第16話
「おやおやおや、こんなにも早く見つかるとはこれも神の思し召しでしょうか」
神父風の服装をした男は白髪が目立ち始める年齢でありながら、その肉体は対照的に全く衰えの見えない、現役のシーカーだとわかる身体つきをしていた。
その彼がさも散歩の途中で出会った友人に声を掛けるかのように、柔和な笑み浮かべて現れる。
「ギルバルト・マクシムス神父……」
その態度とは裏腹に空気は重く、二人が緊張してるのがわかる。
「騎士修道会最強の男か。まさかこんな東の果てにまで出向いてくるとはな」
「こちらとしても不本意でしてね。他人様の庭を荒らすほど、我々は不作法ではないのですよ。あなた方と違って」
聖女も掃除屋も知ってる人物のようだ。
なにこの蚊帳の外感。私、居なくてもいいよね? 駄目?
そもそも西の情勢はそこまで詳しくないんだよなあ。たしか欧州はこちらとは違う組織図で運営されてるんだっけ。
その主足る特徴が欧州統括理事直轄の騎士修道会という組織で、日本における執行部に近い存在とも言える。騎士修道会は人柄と実力から選ばれエリートシーカーのみが所属でき、聖騎士の称号を与えられる。また対モンスター専門の退魔士と対人専門の聖堂騎士に別れている、というのを学校で習ったぐらいだ。
あとは現代の欧州最強は【救世者】という二つ名を持つSランクシーカーだというぐらいだ。
二人の会話的に彼がその男なのだろう。
まさか草壁ミカゲの代役が聖堂騎士か退魔士かは知らんが欧州教会の聖騎士、それも推定欧州最強の男とは……うん、グッバイ執行部ルート!
主人公問題はひとまず置いておくとして、企業ルートに進むのはなあ。人の下で働きたくないでござるよ。かといって欧州教会に引き渡すのもなあ。
ちらりと隣の聖女を見る。
どう考えても碌な目に合わなそー。どうしたもんかねえ。
とりあえず携帯端末をポチポチ……カシャッと、魔王に聖女《年上のお姉さん》の画像を添付してグループチャットでメッセージ送信! これで魔王はすぐこっちへ駆け付けるに違いない。勇者? 来んやろ。
それまで異空間――アヴァロンではなく、保存用に用意した別の異空間――から取り出したシートを広げて同じく異空間から出したポテチと炭酸飲料をつまみつつ、のんびり黒鵜と神父のやり取りを眺める。気分はゲームの長いムービーシーン鑑賞だ。
尚、ちゃんと魔術で消音と認識阻害してるからバレることはありませーん。
「星月公司はどこから天使の力を嗅ぎつけた」
「星月公司? 何のことだ」
はい、出た。シオンを襲った黒幕。黒鵜恭司を動かしている企業が星月公司というお隣の大陸のA級企業だ。
大陸の統括機構は少し特殊で三つのA級企業による合議制の同盟によって運営されている。そして出来上がったS級企業が【三合会】であり、その一つが星月公司とういうわけだ。
「我々を舐めるなよ、小僧」
四年前は魔王モードの私、今回は欧州最強の聖騎士。
掃除屋おじさんいつも対戦相手に恵まれないなあ、などと他人事のような感想を抱いていたら目の前で二人が戦い始めた。
黒鵜の幸運は戦場が他所の都市内だったことだ。Sランクシーカーが本気を出せない状況であったおかげで黒鵜はなんとか耐えている。だがそれも長くは持たないだろう。
社畜はつらいね。こうやって無理難題を押し付けられるんだから。やっぱり企業所属《社畜》ルートはないな。
「今の内にキミも逃げたほうが良いですよ?」
「大丈夫、助っ人呼んでおいたから」
「そうですか――――っていつのまにシートにお菓子と飲み物を!?」
さすがに話しかけられたらバレるか。
「食べる?」
そう私が聞くと彼女のお腹から「ぐぅー」という返事が返ってきた。なので食べかけのポテチと鞄から取り出す振りをして異空間から紅茶の入ったペットボトルを渡す。
「うふふ、ごめんなさいね。その昨晩から何も食べてなかったの」
昨晩からとなると拉致られて大陸からこっちに《《飛んで》》来たのは昨日今日ってところか。
世界はストーリーに沿って進んでるのにそのストーリーに必要不可欠な主人公だけが不在。正確には≪超える力≫を持つ者だが。あれは究極の主人公補正のようなものだ。
「そういえば自己紹介もまだでしたね。私はリリアーヌ=ジャンヌ、リリアとお呼びください」
「水無瀬ミナト、技術者志望のCランク」
「Cランク?」
「ええ」
何か言いたげなリリアだが、にっこり笑顔で黙らせた。
たしか『ジャンヌ』とは天使化使徒用素体となるクローンに付けられたコードネームだったか。欧州教会は本気で現代に“オルレアンの乙女”を作り出そうとしていたらしい。
「で、あなたもあなたで肝が据わってると言うか……逃げないで良かったの?」
「姿を見られた以上、今さら逃げたところで意味がありませんから」
「そう――《《あっちの神父にも捕まりたくない》》のね」
「あらあら、お姉さん釣られちゃった?」
順当に考えて勝つのは神父だ。いくら対人特化の黒鴉でもSランクにはどう足掻いても勝てる見込みはない。今頃、どうやって撤退しようか考えていることだろう。
それなのに逃げることを否定しなかったのは、ここで保護という名の強制送還は彼女も困るのだ。
まあ答えを知ってるから逆算しただけのことなのだが。
「日本に来た目的はさっき言ってた『運命の人』?」
「正確には“『定められた終わり』を変えられる人”ですね。それも目的のひとつです」
あー、世界崩壊エンドのことか。天使から教えられたのかな? だとしたらあれって結局なんなんだ? ゲーム本編では結局語られてなかったからなあ。
「残念ながら私にそんな≪超える力≫はないよ」
「ですが……」
「こんな場所で子供とピクニックですか?」
お、黒鵜君は無事逃げおおせたみたいだね。
まあ神父もイリーガルシーカーより聖女のほうが優先度は高いわけだから、深追いはしないだろう。
「子供同士のピクニックに大人が口出しするのは無粋だと思わない?」
「彼女は十九の大人ですよ」
「へえなら私の四つ上というわけだ。その程度なら誤差だと思うがね」
「失礼、レディ」
「ええ寛大な私は許してあげましょう。それで彼女、まだ欧州には帰りたくないそうだけど?」
「無関係なあなたがそこまで彼女に入れ込む理由はないのでは?」
「私、可愛い女の子は見捨てない信条なの」
「それは困りましたね」
「留学、移籍、亡命。取れる手段はいくらでもある」
その瞬間、神父の空気が変わった。
「欧州教会の敵となりますか」
欧州教会の敵=異教徒とモンスターは絶対許さないマンかな?
さすがに勇者も魔王も不在(なんで?)な今の私の状態では戦いにもならない。
だがもう遅い。時間稼ぎは十分。
「知ってる? 真打ちは遅れてやってくる」
私の言葉を合図に空間が捻じれ、ガラスが割れるような悲鳴を上げる。
「そちらでは虎の威を借りるのことを『ass in a lion's skin(ライオンの皮をかぶったロバ』と言うのだったかな? 御生憎様、私は技師志望でね。虎の威を借りることに何の躊躇いもないんだ」
そこから現れるのは当然、我が家の魔王様【紅き魔王ミラジェーン】。
「余の妹分に何の用じゃ、欧州のSランクシーカー【救世者】」
さすがきちんとアニメで演出を学んだ魔王だ。無駄にバチバチと黒い雷を周囲に撒き散らす強者感を演出するのも忘れない。
「日本の新しいSランク……【魔王】、でしたか」
神父は神々しく、美しい刀身を持つ――まさしく聖剣とでも呼ぶべき剣の切先をミラに向ける。
「欧州教会と敵対する。それが日本統括理事の総意と捉えても?」
「そんなものは知らん。余は余の妹分に近づく不審者を排除しようとしただけのこと。むしろおぬしらが余に敵対するつもりか?」
「こちらの目的は欧州教会に所属するシーカーの回収です」
「本人はそれを望んでおらぬようじゃな」
「このまま話を続けても平行線ですか。良いでしょう、力尽くで回収させてもらいます」
聖剣が姿を変えてダブルバレルショットガンとなる。彼のスキルは金属を自在に操る能力らしい。しかもあれは魔銀かな? そりゃあ強いわけだ。
魔銀とは魔法銀やミスリルとも呼ばれるダンジョン固有の金属である。特性としては魔力との親和性が非常に高いことにある。そのため魔剣のような魔術が組み込まれた武器を作る際には必須の素材となる。
それに加えてあれはおそらく教会で聖別された魔銀、聖銀と考えていいだろう。聖銀は退魔の概念が付与された銀で、特にモンスターや魔に属するモノに対して絶大な効果を発揮する。その中には魔王も含まれている……のだが、その程度の小細工が彼女に通用するわけがない。まあ相手も効くと思って聖銀を使ってるわけではないと思うけど。
「結界を張ります!」
「必要ない」
聖女の守りを断り、魔王が前に立つ。
そのミラに向かって神父は躊躇いもなく引き金を引く。そして魔術による爆発が弾丸を飛ばす。
ダブルバレルショットガンから放たれたのは散弾ではなく単発のスラグ弾であった。回収対象である聖女がいるのに散弾を使う馬鹿はいないか。
ミラはそれを素手で叩き落す。
「Sランクとなるだけの力量はありますか」
「ふん、欧州のSランクはこの程度か?」
これは誤算だったなあ。
Sランクが居れば向こうも引く、そう思ってたんだけど……。
どっちもやる気だよぉ。




