第39話
丸一日寝ていたティテが自力で帰還した日の夜。
薄暗い照明とバーカウンター、酒棚には幻術で大人に変装した魔王や勇者が買い集めたコレクションの数々。
そこは雑居ビルの地下にありそうなバーの内装を真似て作られた一室であった。
夜になれば大人なひと時を求めて酒好きが集まりそうな場所だが、ここはアヴァロンの中。ミラが静かに酒を嗜むために作った大人の場所である。
時折利用するミナトや魔王、そして勇者のためにモルゲンとモロノエがバーテンダーの恰好をしてカウンターに立つこともある。
今日もカウンターにはバーテンダー姿のモロノエが慈愛に満ちた表情で立っており、ミナトは用意された(ノンアルコールの)飲み物と(お昼にティトと一緒に作った)オヤツでチビチビと気分だけの晩酌をしていた。
今回の始まりはミナトの不注意で呪いのアイテムを持ち込んだことが原因だ。
後悔は生産性のない行いだが、反省には意味がある。ミナトは同じ轍を踏まないよう呪いの対抗策を考えているところであった。
ただ見ようによっては……といよりそうとしかみえないが、バーでジュースとお菓子をやけ食いしてるただの子供である。
「ずいぶん落ち込んでる様子ね」
そこに勇者フレイが姿を見せる。
「別に落ち込んでなんていませーん。ちょっと迂闊だったなって、反省してるだけですう――って、なんで膝に乗せられてるの? まあいっか」
まるでそこが自分の指定席だと言いたいのか。ミナトが反応できないほど自然かつ一瞬の動きで膝に乗せて席につくフレイ。
勇者の力の無駄使い以外の何物でもない。膝の上でミナトの顔が宇宙ネコになるが、特に害はない――むしろ座り心地の良い椅子なので気にしないことにしたようだ。
それよりもモロノエのお菓子に夢中で、雛鳥のように口を開いては差し出された餌をもぐもぐする小動物となっている。
その様子をニコニコしながら見ていたモロノエとフレイだが、
「モロノエその辺で。ミナトが太ったらどうするのです」
「あら、ごめんなさいね。でもこうも小さいままだともっと食べたほうがよろしいのでは? ネアから聞いたのですが主さまの年齢にしては成長が遅れていると……」
「ふぐっ――そ、そうですね。よく考えたらミナトは普段からスキルや魔術を使っているのでカロリーが不足してるかもしれませんね」
ここに居るのは普通どころか人間ですらない者が大半。姉妹の中でも母性の化身と言っても過言ではないぐらいのバブみを肉体的にも精神的にも持つモロノエであっても、実際に子育ての経験があるわけではない。頼れるのはネアが調べるネットの知識ぐらいだ
そんな母性の化身の特に悪意もない純粋な疑問が、心当たりがあるとかの次元ではなく《《元凶の片割れ》》であるロリコン勇者に突き刺さる。
「一体、私は何にスキルを使ってるんだろうねえー」
「もちろんわたしとミラが単独行動するために決まってるじゃないですか。いつもありがとうございます」
「キミたちちょっと本体ほったらかしで自由を謳歌し過ぎじゃない?」
「地球文明、特に日本の文化はさいこー、です」
「駄目だこいつ、頭までオタク沼に浸かってやがる」
「主には是非とも沼に落とした責任を取ってもらわないと」
「はいはい……で、冗談はさておき。ここに来たのは《《あの子》》のこと?」
しばらく茶番をしていた二人だが、本当に悩みがあったのはフレイのほうだった。
「……ええ、これで良かったのか少し考えてしまって」
「言いたいことはわかるよ。人を外れるより、成仏させてあげるべきじゃないかってことでしょ。道徳的に考えればそっちが正しいんじゃない?」
力かあるいは永遠か。いつの時代も多くの人間が欲するものはそのどちらかだ。
けれども、不老不死を求めて水銀を飲んで中毒死した大陸の皇帝然り。権力を求めて悪事に手を染めて裁かれる者然り。武力を求めて核兵器を造ったは良いが後にその扱いに苦慮する人類然り。
身の丈に合わないモノを欲した者の末路は大抵ろくでもないものと決まっている。
肉体を失い魂だけとなった者がヒトの手で付喪神――精霊となるのもまた人の身には過ぎたモノではないだろうか。そしてその先に待っているのも先人と同様、ろくでもないモノではないか。
いくら見方によってはまだ死んだとは言い切れないとはいえ、幼子にそのような苦難の道を歩ませるのは如何のものか。
フレイはそう言いたいのである。
腐っても勇者、根っこの部分は極めて善人で真っ当なのだ。
「まあその辺のことを私たちが心配するのはお門違いっていうか? 本人とご家族で話し合ってもろうて」
「へっ? ご存命なんですか?」
「聞いてなかったの?」
何があったかは聞いたが、具体的な話はまだだったようでミナトが少し説明することに。
主に【小紅娘の亡霊】がどこの娘かについて。
亜人系のスキル持ちは人攫いに狙われるリスクが高いこともあって、集まって独自のコミュニティを形成することが多い。龍人もその例に漏れず龍人族で集まって一つのコミュニティを作っている。
【小紅娘の亡霊】も両親含め大陸に居た頃からその龍人系のコミュニティに属しており、亡命先の北米で根を降ろした後も彼らは種族的な強さを背景に守護者として絶大な信頼と影響力、そして現地の統括機構とも太い繋がりを持つ有力なコミュニティを築いていた。
その龍人の娘が憑いた指輪を拾った――だけならまだしも、その娘を使役した上で魂を弄って精神生命体にしました、なんてこと言えるわけがない。彼らが祖国を捨て北米に移った切っ掛けが人体実験な上、彼女の死なのだから。二重に地雷を踏みぬいているとも言える。
最悪、龍人系コミュニティと全面戦争だ。
かといってティテが約束してしまったので会わせないというのも難しい。
そもそもそちsてミナトとしては亡霊を刺激せず指輪の中に封印したまま引き取ってもらう、というのが一番無難な解決方法だったのだ。
それがまさか“まだ”怨霊化してない状態で生存していたとは思いもしなかった。しかも状況的にギリギリのタイミングだったのだろう。
彼の知るサブストーリーは小紅娘が既に魂まで完全に取り込まれ怨霊化した後の物語だった。それも祓う以外に救う術はないという、なんとも後味の悪いサブストーリーだ。
それがミナトが直接関わる前に原作ブレイクしていた。
(別にこの結末自体は一向にかまわない、というか最良な結果だと思うんだけど。後始末がなあ。これが原作なら“妹”が居てくれたおかげで、あっちとの話し合いも穏便に済むんだけど。しかも主人公が解決するイベントを勝手に終わらせちゃったし。これからどうすんべ?)
この時点ではまだミナトは主人公が原作通りに現れると信じていた。その希望が打ち砕かれるのはもう少し先の話。
「対応を誤れば龍人族と戦争ですか」
「もう何も知らなかったことにしたーい」
フレイが想定した話が拗れた場合に起こる最悪の事態はミナトと同じだったらしく、面倒くさそうな顔になる。
その問題の龍人娘はといえば、現在付喪神となるため魂を再構築しているところである。目覚めるまでの猶予は数年、ちょうど本編が始まっている頃だ。
「よし、先のことはその時に考えよう」
「そうですね。先のことを今話しても鬼が笑うだけです」
「先延ばしばんざーい」
若干自棄の入ったミナトは残っていたジュースを飲み干し、フレイの膝から降りる。
「ってことで私はそろそろ自分の部屋に戻って推しの配信でも見てこよー」
「ではわたしはこのまま秘蔵の一本でも開けて今回のことは忘れてしまいましょう。モロノエも付き合ってくれますか?」
「ええ、もちろん」
「あーあ、彼女うわばみだから気を付けなよ?」
「えっ?」
「前に魔王とゾエがノエと一緒に飲んだ時は二人とも潰されてたよ」
ニコニコとした笑みを浮かべるモロノエから漂う圧倒的強者感。
別に魔王もマゾエもアルコールに弱いわけではなくモロノエが強すぎるだけだ。尚モルゲンはグラス一杯で酔い潰れる下戸だったりする。
「それじゃあとはごゆっくりどうぞ」
「ここで配信見ればいいのに」
「推しの配信を見る時はね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」
「あなたはどこのアームロックキメるグルメ家ですか」
後日、ピンピンしているモロノエと二日酔いで死にかけているフレイを見掛け、ミナトはアヴァロンでモロノエと絶対に飲み比べをしてはならないと理解した。
はい、気付けば一万PVを突破してました。ありがたやありがたや。
作者としても続きを早く上げたいところですが、現在コンテスト用の新作に取り掛かっており、そちらを先に書き上げようかと思ってます。なので残念ながら次の更新はしばらく先になりそうです。申し訳ありません。




