第23話
ミナトたちが演習に出掛けている頃。極東エリア日本の異能都市、高天原にある家にはなぜか《《魔王の姿》》があった。
なぜならミナトは当初ミラを同行させるつもりはなかった。勇者と魔王は高天原にいると《《敵》》に思わせなければならなかったからだ。
だがミナトの無茶ぶりで義体が休眠状態でしばらく使えなくなったことで本当に身動きが取れなくなり、魔王の不在を隠す必要が出た。
ここ数日一緒だった聖女であれば魔王が姿を見せなくとも、研究室に籠っているのだろうな、ぐらいにしか思われないだろう。
問題は魔王の不在をミナトの護衛と判断され、星月公司が襲撃計画を中止した場合だ。これではミナトの知る原作から大きく外れ、今後の予想が立て難くなる。そもそも星月公司の監視員をわざと泳がせていたのも隙を晒すことであちらの思惑通りに進んでいると思い込ませるためでもあった。
せっかくこれまで監視されている不快感を我慢してまでうまく事を進めてきたのに、ここで魔王不在を察知され計画に変更があっては困る。
そこでミナトは出掛ける前、アヴァロンの九姉妹の一人に魔王が自宅に居るように見せ掛ける細工を頼んであった。
それが今現在高天原いる魔王の影武者だ。
姉妹たちの中にはこういった事態を想定して、勇者にも魔王にもミナトにも変装できるよう訓練していた娘もいた。
これで星月公司に魔王の不在を悟らせないつもりであった。
「あなたは誰ですか?」
その代わり、聖女には一瞬でバレた。
「後学のためにもなぜわかったか理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「えっと……」
変装して家に入ってきた不審者の質問にリリアは答えて良いものか迷っている。
勇者が平然としてることから家主の許可はあるようにも見えるが、それでも正体がわからない以上警戒は解けない。
困ったリリアはフレイにどうするべきか視線で問う。
「一応、その者はうちの関係者です。警戒は必要ありません」
フレイもフレイでどこまで話すべきか判断に迷っていた。そのためリリアの問いにも曖昧な返答しかできず、急いでミナトにメッセージを送ることにした。
「そのなんとなくいつもの魔力と違うような気がして」
「それも含めての変装術、なのですがね」
元から魔王なら幻術で本人そっくりに見せる魔道具程度なら簡単に作れたが、地球の科学を学んだことでさらに声紋や魔力紋(魔力の波長や性質は個人によって差がある)までも本人と一致するようなDデバイスを開発した。
もはや機械を使った精密検査でもそう簡単には暴けないレベルの変装なのだが、それを会話すらせずに一目で見抜いたのがリリアたちだ。
変装していた身としては「なぜ!?」と叫びたくもなる。
「リトン、ミラから許可が出ました。ある程度正体を明かしても構わないです」
「そう? じゃあ改めて、うちは魔王様方に仕える従者が一人、グリトンや。よろしゅうね」
「え、えぇ?」
リトンはそれまでの外向けの堅苦しい口調を投げ捨て、一転して軽い口調で話しかけた。こちらが素の彼女であるが、その変わりようにリリアは目を白黒させている。
加えて魔王姿のリトンはギャル特有の距離感の詰め方で、今後ともよろしくとばかりに固まってるリリアの手を取って一方的に握手をする。
一応、本物は猫をかぶっているつもり――尊大な演技をそう呼ぶべきかは疑問であるが――なので、そのギャップで聖女が風邪を引かないか心配になる。
「悪いけど魔王様が戻ってくるまで変装を解いたらあかんねん。せやからしばらくは我慢してな?」
理由があると言われてはリリアも受け入れざるを得ない。彼女はポカンとしつつも首を縦に振る。
一方でミニ聖女ことエリーゼといえば、リトンにとことこと近づいて行ったと思ったらじっと見つめた後、
「ヒト……ではありません。モンスター?」
そう言った。
彼女はリトンが人間ではない存在――魔人であることを見抜いたのである。
「なるほど。あなたにはそこまでわかりますか」
確証はないが、フレイはリトンの正体に聖女たちが気付いたのは天使が原因だと考えている。
元々、リリアは別大陸に生まれた同類の存在を察知するほどの高い感知能力を見せた。ただそれは本人によるものというより、天使の力と言ったほうが近い。天使が感知したものを聖女に伝えたのだ。
付け加えると肉体的親和性という点では長年その力を使ってきたリリアが上だが、精神的親和性という話では《《天使の力を素直に受け入れている》エリーゼに分配が上がる。
そのためリトンがモンスターであるとまで見抜けたエリーゼと違って、リリアは違和感までしか感じ取れなかったのである。
そこでフレイはふとある懸念を持つ。
エリーゼの天使化抑制の術式が正常に作動してないのではないか、ということだ。それを確かめようとさりげなく彼女を抱っこすると≪鑑定≫で体を調べる。
エリーゼもフレイから同じような行動を受けていたのもあって、無抵抗でそれを受け入れている。
猫を被っていても滲み出るロリコン勇者も、もはやミラのことをとやかく言える立場ではなくなった。むしろ一歩間違えれば犯罪者となるフレイのほうが業が深いわけだが……そこは気にしたら負けである。
さてこんなロリコンでも勇者である。≪鑑定≫を使えば肉体に刻まれた術式とそれに絡みつく魔力の流れは見て取れる。フレイに魔王ほどの知識はないものの、これが抑制されている状態だということは一目瞭然だった。
「抑制術式に問題は無し……だとしたら天使との交信にこれは必要ないということでしょうか」
「それでしたら新たな天使の魔力を補充せずとも交信できるまでに我々の魔力がすでに変質している、とミラ《《ちゃん》》は仰っていましたよ?」
「……そう」
これが彼女らにとって良いことなのか、それともただ病状が進行しているに過ぎないのか。
かような運命をうら若き乙女たちに強いた者はどこまでも救いようがない。世界が異なろうと人の本質――業は変わらない。そんな愚かな人類を憐れむのがフレイなのもまた、世も末だ。
「それにしても『ミラちゃん』ですか」
「うふふっ、本人からそう呼んでほしいと言われたので。フレイさんも『フレイちゃん』と呼んだほうがよかったですか?」
「子ども扱いはあれだけで十分。わたしは友人ぐらいの距離感で構いません」
「あらあら……お友達、ですか」
フレイの提案にリリアは困惑している。
クローンという特異な生まれのせいで、普通の人間関係がなかなか築けなかった聖女。そんな彼女にとって初めてにも等しい(書類上は)同年代の友人だ。まあ残念なことにその友人とはロリコンなのだが……。
そして遠くから「勇者にNTRられたのじゃ!?」という魔王の幻聴がしたような気もするが、きっと気のせいでだろう。




