているから大分少ない。
「……おいキサマ、まさか……」
部下二人が僕と戦っている中、リーダーらしい女の暗殺者は一歩二歩と下がり始める。
僕は、戦っていた二人を女の方へ軽く振り払った。
「ゲフッ!?」
地面に転がっていた二人はすぐに立ち上がろうとして、地面に手を付いている。
「ゼロか!?」
僕は反射的に結界を全身にまとわせ、精神防御を付与した。
「アァッ!? 聞きたくない聞きたくない! その名前で呼ぶなァ!」
子供が駄々をこねるように地面へ転がり続け、次第に頭を地面へ打ち付ける。
「「マジっすか!?」」
「あぁ、間違いない。最近入ってきたと言う正体不明のセリオン家の始末人。この屋敷のメイド達は全員化け物ばかりだが、その中でもゼロは別格。誰一人として記憶にすら残したくないほど残虐な方法で痛めつけられた後、生きたまま記憶を抹消して捨てられる。ゼロも結界スキル持ちだと噂に聞いたことがあるから間違いない。二人とも、逃げるぞ!」
「「了解っす!」」
僕は、音を立てることなくゆっくりと静かに起きる。
「逃がすと思うか?」




