第38話
高さ数十メートルから平然と着地したティテは怒り狂うドラゴンとなった女の子にいつもの調子より少し真面目な声で話しかける。
「ねえー! 話、聞いてー!!」
そんなティテの声も届かず、ドラゴンの視線は《《邸に向かうティロ》》に向かっていた。
「へえ無視するんだー。ならちょっとホンキ、出しちゃおっかなー……部分解除」
ティテは人化したモンスターだ。その本質は山羊の姿をした悪魔である。
そんな彼女が本来の姿を部分的に解除することで頭に山羊の角が二本と背中に悪魔の羽根、手足が少し毛深くなる。
さすがに指が蹄になると不便ということで、部分解除にはティテも結構な訓練をしていた。
「こっちを見ろおおおおおおお」
人化した状態では空は飛べないが、この姿なら自由に飛行ができる。
ティテは飛び上がって、無視してティロのほうへ向かおうとするドラゴンの胴体に半悪魔化した拳を入れる。
ドゴンッ――!
あの巨体がわずかに浮かび上がる。
さすがのドラゴンもこれだけの衝撃を受ければ、ティテの排除をしてからでないとあちらには向かえないと理解できる。
「ギャオオオオオオオオオオオ」
ドラゴンの口から光が漏れだす。
龍の代名詞足る龍の息吹、その予兆だ。
「吐いちゃう? ブレス吐いちゃうの? へえ当てられるものなら当てて見せなさーい。ほら鬼さんこーちら、手の鳴るほーへー」
それを見たティテの取った行動は自分を的にした的当てである。遊び感覚で挑発するような言葉を投げかけながら機敏に宙を舞う。
そして数秒の溜めから吐き出されたブレスは黄金だった。
「炎でも氷でも……電気、でもない?」
神話や伝承において、大抵のドラゴンは火を吹く。
他にも冷気であったり電気であったり毒であったり、ゲームならブレスの種類も多種多様である。その多くに共通するのは絶対的な破壊力を持つという点だ。
それなのに彼女のブレスは何一つ破壊を伴う変化はなかった。ちょっと強風が吹いた、それだけにも見える。
しかし流れ弾が怨念に当たった瞬間、そこだけ綺麗な空白地帯ができていた。
「聖属性……? 幽霊が聖属性のブレスって、自分が成仏しちゃわない?」
ティテがそのような感想を漏らしているとブレスが当たらないことに焦れたのか、巨体を使って直接攻撃に出るドラゴンだったが逆にティテの足蹴りを食らって地面へ叩き落されてしまう。
「うーん。さっきも思ったけど大きい割になんか《《スカスカ》》」
「それはそう。だってあれそういう属性だから」
「ひゃっぴ!? ティロ!?」
背後から気配がしたと思ったら、本日二度目のびっくりティテちゃん。別に本人に驚かせる意図はなく、単純に面倒だったから近くに転移――掌握した領域内なら好きに移動できる――しただけである。
「超レアな魂魄属性の龍人――それさえわかればこうなった原因にも予想が付く」
「へえ」
「たぶん何らかのトラブルで肉体を失ったけど、魂魄属性のスキルのおかげで魂だけは生き残って指輪に憑りついたんだと思う」
「なんか日本にそういう物に宿る妖怪か神様みたいのいなかったっけ?」
「付喪神のこと?」
「……付喪神、そっか付喪神なんだ」
「ティテ?」
「今度こそあたしのやるべきことが分かった」
戦いの中で何かを掴んだティテはようやく自分の異能の正体を掴んだようだった。
「ふーん、じゃあこれ。元凶消すついでに回収してきた、もしかしたらこっちの話を聞いてくれるかもしれないアイテム」
「ありがとー」
地面に落とされたドラゴンは降りてきたティテを見て恐怖で身じろぐ。
今は厳つい見た目をしているが本体は幼い子供の亡霊。そこまで痛みはないとはいえ、何度か叩かれこっちの攻撃は掠りもしないということで元の姿に戻るぐらいには戦意喪失していた。
これにはさすがのティテも少し申し訳なくなってくる。
「あー、ごめんね。これ渡すから仲直りしよ?」
「妈妈の指輪! 妈妈をどうしたの!?」
「あれはキミのお母さんじゃないよ? あれはキミを騙す悪いオバケ。本当はわかってたんでしょ」
「……わかんない。もう何も思い出せない」
亡霊はすでに母親の顔どころか、自分の名前も憶えていなかった。
それもそのはずだ。魂に記憶するという機能はない。
あくまで記憶とは肉体《脳》の持つ機能の一つであり、魂に残る記憶とは魔力に付着した残留思念の一部に過ぎない。この世界に母親の影はあったが父親の影がなかったのは、指輪を長年持っていて死の間際にも一緒に居たのが母親だったからだ。
世の中には幽鬼やゴーレムのような脳を持たない無機物系モンスターもいるが代わりに核――魔石がその機能を担っている。もちろん元人間である彼女にそんなものは存在しない。故に時間と共に残された記憶は消え去り、いずれ魂までも霧散していくことになるだろう。
「ねえ、あたしと契約《約束》して付喪神にならない?」
しかし付喪神となれば話は別だ。
付喪神とは精霊の一種。精霊は依り代に宿ることで物質界に直接干渉することもできるが、本質は魂と魔力だけの存在――精神生命体である。
当然、魂の構造も人間とは異なる。
それに記憶能力が肉体に依存する物質界の生物とは違って、精神生命体は魂そのものに記憶する機能がある。
ただ付喪神化は誰でもできるわけではなく、魂魄属性の龍という希少な属性のスキル持ちで、長年魂だけで物に宿っていたという経験を持つ彼女だからこそ取れる抜け道だった。
「キミの家族がどうなったか調べてあげる。死んじゃってたらお墓の場所も調べてあげる。外にだって自由に出られる! だからあたしのお友達になってよ」
ティテの勢いに少し戸惑いつつも、女の子は小さく頷くのであった。
「ティテのスキルは使役系か」
空で成り行きを見守るティロはティテのスキルを確認してそう呟く
使役系と聞いてパッと思いつくのが召喚師と従魔使いの二つだが、そこから細分化していくと人形や土くれに何らかの魂や疑似魂(疑似核とも呼ばれる)を埋め込んで操る人形遣いやゴーレム使いみたいなスキルがある。厳密にはこれらはテイマーに含まれ、さらに言うと無機物系の疑似モンスターは全てゴーレムに分類される。
ティテもこれに近いスキルだったようで、思いの宿った物あるいは疑似魂を持つ物に干渉する付喪使いの異能に発現したようだ。
「龍人の子供なんて勝手に使役して、主たち頭抱えないかな?」
ティロの心配はしっかりと当たり、後ほどこれを知ったミナトたちは揃って頭を抱えることとなる。
あとがき補足
付喪使いはスキル名ではありません。あくまでスキルの系統が付喪使いということです。
あと目覚めたばかりでまだ具体的なスキル名だったりとかはまだ不明です。(考えてません。
八百万の神(ティテンの愉快なおともだち)ぐらい電波な感じにしようかなあ。




