第9話
一方その頃。草壁シオンの拉致に失敗した黒鵜恭司はその後亜人会に捕捉されることなく、セーフティーハウスのひとつに潜伏していた。
「依頼は達成しましたか?」
「失敗だ失敗。協力者のエルフは……死んだか捕らえられたか。不明だ」
「何がありました? 貴方ほどのシーカーが用意周到に準備して、Aランクになったばかりの小娘にただ負けただけでなく役立たずの処分もできずに逃げてきた。そんな無様を晒したとは思えませんが」
少しばかりの皮肉を込められた女管理官の言葉を掃除屋は涼しい顔で受け流す。
「ああ、途中までは上手くいっていた。だが奴だ、奴――【正体不明】と思われるシーカーの介入で撤退せざるを得なくなった。いやあれは見逃されたといったほうが正しいだろうな。相手にすらされてなかった」
「【正体不明】ですか? なぜ例のシーカーが亜人会の管轄エリアに……ダンジョンを狙って偶然出くわした? いえ【正体不明】は発生直後の人の監視が入る前のダンジョンしか攻略してこなかった。発生からしばらく経ったダンジョンに現れるのは今までの行動パターンから外れている。本当に【正体不明】でしたか?」
「他にAランクを子供扱いできる、統括機構が把握していないシーカーがいるなら違うかもな」
黒鵜恭二は対シーカー戦に限定すればAランクでも上位に位置する。それが手も足もでなかったとなれば相手がSランクなのは確定だ。
彼からすればSランク程度に収まる器なものか、と本気で死を覚悟した身としては言いたいところではあるが、現状のランクシステムではSランクより上は存在しなかった。
「そうですか、なら本物と見て間違いないでしょう。まさか目的は草壁シオン……? しかしあそこに誘い込んだのはこちらの協力者です。本当に偶然だったとしても出来すぎのような気もしますが……」
「ああ、今になって考えると周辺に監視がいなかったのもそれが理由だったのかもな」
「監視がなかった?」
「最初はあのエルフの細工と思っていたんだが、奴はそこまで気が利くような人間か? 見張りなんて殺せばいいと考えるだろ」
「草壁家は以前から【正体不明】と関係があって極秘裏に接触しようとした、ということですか」
「それはないな。ターゲットも奴が現れるのを知らなかった様子だった。奴の方から何か目的があって接触したと考えるべきだな」
「どちらにせよ今後は亜人会への干渉は控えるべきだと思いますか?」
「企業ごと皆殺しにされたくないならな。上にもちょっかいかけるつもりならその覚悟でいろって言っとけよ。Sランクと全面戦争になれば統括機構もどっちに付くかわからん」
亜人会の近くに【正体不明】の影がちらつく現状、下手に突くとアレが出てくる可能性がある。
まさにどこに埋まっているかどころか埋まってるかもわからない地雷のようなものだ。それも踏めば一発で企業が吹き飛ぶレベルの特大地雷である。
そんな地雷原の上で真っ先にタップダンスさせられる最有力候補が自分だと黒鵜恭司もわかっている。だからこそ本気で上に警告している。
「わかりました。それも含めて今回の失敗は本人に落ち度はないものとして上には報告しておきます。後で【正体不明】について能力、容姿等の報告書を提出してください。それで失敗は帳消し、ペナルティは無いと思われます」
「上は【正体不明】をどうするつもりか聞いてるか?」
この娘は優秀だった。
企業が飼ってるイリーガルシーカーを管理する、言ってしまえば表に出せない非合法部門で下っ端をしているのがおかしいなぐらいには。
「統括機構に取られる前に確保したい夢想家が七割、残りがSランク相手に喧嘩を売るのを止めようとしている現実が見えている方々でしょうか」
その彼女が分析した社内の勢力図がこれである。
それを聞いた黒鵜恭司は大きなため息を吐いた。
「再就職先は考えておいた方が良いんじゃないか?」
「……」
無線機から返ってきたのは沈黙であった。