第18話
その後、私の提案を受け入れたマクシムス神父は聖女をこちらに預けて一人欧州に戻った。
急遽、内通者の洗い出しが必要となった欧州協会にとって、私の提案は願ってもない話だったはずだ。
ただでさえ少ないと思われる信用のできる人間を聖女と三合会の作ったクローンの護衛――力の制御が完全とは言えない人造使徒に町中での戦闘は難しい――に割く必要がなくなるのだ。敵の敵は味方というわけではないが、裏切る可能性の低いフレイに聖女たちを預けられるのであれば、その分の人手を内通者の調査に回せる。
神父もそれを理解して、私の提案を受け入れた。それだけではなく、三合会との戦争も見越しているに違いない。
なにせ現在のSランクの人数は欧州で二人、大陸で二人、そして日本だけが三人となっている。
日本から三人いるSランクのうち一人でも参戦すれば数では勝ることができる。これで三合会の残り二つの企業が介入して、欧州教会と日本統括理事との全面戦争に踏み切るハードルはぐっと上がる。
そもそもとして欧州教会にしても統括理事にしても三合会そのものがなくなっては困る。ただでさえアフリカや南米がモンスターに支配され、前線に戦力を集める必要がある今の人類に内輪もめで戦力を減らしてる余裕なぞないのだ。
原作でも裏で色々悪さをしていた星月公司だけが潰される結果となっていた。
理想は三合会が星月公司を見限って、星月公司の後釜に別の企業を参入させるか、星月公司の黒い部分を切り捨てて再編し直すか、のどちらかである。
などと、色々考えていたがそれってCランクの私が気にする必要ある?
うん、難しいことは統括機構《世界》のお偉いさんに任せよう。
それよりも今、一体どのルートに進んでいるかだ。
実はこのゲームには企業ルートと執行部ルートの他に周回を前提とした三つ目の隠しルートがある。
ミカゲと黒鵜、そのどちらとも味方にならず聖女を守る選択肢を選んだ場合、フリーランスルートと呼ばれる最高難度ルートとなる。物語だったりに違いはあるものの一番の違いは仲間にできるキャラが異なる点だ。
執行部ルートではミカゲが、企業ルートでは黒鵜が、そしてフリーランスルートでは《《全員》》仲間にできる。
私個人は亜人会と仲良くしてるが所属というわけでもないし、勇者と魔王は統括理事と協力関係にあるけどこれまた所属しているというわけもない。一番違いのはフリーランスになるのかな?
まあぶっちゃけ三合会編までは物語前半の共通ルートみたいなものだからどのルートでも構わないっちゃ構わないんだけど、重要なのは物語後半の個別ルートに入ってからだ。
後半に入ると主人公はルートごとに異なる事件に巻き込まれて物語が進行する。
ゲームが現実となった今、それらの事件がどうなるか。同時に起こるのか、あるいはどれかひとつだけ起こるのか。
最悪、全部私が解決しなくちゃいけないかもしれない。それも同時進行で。だから主人公を必死に探してたのに……私死ぬよ? 過労死するよ?
かといって放置というわけにもいかないか。なにせどのルートでもヒロインが登場する。予測できる悲劇を見て見ぬ振りをして見殺しにするのは気分が悪い。できれば救えるものは救いたいのが人情だろう。
それに私は可愛い女の子は見捨てない信条だからな。
そんなことを特に新しい発見もない退屈な魔術学の講義を聞き流しながら考えていたら、
「ずいぶん草臥れてるけど、何かあった?」
隣の席のミカゲが話しかけてきた。
ミカゲの戦闘科は戦闘訓練やダンジョン関連の法律など、シーカーに必要な必須科目が多い。高等部になってからは学科の違う私とこうして一緒に講義を受ける機会はそう多くない。
だからか普段からあまり感情を表に出さない幼馴染であるが、この講義の時だけは少しだけテンションが高いのを私は知っている。
「欧州教会からお客さんが来て……それ関連で色々あって疲れてる」
リリアたちを隠れ家に招待するわけにはいかないので、元々は草壁家が私たちにと異能都市に用意された家(ネット回線等はそちらから引くようにして、普段は通販やらなんやらを受け取るためだけの場所だった)に居候させることになった。
元々必要最低限の家具はあったが、さすがにあまりにも生活感の無い家というのも不自然なので、眷属たちに急いでこっちの家にも色々用意してもらった。
その間は日本統括理事とも話し合う必要があったので、あちらさんが手配したホテルにフレイとミラと一緒に泊まってもらっていた。
ということがあってここ数日はバタバタしていて若干寝不足気味である。
「そろそろダンジョン演習があるらしいけど大丈夫?」
「そういえばそんなのもあったっけ」
高等部からは実地での演習が行われる。
特に毎年新入生の入るこの時期は大規模な演習が行われ、教官と先輩シーカーの引率の下、おおよそ二週間掛けてダンジョン内を探索する。攻略自体は別のシーカーが行うので、モンスターを相手にした実地訓練のようなものだ。
ここで教官が問題なしと判断すれば、ダンジョンシーカーとしての仮免許が発行される。仮免は資格持ちの引率者が必要ではあるが一般のシーカーと同じようにダンジョンへ入れる、というものだ。
当然ながら初陣となる最初の演習で想定されるダンジョンのランクはこちらのランクとは関係無しにEと危険度のもっとも低いダンジョンが選ばれる。ミカゲのような高ランクシーカーからすれば圧倒的格下ではあるが、本来初陣とはそういうものだ。私のようにいきなりAランクのダンジョンに突っ込む、なんてのは頭のおかしい狂人のすることだ。
聞いてる? 飼い主が放し飼いしてるからって、もはや本体放置で自由を謳歌してる勇者&魔王?
まあダンジョンがいつどこで発生するのか。初心者向きなダンジョンかどうかは運次第なので、直前になるまで実施日も場所も未定である。さすがに発生頻度的に何か月も待たされることはないが、遅くとも毎年決まった時期の一、二週間内には行われる。
まあ今回も大きく遅れることもなく実施されるんだけどね!
場所が亜人会の管轄エリアならまず間違いなく原作通りに進んでいる、と見ていいだろう。
不確定要素としては敵が本来の戦力からどの程度外れるかである。本来であれば、参加するシーカーの強さは最大でもBランク。正史では同行するはずのリリアも力を上手く制御できないのもあってBランク相当の実力しかなく、主人公も最終的にはスキルの力でSランクにまで届くけど、この時点ではたしかCランク程度でしかない。
しかし今回はミカゲが居る。こちらの戦力が多くなる分には構わないのだが、その分想定してない戦力が増える可能性もあるんだよなあ。
「ミカゲって意外と情報通? そんな話誰に聞いたの?」
「……散歩してたら自然と耳に入ってくる」
「それ影に潜って先生の話、盗み聞ぎしてたの間違いじゃない?」
「拙は凄腕スパイ」
私が呆れた視線を送ってもミカゲはむしろ自慢げに無い胸を張る。
スパイってかアサシンだったんだよなあ、とゲームのミカゲを思い出しながら認識阻害の魔術を使う。
ミカゲも魔術に慣れた様子で、ちゃっかり鞄から取り出した飴を口に放り込む。
「でも拙は《《表向き》》参加しない」
「表向き?」
「お姉ちゃんに話したらミナトの護衛を隠れてしてほしいって。フレイお姉ちゃんとミラはしばらく動けないから」
シオンには欧州教会と三合会の一件を話してあるけど、彼女は三合会がなんらかの行動を起こすと考えているようだ。
対象は……まあ私か。Sランクに直接仕掛けるほど馬鹿ではあるまいし、狙うとしたら《《弱く見える》》私以外ない。
わざと単独行動しているように見せかけてる辺り、明らかに囮にされているがそこは信用と捉えるべきか。
「でもミナトに護衛なんて要る?」
いつでも勇者と魔王を呼び戻せる私からすれば護衛なんて必要ない。人前で本気を出したくない私への配慮である。
【正体不明】の一人であることを知っているミカゲはそんな私に護衛が必要なのか疑問視している。
「頼りにしてる。戦うのは面倒」
「拙より強いくせに」
「どうかな」
本当に人の欲は面倒なんだから。




