第19話
Sランクには特権がある。
例えば学校を堂々とサボっても何も言われないだとか。そもそも一部の授業が最初から免除されてるだとか。
それもあってうちの自由人二名はフリーダムに活動しているわけだが……、
「……何やってんの?」
「ニチアサ系アニメの歴代シリーズイッキ見です」
帰宅した私が見たのは、リビングでオヤツをリスみたいにもぐもぐ頬袋に溜め込みながら特大モニターに流れるアニメを視聴させられているクローン使徒ちゃんと気持ち悪い……だらしない顔でそれを眺めるなんちゃって女子高生の構図であった。
「日本の女児はこれを見て育つと聞いたのですが、違うのですか?」
女児向けの魔法少女モノだから間違いではないのだが、お前何も知らないからって幼女に英才教育でも施すつもりか?
「無垢な存在をわたし色に染める、この背徳感が素晴らしい! ミナトもご一緒にどうですか!?」
「はあ……ミラたちは?」
私はこの世に解き放ってはならない変態を生み出してしまったかもしれない。
なんかハアハアと息を荒げながらニチアサアニメを勧める勇者《不審者》を押し返しながら、幼女――エリーゼに残りの二人の行方を尋ねる。
「例のDデバイスに必要なデータを集めるため、ダンジョンへ出かけてます」
「そう……人の事言えないけど、相変わらずなにかひとつのことに熱中すると周りが見えなくなる。気にするだけ無駄か」
リリアとエリーゼの体には≪天使化≫の魔術回路が仕込まれている。
元々は“光という概念”を内包した天使の魔力との親和性を高めるための改造であったが、これが原因で魔力を使うだけでモンスター化するリスクを抱えている。
それを知ったミラは外部から天使の魔力を抑制するDデバイスの開発を提案した。
高次元エネルギーを扱う者――覚醒した異能者の魔力に干渉する技術を体系化するなら流出のリスクも考えなければならないのだが……正規の覚醒者をこの方法で封じようと思ったら、現実的ではないレベルのパワーが必要になるので脅威にはならないだろう、というのが魔王の考えである。
「噂をすれば、ですね」
外から誰かが帰ってきた気配がした。それも結構な魔力を撒き散らしながら。
チャイムを鳴らすどころか《《玄関も開けず》》、この家に入ってくるのは魔王しかいない。
「あら皆さんお揃いで」
しかし部屋に入ってきたのはリリアひとりだった。
「ミラは?」
「ご自身の研究室のほうへ行きましたよ」
「そう……」
転移魔法でリリアと一緒に戻ってきた後、自分はさっさと開発の続きに戻ったらしい。たぶんアヴァロンにあるメインの工房ではなく、ここの隣にある偽装用のほうだろう。偽装用といっても設備は揃えてあるので、予備と言ったほうが正しいかもしれないが。
世間では【正体不明】の正体は勇者と魔王、というのが暗黙の了解となっている。実際、間違いとも言えず、こちらとしてもそのほうが都合が良いのではっきりと否定はしなかった。
むしろそう思わせるために【正体不明】が持つと思われてた技術をいくつか放出もした。特に魔王が行った転移魔術の改良は統括機構が管理する転移装置の運用コストを三割も減らし、私と共同で開発した既存の観測機に装着するアタッチメント式の次元震動観測機はダンジョンの早期発見に大きく貢献した。
おかげでこの二つの報酬と特許料だけでウハウハで、もはや今後は左団扇で暮らせるというものだ。
そして開発の実績を作った以上アリバイ作りのため、表に出すわけにはいかないアヴァロンの工房の代わりとなる別の工房を用意する必要があったわけだ。
そんなふうに魔王と私が技術者や発明家として活動していた一方で、フレイもフレイでこのままでは勇者としてのアイデンティティに関わると言って、シーカー業以外にも治癒魔法で色々やってるようだった。普通に考えてダンジョンに潜るだけで十分に稼げるというのになんて働き者だ。
ん? もしかしてその伝手のおかげで、欧州教会は聖女の日本滞在をあっさり認めた?
そこまで考えて人脈作りをしてたのなら……勇者、恐ろしい子。やはりそういった交渉術では魔王は勇者の足元にも及ばない――というより本人がちまちまとした交渉を好まないのである。転移装置と観測機の交渉も実際に行ったのは勇者だ。
自由奔放な社会不適合者――それが魔王だった。
「あのミナトさん……」
「なに?」
「あの子たちをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「……《《また》》?」
表向きテイマーということにした私には三体のテイムモンスターがいることになっている。
それでは一時期ネット小説にハマっていた魔王がその時の気分で選んだ、イカれたメンバーを紹介しよう!
もふもふの黒い毛皮が素晴らしいCランクの狼系モンスター、ブラッドハウンド(自称)のポチ。
ひんやりぷにぷにボディが魅力なDランクのスライム系モンスター、ヒュージスライム(元)のタマ。
つるつるの鱗が病みつきになる爬虫類好きには一押しのCランクのドラゴン系モンスター、ミニドラゴン(変装中)のアオ。
はい。全員モンスター詐称です。こいつらの本当の姿はこちら、
巨大化すると最大二トントラックまででかくなる地獄の猟犬ヘルハウンド先輩。
魔王が色々与え過ぎた結果ユニーク個体にまで進化したグラトニースライムちゃん。
ダンジョンの最奥でひっそり隠れていたところを魔王に襲撃されて強制的に従わされた不憫属性持ちのアイスドラゴンさん。
全員Aランクモンスターの魔王軍です。
そんな並みのシーカーが出くわしたら絶望するであろうやばいモンスターたちに聖女は堕ちた。
全身を包み込むヒュージスライムに体を委ね、顔にはブラッドハウンドの腹を乗せて犬吸い、両手で膝に乗せたミニドラの鱗を撫でまわす。
ちょっとした興味で見せたこの子たちの芸(一応、きちんとテイムしているのを形で示すためにという名目でやらせた)が切っ掛けでリリアはうちのモンスターたちにメロメロとなった。それ以来こうして暇を見つけては犬吸いスラ吸いドラ吸い三昧。
元々いつ自分がモンスターになるかわからないトラウマからモンスターに苦手意識があったようだが、良くも悪くもうちの連中がぶっ壊したらしい。
これも一種のアニマルセラピーと呼べるのだろうか。
「ぐへへ」
そして、またやっちまったぜ☆
他人様には見せられないような顔で魔王のペットを堪能する聖女はすでにキャラ崩壊を起こしていた。




