第37話
ティロが精神世界の掌握を進めていると、巨大な顎に食われないよう両手で押さえつけるティテがドラゴンと一緒に建物を突き破って外へ飛び出してきた。
「あはっ、 これがドラゴン? なんか蛇みたいだけど……うん、ドラゴンだ!」
外に出たことでその全容が確認できた。
女の子の亡霊が転じたのは西洋のトカゲみたいな“ドラゴン”ではなく、東洋風の“蛇”みたいな龍である。
当時まだアオが魔王に見つかる前で、ティテがドラゴンを見るのはこれが初めてだった。
西洋風にしろ東洋風にしろ、漫画やゲームで見るドラゴンなのは違いない。
なんとかウチの子にできないものか、とティロが考えていたら異常に気付いたティロが近くに来ていた。
自由に浮遊できるティロと違い、《《今の姿の》》ティテに同じ芸当はできない。ドラゴンから引き剥がされ宙に投げ出されたところをティロがキャッチする。
「あれが元凶?」
「わかんない! でもあそこに変なのがもう一人居たよ」
ティテは突き破った壁の向こう側を指さしながら言った。
「変なの?」
「顔の周りにモヤがばあーって。あっ、あと嫌な気配もした!」
子供の説明みたいな要領を得ない説明だが、ティロも伊達に問題児三姉妹と一括りにされているわけではない。
「そう、おかしな状況のようね」
ティロはなんとなく理解した。
いつも眠たげにしている彼女だが、頭の回転は姉妹の中でも早いほうだ。持ち合わせる知識や状況、ティテの説明からおおよその把握ができる程度には頭が回る。
「それでどうする?」
この世界を作り出した大元が目の前のドラゴンだと言うならば、排除すれば解決である。だが目の前の妹がそんな形の解決を望んでいるとは到底思えない。
「あの子と友達になって外に連れてく!」
「あれはモンスターでも、ヒトでもない。思念の残滓かもしれない。ならいつかはそれも擦り切れて消えてなくなるだけの存在」
確固たる自我を持ち個として存在するダンジョンの幽鬼に対して、外で発生した霊の多くは当時の思念によって動く本人の影のような物。
いくらティテが愛着を持とうとあの霊は意思の無い人形に過ぎない。そして彼女がそういう意味で求めているような性格ではないことをティロは知っている。
「そんなことない。あの子の魂はここにある」
ティテの眼には一切の迷いがなかった。
そう断言するからには何か根拠があるのだろう、とティロは否定せず彼女の言うことを受け入れた。
(スキルが発現しかかってる。ならここはティテに任せたほうがいい)
ティロの【眠り姫は夢の中】では霊を消し去るか封じるぐらいしかできない。だがどういうものかはまだわからないがティテのスキルなら救えるというなら、彼女に任せたほうが良い。
ならば自分のやるべきことは目の前のドラゴンではなく、もうひとつのほうをどうにかすることだ。
「一人でいける?」
「だいじょうぶ!」
「なら元凶のほうはぼくが駆除しとく」
途中まで支配していた領域を放置し、元凶を断つために今度はティロが邸へ突入する。
崩れた壁の先に降り立ったティロはそこでティテが言っていた顔にモヤの掛かった女を見つける。
「やっぱり……溜まった怨念が逆に本体を取り込もうと母親を騙ってた」
「また別のヤツか、あの役立たずなコムスメが――ッ!」
さっきまでの怯えた様子から手の平を返したように悪態をつくそれの正体を、ティロはすぐに看破した。
外にいるのが怨念の上澄みだとしたら、これは底に溜まっていたものだ。
呪いというのは基本的に溜まり澱む物である。
それゆえに定期的に溜まった物を祓うか消費するかしてバランスを取らなければ簡単に暴走《カースド化》する。それゆえに呪物とは扱いが難しいのだ。
指輪がこれまで一度も暴走しなかったのは奇跡的に、罪人の呪殺と子供と遊ぶのサイクルが上手くいっていたからでしかない。
しかしそんな偶然が長く続くわけもなく、何かしらの理由でこのサイクルが破綻した結果、消費されて消えるはずだった残留思念《怨念》は残り続け、それらが混ざり合うことでひとつの怨霊となり核である女の子を蝕み始めた。
このまま放置していたら彼女は怨霊によって変質し、無差別に生者を取り込み無限に怨念を蓄積する最悪の呪物へと成り果てるはずだった。
もっともそうなる未来はティテたちが来た時点でなくなったわけだが。
「どこに行ったコムスメ! 早くコイツもノロイコロセ!」
「呼んでも無駄。あの子は今頃ティテと遊んでる」
それを聞いた怨霊は呪いのこもった魔力を操り、ティロに襲い掛かる。
「追い詰められた鼠は猫を噛む。でも力の消耗はこちらの望むところ」
魔力の大元であるこの空間の主とは違い、寄生しているだけの怨霊は少しの消耗でもその存在が危ぶまれる。
そのため女の子の霊を誘導することで自分の力は使わず、それどころか近くに居座ることで力を横取りしつつ蓄えてきた。文字通り寄生虫のような奴だ。
「ナゼアレに手をカす? アレはワレらを殺した怪物、そしてコレはセイトウなる復讐なのダ!」
怨霊はいたずらに力を消耗するだけの状況に焦りを見せる。
その気になれば一気に葬ることができるにもかかわらず、ティロは真綿で締めるように怨霊の攻撃をスキルで打ち消すだけで攻撃はしない。だが少しずつ力を削りながら距離を詰めていく。
「そんな口先だけの嘘が通用するとでも? だとしたらとんだお笑い種。性根が腐った奴の言うことなんて信用するわけない。そもそも先に手を出してきたのはあなた」
「来るナ! 近寄るナ! ワタシは人類を従エル王、不死なる王と成ルノダ!」
「目先のことしか見えない、堪え性もない怨霊には過ぎた夢、途中で頓挫するのはわかりきってる」
大方、最終的に女の子から主導権を奪い力を蓄え人類の手に負えない神霊クラスとなったところで現世に君臨し人類を支配する。こいつらの企みはそんなところであったのだろう。
しかしだ。その計画は土台無理な話であった。
力を取り込むということはその分他者の怨念を取り込むということ。モンスターどころか人間の魂すら持たない怨念《影》では、ある程度まで怨念が集まった時点で人格が分裂を始め制御しきれなくなり暴走するのは自明の理である。
そうなれば元々本能で動いてるような連中だ、神霊となる前に存在が露呈しシーカーが送られて来て討伐されるだけの話。
「そんなワケが――ッ、ワタシはそこらの凡人とはチガ―――――――――」
「寝言は寝てるときにって……そういえばここもあの子の見る夢だっけ。なら夢から覚めるときが来た。だけど夢も悪夢も、目覚めれば忘れ去られるのみ。さようなら、名前も無い悪夢さん」
最後はティロの放った魔力で散らされるように怨霊は消滅した。そしてその場には指輪が残される。ティテをここに連れてきたあの指輪である。
あの子が亡霊の言うことを聞いていたのはこれをはめた者を母親と認識していたからだった。
「これがあれば少しはこっちの話に耳を貸すかな」
性根の腐った元人間なら相手の弱みとなるモノか、言うことを聞かせる物を手元に確保しておくはずだとティロは読んでいた。回りくどい戦い方をしていたのも、あの娘の大事な物であろう“弱み”を壊さないためであった。
まあ手に入ればラッキー程度の期待ではあったが、ティロの読みは正しかった。
指輪を拾い上げたティロの視界にふかふかのベッドが入る。
「ねむたい……すこしねてからでも良いかな……だめか」
そんなボヤキを呟きながら、彼女は外へ出た
それと入れ替わるようにティロが出て行った隙間から一陣の風が吹く。世界の主たる女の子の大事な思い出を汚す元怨霊の痕跡を洗い流しにでも来たのであろうか。残った嫌な魔力の残滓を浚い、風はどこか遠くへ運んで行った。




