第31話
「むー」
「だから何度も説明してるでしょ? 亜人会に実行犯を引き渡すことになってたからミカゲを連れて帰るわけにはいかなかったんだって」
現地に置いて行かれたことにへそを曲げたミカゲ。そんな彼女にミナトはお詫びとして、ミカゲがクラスメイトから聞いた高天原で今話題のスイーツ店に付き合うことになった。
話題になるだけあって、店内は女子学生やOLといった若い女性で賑わっており、テラス席もほとんど女性の姿しかない。
ミナトはこの女性ばかりの環境に中身が男である自分という遺物が混ざることにほんの少しの居心地の悪さを感じていた。せめてもの救いは運良く解放感のあるテラス席を確保できたことだろう。
「そんなの聞いてなかった。どうせ拙のこと忘れてただけでしょ?」
「ソンナコトナイヨー」
ミナトは真っ黒なコーヒーを口の中に流し込む。チョコやクリームの甘い匂いが充満してるせいか、砂糖もミルクも入ってないブラックなコーヒーが甘く感じる。
そんなミナトをジト目で追及するミカゲ。それを同席していたもう一人の女性が宥める。
「ミカゲは良いじゃないですか。私なんて警戒されていたせいで直接お手伝いできなかった上、このままあちらに出張ですよ? ミナト《《様》》と一緒に居られるミカゲが羨ましい」
宥めているというより愚痴をこぼしてるだけの気がするが、この女性は姉の草壁シオンである。
《《別のダンジョンを攻略していることになっていた》》彼女は襲撃の報告を受けてすぐにこちらへ戻ってきており、そして息つく間もなく今度は亜人会の統治エリアである北海道へ統括機構の調査員を連れて飛ぶことが決まっていた。
名目としては現地企業と円滑な連携を取るための外部協力者、という立場だが実際はまだ表立って動く時機ではない勇者と魔王の連絡役である。
本来であればそんな彼女にこのような優雅なティータイムを過ごしている暇はないのだが、忙しそうな姉にミカゲが気を利かせて出張先への手土産を用意していた。それがここのお持ち帰り用のスイーツだったというわけだ。
なのでシオンは妹が予約した手土産を受け取るという理由でここに同席していた。
本音はただ姉と一緒に居たいというだけのことなのだが、そこにちゃっかりミナトも付き合わせている辺りミカゲも強かである。
大好きな姉と親友と一緒に美味しいスイーツを楽しむ、と一番得な立ち回りをしているのだから。
「お姉ちゃん、いくら命の恩人だからってそれは《《重い》》と思うよ?」
姉妹揃ってミナトには好意的である。ただミカゲが親友としての“好意”なのに対して、姉のシオンはもはや崇拝の域に達している。
普通であれば、身内が年下の子を崇拝しているというのは些か外聞の悪い話。しかし命を救われた恩義からとなれば、それは醜聞ではなく美談ともなりえる。
(絶対、魔王の過剰演出に脳を焼かれたよな?)
ただし本人がそれを受け入れるかどうかは別である。
「どうしてそれを――ッ!?」
一方、シオンは自分が星月公司の刺客、黒鵜恭司に殺されかけたことを妹が知っていたことに驚いていた。
「あの日にお父様と話してるの聞いた」
「最初からじゃないの……」
妹のスパイごっこがそんな昔からやっていたことにシオンは頭を抱える。
他に何か知ってしまったことは無いか確認すべきなのだろう。その結果どんな秘密を隠していたか聞かされるかを考えると知らなかったことにしたいのがシオンの本音である。
「……よしっ、聞かなかったことにしましょう。ミナト様、天使が欧州から来たことから正式に欧州教会とも協力関係を結ぶことが決定しました」
そしてシオンは知らなかった選択を取り、強引に事務的な報告をミナトにする。
「既定路線ね。星月公司が関与していた証拠さえ掴めれば攻め込む大義は十分。あとは天使の製造研究を行ったとされる人体実験施設を見つけさえできれば、星月公司の解体でも再編でも好きに行える」
「拙とお姉ちゃんも乗り込む?」
「乗り込みませーん。主力は欧州教会のシーカーで、こっちから出す戦力は勇者と魔王だけよ。悪いわね」
「お気になさらず。私は別に仕返しがしたいというわけではありませんので」
「拙はしたいけど?」
「ミカゲ?」
ミナトは若干暗い色の眼をした彼女を見て、《《感動していた》》。
――――これ原作のミカゲにそっくりー、と。
彼もまた勇者や魔王と同じ穴の狢であった。ヤンデレのミカゲも良いよねえ、ぐらいにしか思っていないのである。
「相席よろしいかな?」
病んでるミカゲに懐かしさを感じているミナト。その彼に老紳士然としたスーツ姿の男性が声を掛ける。
ミナトを含むこの場の全員がその老紳士の顔を知っていた。なぜなら彼は日本の事実上のトップ――日本統括機構理事長、葛葉大道その人なのだから。
現代の日本は主要な行政機関の一部を東京から高天原へ移している。
いつどこでダンジョンが発生するかわからない現状、最も安全なのは多くのシーカーを抱える高天原だからだ。
その結果、ただでさえ海上に作られた人工島の狭い土地には摩天楼が築かれ、今も日夜新しいメガフロートが建造されては拡張を続けている。
そんな未来都市とも呼べる都市の中心部には日本統括理事本部ビルがある。そこで一組の男女が向かい合っていた。
「人様を呼び出しておいて待たせるなんて良いご身分だこと」
「今を逃すと落ち着いて彼女と話ができるタイミングが無かったものでな。悪かった」
初老の男――葛葉大道は元Sランクのシーカーで過去には日本最強の看板を背負っていた時期もあり、それゆえか政治家としてだけではなく、戦士としての貫禄も兼ね備えた人物である。
そんな彼の前には外で買ってきた似つかないポップな箱とスイーツがいくつも並んでいる。さっきミナトと会った帰りに買ってきた物だ。
一方、そのスイーツを片っ端から食べ尽そうと手を伸ばす女は幼く、どこかミナトの面影がある。その容姿と目の前のスイーツも相まって、祖父と孫娘のようにしか見えないが言葉遣いは冷めており子供らしからぬものであった。
「直接見てきたが、随分おかしなことになってるようね。アレの隣に居るはずの聖女が不在で、居ないはずの復讐者がアレに付き従っている。それどころか正体不明の魔人が何人も」
「だからこそ面白い。軽く世間話がてら勇者と魔王について話してみたが、関係は良好のようだ。っと、君にこんなことを話すのは酷だったかな」
「ふんっ」
二人が話しているのは大道もさっき会ってきたミナトについてだ。
ミナトも察しているが、大道は偶々あの場に居た。目的は最初からミナトであった。
苛立った彼女は持っていたフォークを手放し、スイーツを鷲掴みにして食べ始める。
「太るぞ?」
「知ったものかっ」
大道は呆れてため息をひとつ零す。
「未来はすでに我らの手から離れつつある。ならば君もそれに固執する必要もあるまい」
「あろうことか貴様がそれを抜かすか――ッ!」
「怒る気持ちはわかるが何事もアクシデントは起こるものだよ。そして君では引き出せなかった力を、彼女はあっさり引き出した。これが現実だ」
「なら何のために私をあそこから出した? もはや私は用済みでしょうに」
「人をなんだと思ってる。ここまで協力してきた同志を用済みだから、と捨てるほど人でなしではない。それにいざというときの保険は必要だろ?」
男の思惑を理解した少女は手を止めた。
「やっぱり人でなしじゃない。でもいいわ。私がアレを見極めてあげる。《《条件さえ揃えばアレを殺すことができる》》のは私ぐらいしかいないもの。そしてアレの代わりに使命を果たしましょう」
彼女は笑いながらそう言った。
というわけで切りのいいところで一度定期投稿はストップします。一応ショートストーリー的なものは上げるかもしれませんが、本編はしばらく先になります。
その間、もうひとつの作品【ルイス・レグ・クラージュの英雄願望】のほうを投稿しようかと考えてます。尚タイトルもおそらく変更すると思います。今現在考えている下のタイトルになるかも?
模倣から始める英雄譚〜コピースキルを貰ったのは良いけど、ちょっと性能がピーキー過ぎませんか。これって英雄に成れます?
なろうではコンテストの都合で削除しましたので、カクヨムのほうで読んでいただければ幸いです。こちらで再投稿するかどうかは未定です。




