第8話
その後、私――草壁シオンは生きていた部下の回収のために呼んだ応援が到着するのを待って、実家のある亜人都市に帰還しました。
表向きは叔父とその配下であったイリーガルシーカーの襲撃がありそれを『私』が返り討ちにした、と報告してあります。
そのほうがあの方にとっては都合が良いはずです。
「お父様、ただいま戻りました」
「うむ、無事でなにより。あれが迷惑をかけたようだな。後の処理はこちらに任せて、お前はしばらくこちらで羽休みしてはどうだ。ミカゲも寂しがっていたぞ」
Bランク以上のシーカーには異能都市への居住義務がありますが、里帰りなどの理由であれば外出許可は取り易いです。それなのに異能都市の中等部にへ通うようになってからは年始の挨拶ぐらいしか家に帰ってこない、それも今年は色々あって帰ってこれなかった私を見兼ねての提案でしょう。
「ありがとうございます。ですがその前に報告したいことが」
ここで初めてあそこで何があったのかを伝えます。どうやら伝言に出した精霊は届いていませんでした。おそらく彼女がなにかしたのでしょう。
「――――【正体不明】がミカゲとそう変わらない年齢の子供だったとはな」
父もあの方の噂は把握していたようですが、まさかまだ中等部にも入っていないような年齢の子供だとは思っていなかった様子。
それに驚きよりも同情のほうが大きいように見えます。そんな父だからこそ、こうして相談ができます。
「取引は勝手な判断であったことは重々承知しております。ですが……」
「良くやった、とは言わん。こちらに何の相談も無しに取引したことは褒められたことではないからな」
現状、【正体不明】はイリーガルシーカーとそう変わりません。
ただ彼女の年齢やラインを超えた反社会的行動は取ってない、ということを考慮すれば最低限のペナルティ――今回の場合は無断でダンジョンを攻略された統括企業への賠償、それもSランクの実力者からすれば少額である――で統括機構の所属となれるでしょう。
ですがそれとこれとは別の話です。
たしかに彼女が正規シーカーにさえなってしまえば、彼女を説得するため必要だったとでも、幼い子供への人道的支援だったとでも、いくらでも言い訳が立ちます。
しかし裏で違法とわかっていながらダンジョン資源の取引していた、となれば今後の彼女の行動次第では草壁家や亜人会にも迷惑が掛かります。
本音でいえば事前に統括機構にも話を通しておきたいところですが、それも難しいでしょう。
彼女に交渉するよう協力を要請《脅迫》されるのは目に見えてます。そうなれば最悪、こちらの信頼は地の底まで落ちることでしょう。それだけはなりません。
成功すればSランクシーカーとの伝手、失敗すれば統括機構から重いペナルティ。
Aランクだからといって、私が独断で決めていい内容ではありませんでした。
「だがそれを踏まえたとしても【正体不明】とコンタクトを取れた功績は大きい」
良かった。お父様はこの話に乗り気のようでした。最悪求められてるのはシーカー個人の範囲でもどうにかなりそうだったので、家も亜人会も関係無しに個人で協力するつもりでしたが、その心配はなさそうです。
「やはり統括機構は何としてでも彼女をSランクシーカーとして取り込みたいと考えているのでしょうか」
「というよりは企業のほうが躍起になって探しているな。なにせ統括機構が強権を使ってまで集めた貴重な転移装置を使わず独自に転移する術を持つ可能性が高いのに加えて、観測室よりも高いダンジョン探知技術を有している個人ないし組織だ。どちらも企業が喉から手が出るほど欲している技術には違いない」
「おそらく彼女は個人、それも親に捨てられた子供ではないか、と思われます」
「なぜそう思う」
「彼女は統括機構や他者に強い警戒心を持っていました。誰かに裏切られたことがあり自分以外は信じられないのでは? それに私が名前を聞いたとき、一瞬彼女に動揺が見られたのです。少なくとも普段から他者と交流があるならば名前を聞かれた程度で動揺したりはしないでしょう」
できればすぐにでも保護したい気持ちでいっぱいです。ですが、それをすると逃げられるでしょうね。それこそ猫みたいに……。
「名すら与えられず捨てられた。あるいは自分の名を忌まわしく思う理由がある、というわけか。あるいは……」
「あるいは?」
私は何か言おうとした父に尋ねますが、「いやなんでもない」とはぐらかされました。
一体何だったのでしょう。父は「気にするな」と言って話を続けます。
「それよりもそれが確かなら、お前が仲介役に選ばれた理由にも予想がつく」
「選ばれた理由ですか?」
「まず最低条件としてランクだ。シーカー個人での取引を考えた場合、高ランクでなければSランクシーカーの売る物を捌くのは困難だ。シーカーのスポンサー企業を相手にするならば、ランクはそのまま発言力と信用に繋がる。どちらにせよ仲介を頼む相手のランクは高いに越したことはない」
あの年にしてはずいぶん賢い子でしたからね。それぐらいは考えていそうです。しかしそれをどうやって調べたのでしょう?
もしかしたらすでに異能都市に出入りしている可能性もありますね。今度、そういう幼い女の子が居ないか調べてみましょうか?
「その中でも若く同性だったシオンに白羽の矢が立ったと考えられる」
「大人を信用してないから、ですか」
「ああ、そうなると直接の交渉役はこのままシオンに任せる他あるまい」
「ええ! お任せください!」
これであの方と家公認で直接会うことができます。是非とも信用を勝ち取って保護を、ゆくゆくはお父様の養女にして私の義妹にしたいものです。
そんな私にお父様は現実に戻すような冷静な注意を伝えます。
「気を付けろよ。相手は平気で人を消し飛ばす子供だ。癇癪を起せばお前も無事では済まん」
「あ……そう、でしたね」
「どうした?」
「いえ、なぜ叔父は問答無用で消されて、“掃除屋”という男は見逃されたのかと思いまして」
あの男はおそらく死んでいません。それも【正体不明】は彼が死なないよう手加減していたとすら思えます。もしその気なら叔父らと同じく、姿も残さず消し飛ばすことだってできたはずなのです。
「何? すぐに追跡を……いや、Aランク相手に無駄な犠牲を出すだけか。亜人会のほうにも手を出さないよう伝えておくとしよう」
一瞬、お父様は追手を出すことも考えますがすぐにそれが無意味だと悟ります。
ええ、Aランクを捕まえようと思ったら同ランクか。何人か犠牲が出る覚悟でBランクを複数人必要です。亜人会にはシーカーを引退した元AランクやBランクの方々も居られますが、彼らに頼るのは最後の手段です。あまりこういう形で戦力を動かすのは統括機構から良く思われませんから。
こういう時は統括機構に調査の応援を要請して戦力を派遣してもらうのが真っ当な手段です。もっとも今から動いたとことで捕まえられる可能性は皆無でしょうが。相手はこういうことに慣れた企業でしょうから、そう簡単に尻尾を掴まれるドジを踏むとは思えません。
「で、片方だけ殺された理由だったか。単純にAランクを消す労力が面倒だったというのはどうだ」
「あの方からしたら、どちらも大して変わりませんよ。それよりも我々を助けるためとは考えられませんか?」
「証拠を消すことでこちらにこれ以上の調査をさせないようにして、Aランクシーカーを逃がすことであちらにはSランクシーカーがついたと匂わしたというわけか。なるほど。確かに言われてみればそういう風にも取れるが、子供がそこまで考えるか?」
「そうですね。考え過ぎだったかもしれません。それよりも人相で選んだと言われたほうが納得できます」
「くっくっくっ、違いない。あれは性根が曲がり始めた頃から人相も悪くなる一方だったわ」
昔は父も弟を更生させようと色々と手を焼いたそうですが、結局その努力は実らず最後は愛想をつかしたのでしょう。父からすればこうなったのも当然の結末だったと思います。
そんなことよりも! あの子のために色々用意しなくてはなりません。
まず服です。あの子に似合いそうな服装を母に相談しなくてはなりません。この際です、妹の分も買っておきましょう。あの二人なら年も近いことですし、きっと仲良くなれると思うのですが……。
そんなことを想いながら私は父に後のことは任せ、母の私室へと向かいました。
主人公が拉致した精霊ですが本人は存在を忘れており、後々思い出して今さら返すのもなあ。ということで魔王のこの世界の精霊の解析に使われました。